第72話:ぷかぷか浮かぶよ湯舟の上で
シルヴィーを含めた三人で、食堂を片付けてから厨房に入り、皿洗いをする。
これくらいはメイド達に任せても良いのだが、なるべく厨房に人を入れたくはない。
此処がこの家で一番ゆっくり出来るからな。
洗い物が終わったら自分とシルヴィー用にコーヒーを淹れて、ヨルムにはカフェオレを作ってやる。
「それで、あれからどうだった~?」
「城に連れて行かれた後、仕事の手伝いをしてから昼食を作り、それから娘さんと戦ってから観光してきました。思っていたより栄えていて驚きましたね」
「天界より魔界の方が住みやすいくらいだからねー。天界は基本的に管理されちゃってるから~」
「敵対生物とか居ないのですか?」
「いないよ~」
ふむ。ならば天界に行く必要は無いのかもしれないな。
観光はあくまでもついでだし、戦う事が出来ないのなら渇きも癒せない。
「その代わりと言ってはなんだけど、天使同士と言うか、各神の天使達が争っているよ~」
「つまり戦争ですか?」
「似たようなものだね~。天使達も戦わないと強くなれないから、上手く争わせているんだ。年に一回一番活躍した天使達の勢力は、ご褒美も貰えるからな~」
なるほど。天使と言えば清楚と言うか、それなりに高貴なるイメージがあるのだが、そういうわけでもないって事か。
どんな風に争っているのかは興味があるし、行ってみるのも有りだな。
どこかの勢力に肩入れして、争いを眺めるのも一興だ。
「争いか……最近はこの身体でしか戦っておらんし、たまには変身を解いて戦ってみたいのう」
「でしたら、天界へ遊びに行く時は元のドラゴンで暴れてもらいましょう。向こうなら何をしても問題ないでしょうし」
「あまりやり過ぎないようにね~?」
シルヴィーは引き攣った笑みを浮かべるが、これでもちゃんと加減しているし、やって良い事と悪い事を理解している。
だからサタンを殺していないし、テレサもほぼ無傷……治したから一応無傷だ。
駄目な事はやらない…………例外はあるけどな。
「大丈夫ですよ。先にどこまでやって良いのか教えてもらえれば、それ以上はしないので」
「魔界のは一応私の不注意だけど、あれほどとは本当に思わなかったよ~」
あれでも手加減していたのだが、単純な力量であの状態と戦えるのは日本ランキング7位のブレードさん位だろう。
3位の桃童子さんが生きていればそっちもだが、殺してしまったからな。
あの人とは、お互い本気の状態で戦ってみたかった。
叶わぬ夢と言う奴だが、桃童子さんが居なければ、俺も生きてはいなかっただろう。
「私の世界はこの世界と違って悲惨でしたからね。強い弱いはおいといて、勝たなければ未来がありませんでしたからね」
「こっちは人が人の世を崩壊させることはあっても、世界そのものが破滅する事は基本的に無いからね~。稀に破滅一歩手前まで行く事はあるけど」
「我は今から一万年程前に、天界と魔界の争いがあったと聞いたぞ?」
ラグナロク的な物かな?
「あったね~。その時は神も二人入れ替わったし、魔王も五人入れ替わったよ~。ついでに人類は文明が崩壊したね」
「それは管理者の指示で起こったのですか?」
「う~ん。私も全部を知っている訳じゃないけど、偶発的な物だね。暇を持て余した魔王が、地上を管理しようと動き出した結果、起きたらしいよ?」
魔界と地上は関係が深いからな。
地上から零れてた感情が魔界で悪魔になる訳だから、地上の人類を上手く管理できれば、色々と捗るだろう。
何が捗るかは分からないけど。
しかし一万年とはまた桁外れた年数だが、地球も数億年の歴史があるんだよな。
人類としてみれば千万年もないらしいが、それも本当かどうかは分からない。
まあ今となってはどうでも良い知識だし、世界が違う以上覚えていても役に立たないだろう。
「明日は何所に行く予定なの~?」
「食堂で話した通りですね。本当は初日の間に街の中を歩く予定でしたが、色々とありましたので」
別大陸の人間が本当に来たり、神が寄ってきたりと、初日から話題に事欠かない。
何なら来た当日もだが、流石に三日連続でなんて事はないだろう。
とは考えて見たものの、何となく嫌な予感がする。
明日はギルドや街中には顔を出さずに、他の都市や商店等を見学しに行くとしよう。
この学園のある都市は、今は入試のために来た人たちでごった返している。
こんな小娘の姿では、どんな因縁をつけられるか分かったものではない。
『それ、私の身体なんだけど』
(黙れ小娘)
『なっ!』
この身体が小さいのはソラのせい……と言うわけではないが、ソラが死んだ時の身体なので、小さいのは仕方ない。
十二歳と名乗っているが、肉体年齢的には大体九歳くらいだろう。
二十歳と二十三歳はあまり変わらないが、子供の三歳は分かりやすく差がある。
まあ小さいからと困った事は…………結構あったな。
料理はやり難いし、買い物の時に手が届かなかったり、風呂で溺れそうになった事もあった。
今は鎖のおかげで問題ないが、懐かしい物である。
先程から聞こえてくるソラの罵倒は無視するとして、明日は外にお出かけするとしよう。
「なるほどね~。なら私もついて行くかな~」
「ならば我も……」
「ヨルムはリディスの事をお願いします。此処も安全とは言えないですし、何か起こるかもしれませんからね」
「ぬぅ」
メイド長から逃げたいだけというのは分かり切っているので、適当に理由を付けてヨルムには残ってもらう。
ついて来た所で問題ないが、ヨルムにはしっかりと勉強をしておいて欲しい。
いざという時に、俺の身代わりになれるようにな。
「それと、外に出て大丈夫なんですか?」
「ハルナの近くに居れば、上手く誤魔化すことが出来るから大丈夫だよ~」
「そうですか。来るのは構いませんが、騒ぎを起こした場合簀巻きにしますので、静かにお願いします。それと、ちゃん靴を履いてください」
「ありがとうね~」
分かっているのかどうか微妙な返事だが、今は気分が良いので流してやろう。
魔界で一暴れ出来たし、コンポタも久々に飲むことが出来たからな。
たまには寛容な態度を見せるのも大事だろう。
厨房でのティータイムでリラックスをした後は、メイド長もいないということで、お風呂用にカスタマイズしている山へとやってきた。
カスタマイズと言っても仕切りの中に大きな石を敷き詰め、疑似露天風呂にしているだけだ。
機会があれば良い感じの火山で本物の露天風呂を造りたいが、造るだけならばともかく、管理をするとなると面倒に感じてしまう。
使える手駒がいれば良いのだが、何もかもヨルムに任せるのは、流石の俺も気が咎める。
……嘘だ。ヨルムにはコーヒー生産に、集中して欲しいだけである。
先程厨房で飲んだのは二ヶ所目の奴になるが、予定通り酸味があるものに仕上がっていた。
このままヨルムに管理させておけば、問題なさそうだ。
そんなヨルムの頑張りもあるので、現在ヨルムとシルヴィーも一緒に風呂に入っている。
結構広く作ってあるので、三人でも余裕である。
正確には、追加で一匹いるけど。
「星空を眺めながらのお風呂も良いものだね~」
「心地好いものだ……」
「逆上せないで下さいね?」
二人揃って湯船で浮かんでいるが、あれのままずっといると、通常よりも早く逆上せてしまう。
俺もそれで一度やらかした。
そしてたまにやらかしそうになる。
風呂に入っているあいだはどうも気が抜けてしまい、気が付けば時間が経っているのだ。
一応アクマも基本的に一緒に入っているが、こいつも俺と同じである。
「そろそろ上がりましょう。メイド長が帰って来ては言い訳でも出来ませんからね」
「そうだな。下手に疑いをもたれると面倒だ」
いつも以上にヨルムがメイド長を意識しているように感じるが、俺が居ないことを良い事に、ヨルムに色々とちょっかいを掛けているのだろう。
リディスも居るからどちらかと言えばお節介だとは思うが、ストレスと戦う勉強だと思って耐えて欲しい。
人の社会とは、ストレスとの戦いだからな。
ストレスを耐える事で、人は大人になっていく。
露天風呂モドキから出た後は魔法で乾かし、再び転移して戻る。
余談だが、シルヴィーはそれなりに良い身体をしていた。
だぼだぼな服を着ているせいで分かり難いが、メイド長と良い勝負だろう。
何がとは言わないけどな。