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第62話:憤怒の王サタン

 魔界。そこは悪意が蔓延り、力こそが全ての世界。


 七人の王が居り、それぞれが領地を持って統治している。


 稀に代替わりや一時的に王が不在になる事もあるが、基本的に七人となっている。


 人とは違い物理的な食事を必要としないので、一部を除いて文化的とは言えない生活を送っている。


 ……と言うのは文献お話であり、実際に魔界の事を知っている者は、人類にはいないだろう。


 そんな魔界だが、七人の魔王は困惑していた。


 「今度人間が一人遊びに行くから、宜しくね~。あっ、殺せるとは思わないけど、殺せるなら殺しても良いからね~。殺せたら何かプレゼントをあげるよ~。それと、会いに行かないようにね~」


 神の一柱であるシルヴィーが突然現れ、そんな事を言って帰って行ったのだ。


 しかも七人全員の所でだ。


 今代の王達は大きな確執もないため、直ぐに連絡を取り合ったが、ただただ困惑する事となる。


 魔界と天界は基本的に生者が来られないようになっており、来たとしても直ぐに有象無象に見つかり、殺されて物言わぬ血肉となる。

 

 つまり、王達が何もしなければ来たとしても、直ぐに死んで終わる事になるだろう。

 

 シルヴィーの考えは分からないが、先ずは様子見という事で話し合いは決まり、シルヴィーの言う人間が来るのを待つ事にした。


 そんな適当な対応をした王達だが、それからしばらくして――絶望が現れた。


「サタン様! サタン様ー!」

「騒がなくても聞こえている。どうした?」


 サタンは七人居る王の内の一人であり、暇潰しに池で釣りをしていた。

 

 そこに側近であるデモンが、慌てながらやって来た。


 サタンは王なだけあり、強さで言えばレッドアイズスタードラゴンより強く、側近であるデモンもそれに近い実力の持ち主である。


「黒い渦から人間と思われる存在が現れました! また、その人間を近場に居た悪魔達が直ぐに襲い……」

 

 サタンはデモンの報告を途中まで聞き、既にシルヴィーが言っていた人間が死んだのだと思った。


 ただの人では下級の悪魔すら倒すのが困難であり、中級ともなれば街や都市を挙げて戦う必要がある。


 だが……。

 

「――悪魔達が一瞬で殺されたそうです」

「何? 悪魔の階級は?」

「詳細は分りませんが、最低でも中級が二人と下級が五人程度です」

「ありえん……」


 過去に勇者と呼ばれた存在ならばともかく、そんな者が現れれば魔界にもすぐに情報が伝わる。


 シルヴィーは一体何を連れて来たのかとサタンは考えるが、あの風の神が考える事を理解出来る存在は居ない。


「その者の容姿は?」

「黒い髪で、黒い服を着た少女だそうです。逃げてきた者が言うには、襲ってこない限り殺さないそうです」

「……神の侵略兵と言う訳ではないわけだな。しかしその容姿では、どちらかと言えばこちら側な気もするが……」

「現在は悪魔を狩りながら彷徨っていますが、如何なさいますか?」


 クシナヘナス以外の神は明るい色の髪をしており、その部下である天使も同じである。


 黒い髪で天界に連なる者はいないとされている。


 どちらかと言えば魔界側に居る様な容姿なのだが…………サタンは釣り竿を置いて、腕を組んで考える。


 悪魔を葬れるとは言え、相手は人間である。


 王である自分が出なくても、その内死んでしまう筈だ。


 しかしシルヴィーが言っていた事が気になるのも確かだ。


 殺せるものなら殺してみろ。だが、自分で会いには行くな。


 負けるとは思っていないが、下手に怪我を負えば、魔界中の笑い者になるかもしれない。


 そこら辺をうろついている悪魔がいくら死んでも、サタンとしては構わないが……。


(余興としてはありかもしれんな。娘への土産話にでもなるだろう)


 幸い人間はサタンの管理する領土に居る。


 今ならば他の王に邪魔されることもない。

 

「俺が見てこよう。最近は暇で仕方ないからな」

「私としては平和なのは良い事だと思いますが……ご武運を」


 サタンはデモンから人間が居る方向を聞き、翼を広げて向かう。


 空を飛ぶサタンは妙な胸のざわつきを感じるが、気のせいだろうと思い、首を振る。

 

 そして眼下に、人間と思わしき存在を発見する。


 人間の前には上級クラスの悪魔が、斬られた腕を押さえながら対峙しており、サタンは目を見開いた。


 そして次の瞬間、悪魔の残りの四肢と首が地面へと転がった。


(一体どんな化け物を寄越したと言うのだ! あの馬鹿神が!)


 サタンはシルヴィーを罵りながらも、外には出さないようにして、人間の前に降り立つ。


 デモンからの報告の通り、黒髪で黒い服……ドレスを着た少女。


 しかしその赤い瞳は、サタンすらも動揺してしまいそうになる程、憎悪に染まっている。


 黒い剣と赤い剣をだらんと下げているが隙はなく、サタンが戦う意思を見せれば、直ぐに動き出すだろう。


「――何者だ?」

「マナーがなってなくてよ。名前を尋ねる時は、先ずは自分からでなくて?」


 王である自分を前にして、この余裕。


 本当に人間なのかと、サタンは疑いたくなる。


「魔界で俺を知らないとは、貴様がシルヴィーナロスが言っていた人間だな?」

「そうよ。それで、あなたは?」

「俺はこのあたり一帯を治めている王である者だ。名は……」


 サタンは火と闇の混合魔法を人間に放ち、目を細める。


 黒龍波と呼ばれるこの魔法は、相手が燃え尽きるまで消える事がなく、天使でも抗うことは出来ない。

 

 しかし炎は斬り裂かれ、先程変わらない少女が佇んでいる。


 これを受け止めると言うのならば、それはもう人類とは言えないだろう。


 そして自分と戦うに相応しい、強者である証でもある。


「我が名は憤怒の王サタン。冥土の土産にとっておけ」

「残念ながら、そんなお土産はいらないわ。それと、私はフユネよ」


 サタンは巨大な剣をどこからともなく取り出し、フユネへ斬り掛かるが、フユネは両手の剣を交差させて受け止める。


 そのまま力押ししようとするが、危険を感じたサタンは一度距離を取りながら、火の禁忌魔法を放つ。


 フユネは魔法に突っ込んでいき、先程と同じく魔法を斬り裂いて四散させる。


 距離を詰めそられそうになったサタンは身体を魔法で強化し、剣で正面を薙ぎ払う。


 地表が捲れ上がりフユネを押し潰そうとするが、空を跳ぶように駆け上がって避け、頭上から斬撃を飛ばす。


 ギリギリで避けるサタンだが、人間がここまで戦えることに驚愕し、油断すれば自分ですらやられるのではないかと、冷汗を流す。


 華奢な身体なのにサタンの持つ剣を受け止め、禁忌魔法すら余裕で無力化する剣技。


 おまけに、剣の技量も高いときた。

 

 頭上から迫りくる剣をサタンは受け止め、力の限り吹き飛ばして距離を取る。


 しかし吹き飛んだフユネは空中を足場にして、直ぐに距離を詰めてくる。


 不可解な動きに驚きながらも向かい打つが、二合……三合……十合と重ねていくにつれ、サタン側が押され始める。


「憤怒の王なのに、思ったよりも温いのね。私でもなれそうだわ」

「それだけの憎悪を孕んでいながら人の形を保てるなら、俺よりもお似合いかもな!」


 悪魔の中でもサタンは残忍な性格だが、脳筋でもある。


 剣でぶつかり合った事により、フユネの異様さを肌で感じ取ったのだ。


 怒り。憎しみ。苦しみ。嫉妬。殺意。怨み。後悔。


 到底人の身では抱え込む事の出来ない想いを抱きながらも、人の形をしている存在。


 この魔界でも、これ程狂った存在はいないだろう。


 地面が割れる一撃をフユネは紙一重で潜り抜け、サタンの片腕を刈り取る。


 しかしサタンは瞬時に新しい腕を生やし、バランスを崩しながらもフユネに殴り掛かる。


 それは見えない壁で防御されるが、今度は剣を突き出して壁を砕く。


 だがその間にフユネはサタンの後ろに回り込み、 今度は反対の腕を斬り落とす。


 しかしサタンも仕返しとばかりにフユネの腹を蹴りで抉り、鮮血が飛び散る。


 だがフユネの傷は直ぐに元通りに治り、不敵な笑みを浮かべる。


 その様子に不気味さを感じながらも、直ぐに腕を生やそうとするサタンだが、何故か上手くいかず、血が流れ続ける。


「……何をした?」

「少し掻き混ぜただけよ。それにしても、結構楽しいわね」


 クスクスとフユネは笑い、サタンは腕を治そうと四苦八苦するが、ふと異変に気付く。


 フユネの黒い髪はいつの間にか色が抜け落ち、銀髪になっているのだ。


 相変わらず身を焦がすような憎悪はそのままだが、原因が分からない。


 一か八か、サタンが勝負に出ようとしたその時だった……。

 

「ストップ! ストップ~」


 慌てながらも、気が抜ける様な声が聞こえてきた。 


「何か用かしら? これからが一番楽しい所なのだけれど?」

「いや~うん。焚き付けたのは私だけど、それを殺されるのは少し困っちゃうんだよね~」


 どこからともなく現れたシルヴィーは、フユネとサタンの間に立ち、焦ったような身振り手振りをする。


 強いのは分かっていたが、まさかハルナがここまで壊れた存在だとは思わなかったのだ。


 屋敷で会ったハルナはどちらかと言えば甘い人間であり、シルヴィーが知りえた情報では、フユネはあくまでも人間なので、アルカナの様な危険性はないと判断した。


 クシナヘナスにもアルカナを使用して勝ったと知ってたので、アルカナ無しならば流石に勝てないと踏んでいた。


 だが、結果として互角の……フユネの方が有利だった。


 サタンもまだ奥の手を隠しているが、それはフユネにも言える事だ。


 更に言えば、既に周囲の地形は二人の戦いで荒地となり、巻き込まれた悪魔も多かったりする。


「……それは一体なんだ? 人間なのは確かみたいだが、悪魔よりも悪魔らしいぞ」

「ちょっと訳ありの子だよ。根は良い子なんだけど、ちょっとストレスが溜まっていたみたいでね~。それで、手を引いてくれないかな?」


 サタンに言葉を返してから、フユネに向かって頭を下げながら手を合わせる。


 あのシルヴィーが頭を下げるのを見てサタンは驚き、それからフユネの方をじっと見る。


 もしも断れば、ここから先は魔界全土を巻き込んだ戦いになりかねない。

  

 サタンとしては、結果としては受け入れるが、出来れば生死を賭けた戦いをしたく無い。


 何故ならば、可愛い娘が居るからだ。


 フユネは溜息を吐き、両手の剣を鞘に納める。


「仕方ないわね。今日の所はこの程度にしておきましょう」

「ごめんね~。悪魔王達以外は良いんだけど、今の情勢で殺されると困っちゃうんだ~。それと、もうそろそろ戻ってくれないかな?」

「これも私なのに、酷い言い草ね。まあ、私は帰るとするわ」

 

 フユネの身体が輝くと、次の瞬間には白いフードを被った姿となり、異質な雰囲気も消え失せる。


 サタンはまるで化かされた様な気分になるが、まだ腕は回復できず、片腕の手で剣を持った状態で警戒しておく。


「結構暴れましたね。かなり静かになりました」

「いや~。本当にびっくりだよ。次からはもっと穏便にね?」

「善処します」


 シルヴィーは何とか最悪の結末を回避できたと安堵するが、巻き込まれたサタンとしてはたまったものではない。


 いきなり現れて喧嘩を吹っ掛けられ、領土の端の方とは言え荒地にされたのだ。


「先程は失礼しました。此方も色々とありまして。私の事はハルナかイニーとでも呼んで下さい。それと、腕を治しておきますね」


 イニーが何やら呪文を唱えると、腕の切れ目に魔法陣が現れ、サタンの腕が再生される。


 一瞬身構えるが、生えてきた腕は問題なく、痛みや違和感もない。


「……礼は言わんぞ」

「はい。それにしても、良い腕をお持ちでしたね。その大剣であれだけの技を出せるとは、流石です」


 思わぬ言葉にサタンは少し得意気になるが、これでもサタンは五百年以上生きている。


 そんな自分に対し、目の前の少女は互角……有利に戦っていた。


「貴様も中々の腕だったな。確認だが、本当に人間なのだろうな?」 

「はい。神とは違い、首を落とされれば死ぬ人間です」 

 

 ジョークなのか、本当なのかサタンは判断できず、大剣を消しながら顔を顰める。


 そして、険しい顔をしてシルヴィーを見る。


「おい。後始末はどうするつもりだ。一方的な手出しは認められていない筈だぞ?」

「そこはほら、貸し一つという事で~。何かあれば手を貸してあげるよ。ハルちゃんが」 

「人間が……いや、その貸しならば手を打ってやろう」 

 

 勝手に貸しを作られたハルナは溜息を吐くが、溜まっていたモノのほとんどを吐き出す事が出来たので、文句は言わなかった。


 これまでのクシナヘナスやヨルムとの戦いとは違い、無理をしていない為、身体への負担も少なく、アクマも文句を言わない。


 なにせ、今回の魔界での戦いで、フユネ自身は身体強化以外の魔法を使用していないのだから。

 

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― 新着の感想 ―
>暇潰しに池で釣りをしていた。 憤怒のサタンさんが釣りとは、よほど暇してたんね… でもいい趣味ね、パパ フユネさんの銀髪…いつの日か、ね
サタンの娘…某小説だと“ルシフェル”だけど、こちらではどうかな? 某漫画だと“ビーデル”ですね。 それにしても、フユネちゃん強いね。 サタン「我が嫁にならんか?」 恋人「(フユネをここに置いていけば…
これでチルドレン側に肩入れするフラグも入手したな 貸し一つ
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