第54話:憲兵さんこの人達です
魔法少女を名乗るハルナに言われた通り、オルトレアム王国に来た暁の調の四人だが、ここに至るまで沢山の問題があった。
先ずはレッドアイズスタードラゴンである、ヨルムの素材を持ち帰った所から始まる。
ハルナに助けられて死に体で帰って来たのだが、素材を持って帰ってきたせいで、倒したのだと勘違いされたのだ。
ついでに殿として残ろうとしたカイルは、エメリナにそれは猛烈な勢いで怒られた。
気絶していたせいで何も知らなかったエメリナは起きると同時に泣き崩れたが、目の前にいるカイルを見て呆然とし、それからグーで殴ったのだ。
ギルドで誤解を解こうとして時間が掛かり、素材の売却を巡って争いが起こり。
カイル達を取り込もうと国が動き、挙句にカイル達を殺して名を上げようとする暗殺者達も動き出した。
オルトレアム王国には一ヵ月もあれば来られるはずだったが、結局ギリギリとなった。
それからアインリディスという少女に聞いて回ったが、流石に知っているような人間はいないので、ギルドを通して情報を集めた。
そして分かったのは、彼の少女はなんと貴族だったのだ。
騎士爵や男爵。子爵程度までならば問題ないが、流石に侯爵となるとおいそれと訪ねるわけにはいかない。
カイル達には確かに実績はあるがそれは他国のものであり、オルトレアム王国では無名みたいなものだ。
流石に実績を積む暇もないので、情報を得てからは王都に向かい、野次馬にうんざりしながら冒険者ギルドでブロッサム家に手紙を出そうとした所でハルナと出会った。
いつの間にか背後に居たハルナだが、カイルは冒険者であり前衛として戦っているので、常に周囲には気を配っている。
しかし、近づいてくるハルナに気づくことが出来なかった。
その事に驚くと共に、髪が白い事に全員が驚いた。
カイル達がいた国は、オルトレアム王国以上に魔法の扱いが厳格であり、ほとんど魔法を使わないカイルでも白い髪の異常性を知っている。
だがこの中で一番驚いたのは、魔法に精通しているアンリだろう。
何せ、属性が無い証である白髪の少女が、魔法を発動している気配を感じさせているのだ。
だからこそ、聞かずにはいられなかった。いったいどんな魔法を使っているのか……。
魔法とは魔法使いにとっては当たり前であり、晒してはいけない手札だ。
だからエメリナはアンリを止めようとしたのだが……。
「構いませんよ」
ハルナにとっては問題ないため、快諾した。
そしてハルナは、服の下とスカートの中から計四本の鎖を取り出した。
その内の一本をアンリへと差し出し、触れるようにする。
一瞬アンリは怯んでしまったが、ハルナの意図が分かり、そっと鎖を手で持つ。
「……これって、光の魔法? それに、あなたのオリジナルかしら?」
「はい。光の魔力を鎖の形に物質化して操る魔法となります。強度は込めた魔力に比例します」
鎖を触りながら考察を続けるアンリだが、ふと可笑しいことに気づく。
鎖が一本だけならば、魔法として成り立つのだが、それが四本同時。それも個別に動かせるとなると話が変わってくる。
魔法とは存在しない手足を使うようなものであり、複数の魔法を同時に使うのは難しい。
アンリでも四つが限度であり、真っすぐに飛ばしたりその場で放出させたりと、ごく簡単な操作だけだ。
今目の前で動いている鎖のように、うねうねと動かすことはできない。
「これって、一本ごとに違う魔法で動いているの?」
「その通りです。日常的に使うことで、精度を高めるように努めています」
「ちょっと魔力を込めてみても良い? 強度がどれくらいか見てみたいんだけど?」
「構いませんよ。他の方もやってみますか?」
さらっとハルナは提案するが、それはあまりにもバカげた行為である。
要は一人で四人分の魔力を、受けようとしているのだ。
あくまでも魔法を破壊するために魔力を流すので、ハルナの身体は問題ないが、言外にハルナは自分の魔力量の多さが異常だと言っているのだ。
顔には出さないが、アンリはハルナの言葉に対してプライドが傷つけられ、後ろにいる三人へ黒い笑みを向ける。
折角のご厚意なんだから、このクソガキに現実を見せなければ、大人としていけないのではないか?
そう顔に書いてあった。
カイルを含めた他の三人も興味はあるが、ハルナの髪が髪のために少し及び腰となってしまっている。
それに少女に対して大人げない行為をするのは、流石に良心が咎めるが、アンリに逆らうのも大変なので、流されるままに目の間に差し出された鎖を握る。
「それじゃあいくわよ」
「はい。どうなるか気になるので、お願いします」
四人は一度頷き合い、せーので鎖を破壊しようと魔力を込める。
カイルやガッシュは様子見で、徐々に流す魔力を多くしているが、アンリは最初から全力で魔力を流し込んだ。
しかし鎖に変化はなく、ハルナの表情も全く変わらない。
他の三人も壊れない鎖に本気を出し始め、それでも壊れない事に対して疑心感を募らせる。
「…………あなた、何者なの?」
「? 先ほど自己紹介した通りです。しかし強い魔力を当てられると、ほとんどコントロールできなくなりますね」
思っていたものとは違う答えを言われ、思わず顔から表情が抜け落ちる。
非常識。それがこのハルナに当てはまる、一番の言葉だろう。
(メイド……しかしこの年齢で……でもあの魔法少女と違って、異質な存在とまでは言えないけど、危険ね……)
目の前の少女がまさか魔法少女だと思わないアンリは、それでもハルナが危険な存在だと、自分の物差しで測る。
ハルナ側は強い魔法を当てられた際のコントロールについての課題を手に入れ、少し気分が良かったりする。
ハルナが鎖だけで戦う場合、鎖のコントロールを失うことは隙を生むことに繋がる。
まあ別に他にも魔法は使えるので全く問題はないが、何事も完璧を目指すハルナにとっては良い課題を手に入れる事が出来た。
だが鎖を出しながら歩くメイドは些か目の毒であり、相手はSランクの冒険者達である。
誰がどう見ても、少女を鎖に繋いで歩いている不審者。或いは犯罪者。
歩いている途中、憲兵に声を掛けられるのは必然であった。
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帰り道の道中憲兵に職質されるなんて事件があったが、カイルが見せたギルドカードと呼ばれる身分証により事なきを得た。
言われて気付いたが、確かに酷い見た目だったな。
反省だ。
それから普通に歩いてブロッサム家の別邸まで帰ってきた。
「着きました。此処がブロッサム家の別邸となります。特に門番などはいないので、このまま付いてきて下さい」
「分かった」
(リディス達は何所に居る?)
『裏庭だね。訓練しているみたいだよ』
(朝からご苦労な事だな)
屋敷の中には入らずに、グルっと回って裏手に回る。
無駄に庭が広いのは、流石貴族の屋敷と言った所か。
他に比べればこれでも狭い方みたいだが、数人で住む分には手入れが大変だ。
裏庭が近くなってくると、鉄のぶつかり合う音が聞こえてくる。
「我がやはり一番のようだな」
「それはどうでしょうか?」
「し……死んじゃう」
どうやら三人で三つ巴の戦いをしているようだな。
正確にはヨルムとメイド長がバチバチにやりあい、リディスが巻き込まれているって所か。
「……ブッロサム家ではこれが普通なのか?」
「いえ。あの二人が異常なだけです」
ヨルムと打ち合える辺り、やはりメイド長は異常なのだろう。
あれでも周りへの被害を考慮して、身体強化はしていないみたいだし。
「カイル……あれ勝てるか?」
「どうだろう。あれでも軽い打ち合いみたいだし、正直底が見えない。……あの巻き込まれている少女も、同年齢の時の俺より強いように見える」
後ろからカイルとガッシュのコソコソ声が聞こえるが、俺と同じ意見みたいで良かった。
「メイド長。お客様をお連れしました」
「……そうですか。でしたら戦いは此処で一旦止めておきましょう」
「うむ。朝食後の丁度良い運動となった」
剣を納めるのは良いが、倒れているリディスを助けなくて良いのか? 一応客の前だぞ?
戦いの後の高揚感で気が散ってしまうのは分かるが……やれやれ。
鎖の一本をリディスへと向けて、服を掴んで立たせる。
そして俺が居る事に気付き、カイル達を見たリディスは貴族モードに移行する。
少し手遅れ感がするが、メイド長やヨルムの方に気を取られていると思いたい。
「それで、そちらの四人がですか? 失礼ですが、お名前を伺っても?」
メイド長がメイド長らしく姿勢を正し、俺の前まで来る。
最近は真面目な姿を見ていなかったが、流石だな。
「俺は暁の調のリーダーをしているカイルと言います。実はある方からアインリディス様の面倒を見てくれと頼まれまして」
「暁の調……確かレッドアイズスタードラゴンを倒したパーティーでしたね。態々王国に船で来たと言うのは本当だったのですね。しかし、そのある方とは?」
「その前に一つ訂正したいのですが、俺達はレッドアイズスタードラゴンを倒してはいません。魔法少女と名乗る方にピンチの所を助けられ、アインリディス様の面倒を見てくれと……」
スッとメイド長の視線が俺の方に来るが、適当に首を振っておく。
もしも俺が転移出来る事をメイド長が知っていれば、いらぬ疑惑を持たれるかもしれないが、知らないので俺ではないと直ぐに分かるはずだ。
何せ、カイル達は別大陸の人間だからな。
「話は分かりましたが、魔法少女など、ブロッサム家にはいません。それに、あなた方を雇う程の余裕は私達にはありません」
「いえ、報酬については問題ありません。魔法少女のおかげで遊んで暮らせるほどの報酬を貰いましたので」
「レッドアイズスタードラゴンの素材ですか……。アインリディス様。どういたしますか?」
「どうって言われても、その魔法少女ってどんな人だったのかしら? 知らないとは思うけど、教えてくれない?」
おっと、これは悪い流れだな。
先に釘を刺しておこう。
(それは私なので、知らない振りをして下さい。それと、表情に出さないように)
『……分かったわ』
これで良し。
こういった時、念話は役に立つな。