第69話:カチコミ
制止してくる城の門番を振り切り、やっと城の外に出た。
飛んでいる時にチラリと見たが、何もかもが王都で見たのより大きい。
道の幅もだが、建物も一件一件大きい建物が多い。
逆にかなり小さい建物もあるが、アンバランスさが中々シュールだ。
獣人やエルフも中々驚きだったか、こちらは更に獣色と言うか、人外感が強いのが多い。
人かと思い顔を見たら三つ目だったり、ただのエルフかと思ったら一つ目だったりと、顔一つとっても色んな種族が居る。
このまま街中を歩き続けるのも良いが、折角だし裏の方も見に行ってみるとしよう。
大通りから横道に入り、狭い通路を歩いて行くと喧騒が徐々に消えていく。
日当たりも悪くなり、ゴミも目立ち始める。
やってきたのは、所謂スラムと呼ばれている場所だ。
こっちは俺がイメージするような薄汚れた場所であり、窺うような視線を感じる。
『なんで自分から、危険な場所に行くのかなー?』
(別に危険ではないさ。お前が居れば奇襲されることはほぼないし、常に鎖を装備しているからな)
俺より少し背の高い少年が横を取り抜けようとするので、懐に入ろうとしてくる手を鎖で弾く。
聞こえてくる舌打ちを無視して、更に奥へと進んで行く。
骨にひびを入れるつもりで叩いたのだが、やはり丈夫だな。
手加減の強度を、少し引き上げておくとしよう。
仮に折れたとしても、問題無いだろうしな。
『まったく……そろそろ囲まれるから注意しておいてね』
(了解)
さてさて、一体何が釣れるかな?
時間的にもうそろそろベヒモスを狩らないと、夕飯に間に合わなくなってしまう。
帰る前の余興にもなれば良いが……。
「お前……見ない顔だな。お前見たいな上玉が、此処に何の用だ?」
現れたのは、片眼に傷を負った竜人っぽい見た目の奴と、取り巻きにオークっぽいのが二人。
ついでに息を潜めているの数名を、アクマから教えてもらう。
オークと言えば性欲の化身であり、女ならば幼女から老女まで犯すとか何とか。
俺にも欲情したりするのだろうか?
「社会見学の一環です。またはただの散歩とでも言えますね」
「……此処がどこだが分かっていて、そう言うのか?」
「はい」
あっ、額に血管が浮き出ている。
アクマに聞けば背後関係とかを直ぐに知れるが、やはりこう言ったやり取りも面白いものだ。
「小娘が一人でのこのこ現れて、無事に帰れると思っているのか? あぁ!」
「何もしていない幼気な私に暴力を振るうと?」
『ぶふぅ!』
今のはソラだな。態々聞こえるように笑うとは……エルメスにお仕置きしてもらうとしよう。
「……種族は分からんがそんな玉の肌だ。売ればさぞ大金になるだろう。俺達みたいな半端物はそれ位しか稼ぎ方をしらないからなぁ!」
男が叫ぶと、並んでいたオークっぽいのが襲い掛かってくる。
最初から近接戦を挑むとは……いや、下手に魔法を使って俺を傷つけたくないだけか。
外も中も、少女は無傷の方が高く売れる。
或いはスラムとは言え街中なので、下手に魔法を使うのを躊躇っているか……。
スカートの下から二本の鎖を出し、オーク達の足に巻き付けて、潜んでいる奴らの所に放り投げる。
少し重かったが、想定の範囲内だ。
「いきなり襲い掛かるとは野蛮ですね。この程度では失笑すら出来ませんよ」
「貴様!」
スカートの下から出したのと、腕の袖から更に二本の鎖を出し、ナイフを構えて突っ込んでくる竜人の四肢を拘束して、宙吊りにする。
拘束を外そうと暴れられるが、ほぼ無限に魔力を使える俺からしたら無駄な抵抗でしかない。
ヨルムみたいに変身でもされると大変だが、こんなスラムにいる奴が、あんな事を出きるはずもない。
これからどう料理したものか……。
「襲いかかって来たと言うことは、敵対すると言うことで宜しいですか?」
「くっ! 離しやがれ!」
ふむ。反省の色があまり見えないな。
『さっき投げたのと、残りが来るよー』
やる気のないアクマの声を聞き、更に追加で二本の鎖を召喚し、動きの牽制をしておく。
「いるか知りませんが、あなたの上の人の所まで案内しなさい。さもないと……」
左腕をへし折ると、小気味よい音が響く。
中々良い骨をしているみたいだな。
流石にヤバイと思い始めたのか、遠巻きに見ていたスラムの住人が逃げ始める。
「兄貴!」
「動かないで下さい。それで、案内してくれますか?」
オーク達を注意してから、竜人の右腕に巻いている鎖を強くしていく。
「ばっ……化け物かよ……」
「案内する気がない……と言うことで宜しいですか?」
「まっ、待て! 案内する! 案内するから止めてくれ!」
腕一本で弱音を吐くか。
まあ所詮下っ端の根性なんてこの程度だろう。
腕は後で治してやるとして、とりあえず案内させるとしよう。
首に鎖を巻き付け、四肢の鎖を解いてから地面に降ろす。
「それではお願いします、少しでも反抗的な態度を取ったら……分かりすね?」
「……分かって……います」
「よろしい。そっちの雑魚達は帰って良いですよ。これがいれば十分ですので……いえ、邪魔するのでしたら……」
「お、お前ら早く何処かへ行け! 俺の事は気にすな!」
オークの二人と、隠れていた二人が敵対心を露にしたが、竜人の声に従って渋々だがいなくなる。
やはり恐怖で従わせるのは楽で良い。
長期的に見ればデメリットしかないが、短期的に見れば時短になる。
コスパが良いとでも言うのだろう。
ただでさえ人が少ないスラムだと言うのに、更に人が少なくなった道を竜人にリードを付けて歩く。
一応日が昇っているというのに妙に薄暗く、どんよりとした空気が漂う。
「……あんた、何者なんだ?」
「ただの散歩をしていた一般人ですよ」
「そんな訳あるかよ……」
顔を顰めながら吐き捨てるように呟き、俺に敵意を向けてくる。
こいつが本当に目的の場所に向かっているか分からないが、罠だった場合はこいつを分銅の代わりにして、敵にぶつけるとしよう。
嘘を吐くと言うのならば、相応の覚悟をしてもらわないとな。
更にスラムの奥に進むと、他に比べて立派な建物が見えてきた。
正にボスが住んでいますといった感じだ。
何せ門番っぽい奴まで居るのだから、一般人の家の訳がない。
「止めろ。こいつは客人だ」
門番は俺達に気付くと剣を抜こうとするが、 竜人が声を掛けると動きを止める。
客人とは言うが、どう考えてもそうは見えないだろうからな。
しかし相当竜人は圧を出しているのか、門番は道を開けてしまう。
思いの外この竜人は偉いのだろうか?
ならばあんなチンピラめいた事をしない方が良いと思うのだが……まあ人様の事何てどうでも良いか。
「……入る前に一つ忠告しておく。ボスには絶対に手を出すな。もしも出すと言うなら、死んででも止める」
「そのボスとやらが、あなたと同じことをしなければ大丈夫ですよ。それと、その鎖を解けないのならば不可能ですよ」
普通の鎖とは違い長さなんて関係なく、俺に近づこうとするならば、鎖を操って遠ざける事も出来る。
魔法を使われたとしても、発動する前に首と身体がさよならすれば発動もしないだろう。
立派とは表現したが、あくまでもスラムの他と比べればであり、大体普通の一軒家より少し大きいくらいだ。
そんな家の中に入り、ボスの部屋と書かれた扉の前で止まる。
「誰だ」
竜人が扉を叩くと、中から女性の声が聞こえた。
ボスとやらは女性なのだろうか?
「少しへまをしまして……会っていただきたい人が居るんですが……」
「……入れ」
少しの沈黙の後、ドアが開かれる。
勿論竜人を先に行かせ、盾の代わりにする。
部屋には二人の女性と『屋根裏に二人居るからねー』……忍んでいるのが二人か。
椅子に座っている方がボスで、立っている方が秘書で、竜人と話していた奴だろう。
ボスは……ルシアに似ているな。
ダークエルフの見た目の違いが分からないのもあるが、ルシアよりも目元が鋭い位しか差が分からない。
「随分と似合っているじゃないか。でっ、客人ってのは?」
「このガ……少女です」
「……まじで? ……アハハハ! お前、負けたのかい! ――いや、この魔力……まともじゃないね。何者だい?」
高笑いを浮かべたと思ったら直ぐに冷静になり、鋭い眼光を向けてくる。
ほんの少し秘書の腕が動くのが見えたが、いつでも動けるように構えたのだろう。
スティーリアのメイドと違い、有能そうだ。
「ただの一般人です。歩いていたところ、お宅のこれに襲われましたので、上の顔でも拝んでみようと思いまして」
「……おい」
ボスの声に竜人は背筋をピンと伸ばし、冷汗を流し始める。
腕が折れているというのに、痛くないのだろうか?
「テメーまさか、私の教えた事を忘れたとか言わないだろうね?」
「いえ……その……少し痛い目に遭わせてから返そうかと……」
「それでやり返されてたら意味が無いだろうだろうが――この馬鹿! その腕が良い証拠だろうが!」
唾を飛ばす勢いで怒ったボスは大きく溜息を吐き、それから幾分か柔らかくした視線を俺に向ける。
「先ずは上に立つ者として謝罪をしよう。この馬鹿が馬鹿な真似をして、すまなっかたな」
「謝罪を受け入れましょう。私としても喧嘩を売りたいわけではないので」
「そうか、それは良かった――だが、これはまた別問題だよな?」
ニヒルな笑みを浮かべた後、先程と同じ鋭い目で、竜人の腕を見る。
ふむ。ここはすっとぼけても良いが、これ以上魔界で暴れるのはサタンの迷惑になってしまうので、穏便に済ませるか。
「はて、何のことでしょうか?」
「ガキだからって惚けて……本当にお前何者だ?」
話している内に鎖を一本折れている竜人の腕に巻き付け、無理やり伸ばしてから治療してやる。
声が出ないように口を塞ぐのも忘れない。
「言った通りですよ。良ければ少しお話をしませんか? そうすれば、これをお返ししますよ?」
「……座りな。アリサ、茶を頼む。それと、その馬鹿を捨てておけ」
アリサと呼ばれた女性の方竜人を突き出し、来着用と思われるソファーに座る。
ブロッサム家程ではないが、そこそこ柔らかいな。