第63話:貸し一つからのお手伝い
フユネを追い出して魔法少女となったが、あまりアイツを放置しておくのは良くないと改めて理解した。
俺が第二形態と呼んでいるフユネを開放した姿だが、俺の記憶が正しければ銀髪に赤眼。それと黒と赤が入り乱れたドレスアーマーみたいなものだ。
なのだが今回は髪が真っ黒であり、服も墨のように黒く、アーマーも無しであった。
思考も思っていたより持っていかれたので、もしももっとフユネのストレスが溜まっていた場合、暴走の恐れもあった。
これから、魔界には定期的に来るとしよう。
しかし、久々にスッキリとした、清々しい気分である。
今ならば大抵のことは許せる気がする。
それにしても、サタンか……個人的な考えだが、サタンと言えば山羊の頭に巨大な体格。
毛深い下半身にマッチの上半身なのだが、目の前の男は身長こそ二メートル程と高いが、見た目は人間とあまり変わらない。
黒い髪をオールバックにしていて、目つきは悪い……が、所謂イケメンである。
まあ髪は先程の戦闘で乱れてしまっているが、俺も男の頃はこれ位の身長と顔が欲しかったな。
「それにしても、本当に暴れたね~。あちこち穴だらけだよ~」
「貴様の手引きだろうに……。それで、貸しについてだが、お前は戦う以外で何か出来たりするのか?」
「家事全般は出来ますね。それと、この程度の荒地なら元に戻すことも可能です」
それなりに魔力を使うだろうが、どうせ魔力は供給され続けるので問題なく直す事が出来る。
流石に草木は無理だが、耕す事も可能だ。
魔界と呼ばれるような場所なので、地下の様な場所だと思ったが、普通に太陽っぽいのがあるし、草木も生えていた。
アクマ曰く、裏の世界の様なものらしい。
天界を合わせて三つの次元が、重なるようにして存在しているのだとか。
「なるほど……ふむ。今のお前からは邪気も感じぬし、今回の戦いは些細なすれ違いだったという事にしておこう。それと、戦いの詳細は誰にも話すなよ」
「分かりました」
「危うく負けそうになったなんて知られれば、大変だもんね~」
シルヴィーが余計な事を言い、再びサタンに睨まれるが、サタンは舌打ちをするだけで何も言わない。
真面目に相手をするだけ損なのだろう。
『おや? 何か接近してくるよ?』
唐突にアクマが話しかけてくると、空からサタンの名前を呼びながら近づいてくる影があった。
「サタン様ー! って、貴様は!」
「どうも~。昨日ぶりだね~」
降り立ったのは俺が想像するような悪魔であり、山羊の頭で五メートル程身長がある。
サタンと同じくシルヴィーを睨みつけ…………表情が分からんが、怒っているので多分睨んでいるのだろう。
「騒ぐな。こいつには何を言っても無駄だ。それより、何かあったのか?」
「ルシア様がお怒りです! どうして釣りをしているのかと思ったら、また仕事をサボっていたんですね!」
剣を交えた時に察したが、サタンは直感で動いていた。
技量からは理を感じたが、脳筋……所謂、細かい書類仕事などが苦手なのだろう。
「いや、サボっていた訳では……」
「問題なかったのならさっさとお帰り下さい! あの方が怒ると大変なのはサタン様が一番分かっているでしょう!」
王の風格を纏っていたサタンは見る見るう内に駄目オヤジの風格に変わり、表情も弱々しいものとなる。
そして、ふと俺の方を見る。
「……お前、俺の仕事を手伝え。それで貸しをちゃらにしてやろう」
「その小さいのは何でしょうか? 天使ではないようですが……」
今更俺の存在に気付いたのか、悪魔は首を傾げながら眉をひそめる。
「そいつはデモンの報告にあった人間だ。姿は変わっているが、上級悪魔を赤子の首を捻る様に殺せる強さの持ち主だ」
「初めまして、シルヴィーさんに巻き込まれたハルナと申します。お見知り置き下さい」
「これはご丁重に。私はサタン様の側近をしているデモンと……えっ? これがですか!」
見た目に似合わず丁重だが、最後の一言が余計だ。
悪魔なだけあり、人間を下の生き物として見ているのだろう。
「デモンでは勝てぬ故、下手な事をするでないぞ。死なれると困るからな」
「……嬉しくはあるのですが、ルシア様への生贄にするためですよね?」
「シルヴィーナロス。人間を借りていくぞ。帰りはこちらで手配する」
「自分で帰れるので大丈夫です。それと、夕飯までには帰ると伝えておいてください」
「は~い」
デモンを無視したサタンにひょいと抱えられ、手を振るシルヴィーに見送られて空の旅に出る。
眼下のデモンが落ち込んでいる様に見えるが、あんな見た目で苦労人の様だな。
上の人間に苦労させられる気持ちは知っているので、これからも頑張って欲しい。
1
空を飛ぶ事約十分。
城の様な場所にサタンは降りて、そのまま歩き出す。
あまり文化とかそういったものがないと思っていたが、立派な城だけではなく城下町もある。
ローデリアスよりも劣るが……後は実際に見て考えるとしよう。
何でもかんでもアクマに聞くのではつまらないからな。
しばらく城内をサタンは歩き、それから部屋に入る。
そこはバッヘルンの部屋よりも簡素だが、おそらく執務室なのだろう。
大量の書類が机の上に置かれ、処理されていないのが分かる。
「俺がサインするから、お前は書類を許可。不許可。保留で、箱に分けてくれ」
その程度ならば楽だから良いが……紙はそこそこ厚いから、鎖で挟んで持つことが出来そうだな。
鎖が使えるなら、魔法少女じゃない方が効率が良いだろう。
念力とか使えれば良いのだが、俺が魔法少女の能力で使えるのは自然系の属性魔法だけである。
「うお! ……また姿が変わったな。お前はシェイプシフターか何かか?」
「ただの魔法少女ですよ。それよりも、早くサインして下さい。この量では早々終わらないですよ?」
「分かっている」
サタンは椅子に座ると、一番小さい山から紙を取り、軽く読んでからサインをして印鑑を押す。
俺はその紙を鎖で摘まみ、不許可の文字が見えたので、不許可の箱に仕分ける。
そんな事を数度続けていると、サタンの手が止まる。
「……まるでびっくり箱みたいな人間だな。」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「徐々に速度を上げていく。追いつかなさそうなら言えよ」
「どれだけ早くても此方は問題ありませんよ。鎖は一本だけではありませんからね」
数本の鎖を空中に浮かべると、サタンは少し驚いてから猛々しい笑みを浮かべる。
それから先程とは比べ物にならない速さで、書類を処理していく。
此方も数本の鎖で書類を箱の中へと詰めていき、暇を見ては窓から外を見る。
この程度ならばまだまだ思考のリソースに余裕がある。
(何度か話に出ていたルシアは、サタンの嫁か?)
『だね。因みに正式名前はアモンルシア。由緒ある所の出みたいだね。因みに魔界の知識はいる?』
(必要ない。少し位異世界ってのを楽しみたいからな。前に貰った最低限ので十分だ)
窓から見える城の庭には、兵士とや使用人が見える。
人の姿っぽいのも居れば、下半身が馬だったりタコだったりと、ユーモア溢れる光景だ。
地上の方もエルフやドワーフやらと珍しい光景だったが、向こうをペットショップとするなら、こちらは動物園だろう。
珍しさが違う。
俺が来て早々に殺したのは何か影みたいな奴や、竜人みたいな奴だったり、他にも狼の様な奴もいた。
悪魔と一口に言っても、人型だったり獣型だったりするので、種類分けするのは面倒だ。
サタンは俺が余裕そうにしているのが気に食わないのか、更に速度を上げているが、俺は鎖の数を増やせば良いだけなので、無駄な抵抗だと言うに……。
手の動きは人よりも早く、残像が出る程だが、俺に勝ちたければ物理的に腕を増やしでもしなければ無理だろう。
一時間程で紙の山は三つの箱の中に分かれ、仕事が終わった。
サタンは机へと上半身を投げ出し、俺を睨みつけてくる。
ドヤ顔の一つでも向けてやろうか?
……まあ、表情筋が上手く動かないので、自分の意思では作れないのだが。
身体が新しくなり、筋力のデメリットも無くなった筈なのだが、このデメリットだけは残っている。
元々死体だった身体を使っているので仕方ないのかもしれないが……まあ良いか。
「お疲れ様です。人間とは違い、素晴らしい早さですね」
「……怒る気にもなれん。茶を頼むが、お前も飲むか?」
「いただきます」
サタンが机の上にある端末らしきものを操作してしばらくすると、扉を叩く音がした。
「入れ」
「入れじゃありません! あなたと言う人は……あら?」
カートを押しながら現れたのは、褐色の肌に尖がった耳をした女性。
髪はワインレッドで、目付きが鋭い事もあり、気が強そうに見える。
所謂ダークエルフと呼ばれるだろう種族の女性だった。
そしてサタンは声が聞こえると共にピンと背筋を伸ばし、冷汗を流して俺の方を見てきた。
ふむ……これはあれか、修羅場かもしれんな。