第71話:上手に焼けました
転移によってやって来たのは、草木や地表に出来たクレーターが見下ろせる、丘の上だった。
……いや、一つ訂正しよう。
悪魔や魔物と思われる血潮が飛び交い、雄たけびも聞こえている。
大叫喚地獄か何かかな?
とりあえず移動や耐久の面を解決するため、魔法少女になって白と黒の翼を生やしておく。
(ベヒモスって一応魔物で良いのか?)
『ハルナの世界の常識に当て嵌めるなら、一応魔物だね。魔界で言うならばただの生物だけど』
定義の差か。
一々俺の中の常識に合わせるのもなんだし、適当に合わせるとしよう。
郷に入れば郷に従えと言うしな。
(そうか。ベヒモスはどの辺りに居る?)
『後方へ三キロ位行った所に群れで居るよ。大きさはアースドレイク位かな』
なるほど。ならば一体狩れば、それなりの量になるな。
(一応確認だが、ヨルムみたいに話せたりしないよな?)
『ただの生物だよ。牛や豚と同じさ』
(なら良い。だが、ヨルムの時みたいに周りに人が居たりしないよな?)
『今回はちゃんと確認済みさ。さっきから一々確認してくるけど、どうしたのさ?』
どうしたと聞かれても、これまで散々ミスをしておいて、何故どうした? なんて言えるのだろうか?
俺自身はあまりしたことは無いが、指差し呼称や復唱はとても大事だ。
問題自体は大歓迎だが、ミスにによる問題はまた別問題である。
(ただの確認さ。問題ないなら大丈夫だ)
アクマの「ふーん」と言う声を無視して空を飛び、目的の場所へと向かう。
一度空を飛んで覆って来た悪魔を爆殺するなんて事があったが、しばらくすると恐竜の群れっぽいのが見えてきた。
あれがベヒモスなのだろう。
ザックリ表現するならば、大きな猪って感じだな。
実物は見たことないが、魔物によって絶滅した動物一覧に載っていたのを覚えている。
妖精の再生技術により復活したとかしてないとかニュースを見た気もするが、まあこれ以上は蛇足だ。
(どいつが一番うまい?)
『ラムとマトンはどっちが好き?』
『例えがなんで羊なのか気になるが、ラムの方が好きだな。好み程度の差だけどな』
ラムは家で食べる分には問題ないが、マトンは臭いが強いため、家で焼くことは出来ない。
あの臭いは嫌いではないが、料理という面で見れば日常的に食べらるものではない。
まあベヒモスの肉はそんなに臭いはキツくなかったので、多分アクマが言いたいのは食感等の話だろう。
『なら最後尾にいる小さい個体だね。小さいって言っても、それなりに大きいけど』
(了解)
ぱっと見で三十体位居るが、この場で殺すと面倒そうだし、攫ってから首を落とすとするか。
この状態で鎖が使えれば攫うのも楽なのだが…………いや、似たような魔法を使えるかな?
「切れる事の無い氷の鎖」
氷で出来た鎖をアクマが選んだ個体に伸ばし、身体に巻き付けてからそのまま空を飛んで逃げる。
獣らしい咆哮が聞こえるが直ぐに聞こえなくなり、鎖から藻掻く様な衝撃が伝わるだけとなる。
悪魔や生き物がいない場所へ降りて、ベヒモスを近くで観察する。
(処理ってどうやってやるのが良いんだ?)
『先ずは気絶させてから首元を切って血抜きだね。それから内臓や毛の処理をしてッて感じかな。ざっくりとしたやり方を渡しておくね』
(どうも)
姉が殺される前だったら、自分で生き物を殺すなんてできなかっただろうが、今となっては動物の解体程度問題ない。
頭に氷塊を落として半殺し……気絶させてから鎖で木に吊るし、首を切って血抜きをする。
アースドレイクの時はこんな事をしなかったが、種族が変われば処理のしかたも変わる。
毛を抜いたら火で産毛を燃やし、内臓を処理する。
内臓も食べられるそうだが、内臓の処理をしている時間はないので、とりあえずアイテムボックスに入れておく。
取り出す時は気を付けないと、悲惨なことになるだろう。
最後に軽くブロックに切り分けてから、アイテムボックスに入れて終わりとなる。
我ながら何をやっているのかと思うが、そこそこ楽しかったな。
さて、やることもやったし、帰るとするか。
(帰るか)
『了解』
1
「む? 帰ってきたのか?」
「はい。やることも終わったので」
私室……実質的にメイド長の部屋に帰ってくると、ヨルムが寝ていた。
先ずは変身を解き、それからシャワーを浴びる。
これから夕飯を作るのだが、外出の後は一度身を清めたくなる。
基本的にヨルムやメイド長が居なければ、ぼーっと立っている間にアクマが洗うので、楽なものである。
着替えも魔法による脱着式なので、下着さえ着れば楽な物だ。
「今日の夕飯は何だ?」
「珍しい肉が手に入ったので、ステーキにしようかと。スープも同じく珍しい物ですね」
「ふむむ。それは楽しみだな」
起き上がったヨルムと一緒に厨房へ入り、早速ベヒモスの肉を取り出す。
部位は良く分からないが、多分サーロインかヒレあたりだと思う。
アクマの指示のもと良い感じに焼き、皿の上にドーンと載せる。
流石に鉄板皿は無いが、魔法で皿を熱々にしているので、直ぐに冷める事は無い。
ついでにコンポタの入った鍋を取り出して火にかける。
付け合わせの揚げポテトはヨルムに作らさせているので、適当に生野菜をサラダにしておく。
後はメイドさん達が用意しておいてくれたパンをバケットに分け、夕飯の出来上がりである。
ザ西洋風だが、たまには良いだろう。
肉に合わせるならオニオンスープの方が良いのかもしれないが、別にコンポタでも良いだろう。
個人的に割と好きだし。
今日は客人も居ないので……一応シルヴィーは客人か。
昨日と比べて一人分少ないが、一人分なんて誤差程度だ。
メイド達の分を先にヨルムに運ばせ、俺は食堂に居る二人と一神の分を運ぶ。
俺とヨルムの分も勿論忘れていない。
「これは……初めて嗅ぐ匂いですが、何の肉でしょうか?」
匂いだけでメイド長は肉が普通では無いと看破するが、流石である。
……いや、それ位は普通分かるか。
俺でも豚や牛とかの匂いで判断できるし。
「これは~あれだね~」
「シルヴィー様。それ以上は話さないように」
「分かっているさ~」
魔界に行けるシルヴィーは直ぐに分かったみたいだが、ものがもなので知られるわけにはいかない。
ならば作るなと言う話だが、最悪の場合知られても問題ない。
全ての責任をシルヴィーに被せれば良いのだから。
「少し珍しい肉を手に入れましたので、ステーキにしました。安全はシルヴィー様が保証してくれます」
「保証するよ~」
「そうですが……この……スープは?」
「とある野菜を生乳等で煮たものになります。色は独特ですが、味はヨルムが保証します」
「美味かったのだ」
子供舌のヨルムに味見して貰ったが、結果は今の言葉が物語っている。
今もスプーンを持って待機している。
流石コンポタである。
「そう……なら早く食べましょう。冷めてしまっては勿体ないから」
「そうですね」
形式上リディスが食べ始めなければ俺達も食べられないので、リディスがコンポタを飲むのを確認してから食べ始める。
今回の主役であるステーキはウェルダン。つまり完全に火が通してある。
ワインでも飲むならばレアでも良いが、とりあえず様子見だ。
サタンの所で食べたのがレアだったから、今回は違う焼き方をしたってのもあるがな。
「……甘いけど、コクがあって美味しいわね。ステーキの方も独特だけど、アースドレイクより美味しいと思うわ」
「このスープは中々美味しいね~」
難しい顔をしながら食べるメイド長とは違い、リディスやシルヴィーは純粋に食を楽しんでいる。
一応トウモロコシは地上にもあるので正解に辿り着けるかも知れないが、メイド長は一体何を考えているのやら。
肉の焼き加減だが、流石に完全に火を通すのは微妙だったな。
次はミディアム位にするとしよう。
「これは今日出掛けた先で、手に入れたのですか?」
「はい。珍しいとの事だったので、折角ならと出させていただきました」
「そうですか。どちらも味わったことのない味ですが、素晴らしい美味しさです」
「ありがとうございます」
表面上のお墨付きをもらったが、険しい顔は完全に晴れてはいない。
人が苦悩している様を見ながら食べるご飯は、とても美味しい。
いつも通り一番最後に食べ終えて、ティータイムとなる。
淹れるのは勿論コーヒーではなくて紅茶だ。
ヨルムが最初に植えた奴の全ての収穫を終えるまでは、個人的以外に飲む気は無い。
特にメイド長は気に入る可能性があるので、匂いを嗅がせる事もしない方が良いだろう。
「今日の二人は何をしていたのですか?」
「昨日と似た様なものよ。午前中は身体を酷使して、午後は礼儀の勉強よ」
「肩が凝って仕方がない」
予定通り頑張っているみたいだな。
入試までの残りも、そのまま頑張って貰おう。
おれはこれ以上覚えなくても良いだろうし。
「ハルナは明日も出掛ける予定ですか?」
「そうですね。ギルドか他の都市にでも、行ってみようかと考えています」
入試までは後三日あるので、最終日以外はふらつく予定でいる。
此処に居ては巻き込まれる可能性があるからな。
「分かりました。シルヴィー様は?」
「私の事は気にしなくて良いよ~」
紅茶を飲みながら、気の抜けた声をだすが、食べ終わったからと宙に浮きながら紅茶を飲むのはどうかと思う。
まあ神にマナーをしても意味は無いか。。
メイド長が見逃すなら、俺から言う事は無い。
「承知しました。ハルナ。先程の肉ですが、一体何の肉だったのですか?」
「それは秘密という事で。食べて頂いた通り、大変美味しいので、話が広がって他に買われるのは嫌ですからね」
「……そうですか」
肉についての話はここで打ち切り、メイド長は用事があるという事で出掛けて行った。
追いかけるのも一興かも知れないが、今日は疲れたので放置しておこう。
「ところでま……」
「その話はまた後で、リディスが居ますので」
シルヴィーが失言をしそうになったので、言葉を被せて遮る。
「私が何なのよ?」
「ヨルムの正体と同じくらいの情報ですが、知りたいですか?」
「…………紅茶御馳走様。私はこれで失礼するわ」
何食わぬ顔でリディスは食堂から去って行った。
ヨルムと違い、俺の正体は知られるわけにはいかない。
もしも教えるとすれば、場が整った時だろう。
いつになるか分からないが、きっととてもよい顔を見ることが出来るだろうな。