第79話:絶対的な強者
不可視の結界を解除してもらい、簀巻きにしていた従者のエルフをニーアさんに任せて俺とリリア…………と駄神は先に外へ出る。
だが、リリアの格好が格好なので、支部で適当な服を買わせ、着替えさせておいた。
どうやら、この支部は訓練場がある関係で、シャワー室や仮眠室などが設備されている。
また購買も下手な所より揃っている。
ついでに訓練場の手続きもやらせておいた。
すっかり落ち込んでしまっているが、これから先はそんな暇もなくなるだろう。
「シルヴィーはこの後もついてきますか?」
「もちのロンさ~」
「……何処に向かうのだ?」
リリアを無視しながらギルド支部を出て、人混みを避けて路地裏へと入っていく。
不安になったのか視線を彷徨わせているが、無視である。
(そんじゃ頼んだ)
『あまりやり過ぎないようにね』
鎖を二人にくっ付け、いつもリディスと訓練している山へと跳ぶ。
「なっ! い、今のは転移の魔法か!」
「似たようなものです。訓練を始める前に、あなたの戦闘スタイルを話して下さい。それと、使える魔法の属性についても」
「わ、分かった」
リリアの戦闘スタイルは、槍と魔法を使った虚を突く戦い方みたいだ。
確かに使われた魔法も真っ直ぐ飛んでくることはなく、後ろだったり左右だったりと、どう迎撃するか判断に困るものだった。
魔法で隙を作り、その隙を槍で止めを差す。
そんなところだ。
魔法の属性は水と風。それから水の上位である氷が使える。
氷と風が使えるならば、雷も練習次第では使えるかもな。
個人的に雷の魔法はあまり好きではないが、戦いでは結構有能な魔法だ。
水の魔法と言えばネフェリウスを思い出すが、今頃ゼアーに遊ばれている事だろう。
因みに余談だが、シルヴィーは風系統の魔法はほとんど使えるらしい。
あくまでも世界に知られているものに限るが、これにはリリアが驚いた。
ほぼネタバレみたいなことを話しているのだが、この神はそれで良いのだろうか?
まあ何故か驚いただけでそれ以上を追及する事はなく、シルヴィーは直ぐに蚊帳の外となる。
「話して頂きありがとうございます」
「……今更だが、あなたは何者なのだろうか? あの火の魔法といい、先程も転移も普通ではない。本当に人なのか?」
「分類上は人ですね。それと、一応自己紹介しておきましょう。とある貴族の下でメイドをしておりますハルナと申します」
俺は人だが直ぐ近くに、人に擬態している神がいる。
何ならエルフ達が信仰する存在なのだが、不憫な……。
「……そうだな名を名乗らずにすまない。私はフェニシアリーチェで警衛をしている、リリア・シープホーニングと申す」
シープ……なんだかラム肉が食べたくなる名前だな。
俺に負けたからか、少しだけ敬う雰囲気を感じる。
その気持ちがこれからどうなるか。
「それで、ここで何をするんだ?」
「先ずは私と死闘してもらおうかと。それと、ここで起きることはニーアさん以外には秘密でお願いします」
腕から伸ばした鎖をリリアへと当て、魔力を全回復させる。
流石に初めての相手となるので効率は悪いが、魔力によるごり押しで何とかする。
リディス相手ならば十供給すれば八は相手の魔力になるが、リリアでは二位変換できれば良いくらいだ。
「これは……魔力が回復している……こんな事が出来るはず……」
「それでは始めましょう。抗わないと本当に死ぬので、頑張って下さい」
後ろに炎槍を十本ほど出現させ、照準をリリアに合わせる。
さっきの戦いとは違い、赤い炎であり、当たると爆発するようになっている。
運が悪ければ手足が吹き飛ぶかもしれないが、身体強化できるだろうし大丈夫だろう。
おっと、先に距離を取ってあげないとな。
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エルフであるリリアは、ある意味何処にでいる普通のエルフだ。
森で産まれ、森で育ち、森に生きる。
自尊心が強く、自分たちは優れた種族なのだと思い込み、他種族に強く当たる。
そんなリリアに転機が訪れた。
ハイエルフのニーアが経営している、店の従業員を募集していると耳にしたのだ。
ハイエルフは慕い敬う存在であると刷り込みの様な教育をされていたリリアは、この募集に食い付いた。
多少問題が起きたが、腕っぷしがそこそこ強いリリアは警衛として雇われ、研修として支店を幾つか転々としていた。
エルフは見目麗しく、それが原因で客と問題が起こる事があり、武力で持ってリリアは解決していった。
それが悪かったわけではないが、そのせいでリリアの他種族への態度は悪化していった。
警衛は基本的に高圧的な態度でも問題ないので、他のエルフ達も気にしていなかったが、遂に問題が起きた。
ギルドランクSの人間が、偶々店に訪れたのだ。
何を思ったかリリアは喧嘩を売り、そして完敗した。
この行動は問題となり、リリアは店長から厳重注意された。
オーナーであるニーアまで話が上がらなかったものの、リリアの心にわだかまりを作ることとなった。
そしてニーアが王都の視察に来た日、リリアはニーアが人間へ頭を下げたと聞き、リリアの中でも何かが切れた。
ニーアの執務室の前で見張りをしていた同僚を、何気無く近付いて絞め落とし、怒りに任せて扉を開けた。
そこに居たのは、白い人間の少女だった。
無機質なその目がリリアは気に入らず、ニーアと押し問答の末、その少女と戦うことになった。
これが八つ当たりに近いものであり、人間の少女が自分に勝てる筈がない。
ニーアに怒られた事で少しだけ理性が戻ったリリアは、その事に思い至り、馬車の中でじっと少女をみていた。
怯える様子はなく、ニーアと対等のように話す。
見た目にそぐわぬ落ち着いた話し方をしており、エルフと魔法で戦うと言うのに、何故緊張しないのかが分からない。
リリアが不思議に思っている内にギルドの支部に着き、ニーアの立ち会いのもと向かい合う。
警衛なので真正面から戦うことも出来るが、リリアは槍と魔法を用いたトリッキーな戦いの方が得意だ。しかし今回は魔法だけの戦いなので、慣れた戦闘スタイルは使えない。
この時、リリアは相手を少女としてではなく、一人の敵として認識していた。
何故そう思ってしまったかだが、リリアの精神が不安定になっていて、思考が纏まり切っていなかったからだろう。
負ける気は無いが、相手は人間の少女である。
エアロボムという魔法を使ってから、リリアは相手が少女だという事を思い出し、一瞬固まってしまう。
エアロボムに込められた魔力は手加減抜きのモノであり、人間では頭が破裂する位の威力がある。
ハルナは吹き飛ばす程度と勘違いしているが、これはハルナの感性が人と異なっているのと、魔法少女の時の防御力で考えていたからだ。
脳髄が飛び散る未来を幻視したリリアだが、ハルナも振るった鎖がエアロボムを破壊した。
なまじ魔法に詳しいエルフ故に、鎖の異様さに気付いてしまった。
戦いの前に一度見てはいたが、エアロボムを破壊しても微動だにしない。
相手が普通ではない事を理解したが、直後にリリアは死を目撃する。
瞬く間に上がる気温。空に浮かぶ八本の槍。
上級では収まりきらない、当たれば間違いなく死ぬ常識外の魔法。
リリアは一気に駆け出し、何とか範囲外に逃れるモノの、余波で体中に火傷を負う。
身体強化で身体を活性化させ、傷を治しながらアクアエッジを放つも、それすら新たに振るわれた二本の鎖を持って砕かれる。
相手が人の皮を被った化け物だと、今になって理解したが、時既に遅し。
空には新たな魔法が展開され、青い炎の槍に比べればまだマシだが、リリアは咄嗟に風の魔法で防御した。
そして、雨のような魔法が降り注ぎ、リリアの意識は途絶えた。
それから泣いたり自暴自棄になったり、ハルナのパシりにされてから山へと転移して、死闘を始めたのだが……。
もしも、もしも過去に戻れるならば、リリアは全力で過去の自分を止めるだろう。
決して、あの日ニーアの執務室に行くなと。
「抗いなさい。手足が折れた程度なら魔法も問題なく使えるでしょう」
両足があらぬ方向へと曲がり、地面に転がるリリアに対し、ハルナは冷徹に告げる。
魔法を使うには集中力が必要であり、リリアは骨が折れた痛みのせいで、魔法を使う余裕がない。
しかしハルナは、容赦なく炎槍をリリアへと放つ。
手に風を纏わせてなんとか炎槍を相殺するが、リリアは炎槍が起こした爆発により吹き飛ばされる。
身体は無事な部分を探すのが困難な程傷だらけであり、何度も地面を転がったせいで、泥だらけである。
戦いが始まってほんの十分程だが、既に魔力も無くなりかけ、満身創痍を通り越して死の一歩である。
確かに強くなりたいと言ったのは自分だ。
八つ当たりした負い目もあるし、相手が普通でないのは分かっていた。
しかしこれは……。
「あなたの誇りとはその程度なのですか? 死にそうになったから諦め、一矢報いる事もせず、地べたに這いつくばったままで良いのですか?」
怒る訳でも、叱るわけでもない。
淡々とした口調に恐怖するが、ここで泣き出すような根性をリリアは持っていない。
残り少ない魔力をかき集め、狙いを定める。
下手な魔法では鎖によって防御されてしまうので、使うのはとにかく速い魔法だ。
「アイシクル……ショット!」
魔法を放つと共に身体から力が抜けていき、意識が朦朧とする。
「悪くないですが、赤点ですね」
ハルナはリリアの魔法を防御せずに受け、服に付いた氷を落とす。
ハルナの服の内側には鎖が巻かれており、下手な攻撃はほとんど意味がないのだ。
結果に落胆して意識が落ちていくが、身体に巻き付いた鎖がまた魔力を回復し、折れた骨や怪我が治っていく。
落ちかけていた意識も戻り、驚きの声を上げようとするが、その前にハルナが声をかける。
「起きなさい。あなたに残されている道は、抗うことか、諦めて死ぬかのどちらかです。死にたくなったらいつでも言ってください。骨も残らず燃やして上げましょう」
ハルナの言葉を聞いたリリアは、死闘の意味を今やっと理解した。
死ぬか、戦うか。
戦う意思がある限り、ハルナによって強制的に治療され、いつまでも戦わなければならない。
治療によるデメリットが出る前に、ハルナは止めようと思っているが、今のリリアが知る由もない。
諦めるのは簡単だ。だが、ここで諦めれば、エルフとしてのプライドは砕け散る事となるだろう。
身体は治ったとはいえ、思うようには動かない。
だが魔力だけならば既に全回復しているし、使い切っても再び回復されるのだろう。
ならば、やる事は決まっている。
――その魔法は、本来リリアでは使うのが厳しい魔法だ。
だが今ならば……生きる事に全力を出し、全ての魔力を振り絞ればギリギリ使う事が出来る。
「大いなる聖霊よ。刹那の刃を此処に――グランドアブソリュート」
精霊魔法。
それは精霊と親和性のある物にしか使えない、珍しい魔法だ。
自分の力ではなく、精霊の力を掛ける関係で難易度は高いが、それに比例して威力も通常の魔法よりも高くなる。
これはリリアのとっておきであり、寿命すら縮め兼ねない大魔法だ。
辺りの気温が急激に下がり、巨大な氷の剣が姿を現す。
この時点でリリアは魔力が枯渇し、地面へと倒れ込み、事の成り行きを見守る。
グランドアブソリュートを見たハルナは思わず口角が上がり、少しだけ気分が良くなる。
クシナヘナスが使っていた魔法に比べれば、小石と岩石程の差があるが、根性を見せたリリアに少なくない賞賛を送る。
ならば、それなりに応えてやるのが人と言うものだ。
六本の鎖を魔法で取り出し、振り下ろされるリリアの魔法を縛り上げる。
地面を砕き、氷柱を生み出す筈の剣は空中で制止し、少しずつヒビが入っていく。
そして遂には砕け散り、魔力へと帰っていく。
「は、ハハハ……」
全力の魔法すら傷一つ負わせられない状況に、思わず笑いが漏れる。
人間風情……そんなわけがない。
これは、間違いなく人ならざるものだ。
人間と一緒にしてはいけない。
「中々でしたね。その調子です」
再び鎖により魔力を強制的に回復させられ、第三ラウンドが始まる。
リリアの中から何かが抜け落ち、ただ生きたいと言う想いが生まれる。
そして、ハルナだけには逆らってはいけないと、身と心に刻んだ。