第66話:レイディブアークの脈動
項垂れたライネが厨房と食堂を何度か行き来しながら、恙なく食事を終える。
俺が持ち帰る分は別にしてあるので問題ないが、ライネの分は……ドンマイだな。
「見た目はあれでしたが、とても美味しかったです。流石研修生となれるほどですね」
「そうだな。あれの材料は一体何だ? 砂糖とは違う優しい甘さだが、いくら飲んでも飽きがこなかった」
「トウモロコシの粒を砕いて色々と混ぜたものになります」
正式な材料名はトウモロコシではないが、アクマの翻訳上そうなっている。
ベヒモスが翻訳されないのは、元の世界には居ない生き物だからだろう。
それとサタンが優しいとか言うと、これじゃない感が凄い。
「トウモロコシ……なるほど。あの粒はそういう事か。…………俺に仕えないか?」
「お父様!」
「そうね。これ程の料理が作れるのなら、他にも……」
「お母様!」
バッヘルンの家に比べると、こちらは何とも普通の一家である。
立場に当て嵌めればバッヘルンよりも上の筈なのだが、まあ世界が違う様なものだしな。
テレサは何やら癖がありそうだが、親がこれなら大丈夫だろう。
今も驚いてから俺を睨むが、チワワみたいなものだ。
「あんたは……何故魔界に来たのですか! まさかお父様へ取り入るために!」
「て、テレサ。落ち着くのだ。これはシルヴィーナロスとの話し合いで決めた事だ」
「それが何ですか! 勝負です! 私と勝負しなさい! 私が勝ったら即刻出て行ってもらうわ!」
勝負ねぇ……チラリとサタンを見ると、物凄く動揺しているのが分かる。
ルシアの方は何も知らないから静観しているだけだが、きっと娘の成長に繋がるだろうとでも考えているのだろう。
俺を嫌っているテレサだが、言葉的に殺し合いをしたいわけではなのだからな。
「構いませんよ。その代わり、負けたら私が帰るまでの間……そうですね、魔界の事を色々と教えてもらいましょうか。これでも研修生らしいので」
そう言ってからサタンを見る。
俺と剣を交えたサタンならば、娘が殺されるのではないかと危惧するのは当たり前だろう。
だから、殺す気は無いのと、戦った後も瀕死にするつもりはないと伝える。
まあ腕や足の数本なら、砕いても直ぐに治せば瀕死にはならないだろうけどな。
「サタン。ハルナに対して妙に反応していますが、何か隠しているの?」
「……少し耳を貸せ」
サタンは悩んでから、ルシアを呼び寄せ耳打ちをする。
するとルシアは俺とサタンの顔を行ったり来たりと見て、驚いた表情を浮かべる。
「それって本当なの?」
「業腹だが本当の事だ。無下にはしないだろうが、俺とて不安になる事はある」
「……こんな小さい子なのに?」
「よく見て見ろ。今も魔法を使っているぞ。それも高密度のな」
「……これって、さっきの鎖をずっと展開しているのね」
ぼそぼそと内緒話が聞こえるが、俺が隠している鎖に気付くか。
ライネもそうだが、隠蔽している魔法に気付けるという事は、相応に強いという事だろう。
この状態では全力を出したとして、サタンに勝つのは流石に難しいだろうな。
サタンが使っていた大剣は普通ではなかったし、魔法も凄まじいものだった。
俺の鎖はあの大剣の前ではタコ糸程度のものだ。
レイティブアークを使えばそれなりに対抗出来るだろうが、今はまだ身体が先に駄目になってしまう。
普通の身体とは、魔法少女の時よりも脆いのだ。
「ぼさっとしてないで行くわよ! お母様!」
「……はぁ」
テレサはずんずんと食堂を出て行ってしまい、ルシアは溜息を零す。
教育に苦労しているのだろう。
「ハルナ。テレサは才能が有り、同世代では負けた事がないせいか、少し傲慢になっていてな。だが、あれでも可愛い我が子なのだ」
「貸しを返すという事で、軽く遊んできてあげますよ。ルシア様。案内をお願いします」
「私はあなたがサタンの言う通りの強さなのか少し疑問だけれど……まあ良いわ。見届けさせてもらうとするわ」
ルシアと共に食堂を出て、テレサの後を追う。
食堂を出る時にライネから、どうかもう一度コーンポタージュを作ってくれと頼まれたが、気が向いて尚且つ暇だったら厨房に行くとしよう。
ステーキも美味かったしな。
……レイティブアークで思い出したが、折角だし使ってみるかな。
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「遅かったわね! さっさと始めるわよ。お母様。審判をお願いします」
たどり着いたのは、城の修練場と思われる場所だった。
兵士と思われる者もちらほらと見られ、興味深げにしている様に見える。
王女がこんな人目がある所で、戦って良いのだろうか?
「はいはい。お互い無理はしないようにね。ハルナ、武器は大丈夫かしら」
「そうよ。私も無手の相手を嬲る様な趣味はないわ」
テレサはいつの間にか長い棒を持っており、それが武器なのだろう。
流石にただの棒ではなく、何かしらのギミックがあるのだろうが……。
サタンの大剣程の異様さはないので、所見殺しとはならないだろう。
「ありますのでご心配なく」
鎖を空中に出し、何もない所から大剣状態のレイティブアークを引っ張り出す。
久々に引っ張り出したレイティブアークは生き生きとしており……なんか脈動している。
フユネ程強烈ではないが、たまには使ってくれと意思が飛んでくる。
気持ちは分かるが、この武器は馬鹿二人のせいで強力過ぎるのだ。
アルカナは魔女を殺すために生まれた存在だ。
本人たちは戦闘能力を持っていないが、立場に当て嵌めればこの世界の神より上で、管理者の下となる。
そんなやつらの素材で作られた剣が普通では無いのだ。
「えっ……何よそれ……」
「……」
神々しいと言うよりは、禍々しい雰囲気を醸し出すレイディブアークを見たテレサは固まり、ルシアは閉口する。
空中で一回転させてから鎖を離し、落下して来た所を掴む。
重量を操作できるから良いが、素で持つのはまだ無理だな。
「私用に作った剣です。それでは始めましょうか」
「ストップ! ちょっと待って!」
戦おうとテレサの前に出ようとすると、ルシアが待ったを掛け、近寄ってくる。
「そんな物騒な武器を、なんで持っているのよ。それってどう見ても神器クラスじゃない!」
やはり見る人が見れば分かるものか。
リディスはそんなに反応をしてなかったが、流石魔界の王の妃だな。
だが、気持ちは察するが、この剣は脅し様なので安心してほしい。
「ちょっと脅すには良いと思いまして。これで真面に打ち合えば、塵すら残らないでしょうから」
「……本当に、本当に脅すだけよね?」
「勿論です」
不安そうにしながらルシアは下がるが、今でも逃げ出さないテレサには感心である。
何か策があるのか、それともただの強がりか。
「それじゃあ模擬戦を始めるわ。降参した方が負けだから、くれぐれも、くれぐれも追い打ちはしないように」
「わ、分かっているわ」
「問題ありません」
鎖を四肢に巻き付け、身体強化の代わりにしながら、レイディブアークを構える。
『無理したら……』
(さっさと終わらせるから問題ない)
アクマが文句を言う前に言葉を被せておく。
フユネの時や今も、無理をするなと言われているので、それなりに身体を気遣っている。
まあフユネの時は少々危うかったが、サタンと戦う前に、それなりに狩れていたのが功を成した。
もしも来て直ぐに戦っていれば、戦意を抑えられなかっただろうからな。
「それでは……始め」
「フレイムランス! ダークニードル!」
始まりと共に放たれるテレサの魔法。
威力的にはメイド長よりも下だな。
レイディブアークを振るい、フレイムランスを打ち消す。
ダークニードルと共に接近してい来るテレサだが、戦術としてはまあ悪くない。
左手からのばした鎖でダークニードルを打ち消し、振るわれた棒をレイディブアークで受け止め……切断する。
「……へっ?」
「戦いで隙を晒すのは感心しませんよ」
テレサが持っている棒は全長二メートル程であり、現在は先っぽを斬り飛ばしてしまっている。
だが、まだ一メートル三十センチ以上は残っている。
テレサが固まっているう内にレイディブアークを二刀に分け、棒を切り刻んでいく。
フユネの力を使って直ぐ後だからか、いつも以上に剣が使いやすい。
「ちょっ! くっ! フレイムボム!」
「ここで魔法は悪手ですよ」
不利を悟ったテレサは魔法で距離を離そうとするが、レイディブアークで発動する寸前の魔法を破壊する。
「そんな! きゃっ!」
驚きながら棒を手放して距離を取ろうとするテレサを鎖で転がし、レイディブアークを元の大剣に戻す。
勝敗は決したと言っても良いだろう。
しかしまだ痛い目には合ってもらっていないし、降参とは聞いていない。
鎖の補助を得て少し高めにジャンプする。
「テレサ!」
ルシアが悲鳴を上げる中、剣先を地面……テレサの顔へと向け一気に刀身を突き刺す。
刀身はテレサの尖った耳のすれすれへと刺さり、柄まで地面へと飲まれていく。
そして俺と怯えるテレサの顔が、すれすれで向かい合う。
「降参……していただけますね?」
「こ、降参する……ます」
レイティブアークを引き抜き、そのままアイテムボックスにしまう。
脅しとしてはこれくらいで良いだろう……あっ、少しやり過ぎたかもしれん。
仄かなアンモニア臭が漂い、地面が濡れていく。
そこまで驚かす気はなかったが…………とりあえず蒸発させて、他の人には知られないようにしておいてやろう。
せめてもの情けだ。