第73話:シルヴィーとのお出かけ
三日目の朝。
俺とリディスが寝るまでの間にメイド長が帰ってくる事はなく、気持ちよく寝る事が出来た。
俺が自由に出来る時間は、今日と明日だけとなる。
最終日は準備をする予定だからな……一応。
能力的には問題ないが、だからと言って準備をしないのは問題だろう。
主席自体は譲るつもりだが、それなりの結果を出すつもりでいる。
下から成り上がって、俺つえーをするなんて事をする気は無い。
最初から最低限分からせる気でいる。
そうしている内に朝食の準備を終えたので、食堂に運ぶ。
今日はベヒモスの肉を使ったシチューである。
リディスやメイド長からすれば、謎肉のシチューとなるのかな?
それとフランスパンだ。
正式名称は違うのだろうが、そこはアクマ式翻訳である。
メイド長の訝しげにしている視線を無視して、メイドとしての本分を全うする。
因みに他のメイドの方々は、休憩室と言う名の第二食堂で朝食を食べている。
リディスならともかく、シルヴィーと一緒なのはやはり無理だったのだ。
俺も出来れば向こうのメイド達と一緒が良いのだが、駄目だとメイド長に一刀両断された。
平メイドの俺が逆らえるわけもなく、仕方なく一緒に食べている。
それにしても、まともと呼べるのが誰一人としていないのも中々面白い。
リディスは一応禁忌を犯した大罪人だし、メイド長は騎士兼スパイだ。
俺は異世界人だし、ヨルムはこの世界で最強クラスの魔物。
そしてのほほんとしているが、この世界で十柱の一人であるシルヴィー。
リディスとメイド長は純粋な人だが、どちらもまともな人間と呼びたくはない。
「ご馳走様です。やはりハルナに任せて正解ですね」
「自前でコックを雇っても良いですか? 割と面倒ですので」
「ハルナと同等の料理が作れるのでしたら、構いませんよ。それと身元の確認を怠らないように」
「承知しました」
食事が終わったところで、ダメもとで頼んでみたが、まっさか許可を貰えるとはな……。
とは言ったものの、此処での知り合いは誰もいないわけで、腕の良いコックがそこら辺を歩いているわけがない。
仮に居たとしても、十中八九スパイだろう。
メイト長もどうせ無理だと思っているから、安易に許可を出したのだ。
正直俺自身も見つかるとは思っていないが、探すだけ探してみるとしよう。
無駄だろうけど。
メイド長に連れていかれるヨルムとリディスを見送り、食器を片付けてる。
「すみません。昼食の用意をしておいたので、後の事をお願いします」
洗い物を済ませたら昼食の準備をして、適当に見付けたメイドに後の事を頼む。
火にかけて温める位は問題なくできるだろうし、メイド長に頼むほどの事ではない。
「分かったわ。あっ、これをあげるね。後で食べて」
何故かクッキーを貰ったが、後でシルヴィーにあげるとしよう。
一度厨房に戻り、珈琲を淹れていると、シルヴィーがやって来た。
「や~。私にも一杯ちょうだい~」
「そのつもりで二杯分用意しているので、座って待っていて下さい」
丁度淹れているタイミングで来る辺り、狙っていたのだろう。
抜け目のない奴だ。
貰ったクッキーを皿に載せ、コーヒーと一緒にシルヴィーへ出す。
「どうぞ。クッキーは貰いものです」
「どうも~。今回はまた香りが違うね~」
「気温の高い所で生産したものになります。そのまま飲むよりも、何かと一緒に飲む方が良いと思います」
「ふ~ん」
とは言ったものの、俺はそのまま飲む。
ブラック以外で飲むのが嫌って訳ではないが、朝の一杯はブラックに限る。
モカって言うよりはモカ風のコーヒーだが、これはこれで味がある。
エスプレッソにして、ココアと混ぜでカフェモカにするのも良いかもしれない。
チョコクッキーを貰う事があるので、ココアもきっとあるだろう。
なんなら今日買ってきてもいい。
エスプレッソ用の器具は元の世界から持ってきているので、問題なく作る事が出来る。
「クッキーと良くあうね~。いや~なんだか落ち着くよ~」
「そうですか」
シルヴィーと一緒にコーヒーを飲んでいてふと思い出したが、元の世界でもコーヒーを一緒に飲んでいた人が居た。
魔法少女ランキング9位。魔法少女ジャンヌ。
かなり胡散臭い人なのだが、普通では絶対に手に入らないコーヒーを持っており、何かあるとご馳走してもらっていた。
元の世界では回復魔法を使える人間は貴重であり、その中でもジャンヌさんは俺を除けば一番回復魔法が使える人だった。
色々と訳ありと言うか、間違いなく俺と同等の暗い過去を持っているのだが、結局話を聞く機会はなかった。
まあ俺も話していないし、お互い様だろう。
さてと、食後に一服も終わったしそろそろ外出するとするか。
「換気をお願いします」
「良いよ~」
厨房の換気をシルヴィーにしてもらい、コーヒーの残りカスを灰にしてから裏庭に埋める。
魔法少女になれば自分で換気も出来るが、使える物は神でも使ってしまえば良い。
俺が世話している側だしな。
「それでは行きましょうか」
「はいは~い。よっと」
いつ着替えるのかと何も言わないでいたら、一瞬光ってから服装が変わった。
髪はそのままだが、服は街で見かける様な素朴なものとなり、靴もちゃんと履いている。
全体的に見て少し違和感があるが、とりあえず大丈夫だろう。
俺なんてメイド服だし。
「悪くないですね」
「それなりの種類があった方が、地上に居ると便利だからね~」
「なるほど。先ずは店のある通りに向かい、それから街の外へ向かいましょう」
「はいは~い。けど、時間は大丈夫なの?」
シルヴィーの言う通り、普通ならば時間的な問題があるが、先日と同じく鎖で屋根を伝えば大幅な短縮が出来るし、いざとなれば転移すれば良い。
「移動は鎖で屋根を伝って行けば、直ぐですので問題ありません。それに、あなたと同じく転移も出来ますからね」
「便利だね~。それじゃあ途中までは宜しく~」
シルヴィーは俺の肩へ掴まり、ふよふよと浮き出す。
……簀巻きにして運んでも良いが、今回はこのままで良いだろう。
ヨルムみたいに、抱き付いて来るわけでもないし。
だが……。
「まだ早いですよ」
「あっそう?」
1
シルヴィーを引っ提げたまま屋根を飛び越えて行き、前回と同じ路地裏へと降りる。
本当にシルヴィーが居ても大丈夫なのかと不安もあったが、路地裏から出ても注目されるようなことは無かった。
人混みに紛れる様に歩き、今回はギルドがある方面ではなく、予定通り商店がある方に向かう。
元の世界では通販に頼り切っていたし、この世界に来てからは屋敷にある物だけで賄えていた。
そもそも元の世界では個人でやっている様な商店は、基本的に全て潰れてしまっていたので、新鮮な風景である。
店先には値札を貼られた木箱が置かれ、店員が呼び込みなどをしている。
賑やかな街並みを見ているだけだが、これはこれで楽しい物である。
このまま通り過ぎても良いが、今回は買いたいものがあるので、目当ての商品を探しながら歩く。
種族は勿論、学園の入試もあるので、若者が結構多いな。
多少騒動の様なモノが起きているが、今回は基本的に全て無視である。
「いや~。こうやって歩くのも久しぶりだね~」
「歩こうとすれば歩けるのでは?」
「ハルちゃんみたいに物怖じしない子がいれば良いけど、中々いないんだよね~。空から急に何かが降って来ても困るでしょ?」
何がとは言わないが、シルヴィーを発見した天使がって事だろう。
完全な偏見だが、人間なんて知った事ではないと思っている天使がいてもおかしくない。
下手に暴れられては大変だろう。
あれこれと俺に言ってくるが、人を気遣う程度の常識は備えているのか。
メイド長やリディスにも普通に接しているし、そこら辺はもしかしたらクシナヘナスより良い点かもな。
「それもそうですね。個人的には歓迎ですが」
「追い返す分には良いけど、殺さないようにね?」
「大丈夫ですよ。手加減は得意ですので」
魔法少女やフユネを開放していない通常状態ならば、いつも使っている鎖があるので、拘束してしまえば良い。
もしも無理なら、魔法少女になって氷槍で四肢を縫い付ければ良い。
しかし、食が豊かなだけあり、色々と売っているな。
食べ歩きとかもしてみたいが、微妙な味なのは分かりきっているので、ペポの街と同じ過ちをする気はない。
まあデザート系やお菓子の味は普通なので、そっち系統ならば買うのはありかもな。
歩いていると、ふと甘い匂いが辺りに漂ってきた。
どうやらお目当ての店が近いらしい。
「あっ、あそこなんてどうかな~? どこかで見たことのある店だがら、良いのが売ってるかもよ~?」
シルヴィーが指を指した方を見ると、シックな雰囲気の店があった。
店の名前はフェニシアリーチェ。
折角シルヴィーが選んだわけだし、とりあえずは行ってみるとしよう。
「いらっしゃいませー」
店員の元気のある声を聞き、軽く店内を見回す。
店内はそこそこ広く、様々な果物や食材が見える。
陳列している商品の中に、ココアの粉末なんてあるわけではないので、商品があるか聞いて見るとしよう。
「すみません。ココアの粉末を売っていますでしょうか?」
「ココアですか? 少々お待ち下さい」
適当にそこら辺に居た、エルフと思われる店員に聞いて見た所、店の奥へと下がって行った。
反応的にありそうだな。
「この店は当たりのようですね」
「私が選んだ事だけはあるでしょ~?」
「今回は素直に褒めておきましょう」
これがヨルムならば頭をぐりぐりとしてやるのだが、シルヴィー相手にそれはやり過ぎだろう。
一応役に立ってくれたしな。