第70話:商談
「私の名前はソローよ。ここら辺の顔役をしている。お前は?」
「ハルナと申します。ただの一般人です」
テーブルを挟んで反対側に座ったボスは、面倒そうにため息を吐いてから俺を睨む
魔界で出されるものには興味があったが、サタンの城と同じく紅茶であった。
コーヒーには困らなくなったが、日本人としてたまには緑茶が恋しくなる。
「それを信じろと?」
「では私がサタン様と戦って生き残ったと言うのとでは、どちらの方が信用性がありますか?」
「……それで話がしたいって言ったが、何の話だ?」
普通に考えて自国の王と戦ったって話よりも、一般人の方が信じるに値するよな。
さて、話についてだが、聞きたいことはほとんどテレサの時と同じである。
ただ、違う時点から見た場合、どう違うのかを知りたい。
別にこいつらでなくても良いが、襲ってきた奴らならば、心が痛まないし正当防衛となるので、アクマ達も文句を言わない。
「この国は他の国に比べてどうですか?」
「……全部と比べるわけじゃないけど、それなりに生きやすいよ」
「食べ物はどうですか?」
「そこら辺に寝っ転がっている奴らはともかく、私達は食うに困らないし、それなりに贅沢出来ているよ」
紅茶に口をつけると、城に居た時に飲んだのと同じ香りと味がした。
確かに、贅沢に暮らせているみたいだな。
それに毒の味もしないので、直ぐに何かしようとは考えていないみたいだ。
「この紅茶がその証と言うことですね」
「へ-。恰好から気になっていたけど、どこかのメイドでもしてるの?」
「そうですね。仕事としてやらせてもらっています。因みにソローさんは姉か、妹が居たりします?」
「さあ、これでも結構長く生きているから、忘れてしまったよ」
まったく反応しなかったが、誤魔化している辺り何かあるのだろう。
ただのカマかけなので答えて貰わなくても良いのだが、ボスと呼ばれるだけの事はある。
「そうですか。似ている人物を見かけたので、少し気になりまして」
「私に? ダークエルフなんてそうそういないと思うけど、一体どこでだい?」
「城で」
「ぶふぅ!」
丁度紅茶を飲んでいるタイミングで話すと、ソローは思いっ切り紅茶を吹きだした。
テーブルを挟んで反対側に居るので、その飛沫は俺の所まで届くが、届く前に魔法で全て蒸発させる。
一々詠唱しなくても魔法が使えるのは、この世界の良い点だ。
しかし、流石に反応したか第……多分こっちが、姉な気がするな。
「ボス!」
「だ、大丈夫だ。メイドって、まさか城で働いているのか? いや、意匠が違うからそれは無いか……」
「はい。その反応を見るに、知り合いか何かですか?」
一応暈してはいるが、国民にとって王妃は知っていて当然の存在……でもないかもな。
俺も首相の顔はパッと思い出せるが、その妻の顔は全く思い出せない。
そもそも魔界……と言うよりあのサタンが演説何かをしているとは思わないので、そこまで一般的ではないのだろうと思う。
「……アリサ、少し外に出てな。それと、おつかいと引き取りを頼む」
「承知しました」
おつかいに引き取り……どう考えても何かの隠語だな。
片方は分かるが、もう片方は流石に分からない。
とりあえず様子見だな。
アリサが部屋から出て行き、暫く無言の時間が流れる。
『屋根裏に居たのが居なくなったよー』
(了解)
「さて、お前が普通じゃないってのはさっきの魔法と言動で理解した。確認だが、此処に来たのは偶然か?」
「はい。適当に襲ってきたのを締め上げて遊ぼうかと」
「顔に似合わず狂暴な事で……」
懐からたばこと思わしきものを取り出したソローは火を付け、ゆっくりと擦ってから紫煙を吐き出す。
「偶然って言うのは信じてやろう。だが、どうして城に居た?」
「私に聞くより向こうに聞いた方が良いと思いますね」
「出来るわけないだろうが。立場を考えろ。本当にあの馬鹿は爆弾を連れてきやがって……あいつは元気にしていたか?」
ソローの言うアイツとはルシアの事だろう。
あの反応からそうだろうとは思ったが、当たっていたか。
「元気でしたね。娘さんの方もサタン様の娘らしく、やんちゃでした」
「あれにも会っているんかい……まあいいさ。他に聞きたい事はあるかい?」
「そうですね。あなたから見た他の国はどうですか? 戦争の気配や、種族間の抗争とか?」
「物騒だね……確か十数年前は荒れてたけど、ここ最近は静かなもんだね。魔界の癖に平和だよ。天界との小競り合いも無いしね」
「悪魔はどうですか?」
「地上で戦争でも起こらない限り、脅威にもならないね。憂さ晴らしの相手としては最適さ」
そう言えば悪魔は、人の感情の集まりだか何だかと言っていたな。
地上が平和なら魔界も平和って事か。
そして平和が長く続けば、天界との小競り合いが起こると。
一応魔界の均衡が保たれるようになっているって事か。
感覚的に天界と魔界は表裏一体って感じみたいだし、天界で問題が起これば、魔界も何かしら動きを見せるのだろう。
例えば魔王が天界に攻め入ったりとかな。
「しかし、ガキの癖に変な事ばかり聞くねぇ……迷惑料って事で付き合ってやってるが、何か面白い話とかないかい?」
タバコを一本吸い終わったソローは、二本目を吸いなが窓の外を見る。
地上もそうだが、魔界にも普通に窓ガラスがあるのは驚きである。
多分、生活が苦にならない程度まで文化レベルを上げているのだろう。
神なんてのが普通に居るわけだし、それくらいやっていそうだ。
さて、面白い話と言われても、これと言って思い浮かばない。
テレサを締めたとか、サタンと死闘を繰り広げたと言っても、間違いなく信じないだろうし。
ふーむ……。
まあ折角の出会いだし、あれでも出してみるか。
地上とは違い、こっちは何をしても問題ないだろうしな。
(アクマ)
『りょうかーい』
「面白い話か分かりませんが、珍しい料理に興味はありませんか?」
「私を驚かせられる様なものなら、興味は湧くかも…………一体どこから出した?」
コンポタが注がれているマグカップを、ソローの前にポンと出すと、驚きに目を見開く。
しげしげと見つめたとは持ち上げて匂いを嗅ぎ、眉をひそめる。
「匂いは良いが、黄色とは不気味な色だね。味は……」
一度喉を鳴らし、それからゴクゴクと口を離さず飲んでいく。
厨房でも見た光景だが、何とも豪快な飲みっぷりである。
スラムでボスなんてやっているだけはあるな。
「甘ったるいが、悪くないね」
「そうですか。これのレシピを売りましょうか? 聞いた所では結構安価な食材らしいので、売り方次第では結構な利益を見込めますよ?」
「対価は? 金が欲しいってわけでもないだろう?」
金についてはいくらでも方法があるので、別段直ぐに金が欲しい理由は無い。
ベヒモスの肉も買うより狩った方が沢山手に入るからな。
とは言ったものの、慈善活動をするつもりは毛頭ない。
「魔界の地図ってありますか?」
「地図か? 国単位ならあるだろうが、魔界全体となるとな……」
「直ぐでなくても問題ありません。そうですね……千日位を期限にしておきましょう」
周囲の地形データ等はアクマから貰えるが、世界地図規模となると少し面倒になってくる。
アカシックレコードで知らない場所や魔物を知ることが出来るが、全てを俺の頭に流し込めば、鼻血を垂れ流すことになる。
大雑把でも地図があれば、負荷を大幅に軽減できるし、旅も楽になる。
転移できるからってそれだけに頼るのは、不健全極まりないからな。
直ぐに敵を殺さなければなならまだしも、ただの移動だけで転移していれば、十年も暇を潰すのは無理だろう。
魔界に馬が居るか分からないが、馬車に揺られながらなんてのも楽しそうだ。
「それだけあればそれなりの物が出来上がるとは思うが……」
「これだけでは足りないという事ですよね?」
「その通りだ。各領の大雑把な境界程度ならまだしも、それなりに詳しいのが欲しいんだろう? なら、この程度じゃあ全然足りないさ」
「後払いで良い物を準備しておきます」
「ふーん。普通なら断るが、乗ってやろう。契約成立だ」
アクマにレシピを出して貰い、服の袖から取り出すふりをして取り出し、ソローへと渡す。
何か面白い物が見つかればソローに渡すとして、何も見つからなければ、ヨルムの素材か、シルヴィーをジャンプさせてコランプブライトとやらを集ればいい。
適当に餌を与えれば、どちらも快く協力してくれるだろう。
「それでは私はこれで失礼します。それと、部下の教育はしっかりとお願いしますね。二度目は無いので」
「ご忠告どうも。馬鹿達にはキッチリと責任を取らせておくよ」
溜息と共に紫煙を吐き出すソローを背にして、部屋を出て行く。
ソローと言う名前だが、間違いなく偽名だろう。
アクマの翻訳通りならば、中身が無いって意味となる。
態々そんな名前を名乗るって事は、偽名ですと言っている様なモノだ。
(でっ、あれとルシアの関係は?)
『姉妹だね。ソロー……まあ本名は別だけど、ソローが姉だね。姉妹仲は悪くないみたい』
正解だったみたいだな。
まあ知った所で使いようのないネタだが、ルシアに会う機会があったらおちょくってみるとしよう。
(それじゃあ最後の用事を済ませに行くか)
『位置は出してあるから、いつでも行けるよ』
ソローの家を出て、スラムの裏路地へと入って行く。
後ろから付いてくるストーカーが来る前に、転移によって姿を消した。