第55話:勘の良い少女は好きだよ
「素顔は見られませんでしたが、真っ白いローブ姿で、顔をすっぽりと覆うフードを被っていました。それと、見たことも無い魔法を使い、白と黒の翼を生やしていました」
「それは神や天使と言った類ではないのですか? しかし、アインリディス様を名指しですか……」
今度はメイド長ではなくリディスの視線がこちらに受けられる。
それから少しずつ顔色が悪くなっていく。
これはヨルムについて気付いたかな?
まあ答え合わせは後でするとして、折角呼んだのだがあまり必要性は無いんだよな。
魔法については体系が違うため教えてもらう事が出来ないし、剣については騎士としての正当な物をメイド長から。無骨でありながら戦うための剣をヨルムから教えてもらう事が出来ている。
槍については教えてもらった所で使い道が無いし、俺も良い印象を持っていないので、あまり使いたくない。
俺を殺し、俺が初めて殺した相手が使っていた武器だからな。
……ふむ。可能かどうか分からないが、少し思いついたな。
「……私のためと言いましたが、あまり人を必要とする環境ではないのよ。貴族とは言え、戦力で言えばこの三人の内一人が居れば事足りるわ」
「無理にとは言いませんが、何か役に立てることはないですか? 命の恩人の頼みですので」
「発言宜しいでしょうか?」
顔色が悪い状態でもリディスは悟られないように頑張っているが、俺が手を上げると凄い目で見て来た。
バッヘルンを見習えとは言わないが、もう少しポーカーフェイスを保てるようになって欲しい。
「何かしら?」
「可能かは分かりませんが。学園の臨時教師として推挙しては如何でしょうか? お嬢様には学園に味方が居ませんので、丁度良いのではないでしょうか?」
「……一考の余地はありますね」
「どう言うことですか?」
カイル達にとっては意味の分からない話となるので、リディスが貴族社会でどの様な扱いをされているかを、かいつまんで話しておく。
魔法が使えない無能。貴族の穀潰し。使い道の無い無才。
ざっとこんなところだろう。
普通ならばそんなに噂は広がらないだろうが、ブロッサム家は色々と貴族界隈でも特殊であり、スティーリアが噂を広め続けている。
そんなわけで、今年入試を受ける貴族の子供でリディスの事を知らない者はいないだろう。
おそらく入試の時にリディスの評価は変わるだろうが、馬鹿な奴はいつだって居る。
入学後に味方となるに教師がいれば、煩わしい事件や騒動も少なくなるはずだ。
「失礼ですが、先程の動きで無能と呼ぶのは……」
「あくまでも過去の話であり、今は魔法も使えますし、同世代でも上から数えた方が早いくらいには高水準となっています」
我ながらスパルタだったと思うが、人間頑張れば何とかなるものである。
「それと折角ですので、外出の際の護衛もお願い出来ますか?」
「確かに私とハルナだけでは数が足りませんから、護衛をただで雇えるならばありがたいですね。遅れましたが、ブロッサム家でメイド長をしているゼルエルと申します」
メイド長もこれから騎士団関係で暇は無くなるし、俺も常にリディスと一緒にいるわけではない。
念話があるので直ぐに助けに行けるが、過保護ではリディスのためにはならない。
「その……一応雇って貰えると言うことで良いのですか?」
「はい。ですが、臨時教師として学園へ入り込めたらにしましょう。Sランク冒険者としての働きを見せてください」
「学園は私に任せて。有能な魔法使いなら、無下には出来ないでしょうしね」
アンリが自信満々に言うが、最低でも三属性使えるならば、この世界では有能なのだろう。
アンリの目の前に居るリディスは、系統が違うとはいえ全属性が使えるがな。
そう言えばアンリは俺が魔法少女の時に使っていた魔法を見ているから、リディスの魔法を見れば繋がりがあると理解するだろう。
そこから俺に辿り着く事は不可能だろうが、どう反応するのか楽しみだな。
「しかし魔法少女ですか……該当する存在を私は知りませんが、アインリディス様は如何ですか?」
「――黙秘するわ」
あっ、メイド長の視線が鋭くなった。
これは後でネチネチと問い詰められるだろうな。
もっとうまく誤魔化せばいいのに……。
「私は早速ギルドを通して打診してくるわ。エメリナはどうする?」
「私は教会から掛け合ってみます。治療と言う名目ならば、手続きも少なくて済むでしょうから」
アンリはギルドを。エメリナは教会……ああ、神が居るのだから宗教があってもおかしくないか。
(そう言えば此処に神って居るのか?)
『たまに様子見で来ているみたいだよ。教会だったり城だったりをふらふらしているみたい』
ふらふら……特に何か役割がある訳ではないのか。
(どんな神なんだ?)
『流れと風を司る神で、名前はシルヴィーナロス。あちこちに姿を現すせいで、天使からよく行方不明扱いされているみたい』
風だから自由……分かりやすいな。
後で一度顔合わせするとして、今は関係ないので頭の端に追いやっておこう。
「俺とガッシュじゃあ学園では役に立たないし、護衛や手伝いで良いか?」
「そうね。ほぼ引退みたいな身だけど、腕を落とさないようにね」
「分かってるさ」
アンリとエメリナはリディスに頭を下げてから、そのまま去っていく。
この様子ではカイル達は残るようだが……後はメイド長に任せれば良いか。
もう直ぐ昼になると言うのに、全く外を出歩けていない。
「それでは細かい打ち合わせを一応しておきましょう。ですが、その前に丁度良い時間なのでお昼にしましょう。ハルナ。お願いできますか?」
「……畏まりました」
気付かれない内に去ろうとしたが、やはり無理だったか。
仕方ないが、さっさと作ってさっさとお暇を頂くとしよう。
1
恐縮するカイルとガッシュをメイド長が屋敷に連行し、俺はヨルムと共に厨房へ向かう。
食材や食器は昨日の内に整えており、料理するのに必要なものは整っている。
何なら朝食と昼食の下拵えで一度使っているので、それなりに勝手も分かっている。
「私は料理の方をするので、お皿や飲み物の用意をお願いします」
「うむ。任されよ」
今日の昼飯はグラタンパンと、いつものトマトスープ。
それと足りない人用に、タマゴサンドイッチをそれなりの数作る。
それらをヨルムの用意した皿に盛り付け、ヨルムに運んで貰う。
ついでに使用人達の分も持っていって貰う。
手慣れたもので、ミスなく料理を全て作り終えることが出来た。
魔法もかなり融通がきくようになってきたし、入試の時用に軽く魔法を作ってみるのもありだな。
火と光……ふむ。火力過多になりそうだな。
いや、ワザと学科での点数を落とせば、あれを破壊しても主席は取らないで済むだろう。
考えるとしたら貫通系が爆発系の二択だが、貫通なら火の魔法で光を強化してレーザーなんてのもありだろう。
問題は貫通力を抑えるか、角度を調整しないとどこまで貫くか分からない点だろう。
爆発系の場合、主軸は火だが補助に光の魔法を使い、地雷だったり連鎖爆発だったりとレパートリーを増やせる。
威力的な面で言えば幾らでも調整が可能だが、爆発させるよりも、上から鉄塊や氷塊を落とした方が、殺傷能力は高い。
爆発系には爆発系のメリットがあるが、俺にとってはあまりメリットがない。
まあ派手なので、人に見せる分にはインパクトがあって良いだろう。
なので今回は、爆発系を主軸として考えてみるとしよう。
……とその前に、もうそろそろ食事も終わるだろうし、紅茶を淹れに行くとしよう。
正直俺がする仕事で無いのだが、食後にティータイムを設けるのが、貴族の食事会の通例だ。
「ヨルム。今日の食事はどうですか?」
「トロトロカリカリで美味しいのう」
配膳を終えたヨルムにも食わせてみたが、どうやら満足してもらえたようだな。
グラタンパンのチーズを、焦がしたのが良かったのかもしれない。
さてと、紅茶の準備をするか。