第61話:監視を束縛して尋問する
『これはこれは……』
シルヴィーが居候になった次の日。
朝食の準備をしていると、アクマが構って欲しそうな声を出す。
あまり思考のリソースを他に割きたくないのだが、放置すると面倒なので話を聞いてやるとするか。
(何かあったのか?)
『屋敷の周りにストーカー……じゃなくて、此処を監視している人が居るんだけど、どうしたら良いのかと思ってさ』
監視か……リディスなのか、メイド長なのか、それともシルヴィーなのか……。
冒険者であるカイル達って線もあるが、心当たりがあり過ぎるせいで、見当がつかない。
この屋敷へ来た時に相手をしたのはスティーリアの手下っぽかったが、やられて直ぐに来るとは思えない。
(人数と、目的は?)
『人数は4人。目的までは分からないね。ただ、魔力の感じからそれなりに出来る人間みたいだね』
卵サンド用の卵を潰しながら、後ろで浮きながらうとうととしているシルヴィーを見る。
貴族街で尚且つ手練れとなると、リディスの線は無いだろう。
続いて残されるのはメイド長とシルヴィーだが……。
「シルヴィー。外に監視が居るみたいですが、何か知っていますか?」
「いいや~。ただ、何か悪意を感じるね~。人の争いに私は関与しないから、お互い好きにすれば~?」
悪意か……まあどっちの監視にせよ、面倒だし処分しておくか。
丁度朝食の時間だし、屋敷の住人は全員屋敷の外に出る事はない。
その時にちょっと遊ばせてもらおう。
「そうですか。暇でしたら、出来上がったのをヨルムと一緒にテーブルへ運んで下さい。それと、私は別で食べるので気にしないでと、伝えておいて下さい」
「うむ」
「りょうかい~」
マヨタマモドキを全てパンに挟み、残りの諸々を任せて裏庭に向かう。
上から見られないように木の下に隠れ、準備をする。
(マッピングを頼む。ついでにジャミングもしといてくれ)
『任せて』
視界の中に四つの赤点が現れ、見えない場所の地形まで読み取れるようになる。
戦いの基本は先手であり、そのために情報は不可欠である。
魔女以外ならば、情報で遅れを取ることもない。
配置を見るに、屋敷の四方を取り囲むようにしてるのか。
しかも距離が離れているので、四人を一斉に倒すのはまず不可能だろう。
誰かが犠牲になったとしても、情報だけは持って帰る。
そんなところか。
そうなると、毒を所持している可能性もあるな。
流石に殺す気はないので、直ぐ解毒できるように準備だけしておこう。
さてと、それじゃあ顔を拝むとするか。
「影伝う束縛の鎖」
四本の鎖が四人を確保するために、一斉に解き放たれる。
シャドウと名前が付いているが、実際は日の光と鎖の輝きを同じにすることで、ほぼ不可視にしているだけである。
後は顔さえ見る事が出来れば、アクマがアカシックレコードに検索を掛けて、どこの誰か知る事が出来る。
アクマもこの世界では色々と制約があるが、それでもチートクラスだろう。
そして瞬く間に、四人の人物が俺の前に簀巻きされた状態で現れる。
見るからに普通って感じだが、だからこそ怪しい。
それでは少し尋問をしてみると…………おや? 一人だけ妙に怯えている奴が居るな。
『全員の検索が出来たよ。後で確認しておいて』
(了解)
……なるほど。大体分かったが、先ずは煽るとするか。
「覗きとは随分と卑しいものですね。王国の騎士はこの程度のものですか?」
捕まえた四人は、この国の騎士みたいだ。
流石になんて命令をされて此処に来たのかまでは分からないが、シルヴィーの言葉を信じるとすれば、良い理由ではない。
怯えている奴はともかく、他の三人は全く反応を示さないな。
四人の内訳は男が三人と、女が一人。
男の方は三人とも若く、女性はメイド長よりも上みたいだ。
「先に言っておきますが、自殺は出来ないようにしてありますので、毒を飲んだり舌を噛んだりしないで下さいね」
「……何故俺達が居ると分かった?」
「逆に、何故分からないと思ったのですか? 此処はブロッサム家の別邸ですよ。相応の警備をしていてもおかしくないかと」
俺だけならばおそらく分からなかっただろうが、アクマが居れば容易いものだ。
因みに殺すだけならば、指定地点を爆破すれば良いので、捕まえるより楽だろう。
「目的を話す気は無いと思いますが……それよりも、そちらの方は大丈夫ですか?」
三人の視線が、怯えている女性の方を向く。
年齢を考えればこの女性が隊長格だと思うのだが、これでは使い物にならないだろう。
三人は平然を保っているが、身体に力が入り、緊張しているのが分かる。
たしか光の魔法の中に、精神を落ち着かせるものがあったな。
それを使ってみるとするか。
「……何故、何故生きている……全て殺した筈だ……なのに、何故……」
焦燥した顔はマシになったが、今度は意味不明な事を呟くようになってしまった。
これには俺だけではなく、三人にも動揺が見られる。
一応メイド長達にバレないようにしているが、騒がれると流石に気付かれてしまうだろうし、寝かせておくか。
「何の事か分かりませんが、面倒なので寝ていて下さい」
無理矢理魔力を流し込み、気を失わせる。
「さて、少し気が削がれてしまいましたが、監視の対象は屋敷全体ですか? それともアインリディス様か、ゼルエルですか?」
「……」
流石に話してはくれないか。
まあ任務内容を話すような奴が、監視なんて危ない任務には就かないだろう。
「無視ですか。では、あなた方の任務に、殺しは入っていますか? それとも本当に監視だけですか?」
おっ、少し反応したな。
アクマに頼れば楽なのだろうが、人を追い詰めるのも中々楽しいものだ。
今の感じだと、ただ監視する様に言われていた感じだろう。
「ふむ。少し話題を変えましょう。そちらの女性が怯えていた理由は分かりますか?」
「分からない」
「そうですか。もしもですが、貴方達が帰らなかった場合……いえ、冗談ですので、そう怯えないで下さい」
少し脅そうとした所、思いの外怯えられてしまった。
流石きな臭いとは言え平和な国なだけあり、拷問の訓練なんてのは無いのかもしれないな。
手足の数本を折ったり治したりすれば、素直に話してくれるかもしれない。
やらないけど。
「個人的に監視程度ならば咎めませんが、通常貴族の屋敷を監視するという事は、敵対行為と捉えられます。あなた方の裏に誰が居るのか問いませんが、私があなた方の事を報告すれば、ブロッサム家は動く事になるでしょう。この意味が分かりますね?」
「……はい」
状況がどれだけ悪いのか察したのか、冷や汗を流しながら返事をしてくれた。
既に裏に居るのが国だと分かっているし、何なら既にスパイとしてゼルエルやジャックを忍び込ませている。
今更感があるが、この事をバッヘルンに報告すれば、流石に良い顔をしないだろう。
「監視なんてまどろっこしいことはせず、正面から正規の手段で来てください。貴女方の上司にやましいことがないのでしたら、出来る筈ですよね?」
鎖に少し力を入れて締め付けると、三人とも大きく頷いてくれた。
ものわかりの良い人は楽で良い。
「それではお帰り下さい。それと、私はただの一介のメイドですので悪しからず」
鎖を解き、カーテシーをする。
身構えてはいるものの、襲ってくる素振りは見せないか。
命を賭してでもなんて馬鹿な事をしてくれれば、少しは楽しめただろうに。
「……そうか。おい、帰るぞ」
三人は寝ている女を担ぐと、屋根に跳んで何処かへと去っていく。
(一応追跡しといてくれよ)
『もちのろんさ!』
「良かったの~? 見逃して?」
見送りも終わったので屋敷に帰ろうとすると、シルヴィーがポンと現れる。
「意味もなく殺す程、私は壊れてはいませんよ。それに、末端なんていくらでもいるでしょうからね。それよりも、あの監視はあなたのではないですか?」
「まさか~。あちこちに顔は出してるし~、別に贔屓している訳じゃないし~。常識的に考えて、此処に私が居るって分かる訳なくない~?」
……神に常識を問われるとは思わなかったな。
だがシルヴィーが言う通り、昨日の今日で此処にシルヴィーが居るなんて分かる訳がない。
他の屋敷にも監視が居るならまだ分かるが、ピンポイントでこの屋敷みたいだ。
そうなるとやはりゼルエル関係とみて良さそうか?
今のリディスが、王国から目を付けられるとは考え難いしな。
「それと、朝食の方は問題ありませんでしたか?」
「美味しかったよ~。他のみんなも満足そうだったよ~」
それは良かった。
今日の朝食はソーセージと甘い卵焼き。それと卵サンドだったが、問題なかったか。
出来ればレタスなども入れたかったが、無かったので断念した。
一応買い出し用のメモをヨルムに渡してあるので、メイドの誰かが買いに行ってくれるだろう。
さて、とりあえず手が空いたわけだが、今日の予定はもう決めてある。
「今から魔界に行きたいと思うのですが、お願いできますか?」
「良いよ~。一応向こうの偉い人には話を通してあるから、暴れちゃって大丈夫だよ~。あっ、でも戦う意思の無いのを襲っちゃ駄目だからね~」
「大丈夫ですよ。弱い者虐めをする気は無いので」
まあフユネを使っている間は、いつもの俺と色々変わるので確約は出来ないが、問題ないだろう。
「それじゃあ、……ほい」
シルヴィーの掛け声で、目の前に黒い渦が現れる。
似たような物を見た事があるが、空間を移動するという面では同じ物だろう。
『解析完了。これでいつでも行き来できるよ』
いつの間にかアクマが解析をしてくれたので、帰ってくる時はシルヴィーの手を借りなくて済みそうだ。
「それでは行ってきます。帰りは自分で帰ってきますので、気にしないで下さい」
「あ~。噂のアルカナって奴だね~。いってらっしゃーい」
黒い渦に入る瞬間、フユネの力を解放する。
心が黒く染まり、アクマの声も聞こえなくなる。
さて、どれ位楽しませてもらえるのかしら?