第56話:嘘ではないよ
「紅茶をお持ちしました」
カートにポッドとカップ等を載せて食堂へ持っていく。
メイド長は満足そうにしており、リディスは何とも言えない表情で俺を見ている。
カイルとガッシュはどちらも驚愕した表情をしているのを見るに、料理を作ったのが俺だと知って驚いているのだろう。
二つのポッドを鎖で持ちあげ、紅茶を注いでいく。
やろうとすれば全員分を一気になんて事も出来るが、一つのポッドで四人分程入れる事が出来るので無駄になってしまう。
何やら話していたようだが、全員俺の方をじっと見ている。
「……もう一度聞きますが、このクラスの少女が普通に居るなんて事はないんですよね?」
「はい。ハルナは間違いなく例外的な存在かと思います」
カイルとメイド長が失礼な会話をしているが、無視して全員の目の前に紅茶を配膳する。
「ハルナも席に着きなさい。もう終わりなのでしょう?」
「……分かりました」
さっさと食堂に戻って、こっそりデザートでも作ろうと思ったのだが、呼び止められたので、自分の分の紅茶を淹れてから仕方なく席に着く。
「料理をありがとうございました。この国に来て一番美味しかったよ」
「それは何よりです。何やら話していたようですが、続きは宜しいのですか?」
「あっ」
何を話していたか知らないが、メイド長との会話を放置して俺にお礼を言うのはあまりよろしくない。
「えーっと、レッドアイズスタードラゴンに勝てないと悟った俺達は、自分が殿となる事で、他の三人を逃がそうと覚悟しました」
「そんな時に、魔法少女と名乗る少女が現れたわけですね?」
どうやら丁度俺が、ヨルムを攻撃した場面の話をしているようだな。
あの時は戦っているヨルム達を見下ろし、魔法の準備をしていた。
素材が目的であったためサクッと殺そうとした所、カイル達が居たので、使う魔法を変更した。
本当は巨大な氷の剣で首を断つ予定だったが、運が悪ければ散乱した氷でカイル達が死んでいたかも知れない。
その点氷槍ならばそのまま地面に刺さるし、砕けてもそこまで大きくならない。
「はい。空から無数の氷が降り注ぎ、レッドアイズスタードラゴンを地面へと縫い付け、それから目映い閃光が走ると、先程までの狂暴さが嘘かのように静かになりました」
「本では危険度位しか書かれていないのだけれど、レッドアイズスタードラゴンはどの程度の強さでしたか?」
「……俺達は冒険者の中でも最強に近いと自負していますが、手も足も出ませんでした。あれを相手にするのでしたら、国を相手にした方がマシでしょう」
リディスはカイルに質問しながらも、視線を俺に向けたままである。
一体何を考えているのやら……。
「翼をはためかせて降りてきた少女は自分を魔法少女と名乗り、俺達を治療してくれただけではなく、素材を分け与えてくれました。何かお礼をしたいと聞いたところ、アインリディス様の助けをしてほしいと話されたのです」
「実際に話を聞いて見ても、本当に不可解ですね。天使や悪魔の類いだとしても、アインリディス様の名前が出てくる理由が分かりません」
自分で淹れた紅茶を飲み、鎖で厨房から引き寄せた焼き菓子を一人で頬張る。
鎖と一緒にヨルムも来て、俺の膝の上に無理やり乗って来るが、客人の前なので無視である。
「俺達としても不可解ですが、おかげさまで食うに困らない金銭を得ることが出来たので、言われた通りの事はしておきたいと思いまして」
真剣な眼差しでカイルとガッシュはメイド長を見つめるが、当のメイド長は目を閉じて紅茶を飲む。
メイド長としては、使える手駒にでもしようと考えているのだろう。
Sランクの冒険者とは、実質的に冒険者の最上位である。
武力は勿論、人となりもしっかりしてなければなれないらしい。
そんな奴らを自分の手下として使えれば、出来る事が増えるはずだ。
問題はカイル達の目的はリディスなので、どうやって自分が有利になるようにできるかだ。
「話は分かりました。基本的には私の命令に従い、アインリディス様を護衛していただく……そういう形でも宜しいでしょうか?」
カイル達はリディスの方に視線を送り、今一現状に納得していないリディスは頷いて見せる。
そんな中、ヨルムは俺の焼き菓子を奪い取って食べている。
これで年齢的に言えば俺よりも上なのだから、お笑い草である。
仕方ないので、ヨルムの分の紅茶を淹れてやる。
『……もしかして、ヨルムって今話していたレッドアイズスタードラゴンなの?』
珍しくリディスから、震えた声で念話が飛んでくる。
やはり真実に気付けたみたいだな。
その真実に気付けたならば、きっと自分が持っている武器の素材が何なのかも分かっただろう。
(今度本人に聞いてみて下さい。ですが、メイド長には聞かれないように)
『えー……』
実質的に答えみたいなものだが、本人に聞いてもらった方が良い反応をしてくれるだろう。
だが、これでリディスは自分がどう足掻いても、ヨルムに勝てないと気付いてしまったな。
負けん気と言うのは強くなる上で必要なのだが、これで萎えないでくれると良いが……。
此方を見るリディスも顔は平然を保つように努力しているのだろうが、どう見ても無理しているのが分かる。
あの顔色では難しいかもしれんな。
駄目そうなら適当に煽れば良いだろう。
そのヨルムを倒したのが俺なのだと言えば、多少は持ち直すだろうからな。
「分かりました。あの二人ならば問題ないと思うので、無事臨時教師としては入れたらお願いします」
「それでは、お二人がどれだけ戦えるのかテストするとしましょう。食後の運動には丁度良いでしょうからね」
カイルとガッシュは顔を身合わせ、互いに頷く。
ここで引き下がるのはSランク冒険者としては無しなのは俺でも分かる。
それにメイド長が強いのを、二人は見ている。
戦う事は問題ないが……ふむ。
裏庭で戦う場合、広さは問題ないが被害や諸々の理由により、魔法を使う事が出来ない。
しかし俺としては本気の戦いが見てみたい。
先程厨房で考えていた、攻撃魔法とは別の魔法を試す良い機会かもな。
「はい。一本勝負で良いですか?」
「ええ。念のために言っておきますが……」
「メイド長。本気で戦いたくないですか?」
会話に割り込んだことで、メイド長の視線が俺に移る。
ほんの少し怪訝そうにしているが、それも仕方ないだろう。
「どういう意味ですか?」
「新しい魔法を考えていまして、これを使えば周りへの被害を気にすることも、他の屋敷から見られる事の無い状況を作り出す事が出来ます」
「……それは私やカイル達が暴れても問題ない強度なのですか?」
「カイルさん達四人の魔力に耐える事が出来ましたので、問題ないかと」
今回使う魔法の元となるのは、いつもの鎖である。
魔力で破壊する場合は俺の流している以上の魔力が必要になり、物理で壊れないように少し小細工する。
要は結界を形成するわけだが……とにかく先ずは試してみてからだな。
理論上ヨルムで壊せるかどうかの強度となるだろう。
「ついでに腕の一本程度でしたら治せますので、勘を取り戻すためにもどうでしょうか?」
「……良いでしょう。あなた方も良いですね?」
「その魔法が問題ないなら大丈夫です」
「片付けはやっておきますので、先に裏庭へどうぞ。ヨルム」
「うむ」
メイド長達には先に移動してもらい。俺とヨルムでサクッと片付けをする。
運ぶのは鎖でも大丈夫だが、流石に洗うのは手である。
鎖を硬くすることは出来るが、柔らかくする事は俺には出来ない。
鎖で洗おうものなら、間違いなく割れるだろう。
洗ったのはヨルムに乾燥させ、物の十分程で全て終わりである。
裏庭に行くとリディスがカイルと訓練をしており、打ち合いをしている。
メイド長と戦う前に、体を温めているのだろうか?
「お待たせしました。さっそく宜しいですか?」
「ええ。お願いします」
許可を貰ったので先ずは鎖を大量に出現させ、編みこむようにしてドームを作る。
これが魔法を使う前の準備段階だ。
「神の箱庭」
魔法を唱える事で、鎖を一つの魔法として形成する。
鎖は薄く光る半透明の結界へと姿を変え、外と完全に隔離する。
この魔法はクシナヘナスが使っていた、精神を隔離する魔法の応用版である。
結界内を元の世界から隔離することにより、結界内で出た被害が現実に反映されることは無い。
この中でならば戦い放題……となれば良いのだが、この神の箱庭はデメリットが多すぎる。
何と言っても先ずは消費魔力が多すぎる事だろう。
最近色々と頑張ってこの量の鎖をギリギリ使えるようになったが、規模も規模なので、発動だけで俺の魔力を全て持っていかれてしまう。
しかも魔法の中身が世界の理にギリギリ接触するかしないか微妙な線であり、構成次第では発動すらしない可能性がある。
思考リソースも常に消費しているので、治療程度ならともかく、俺が戦う事も出来ないのだ。
ついでに隔離しているのは結界内の土地なので、人は普通に怪我をするし死ぬ。
折角なので結界の内側の模様に力を入れてみたが、次があった場合簡易化するとしよう。
「……異様な魔力を感じましたが、どの様な魔法なのですか?」
「結界の中と外を隔離する魔法です。外からは結界そのものを視認できません。また強度も先程話していた通りです。ヨルム何か魔法をお願いします」
「うむ。ボルガニックフレイム」
ヨルムが唱えたのは最上級に分類される魔法だな。
火山の噴火の様な炎で、相手を飲み込む魔法だ。
結界に当たった魔法はそのまま当たった先から消失し、結界はビクともしない。
俺へのフィードバックも無いので、問題なさそうだ。
「…………剣だけではなく、魔法も息をする様に使えるのですね」
「この程度造作もない」
ヨルムが本気を出せばこの世界で最も上である終焉魔法も使えるのだが、この程度は本当に造作もないのだろう。
少々カイルとガッシュの目が見開いているが…………ああ、そう言えば例外は俺だけと言っていた手前、ヨルムが使った魔法を見て驚いたのか。
ヨルムは人ではないので、ノーカンだ。