第58話:押し掛け神様シルヴィーナロス
(アクマ)
『これは相手が悪かったね。目の前に居るのが、シルヴィーナロスだよ。行きたい所ならば、何所にだって行ける能力を持っている厄介な神だね』
(それって隔離しているこの結界の中もって事か?)
『この世界の理内にある魔法だから、侵入できてもおかしくないね。侵入できるのは多分シルヴィーナロスだけだと思うけど』
シルヴィーナロスは寝っ転がった様な体勢で宙に浮きながら、荒地となっている裏庭を見ている。
一体何の用だ?
とりあえず正体を知らない体で話し掛けてみるか……。
このままでは、メイド長達がシルヴィーナロスに襲い掛かるかもしれないしな。
「この結界内には入れないはずですが、貴女は何者ですか?」
「私~? 神様だよ~。ちょっと無視できない魔力をたまたま感じて、面白そうだったから入らせて貰ったんだ~」
「……もしかしてシルヴィーナロス様でしょうか?」
「そうだよ~」
メイド長の質問に若干ドヤ顔で答えたが、その直後メイド長は跪いた。
それから少し遅れてカイルとガッシュも跪くが、何が何だか分からないリディスはあたふたとし、俺とヨルムはそのままシルヴィーナロスに視線を向ける。
珍しくメイド長が慌てて俺の方を見るが、既に神とは一度会っているので、対応については問題ない。
「そんな事をしなくて良いよ~。神と言っても、人類に何かできる訳じゃないからね~。ほら立った立った」
立つように促された三人は恐る恐る立ち上がるが、緊張しているのが分かる。
神だから特別な事を出来るが、強い弱いかはまた別の話であり、仕事が出来る出来ないもまた別の話である。
シルヴィーナロスは天使から逃げて、サボっている事が多いらしいからな。
「それにしてもこの結界? は凄い魔法だね~。光で無理矢理空間を捻じ曲げて隔離するなんて、ソルちゃんでも無理なんじゃないかな?」
余計な事を言わないで、黙っていてくれないだろうか……。
凄い目で全員が俺を見つめているんだが?
(ソルちゃんって誰だ?)
『知恵と光を司る神だよ。正式にはソルアラマスって名前だね』
何となくその神とは絶対に、会わない方が良いと勘が告げているな。
「理論上自分以外でも使える魔法なので、その方が誰なのか存じませんが、使える可能性はあるかと」
「会うと天界に連れて行かれるから、気が向いたら伝えておくよ~」
どうやら今もサボっているようだな。個人的に仕事があるのならばしっかりとやってほしい。
上の人間の怠慢で、下が困る事になるのだからな。
可哀そうな目に遭っている会社の社員を何度か見た事がある。
俺はフリーランスだったので、どちらかと言えば無茶振りを売られる側だったが、基本的に断っていたが、社員となればそうもいかないからな。
「それよりも用が済んだのなら、帰ったらどうですか?」
「うーん。それでも良いけど、それじゃあつまらないしな~…………暫く此処で過ごしちゃダメ?」
「お帰り下さい」
「ハルナ!」
つい素が漏れてしまったせいで、メイド長に怒られてしまった。
相手は曲りなりにも、この世界で崇め奉られている存在なのだ。
軽率に扱うのは、心情的にいただけないのだろう。
「私なんて神の中でもフラフラしているだけだし、そんな敬わなくて良いよ~。それで、どうしてもダメかな~? 多分役に立つと思うよ~。君にとってはね」
役に……ね。
個人的にはそれでも断りたいが、下手な事を言えば、これから先の学園生活に支障をきたすかもしれない。
ならば……。
「私は雇われの身ですので、こちらのお嬢様が許可するのでしたら、私は従います」
「えっ! 私!」
リディスに全ての責任を押し付ける。
何か問題が起きたとしても、リディスが許可を出したからと言い訳が出来る。
「ああ、その嬢ちゃんね~。神様の一生のお願いだよ~」
神の癖にシルヴィーナロスは両手を合わせて、リディスに頼み込む。
その様子を見たメイド長やカイルは青い顔をし、リディスはただ慌てるだけである。
それなりに生きているメイド長達は、神がどれだけ凄い存在か分かっているが、リディスは引きこもりだったために、本から得た知識以上の事を知らないのだろう。
まあ普通に考えればわかる事なのだろうが、そこはリディスクオリティなのだと思っておこう。
「えっ……おほん。構いません。神であるシルヴィーナロス様の頼みを無下にするのは、貴族に連なる者として出来ませんから」
突き刺さる視線に屈したリディスはそれらしい事を言って、シルヴィーナロスを受け入れる事にした。
これにはメイド長も安堵の息を吐き、当のシルヴィーナロスはパチパチと手を叩く。
風らしい、自由な神だな。
「いや~ありがとね~。お礼と言ってはなんだけど、これをあげるよ。宿泊費にでもして」
ぶかぶかな服の裾に手を入れたシルヴィーナロスは、石ころを取り出してリディスの手に上へ落とす。
リディスは貰った石ころ……宝石を見て首を傾げるがメイド長とカイル達はそれを見て固まった。
その宝石はかなり小さい物だが、俺がヨルムから貰ったものと同じ物。
つまりコランオブライトと呼ばれる、この世界でかなり価値のある宝石だ。
「あ、あの……シルヴィーナロス様。本当にそれを頂いても宜しいのですか?」
「良いよ~。これって神気の残りかすみたいな物だから、私達にとっては抜け毛や垢とそう変わらないからね~」
メイド長はそれはもう動揺を露わにしながらシルヴィーナロスに聞くが…………あれってそんな感じの物だったのか。
まあ日本だけでなく、元の世界では涙や脇の下から生まれた神が居たりするのだし、コランオブライトが似た様なものでもおかしくないか。
「あの……これって?」
「アインリディス様。それはコランオブライトと呼ばれる、至高の宝石でございます。その大きさでも、貴族街の一等地を買い取り、数年は贅沢に暮らせるほど高価な物でございます」
あっ、リディスも固まった。
そしてそのまま倒れてしまった。
今日は色々と心労が溜まる事が多かったし、遂に許容量を超えてしまったようだな。
とりあえず鎖で無理矢理立たせておこう。
こんな所で寝れば汚れてしまうからな。
「一応確認ですが、この屋敷に住むと言う認識で宜しいですか?」
「そうだよ~。此処なら直ぐに見つかる事もなさそうだからね~」
(アクマ。管理者に一言言っておけ)
『良いけど、無駄だと思うよ?』
それでも報告を上げておくのが、社会人って物だ。
何か問題が起きれば、ちゃんと報告していたと言えるし、何なら迷惑料も貰えるだろう。
「メイド長」
「……来客用の部屋が空いていますので、直ぐに準備を整えましょう」
「部屋とか適当で良いからな~。神だからって贅沢してたら怒られちゃうからね~。なんなら木の上でも寝られるしね~」
……まさか良かれと思って使った結界で、こんなのを呼び寄せてしまうとは思わなかった。
一旦結界を解除すると、地形や木々が一瞬歪んでから、元の状態に戻る。
それと少なかった魔力が回復を始め、先程より思考がクリアになる。
「――本当に元に戻りましたね」
「こんな魔法を見るのは初めてたけど……アンリが見たら発狂しそうだな」
「魔法少女の時も、長い間研究だーって騒いでたしな」
三人揃って遠い目をしているが、みだりに力を使うのは控えた方が良いかもな…………今更か。
この神の箱庭は自分の為にと考えて、実験という事で使ったが、これを使いながら自分も戦うのは流石に無理がありそうだ。
リディスの訓練には使えるかもしれないが、それよりも料理中に考えていた魔法の開発を進めるとしよう。
最小火力を軽い火傷まで落とし、最大は鋼鉄を貫ける程度まで上げられ、かつ汎用性も欲しい所である。
「これからよろしくね~。私の事は適当にシルヴィーとでも呼んで~」
「……承知しました」
「呼ぶのは構いませんが、浮いていては自分は神だと宣言している様なものかと思いますが?」
「それもそうだね~」
やっと地面へと降りたシルヴィーは、両手を挙げて背伸びをする。
髪ははねっ返りばかりで、緑色の長い髪が地面付近まで垂れている。
服は真っ白い袈裟みたいだが、皺が多い。
ついでに裸足である。
「私は買い出しに行ってきますので、シルヴィー様をお願いします。カイルさん達はこの事を誰にも言わないように。それと、買い出しの手伝いをお願いします」
メイド長は面倒事を俺に押し付け、カイルとガッシュを連れてそそくさと裏庭から去って行く。
残されたのは、気絶しているリディスとそのリディスを暇つぶしにつついているヨルム。
神の癖にサボっているシルヴィーと俺である。
話を聞かれて困る人間は居なくなったし、ここからが本題だろう。