第74話:シルヴィーのフラグ回収
店員を待っている間ふと、店内を見ていて思ったのだが、この店の店員は全員エルフしかいない。
別段それがおかしいと言うわけではないが、何となく……ただ何となく悪い予感がしてきた。
「ちょっと確認ですが、エルフの他にハイエルフとかって居たりしますか?」
「居るよ~。たまにお邪魔するけど、果物が美味しいね~」
「そうですか。因みにエルフの特徴ってどの様な物がありますか?」
もしも……もしも俺が懸念している通りならば、この後の展開が大体読めてくる。
その場合、今日の冒険は此処で終わるかもしれない。
「自然系統の親和性が高いね~。それと風の流れとかを読むのが上手いよ。特にハイエルフともなれば、天使に片足入っているような感じだから、色々と凄いよ~」
「それはつまり、シルヴィーの事が分かったりするのでは?」
「……私の事を知ってるエルフなんて、そうそう居ないよ~。それに、私の偽装はそうそう見破れないさ。目の前にハイエルフでも来ない限りね~」
それを世の中ではフラグと言うのだが、どうなることやら……。
随分遅いと思い始めていると、店員と一緒に身分の高そうな服を着たエルフ……いや、他のエルフと比べるとかなり耳が長いので、多分ハイエルフなのだろう。
二人で俺の方に向かってくるが、シルヴィーは「あっ」っと声をあげ、向こうのハイエルフは落ち着かないのか、そわそわしている。
……これは確定だが、騒がないでいてくれるのはありがたい。
ここでシルヴィーを捕まえるために暴れるようなら、店が無くなるかもしれない。
誰のせいかとは言わないけど。
横に居るシルヴィーへ視線を送ると、サッと顔を逸らされる。
今度こいつにはコーヒーではなく、紅茶か水でも出すとしよう。
「あの……お客様。少しお話ししたいことがありますので、お部屋の方にお願いします」
気を遣ってくれているのは分かるのだが、店内には俺達以外にも人が居るし、どう見ても偉い人が下手に出てしまえば、興味を引いてしまう。
現にほとんどの店員は目を見開き、他の客もなんだなんだと俺達を窺っている。
まったく……神にまともな奴はいないのだろうか?
こうなれば逃げるのも悪手だし、俺だけ逃げると言うのも難しい。
釈明と口止めをするのが無難か。
因みにハイエルフが話しかけているのは俺ではなく、シルヴィーである。
恰好から見れば俺はシルヴィーに仕えているメイド……そう見られるわけだ。
ここでシルヴィーが気を利かせてくれれば良いのだが……。
「こっちの子に聞いてもらっても良いかな~? 私は付いてきているだけだからね~」
あっ、ハイエルフが固まった。
「……それは失礼しました。改めまして、別室に来ていただけませんでしょうか?」
「承知しました」
仕方なく、言われた通りに案内された部屋へと入る。
しかし俺が声をかけた店員のエルフは部屋に入らず、どうやら部屋の外で待機するみたいだな。
部屋は客間みたいだが、結構質が良さそうだ。
「どうぞお座り下さい。直ぐに飲み物をお持ちします」
「あー……そんなに気にしなくて良いからね?」
「とんでもこざいません。我々ハイエルフがシルヴィーナロス様を、蔑ろになんて出来るはずも御座いません」
「あ~……うん」
渋々とシルヴィーはソファーに座る。
俺が居ると言うのに普通に名前を出してしまっているのだが……まあいい。
ついでに、俺も一緒に座っても良いが、嫌がらせも兼ねてこのまま立っているとしよう。
チラチラと後ろに居る俺を見てくるが、自分が悪いと分かっているのか、何も言わない。
出来ればこのハイエルフが現れた時に、その態度で上手く誤魔化して欲しかった。
「……そちらの方は? 何やら訳ありのように見えますが?」
「ハルちゃん。一応エルフはともかく、ハイエルフは口が堅いから、色々と役に立ってくれるよ? だから、せめて座らない?」
間延びした声を出さないで、下から窺う様に覗き込んで来る。
ハイエルフの表情が不快感の色に染まるが、直ぐに鳴りを潜める。
下手にシルヴィーを雑に扱っては、亀裂を生むだけか……。
「承知しました」
わざとシルヴィーから距離を取るようにソファーに座る。
ジトっとした視線を受けるが、無視しておく。
「失礼します」
座ったタイミングで飲み物が運ばれてくるのだが、飲み物の数は二つだけだった。
運んできたのはエルフなのだが、メイドの恰好をしているのが客とは思うまい。
情報の伝達がしっかりと出来ているとは考え難いし。
エルフは特に気にする様子もなく、飲み物をシルヴィーとハイエルフの前に置いて出て行く。
「すみませんが、先に自己紹介をさせて頂きます。私はフェニシアリーチェを経営していますニーア・ナヒリタ・ルールシェリアと申します。昔シルヴィーナロス様に助けて頂き、僭越ながらこの様に人の世と関わっています」
「ご丁重にありがとうございます。私はとある貴族の下でメイドをしている、ハルナと申します」
丁重な言葉使いだが、棘があるように聞こえるな。
シルヴィーがわざわざ人を助けるとは思えないが、エルフと言えば長寿と相場が決まっている。
ハイエルフともなれば、数千年とか生きていてもおかしくない。
今ならともかく、過去ならばシルヴィーもそれなりに、神様らしい事をしていたのかもしれない。
「何故シルヴィーナロス様と居るのですか? 事と次第によっては、強硬手段を取らせて頂こうと思います」
「いや~……それは……」
「屋敷で料理をしている時に押しかけられまして。天使達に遊んでいる事を知られないように、匿って欲しいと言われました」
「……なるほど。だからあれだけ魔力の質が違っていたのですね……」
ピンと立っていた……なんて呼べば良いのだろうか?
とりあえずニーアさんで良いか。
ピンと立っていた耳が少し垂れ下がり、ニーアさんはシルヴィーの方を見る。
「また地上で迷惑を掛けているのですね……」
「いや、ハルちゃんは特別だから、迷惑は……」
「普通ではないの分かっています。ですが、それはそれ。これはこれです」
高飛車と言うか、傲慢なイメージがあったが、話している感じだと普通だな。
おそらくシルヴィーのせいで苦労して、傲慢さとかが消えたのかもしれないな。
「それと飲み物についてはすみません。シルヴィー様がいる手前、エルフの方々に下手に声をかけることが出来ず……」
「構いません。シルヴィーのせいですので、後で償いをさせますので」
「あはは~」
先程まではシルヴィーナロスと呼んでいたが、ニーアさんも普段はシルヴィーと呼んでいるのだろうな。
エルフ達特有の飲み物ならば興味があったが、見た感じただの紅茶っぽいので、無いなら無いで構わない。
しかしエルフか……。
試してみる価値はあるか?
「先ずはココアの粉末についてですが、シルヴィー様の迷惑料といたしまして無料でお渡しします。帰りの際に受け取ってください」
「承知しました」
「ハルちゃんハルちゃん。良かったら例の豆の話とかどう? 生産地によって味が変わるなら、試してみるのもありだと思うよ?」
俺から何か言う前にシルヴィーが提案をしてくれた。
シルヴィーから言い出したこともあり、ニーアさんも聞く気があるのか、黙っている。
「その前に確認ですが、何か私が不利益を被った場合、シルヴィーが補填してくれると思って良いでしょうか?」
「この子に関しては大丈夫だと思うけど、もしも何かあったら私が責任を負うよ~」
「シルヴィー様……」
感動しているニーアさんには悪いが、これが俺以外ならば、シルヴィーは責任なんて負わないで逃げるだろう。
俺の場合シルヴィーと同じく転移出来るし、シルヴィー以外にクシナヘナスとも知り合いなので、天界に行く事も可能だ……多分。
殺しはしないが、逃がす気は無い。
だが、サクッと話したい事を話せる相手がいるならば、俺も楽が出来る。
「それなら良いです。私は少し変わった植物を育てているのですが、その一部をそちらで育てて頂きたいのです」
アクマに袋に入ったコーヒーの種を出して貰い、テーブルの上に置く。
ニーアサさんは袋から種を取り出すと、手の平の上で転がす。
「……これは見た事が無い種ですね。それに、僅かながら違和感……神気を感じます。一体何なのでしょうか?」
「それはこの世界の、神様達の上司から迷惑料として頂いた植物の種です。育った実から種を取り出し、焙煎した後にお湯で濾したものが飲料となります」
コーヒーは作るのに結構な手間暇がかかる。
ヨルムは人ではないので例外だが、人が一人二人いた程度では、機械があっても量産は難しい。
だが、人ではないエルフなら多分大丈夫だろう。
そもそも魔法が使えるわけだし。
「………………」
「あっ、固まったね」
「そうですね」
種の出所を教えたのだがら、信心深い奴ならこうもなるだろう。
「すみませんシルヴィー様。先程の話は本当でしょうか?」
「本当らしいよ。因みに種を渡したのはクシーちゃんだよ」
「…………」
また固まってしまったな。
「あの……ハルナ様。あなた様は一体どの様な立場なのでしょうか?」
流石にアニメやゲームで有名であるハイエルフに下手に出られると、少し罪悪感を感じるな。
これもシルヴィーせいにしておくとして、少しだけネタバラシをしておこう。
上手くいけばシルヴィーから賠償を貰えるかも知れないし。
まあバカ正直に話す気はないけど。
「神様達に翻弄されている、可哀想な人間ですかね。今みたいに」
「因みに個人の戦闘力だけなら、クシーちゃん以上だよ~」
その件は触れてほしくなかったが、重要ではないので良いだろう。
知られて困る事でもない。
「シルヴィー様の嘘とかではなく、本当にあの方よりも?」
「残念ながらね~。良い子だから、敵対しなければお互いに良い関係を築けると思うよ~」
一言余分だが、シルヴィーの言う通りである。
俺とて、自分から敵を作る気はあまり無い。
雑魚が群がると面倒だからな。
「……気を取り直しまして、この種について話し合いしましょう」
ニーアさんは仕切り直してから、手に持っていた種を袋に戻す。
やはりシルヴィーの知り合いなだけあり、胆力も中々のものだな。