第57話:騎士ゼルエル。或いはメイド長の本気
戦うための準備が整ったが全員の視線が、俺とヨルムを突き刺したままである。
「この結界ですが、流石の私もギリギリなので、巻き込まないようにしてくださいね」
「参考までにですが、ハルナ以外でこの魔法を使えますか?」
「発動は出来るかも知れませんが、維持は無理かと。おそらく禁忌魔法以上の難しさと、魔力消費量なので」
この世界のランクに当てはめるならば終焉魔法となるが、魔法の特性上消費魔力だけで見ればそれよりも上となるが、そんな事をバカ正直に話す気はない。
人類上最も上のランクが禁忌であり、メイド長も終焉魔法なんて知らないのだからな。
「……本当に問題ばかりですね」
ボソッと呟いたメイド長は持っていた剣を抜き、鞘をヨルムに渡してからカイル達の所に歩いて向かう。
その背は少しずつ小さくなっていくのに、妙にハッキリと見える。
思いの外、やる気があるようだな。
「ヨルム。私とリディスの保護をお願いしますよ」
「分かった」
一本だけ鎖を出し、リディスを此方へと引き寄せておく。
丁度リディスを回収し終わったタイミングで、メイド長とカイル達の視線が合う。
そこに、言葉は必要無かったのだろう。
メイド長の魔力が膨れ上がり、一気に踏み込む。
一対一でやると思っていたが…………どうなるやら。
「いたたた……。掴むなら一言言ってよ」
「その場合、あれに巻き込まれていましたよ」
「あれ? ……うわ!」
メイド長とカイルの剣が衝突したことにより、衝撃波が離れている俺達の所まで飛んでくる。
その衝撃波はとても冷たく、鳥肌が立つ。
カイルの補助をするようにガッシュが攻め立てるが、魔法と俺との戦いの時にも使っていた氷の剣で受け流す。
なんかアクマから聞いていたよりも、戦えている様に見えるな……。
(アクマさんや?)
『あーうん。私やハルナが思っていたよりも、かなり訓練していたみたいだね。あれならアースドレイクも瞬殺できるんじゃない?』
確かにアースドレイクの肉を煮込んでいる時に、アースドレイクを倒せるかどうかの話をしていた気がするな。
つか、魔法を同時に使いこなしているように見えるな……。
「あの人……強いとは思っていたけど、あれ程なんて思わなかったわ」
「そうですね。私と戦った時よりも、数段強くなっているように見えますね」
「――えっ?」
メイド長側は最初の一撃以降、淡々とカウンター主体で戦っているが、カイルとガッシュには僅かに動揺が見られる。
苦戦するとしても、直ぐに勝てるとでも踏んでいたのだろう。
相手はメイド長としか名乗っておらず、どこか驕りが有っても仕方ない事だろう。
それにしても、初めて戦った時と同じ二刀流で戦っているが、片方を魔法で出しているのが少し気になる。
(メイド長だが、アカシックレコードの更新とか入ってるか?)
『うん。入ってたよ。あくまで客観的な情報だけど、この三ヶ月でガッツリ変わってたよ』
(そうか……因みに俺と戦っていた時も、メイド長は本気だったよな)
『最初はともかく、最後の方はそうだろうね。普通に殺傷能力が高い魔法を使ってたし』
だよなー……気迫や動きが別人に見える。
戦闘スタイルも最初から一対多を想定しているように見えるし、男を相手に力負けしてないって事は、元の身体能力もかなり高いのだろう。
カイルが突き出した剣を地面から氷柱を出して逸らし、煌めく氷剣がカイルの腕を斬り裂こうと振り抜かれる。
そこにガッシュが槍でメイド長を貫こうと突くが、跳んで躱してから剣で矛先を叩き、その反動で距離を取りながら風の斬撃を飛ばす。
その斬撃はガッシュが避けた事で此方に向かってくるが、ヨルムが裏拳で消し飛ばす。
「……本当に同じ人なのかしら? 勝てる気がしないのだけれど……」
「あれ位はやって頂かないと、これまで教えてきた意味がありません。直ぐにとは言いませんが、一年以内にカイルには勝てるようになってくださいね」
「――はぁ」
リディスは目を閉じて熱の籠った溜息を吐いてから、視線を再びメイド長達に向ける。
「無理だと分かっている筈なのに、負けたくないって思っている私が居るのよね。少し前までゴブリンにすら勝てない位弱かったはずなのに……」
ほぉ……リディスが珍しく弱気以外の言葉を吐いたな。
これが成長と言うものか。
武器の性能はリディスの方が上だが、技量や戦闘の勘等は比べるまでもない。
リディスの持っている剣ならただの鉄剣程度なら斬れるが、それは刃を受け止めた場合だ。
避けたりいなせば、どんなに強い剣も木の棒と変わらない。
当たらなければどうという事も無いのだ。
「魔法はともかく、剣での戦いはヨルムから教われば大丈夫でしょう」
「我ならば、あの三人を相手にしたとしても、問題ないぞ?」
「……そう言えばあんたって、レッドアイズスタードラゴンてことで良いの?」
チラリとヨルムが視線を向けるので、軽く頷く。
「うむ。ハルナにボコボコにされ、世界を知るためにハルナと契約している。姿を見せてやろうか?」
「遠慮しておくわ。その状態のあんただけを知っていれば、私は悩まなくて済むわ…………そう言えば、ハルナの左手の甲のあれが契約の証なのね」
「無理矢理押し付けられたものですけどね。ペットとしては存外有能なので、最近は重宝しています」
「記憶が正しければ、悪魔なんて目じゃない位強い魔物の筈だった気がするけど、ハルナですものね……」
ランク的に言えば、ヨルムはほとんどの悪魔や天使に勝てるだろう。だが悪魔王や神には絶対に勝てない。
クシナヘナスもそうだが、神の権能や、悪魔王の権能に抗う術を、この世界の生物は持っていない。
分かりやすく言えば、生物としての格が違うのだ。
俺も魔力供給とアルカナがなければ、クシナヘナスの鎌によって負けていただろう。
俺達の事はさておき、メイド長の強さには驚きだが、この勝負はカイル達の勝ちになりそうだな。
地力の差もあるが、魔力量……と言うよりは魔力の使いすぎだろう。
車で言えば、メイド長はアクセルをベタ踏みしているようなものだ。
逆にカイル達は、燃費が最も良い状況をキープしている。
先に力尽きるのは、メイド長となる。
二人を相手にしているから仕方ないのだろうが、攻めの一手に繋がる何かがあれば、また違った結果になったかもな。
少しずつメイド長の動きが悪くなり始め、仕切り直すように大きく距離を取ると、持っていた氷剣を解き、もう戦う意思がない事を示す。
「私の負けですね。これ以上は魔力が持ちません」
そうメイド長は言うが、カイルとガッシュは直ぐに構えを解かず、メイド長が俺達の方へ歩き出してからやっと構えを解く。
いきなり襲われたことを考えると、妥当な行動だろう。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「流石Sランクの冒険者達ですね。個人技は勿論、連携も素晴らしい物でした」
「流石に二人掛かりで負けるわけにはいかないですからね。それにしても、ゼルエルさんはどこかで訓練とかしていたのですか? かなり強かったですが?」
一応騎士なので強くて当たり前だが、三ヶ月前のメイド長ならばあれ程の攻めをする事は出来なかっただろう。
「少々傭兵紛いの事をしていただけです。それにしても、この庭は本当に直るのですよね?」
「はい。そういう魔法ですので」
理論上戻るはずだが……ここまで荒地にされると、少し心配になる。
生えていた木は全て根元から吹き飛び、地面には穴やひび割れが大量に出来ている。
広いとはお世辞にも言えない裏にはだったが……まあ仕方ない。
「怪我の治療をしますか? 大きな怪我はなさそうですが、結構血が流れていますよ?」
「お願いします」
戦いが終わったので結界に割いていたリソースを少し削り、三本の鎖をメイド長達に当て、回復の魔法を使う。
いつも使っているのは完全回復系の魔法だが、今回はランクが落ちてハイヒール程度のものとなる。
まあこれでも骨のヒビ程度までは治せるので、効果としては問題無いだろう。
「……なあカイル」
「ああ。エメリナよりも上かもな……」
こそっと話しているが、遠い目をしているので内容はお察しだろう。
庭の被害はともかく、それにしても素晴らしく胸の躍る戦いだった。
クシナヘナスとの戦い以降静かだったフユネが喜んでいるのが伝わってくる。
――自分も戦いたいと。
だが、今の状態では満足に動く事すら難しい。
結界は万能でも、俺は万能ではないのだ。
「いや~最近の人間は凄いね~。下級天使位なら倒せてしまいそうだったよ~」
ふと、間延びした女性の声が聞こえてきた。
この結界内は入る事が出来ないはずなのだが……。
俺を含め全員が声のした方に振り向くと、そこには眠たげにしている、緑髪の女性が宙に浮いていた。