第65話:ほら、飲めよ
コーンポタージュ。作り方は案外簡単であり、モノによっては誰だって作れるだろう。
手間ひまかけて作る場合は大変だが、大変な作業は全て鎖で行う。
ミキサーが無ければ大変な作業も、魔法の鎖でご覧の通りと言った感じだ。
「え、キモ」
なんて事を作業中にライネから言われたが、ライネも俺と似たような事をしているのでお互い様だと言いたい。
糸を飛ばしたり四つの腕を起用に使ったりと、中々凄い作業である。
これならば一家程度の料理量を、一人でこなせるのも納得である。
まあ俺が本気を出せば、一家ではなくて都市程度ならば賄えるだろうがな。
『ハルナってやっぱり負けず嫌いだよね』
(負けるのが嫌いじゃない男は男じゃないさ)
『今は女の子じゃん』
(磨くぞ?)
たとえ身体が変わろうとも、心まで変わる気はない。
これまで散々辱めを受けてきたが、やはり女の気持ちと言うモノは理解できない。
理解できないったら理解できない。
少し前に同じことを考えた気もするが、大事なので自分に言い聞かせる。
そんなこんなで作り終わったので、味見をしてみる。
良い感じにとろみがあり、粒もアクセント程度に残っている。
流石アクマレシピだ。
無難な美味しさである。
折角だし出す時は、クリームとパセリを載せるとしよう。
たまには見た目にも気を遣わなければな。
「完成しましたので、味見をお願いしても?」
「……これがスープなの?」
「食材は見ていた通りですので、安心してください」
作ってみてから思ったが、黄色だけのスープって初見だと不気味に感じてもおかしくない。
コーヒーやコーラ何かも、何も知らないで差し出されたりすれば、飲むのを躊躇うだろう。
ライネは嫌そうな顔をしながらも俺が差し出したカップを受け取り、匂いを嗅いでから、目を閉じてコーンポタージュを飲む。
そしてそのまま口を離す事なく全てを飲み干しやがった。
一応熱々なのだが、よくそのまま飲めたな……。
「……濃厚で美味しいわね」
「気に入っていただけたようでなによりです。お出ししても宜しいですか?」
「大丈夫よ。それと……その……レシピを教えてもらえない?」
レシピと言う程のモノはないが、その位は構わない。
俺と同じように作る事は出来ないので、一部はライネに頑張ってもらう事になるがな。
ライネにコーンポタージュの作り方を教え、昼食の時間になるという事で、出来上がった料理をカートに載せる。
因みにレシピの対価として、魔界特有の食材を貰う事にした。
食料はいくらあっても問題ないからな。
「それじゃあ行きましょう。きっとルシア様達も驚くと思うわ」
料理の数は四人分か……ライネの分ではないだろうし、誰の分だ?
……まあ行けば分るか。
「それ程の料理では無いと思うのですがね」
「私としては食材の新しい使い方を知れたから、かなりありがたいものよ? 私の背中に乗せてもいいくらいのね」
背中……うん。流石に蜘蛛の背中に乗るのは、流石の俺でも少し覚悟がいるな。
なんて事は無いのだろうが、未知なものに恐怖を抱いてしまうのが人間だ。
厨房を出て少しすると、扉が開け放たれた部屋が見えたので、そこが目的地だそうだ。
「お待たせしました。本日の昼食となります」
中に入ると、サタンとルシア。それから子供が一人テーブルに着いている。
何とも気の強そうな表情をした子供だが、気が強くない子供を、俺はリディス位しか知らない。
あれも覚悟が決まっている時は中々なモノだが、それ以外の時は基本なよなよしている。
「おい。お前も席に座れ。一応客人になるのだからな」
「あなた。その言い方はないでしょう」
どうやら料理は、サタン一家と俺の分という事か。
肉を焼いただけとは言え、魔界での料理も気になるし、ここは素直に言う事を聞くとしよう。
その前に配膳だけはライネと一緒にするがな。
黙ったまま俺をジッと見てくる子供を無視して、鎖で皿を持ってテーブルに乗せる。
ルシアはかなり驚いているが、サタンは苦々しい顔をして黙ったままだ。
「本日はベヒモスのステーキに、旬のサラダ。それからハルナの作りましたコーンポタージュとなります。味は私が保証します」
最後にライネが料理を説明をしてから、壁際へと移動する。
「色々と聞きたい事はあるけど、これがあなたが作り、あのライネが認めた料理ね……」
「お父様。お母様。この小さな子は誰ですか?」
「そやつの名はハルナ。神シルヴィーナロスが遣わした、研修生の様なものだ」
「天界の……」
キッと強く睨まれるが、何故だろうか?
「ハルナ。その子は俺とルシアの子である、テレサだ。傷一つ付けないようにな」
「何もされなければ何もしませんよ。それよりも、私も一緒で構わないのですか?」
そう聞くと、サタンは更に苦い顔をするが、ルシアが口を挟んできた。
「客人を持てなすのは当然の事よ。サタンは嫌だと言ったけど、王として責務は果たして貰わないと」
「いや……こやつは……むう」
「私もこんなのと食事なんかしたくありません」
「あなた達は……」
ルシアがわなわなと震え、今にも爆発しそうだな。
いつの世も、母親とは大変なのだろう。
テレサはサタン譲りの黒髪で、目は母を譲りのキツイ目付きをしている。
肌は白いが耳は尖っているので、地上のエルフと瓜二つだ。
もし違う点があるとすれば、何故か悪魔らしい尻尾がある事だろう。
「折角ライネさんが作ってくれたものですので、私は居ないものと思い、お食べ下さい。私の作ったものは食べていただかなくても結構です」
「……小さいのにしっかりしてるのね。それに比べてうちの二人は……とにかく、頂きましょう。テレサはもし食べなかったら、アスモデウス様の所に送りますよ」
「……分かりました」
何とか場が収まり、料理が冷める前に食事が始まる。
子供が多少我儘なのは仕方ないが、サタンも親なのだからしっかりとして欲しい。
知らない名前出て来たが、アスモデウスは確か色欲の悪魔だった様な気がする。
反応的に嫌がっているのだろうが、一体どのような人物なのだろうか?
「さて、ハルナが作ったのが、この……この……黄色いスープなのね」
「天界はこんな変な物を料理として出しているのね」
分かっていたが、やはり拒絶反応を示すか。
料理中にライネへ聞いたところ、トマトスープはあるとの事だったので、ミネストローネにでもすれば良かったかもな。
あれはあれで美味しいし。
「料理を人に作って頂いておいて意を唱えるのは、流石の私でもどうかと思いますよ。嫌ならお下げします」
壁際に居たライネがルシアとテレサを叱るが、これは何も矜持があるからとか、人としてのあれこれがあるからではない。
厨房を出る時に、コーンポタージュが余ったらライネに少し分けても良いと伝えたせいだろう。
最低限叱りはするが、後ろ脚がそわそわと動いている。
内心では一口も食べられずに、皿を下げられるのを望んでいるのだろう。
一口食べれば抵抗が無くなるのを、ライネは分かっているのだろう。
そんなルシアとテレサを無視して、サタンは不機嫌そうにスプーンでコーンポタージュを一口飲む。
それから二口三口と無言で飲み進める。
その様子に驚いたルシアも同じく一口飲むが、それからはサタンと同じである。
ライネの方を見るとそわそわとしていた後ろ脚は動きを止め、うなだれていた。
「お、お父様お母様どうなされたのですか!」
コーンポタージュに手を付けていないテレサは慌てたような声を出し、やっとルシアが手を止める。
「テレサ。いらないなら私が貰うわ。無理して食べなくて良いのよ」
「お母様!」
家族の団欒を邪魔するのも何だし、俺はステーキを食べるとしよう。
周りの音は全て雑音だと思えばいい。
さて、お味の方は……ふむ。王国とは違い、普通に美味しいな。
味付けは塩と、なんかの香草だが、食欲をそそる。
ベヒモスがどんな生き物か分からないが、肉はとても柔らかい。
それなのに崩れる事は無く、噛み応えも中々である。
もしかして、地上よりも魔界の方が住みやすいのではないのだろうか?
カイルの言葉を信じるならば、飯がまずいのは王国だけらしいが、魔界ならばいくらでも戦う事が出来る。
それに、サタンの様な強者がまだまだ居るだろう。
罰ゲームが終わったらば……いや、先に地上で旅をするとしよう。
楽しみは後に取っておいた方が、楽しみが増えると言うモノだ。
「……おい。これはまだあるのか?」
コーンポタージュを飲み終えたサタンが、気まずそうに俺を見てくる。
どうやら、ライネの分は残らないかもな。
因みにテレサは、俺を睨みながらコーンポタージュを飲んでいる。
テレサとルシアの間で何があったのかは…………子に嫌いな物を食べさせる時は、先ずは自分からってやつだな。