第77話:決まっていた結果
ギルドにはあっという間に着き、馬車を降りる。
前回俺が入ったのは正面入口だが、今回は少し離れた、馬車の駐車場の近くだ。
ギルドについてはわりと無知なのだが、ここのギルドは二ヵ所に分かれている。
片方は依頼の受注や受託、ギルド職員が書類上仕事をする本館と、冒険者が訓練する場所や飲食の場所を提供する支部的な場所だ。
分けている理由は単純に、混雑しないようにするためだ。
仕事をしたいなら本館。騒いだり訓練したいなら支部。
そうやって分けることで、混雑を回避しているらしい。
因みに、駐車場からは支部の方が近い。
支部の方は目的が目的のため、広大な敷地が必要であり、更に騒音の問題もある。
「私は場所を借りてくるので、訓練所の方へ行っていろ。ニーア様から離れるなよ」
「分かりました」
馬車の中でそれなりに冷静になったのか、憎しみの色が瞳から消えている。
しかし、殺意に近しい感情をまだ持っているように思える。
「いや~。この私が荷物置場に放置されるなんて、長生きしてみるもんだね~」
「シルヴィー様……」
鎖から解放したシルヴィーは相も変わらずだが、ニーアさんから漂う悲壮感が酷い。
シルヴィーを庇わず、俺の好きにさせているので、シルヴィーが悪いとは思っているのだろう。
ストレスで胃に穴が開かない事を祈ろう。
「それで、訓練場にはどうやって行けば良いのですか?」
「私が知っていますので、案内します。ハルナさんはシルヴィー……様を宜しくお願いします」
「あのー、私はどうすればよろしいでしょうか?」
馬車の従者をしてくれていた、一般モブエルフ……失礼。温和な雰囲気のエルフが困った顔で聞いてくる。
この人もリリアの被害者であるのだが、エルフの事はノータッチが一番だ。
「私と共に来ても構いませんし、自由にしていても構いませんよ」
「え……は、はい! お供させていただきます!」
従者のエルフは慌てながら馬車から降り、馬車を停めておく用意を進める。
ちゃんと駐車場用に、係りの者が居るので、盗まれるなんて心配もない。
しかし、こうやって立っているだけだと言うのに、ニーアさんはかなり注目を引いている。
耳が長いと言うのもあるのだろうが、ニーアさんには美術品の様な気品がある。
俺の隣で、無邪気にニコニコしているシルヴィーにも見習ってほしい。
「お待たせしてすみません! 宜しくお願いします」
「ええ。それでは行くとしましょう」
ニーアさんを先頭に歩き支部へと入ると、少しずつ視線が増えてくるが、ニーアさんは全てを無視して歩く。
ざわめきが起こる中、訓練場はこちらと書かれた方に進んで行くと、大きな中庭の様な場所に出る。
そこには様々な人が模擬戦をしていたり、魔法の訓練をしていたりする。
区間の様に区切られている場所もあれば、フリーの様な場所もある。
中々危なそうだが、怪我は自己責任って事だろう。
「おい、あの人って……」
「まさか……いや、でも……」
「嘘! どうして……」
流石ハイエルフなだけあり、そこに居るだけで注目の的だな。
おかげで俺やシルヴィーを気にしている様なのは少なそうだ。
恰好が格好だし。
それにしても、ギルドは領主や国の下請けって感じかと思ったのだが、訓練場を見る限り結構人数が居るようだな。
カイルの様な強者は流石に居ないようだが、戦いを見ているのも案外楽しいものだ。
年齢層は、下は俺と似たり寄ったりの感じであり、上はよぼよぼそうな年寄りまで居る。
人間という枠組みでしか見れないので、種族によっては見た目と年齢が合わない奴の方が多い。
特にエルフとかがそうだろう。
ニーアさんも二十歳前後位に見えるが、最低でも数百歳以上だ。
実際は千歳と言われても驚く事はない。
「お待たせしました。場所を借りられましたので、ついてきて下さい」
訓練場を歩き、区画として区切られている一画に入る。
どうやら区画は結界で覆われているらしく、外に被害が出ないようにされているようだ。
どういう原理かはまた後で調べてみるとしよう。
俺が使った結界の魔法の神の箱庭は、性能を突き詰めた結果俺が何も出来なくなってしまった。
色々とオミットしていけばそれなりに改善されるだろうが、作った物を崩していくよりも、新たに作り直した方が楽だ。
まあ神の箱庭は出た被害を元に戻す方法として、空間を隔離していた。
これは俺の個人的な見解だが、魔法は科学から離れれば離れる程、消費魔力が上がっていく。
科学で空間を飛び越えて移動したり、時間を逆行したりするのはアニメだけの話だ。
現実的には不可能と言っても過言ではない。
だが、ウォーターカッターや核爆弾といった、水や火の魔法の代わりになる様なものは使う事が出来る。
世の中には魔法でロボットを出す変な人も居るが、何事にも例外は付き物である。
科学と魔法は磁石の様なもので交わる事はないが、近い存在ではあるのだ。
まあ俺の場合基本的に魔力の事は気にしないで済むので、あまり関係が無いのだがな。
魔法も自然属性しか、基本的に使えないわけだし。
「先ずはルールを確認しましょう。戦いの形式は魔法のみ。どちらかが降参。或いは死んだら終わりとなります」
「えっ!」
従者のエルフが驚きの声を上げるが、俺達三人は完全に無視である。
シルヴィーは一緒に驚いているが、俺が無視している。
「リリアが勝った場合、ハルナが私に関わる事を禁止します。ハルナが勝った場合、ハルナはリリアに一つ命令を出す事ができ、リリアに拒否権はありません。宜しいですか?」
「構いません」
「問題ありません」
「無問題ー」
一つ返事が多いが、俺だけは気にしないでおく。
確認が終わった所でニーアさんが手を軽く振るうと、区画内から外が見えなくなる。
これは……風で不可視になる結界を張ったのか。
まあエルフの中でも上位のリリアとの戦いともなれば、外野が騒ぎ立てる可能性もある。
ありがたい配慮だ。
「念のため結界を張りましたが、此処が公共の場だという事を忘れないで戦って下さい。それでは二人共距離を取って下さい」
リリアは杖を持っていないが、エルフと言えば魔法だし、無くても問題ないのだろう。
距離をとって向かい合い、始まるのを待つ。
見た目は少女の俺を相手に、リリアは半身になって重心を落としている。
ただの傲慢なエルフ……というわけでもないな。
少しだけ服の下の、鎖の量を増やしておこう。
「それでは……始め!」
始まりの声と共に、後ろから風の塊が現れる。
一手目から奇襲か。
なるほど、構えているのは奇襲を悟られないようにするためか。
左腕から鎖を伸ばし、風の塊を粉砕する。
『エアロボム。殺傷能力は低いけど、体勢を崩させるにはもってこいの魔法だね』
(教えてくれてどうも)
戦いで先手を取られるなんていつもの事だが、あまり嘗めない方が良さそうだ。
「蒼炎の円環」
リリアの上空に八本の槍を出現させる。
それは青く燃える火の魔法であり、当たれば骨すら残さず燃え尽きるだろう。
因みにいつもの隠蔽はしていないので、魔力は駄々漏れである。
リリアは驚きながらも直ぐにその場から逃げ出し、何やら魔法を唱える。
そのタイミングで炎の槍は一斉に放たれ、地面に当たると同時に爆発する。
爆発は上に向かうように指向性を持たせているので被害はないが、ニーアさんが苦しそうな表情をしているのが、チラリと見えた。
個人的に火の魔法は、多少魔力を消費するとしても、赤よりも青の方が好きだ。
目に優しいので。
いつの間にか左右から迫っている水の刃を両手の鎖で弾き、結界の高さギリギリに大きな輪にした鎖を出す。
くるくると回る鎖に一条の火を追加し、複合させる。
威力は大幅に抑え、魔法としてのイメージを固める。
「天気雨」
鎖の輪から大量の光線が放たれ、リリアへと降り注ぐ。
俺の魔力が尽きるか、鎖が壊されるまで、この雨が止むことはない。
リリアは周りに何かを展開して防いでいるが、徐々に土煙が立ち込め始めて姿が見えなくなる。
だが数十秒もするとリリアの悲鳴が土煙の中から聞こえた。
空の鎖はそのままにして、一度雨を止める。
入試用に考えていた魔法の試作品だが、拡散して広範囲に魔法をばら撒けるだけではなく、雷の様に一撃に特化した光線も放つ事が出来る。
しかも結界と同じく持続させる事が出来るので、今の様に一度放ってから途中でやめる事が出来る。
少し頭の容量を食うが、許容範囲内である。
「……この勝負、ハルナの勝ちとします」
土煙が晴れると、ボロボロになって倒れ伏したリリアが居た。
それを見たニーアさんは俺の勝利を宣言する。
威力は押さえていたので身体を貫通するなんて事は無かったが、衣服のあちこちが破れ、少し露出が増えてしまっている。
まあ俺の知った事ではないので、此処から頑張って帰ってもらうとしよう。
「う、うそ……リリアさんが負けるなんて……」
従者のエルフが呆然と呟き、膝から崩れ落ちる。
魔法だけならばなんて条件を付けなければ、まだリリアにも勝ち目があったが、魔法だけならば負ける事はない。
まあ接近戦になったとしても鎖があるので、多分負ける事はないだろうがな。