第76話:エルフの襲撃
入って来たエルフの後ろでは、俺が声をかけた店員のエルフが倒れていた。
アクマが何も言わないって事は命に別状は無いだろうが……。
「リリア。誰の許しを得てこの部屋に入って来たのですか?」
先程までの声色と違い、冷たくも威圧感のある声がニーアさんから放たれる。
帰るために扉側を見ている俺にはニーアさんの顔が見えないが、怒っているのだろう。
そしてシルヴィーは何故かソファーの上で寝っ転がっている。
座っているならばともかく、寝ている状態ではリリアと呼ばれたエルフからは見えない状態だ。
リリアが何を聞いて此処に来たか知らないが、向こうからしたら人間のガキが、自分達の長と気兼ねなく話していたと思われているのだろうか?
「ですがニーア様! 先程ニーア様が人間に頭を下げていたと聞きました! 下等な人間如きに何故!」
どうやら売り場での一幕に尾ひれがついて、変に伝わったみたいだな。
あの場でシルヴィーが神だと知っていたのは、俺とニーアさんだけであり、ニーアさんがシルヴィーの事をエルフたちに話すとは考えられない。
そうなれば、噂が一人歩きする可能性もあるか……。
「そこの少女には、私が話をするだけの価値があるからです。これ以上事を荒げるつもりでしたら、相応の罰を覚悟していただきますよ?」
「……なぜ……なぜ私達とは会っていただけないのに、その様な少女が!」
憎しみ。悲しみ。嫉妬。
なんとも選民的な発言だが、ニーアさんが別の種族と言ったのは、同じと考えてほしくなかったからかもな。
俺が話しかけた店員の様に、まともな奴も居るのだろうが、目の前に居るエルフみたいに、差別を当たり前の様にしている奴も沢山いるのだろう。
邪魔な奴は殺してしまえば良い……何て野蛮な事をすればアクマの怒りを買うので、どうしたものか……。
ぱっと見で武器は見えないが、エルフと言えばやはり魔法だろうし、手を出してこないとも限らない。
まあ鎖はいつでも使用できるようにしているので、何かあれば直ぐに叩きのめし、迷惑料をニーアさんから頂くとしよう。
「黙りなさい。今直ぐ出て行くか、それとも死ぬか選びなさい。私の客人に無礼を働いたのですから、分かっていますね?」
「――クッ!」
手を握り締め、俺をきつく睨みつけてくる。
出て行けと言われたが、出て行く様子はなく、後ろから魔力が膨れ上がるのを感じる。
ニーアさんみたいな手合いは、脅しではなく有言実行する。
このまま帰ろうにも邪魔だし、かと言ってシルヴィーが喜びそうな展開を自分から作るのも癪だが……。
「どうやら人が嫌いなようですが、あなたが私を認める方法はあるのですか? 種族と言うフィルターを除いて応えて下さい。それとも、全ての種族はエルフ以下だとか、人間は全て下等とでも言いますか?」
「…………」
この状態で怒鳴り散らさないだけの理性はあるらしいが、その目には怒りの色が濃く現れている。
ここで先程の様に見下すような発言をすれば、おそらくニーアさんは強硬手段に出るだろう。
一応俺との話し合いが終わった後の乱入だが、ニーアさんは顔を汚されているのだ。
流石に殺すまでとは言わないが、手足の一本や二本。或いは追放なんて事もあり得る。
何でこんな差別意識が強い奴を雇い入れているのか、俺としては正気の沙汰ではないと思うのだが、社長が人事の全てを掌握出来ていないのは仕方ない事だろう。
一応チェーン店な訳だし、ニーアさんはたまたまこの店に居たわけだ。
全ての責任が、ニーアさんにあるわけではない。
「私と……私と戦え。そうすれば認めてやる」
一応年齢が十二歳の少女に、大の大人が戦いを挑むとは普通失笑する所だが、相手は俺だ。
戦いたいと言うならば、その言葉を受け入れてやろう。
「あなた……」
「良いでしょう。ですが、貴方は大人であり、私はこの通り少女です。なので、魔法だけで戦うと言うのはどうでしょう?」
ニーアさんが叱る前に言葉を被せて承諾する。
エルフと言えば魔法だが、俺としてはエルフに剣や弓を使われる方が厄介だ。
まあ鎖を出しているので近接戦も問題ないのだが、どうでるのかな?
「……良いだろう。ただし、死んでも文句を言うなよ」
「はい。その代わり、もしも負けたら私の命令を一つ聞いて下さい。高貴なるエルフ様が断るなんて事をしませんよね?」
リリアは今にも血が滲みだしそうな程強くて手を握り締め、無言で立ちすくむ。
感情的になり、本気になってくれた方が、楽しむ事が出来る。
「当事者同士で解決するならば、私からとやかく言いませんが、リリア。あなたの行為はエルフと言う種の品位を著しく下げるものと心得なさい」
「――この度は浅慮な行いをしてしまい、申し訳ありません」
俺ではなく、ニーアさんを見て頭を下げる。
その行為が駄目なのだが、今のこいつには何を言っても駄目だろう。
後ろを見なくても、ニーアさんが呆れているのが分かる。
「私が立会人をしますので、ギルドへ行きましょう。リリア。馬車を用意しておきなさい」
「承知しました」
リリアは扉を閉めて出ていき、部屋に静寂が訪れる。
どうせ適当に時間を潰すつもりだったから構わないのだが、どうして予定通り進まないのだろうか?
「いやー、中々面白い子だったね。元気があって何よりだよ」
ソファーの上ではシルヴィーが笑い、ニーアさんは頭を抱えていた。
シルヴィーは後で追加でお仕置きをするとして、エルフとの戦いか……。
「部下がすみません。このお詫びはまた後程させていただきます」
「大丈夫ですよ。本人から貰いますからね」
「……シルヴィー様が一緒に居るのであまり心配していませんが、リリアはあれでもエルフの中では名の知れた戦士です。勝てるのですか?」
それはつまり、リリアより強いのはそこまで多くないって事か。
戦いたいならば魔界と俺の中では決まっているので、リリアが弱くても構わないのだが、リリアを言い包めて練習相手にするのも一興か?
メイド長は練習相手として結構良いのだが、いかせん戦いの後に風呂へ連れ込まれたり、何かを作らせてくる事かたまにある。
ヨルムは手加減なんて出来ないので、戦おうものならアクマからお叱りを受ける。
リディスは……知らん。
まあこれらはあくまでも剣で戦った場合の話だし、魔法だけとなると無限に魔法が使える、俺が一番有利なのだ。
外部で使える駒になってくれれば、何かと便利だろう。
「魔法でなら負ける事は無いので安心してください。それが保証してくれますよ」
「それはどうかな~?」
ニーアさんの表情が曇り、耳が下がる。
この糞神はやはり、サタンが嫌うだけの事はあるな。
「嘘嘘。さっき言った通り、戦闘能力はクシーちゃん以上だから、どちらかと言えばエルフの子の心配をした方が良いかもね」
「いえ、シルヴィー様とハルナさんに無礼を働いたリリアにつきましては、どの様な結果になったとしても、私は構いません。死が償いと言うならば、その様にリリアに命じましょう」
きっぱりと言い切るあたり、結構腹に据えかねているようだな。
それと、シルヴィーにはまったく無礼を働いていないので、ノーカウントとしておいてほしい。
被害者は俺だけだ。
「それでは行くとしましょう。あまり待たせるのも悪いですからね」
「そうですね。ハルナさんの実力がどれほどのものか分かりませんが、やりたいようにやって下さいね」
「分かりました」
やってが殺ってと聞こえたような気がするが、気のせいだろう。
ニーアさんには悪いが、ソファーでダラダラしているシルヴィーを鎖で放り投げてから、鎖で簀巻きにする。
「あ~れ~」
「……」
何か言いたげにしているが、今回はこの馬鹿が悪いので、文句を聞く気はない。
扉の先で倒れていたエルフを起こすと、大変申し訳ないと謝り、今にも自決しようとするので、何とかニーアさんが止めた。
しかし気が済まないらしく、何か罰が欲しいと言って譲らないので、頼んでいたココアの粉末を取りに行かせた。
まともなエルフはいないのだろうか?
ニーアさんと馬鹿を連れて店の裏手に出ると、一台の馬車が用意されており、リリアが馬車の外で待機していた。
「……それは?」
「気にしないで下さい。出来の悪い人間をしつけているだけです」
「そ、そうか?」
これにはリリアも面食らったようだが、本当に神だとバレないのだな。
一応顔が見えないようにはしているが、流石神の権能? である。
シルヴィーを荷物置き場に放り込み、三人で馬車の中へと入る。
ニーアさんが物凄く動揺しているが、シルヴィーはあの程度の扱いで怒るような奴ではないし、魔法を封じているわけでもないので、逃げ出すことはいつでも出来る。
あれはあれで楽しんでいるのだろう。
扉が閉められると、馬車が動き始める。
リリアが居る状態では、ニーアさんと話すと要らぬ亀裂を生むので、馬が歩く音だけが車内へ響く。
さて、どれくらい楽しめるだろうか?