第78話:敬う条件
「リリアの我儘に付き合わせてしまい、すみません」
「恩を売れたと思えば、この程度問題ありません」
倒れたリリアを暫しの間放置して、ニーアさんと話をする。
普通の人と戦った事が無いので分からないが、それなりにリリアさんも強いのだろう。
比べられる相手がリディスとメイド長位しかいないが、魔法の練度という面では一番上かもしれない。
……いや、後テレサも居たな。
使い方ならともかく、威力ならテレサの方が、上な気がするな。
「空に浮かべた鎖ってオリジナルの魔法だよね~? よくそんなにほいほい使えるね~」
「オリジナルと言うよりは改良した魔法ですね。原理はそこまで難しくないので、簡単ですよ」
「うん。多分まともな人じゃあ使えないよ?」
シルヴィーが若干呆れる様にはにかむが、魔法なんて初見殺ししてなんぼだ。
知られている魔法を使うなんて、戦術的に宜しくない。
普通に魔法を使ったとしても問題ないだろうが、そこはやはりロマンって奴だ。
後、魔法少女の時の癖だろう。
「あの……リリアさんをあのままにしておいて良いのでしょうか?」
「起きるまでは放っておきます。如何に自分のしたことが愚かだったのか、身をもって知る必要があります」
従者のエルフが心配するのも分かるが、骨は折れていないし、出血もそんなにあるわけではない。
魔力を急激に失い、頭に衝撃を受けて気を失っているだけだ。
「リリアには、どの様な命令をするのですか?」
「私のど……げぼ……お手伝いをして貰おうかと。これから学園に通わなければならないので、外で代わりに動いてくれる人が欲しかったので」
異世界に毒され始めているせいか、適切な言葉がぱっと出てこなかった。
ただの下請け業者が欲しいだけなので、奴隷なんてものはいらない。
「そうですか。好きに使っていただいて問題ありません。リリアの仕事については私の方で店に説明しておきます」
「う……私は……」
ニーアさんから許可を貰ったタイミングで、リリアが目を覚ます。
ふらふらと立ち上がってから俺に視線を向け、泣きそうな顔をする。
「私の負けか……」
「はい」
「幼子に負けるとは……いや、ニーア様が認めていたのだ。私なんかでは……うっく、ひっく……」
会った時の強気な雰囲気は消えてなくなり、何故か泣き出してしまう。
情緒が不安定過ぎないか?
「……リリアさんは、少し前に人間の冒険者に負けて、がむしゃらに鍛えていたんです。それでやっと自信を取り戻した先にニーア様が人間に頭を下げたと聞いて」
ニーアさんと視線を合わせてどうするか悩んでいると、従者のエルフが突然話し始めた。
元々プライドが高かったが、人間に負けて悪化。
そこで尊敬している人が人間なんかに頭を下げたので、キレてしまった……そしてとうとう自信喪失してしまったと。
リリアの見た目は緑色の髪に水色が混ざっており、先程の戦いでは風と水の魔法を使っていた。
身長はそんなに高くなく、個人的な感覚だが、それなりに若い感じがする。
エルフに人間の年齢を当て嵌めるのもなんだが、精神年齢はまだ子供ではないのだろうか?
だが戦いに、若いも老いも関係ない。
世の中には、小学生くらいの歳から命を賭けて戦っている奴も居るのだ。
本当に俺の世界は過酷な世界だった……。
「リリア、いつまで泣いているのですか。これは全てあなたが蒔いた種なんですよね?」
「……はい、申し訳ありません。どうかこの場でこの首を刎ねて下さい。私はもう……」
自信喪失で自暴自棄。
感情の揺れ幅が大きい奴だ……。
「あなたには、ハルナさんの命令を聞く義務があります。誇りあるエルフならば、約束を果たしなさい」
「承知……しました」
リリアは生気の無い目で俺の方を振り向く。
自分でやっといてなんだが、今にも下着が見えそうなくらいボロボロなので、少し位気を付けて欲しい。
とりあえず怪我だけは治しといてやるか。
あまり気が進まないが、最低限やる気を出してもらわないと困る。
鎖をリリアに近づけると驚きながら後ずさるが、直ぐに地面へと崩れ落ちる。
怪我をしている状態で急に動けば、そうもなるだろう。
鎖から適当な回復の魔法と魔力を流し、リリアを回復させてやる。
驚いて目を見開いているが、どうやってやる気を出させるか……。
人とあまり付き合いたくなくてフリーランスをやっていたので、人心掌握術なんて学んでいない。
「え……」
「その状態では話をするのもなんですからね。痛みはありませんか?」
「だ、大丈夫だ」
「それなら良かったです。命令の前に一つ聞きたいのですが、あなたを倒した人間とは誰なのですか?」
「少し前に街に来た、Sランク冒険者のパーティーに所属していた女だ。貴様と同じ様に魔法のみで勝負して負けたのだ……」
……ふむ。間接的ではあるが、俺が要因となっていたのか。
カイル達を呼ばなければ、話し合いの途中に突撃なんて無謀な事をしなかったかもしれん。
まあ間接的に俺が悪いだけで、実際は1ミリも俺は悪くない。
「Sランク……確かレッドアイズスタードラゴンを倒したと噂されている人達でしたね。本人たちは否定していますし、その通り倒していないのでしょうが、良く帰って来られたものです」
世間はカイル達が倒したと思っているが、流石にニーアさんは分かっているようだ。
まあそのRISドラゴンが、同じ街に居るとは思っていないだろう。
今頃リディス達と、昼飯を食べている頃だろう。
……あっ、良いこと思いついた。
買い物の代行だけをして貰おうかと思ったが、折角なのでリディスの当て馬になって貰うとしよう。
きっと良い刺激になることだろう。
「なるほど。その様な事があったのですね」
「私のこれが、ただの八つ当たりだってことは分かっている。それで、何を命令する? 死ねと言えば死ぬし、頭を下げろと言うなら頭を下げよう」
「二年間の間、私が頼んだものを買ってきてください。場所は後で教えます」
「……そうか。それが命令なら従う……」
嫌がる事もなく、機械のように頷く。
パシリにされたと言うのに反応しないとは、プライドも完全に折れているな。
昔とある出来事が原因で、引きこもった魔法少女が居たのだが、一度折れたプライドってのは中々元に戻らない。
人の精神ってのは一本の木みたいなものだ。
育てるのは案外簡単だが、一度折れてしまうと元に戻すことは出来ない。
一から育て直すか、挿し木をしなければならない。
あくまでも例えなので、時間が解決してくれることもあるが、時間は有限だ。
あの時はそう思って発破を掛けたのだが、今思えば完全に間違いだった。
あれは放置しておいた方が絶対に良かった。
「話は変わりますが、あなたの誇りとは何ですか?」
「……誇り?」
「ただ強くなる事なのか、エルフとして矜持なのか。ニーアさんを守りたいと言う意思なのか……それとも、自分勝手な思いを他人にぶつける行為か?」
「くっ……それは! ……ただ……」
否定するように声を上げるが、直ぐに声は小さくなる。
俺だから良いものの、最初の一撃を普通に受けていれば、その時点で気を失い、当たり所次第では脳震盪を起こしていただろう。
手加減しないのが悪い訳ではないし、何なら俺は当たれば死ぬ魔法を使っている。
向こうは八つ当たりだが、俺にはそこら辺の感情は無い。
ある程度死なないようにはしているが、仮に死んだとしても、手に入る筈だった手駒が消えるだけだ。
戦いのルールの中に殺してはいけないなんてものもなかったし。
「あなたの内心には興味はありませんが、このまま負けたままで良いのですか?」
「……」
「あ、あなたにリリアさんの、何が分かるって言うんですか!」
黙ったままのリリアの代わりに、従者のエルフが声を上げる。
何も知らないし、興味もない。
たとえ親が殺されていたり、スラムで生きてきたと言われても、それは過去であり今ではない。
「興味ないので、どうでも良いです。それで、このままニーアさんに疎まれ、人間なんかの手駒にされたままで良いのですか?」
ニーアさんならばリリアの禊さえ済めば、これまで通りの対応をするだろうが、禊が済んでない今ならば嘘ではない。
因みにニーアさんは、シルヴィーが茶々をいれないように見張っている。
「……良いわけがない。だけど、自分の罪は自分で償う。後の事はそれから考える」
「そうですか。――少しの間私の所で鍛えませんか? どうせ死ぬ気なんでしょう? その命、少し私に預けて見ませんか?」
「…………強くなれるのか?」
従者のエルフが何か言う前に鎖で縛り上げ、簀巻きにしておく。
たっぷり十秒ほどリリアは考えてから、強い眼差しで答えた。
少しはやる気を出してくれたようだ。
「なれなければ死ぬだけです。ニーアさん。たまにですが、借りても良いですか?」
「はい。話は通しておきますので、問題ありません。また、リリアがどうなろうとも、ハルナさんを罪には問いません」
ニーアさんの許可を貰ったし、本人の意思も確認できた。
後は……。
「私はこれとそれを連れて帰るとします。今日は色々とありがとうございました」
「こちらの都合に巻き込んでしまってすみません。それと、これでもあれなので、敬っていただけると……」
シルヴィーを? それは無理ってものだ。