第51話:魔法少女式クリーニング
アーシェリアがペポの街に居た理由だが、どうやら他国からの帰りらしい。
そのまま家には帰らず学園に行くとは、大変だろうに。
やはり公爵令嬢ともなると、予定が詰まっているのだろう。
うちの侯爵令嬢とは大違いである。
まあ、それなりの貴族ともなれば王都に別邸があるので、王都も実家みたいなものか。
ペポの街を出てからは、犯罪者に出くわしたり、貴族に出くわすこともなかった。
あっという間に五日間が過ぎ、王都の城壁が見えてくる。
城壁と言えば、オーストラリアでの戦いを思い出すな。
オーストラリアは広大な土地だが、魔物による被害から大きな都市を防壁で囲い、各都市は地下の高速列車にてやり取りをしている。
魔女の召喚した魔物により大きな被害を被ったのと、俺はオーストラリアでの戦いで一度死んだ。
いや、九割九分位かな?
その時、俺の中で息を潜めていたエルメスとソラのおかげで何とか復活し、オーストラリアでの戦いを勝利にて収める事が出来た。
体感で一年も経っていないはずだが、酷く懐かしく感じる。
そう言えばオーストラリアのランカーで、銃を使う魔法少女が居たな。
中々カッコいい武器だった。
「とうとう王都ね……。試験は五日後だったかしら?」
「はい。予定通りなのでそうなります。魔法は大丈夫ですので、残りは剣の訓練と、貴族としての訓練をすれば大丈夫かと思います」
リディスの魔法はなるべく試験当日まで隠しておきたい。
その方が周りの反応が大きくなるだろうからな。
「貴族ね……私なんかが結婚出来るのかしら? 評価は最悪だと思うのだけれど?」
「さあ。そこまで私が関与する気はありませんので」
リディスの言い分は分かるが、実際には寿命の事を言っているのだろう。
悪魔と契約したのならば、最後は寿命を奪われて死ぬ。
本当に結婚出来るのかと心配もあるが、そこまで生きられるのかと聞いているのだ。
「……剣とマナーにつきましては、私の方で面倒を見ましょうか?」
「えっ!」
「宜しくお願いします」
嫌そうにリディスは声を上げるが、最初からメイド長にお願いする予定である。
どうせ俺では戦うだけの剣を振るう事が出来ないし、マナーや社交儀礼と言ったものはあまり覚えたくない。
いや、最低限のマナーは良いのだが、男として女らしくするのは今でも抵抗がある。
諦める所は諦めたが、人として譲れない所は譲れない。
人形にされたり、メイドにされたとしてもだ。
……正直大事な一線は越えられてしまっている気もするが、俺は嫌な事は嫌と言える男でありたい。
「え、えーっとハルナじゃダメなのかしら?」
「私のもメイド長から教えてもらったものなので、メイド長本人から教えてもらった方が効率的かと。折角なのでヨルムもつけましょう」
「我もか?」
「下の者としての振る舞いは覚えましたが、上の者としての振る舞いは教えられていませんからね。知っておいて損は無いでしょう」
「ううむ……」
首を傾げて、ヨルムは唸る。
面倒だと思う反面、学ぶことの大切さについて考えているのだろう。
これまで俺やメイド長が教えたのは先ほど言った通り下の者としての振る舞いだ。
だが上の者。この世界の場合だと貴族の振る舞いはまた変わる。
俺も出来るのかと問われれば簿妙だが、ちょっとした所作はアクマの方で補正する事が出来る。
よって最低限のルールさえ覚えれば、あとはどうとでもなるのだ。
ついでに、折角なので王都を一人で見て回ろうと思う。
折角の異世界だし、少し位楽しみたい…………とソラが駄々を捏ねたのだ。
この世界に来て三ヶ月程度経つが訪れた場所は一つだけであり、王都に来るまで立ち寄った場所も時間的にほとんど見て回れていない。
個人的に異世界だろうが、パラレルワールドだろうが構わないが、この少女にとってはそうではないらしい。
俺の元の世界は人が暮らしている地球と、魔物の被害により世界を超えてやってきた妖精が住む、妖精界がある。
俺みたいな元一般人にとっては、妖精界そのものが異世界であり、ついでに魔女の策略で数日間異世界の様な場所に飛ばされた。
耐性と言うか、異世界だからと喜ぶ感情はとっくに無くなっている。
大事なのは、コーヒーがあるか無いかだ。
一応様々な種族の人を見られたのは良かったが、人見知りの俺では遠くから見るのでやっとだ。
「……どうやら着いたみたいですね」
ヨルムが渋々メイド長の教えを受けると答え、リディスが顔を青くしている内に、馬車が停まる。
ブロッサム家の別邸に着いたのだ。
扉を開けようとすると、控えめなノックが聞こえ、それに対してメイド長が許可を出す。
すると、メイドが申し訳なさそうに立っていた。
「メイド長。少々問題が……」
「何かあったのですか?」
「何やら手違いがあったらしく、屋敷内の設備が全く整っておりません。それと、埃もかなり……」
メイド長はゆっくり目を閉じ、少しの間固まる。
あの小心者のバッヘルンが、下手を打つとは考えられない。
となると、おそらくスティーリアが関与していそうだな。
外では何もできないと思っていたが、存外権力を握っているみたいだ。
普通に不手際の可能性もあるが、人為的な物と考えるのが普通だろう。
因みに最低限暮らすための金をバッヘルンからメイド長は預かっているが、流石に家具を買えるほどの金は無い。
給料については後々支払われる予定であり、一応国営の銀行もあるが、数百万をポンと下せるとも思えない。
では宿に泊まればとなるかもしれないが、メイド長としては何か思う事もあるのだろう。
出なければ考え込んだりしない。
「ハルナ。どれ程持ってきていますか?」
「過不足なく。立て替えという事で宜しいでしょうか?」
「はい。何者かの思惑が関与していると考えられる以上、相手の手に乗るのは危険ですので」
(アクマ)
『バッグの中に出しておいたよ。一応小袋を二つね』
(どうも)
「お金はバッグの中にあるのでお使いください。それと、宜しければ掃除は私の方でやっておきますが?」
「……一人で出来るのですか?」
「細かい所までとはいきませんが、最低限問題ない程度までは。これもありますからね」
服の中から空中に鎖を出し、うねうねと動かす。
今ならば最大二十本まで操る事ができ、十人分の仕事を一人で並行してこなす事が出来る。
この数を動かす場合、流石に他人を気に掛ける事も出来ないので、誰も居ない方が良い。
「でしたらお願いします。その間に此方は家具や食材など、必要な物を買い揃えておきます」
「ヨルムとお嬢様もお願いします。邪魔なので」
「邪魔って何よ。これでも部屋の掃除とか自分でやっているんだけど?」
部屋の掃除と屋敷全体の掃除では、全く別物なのでリディスはいらない。
「死にたいのでしたら構いませんよ。この鎖の破壊力はしっているでしょう?」
「……ヨルム。メイド長と買い物に行くわよ」
「うむ。我はまだ死にたくない」
やるべき事を決め、馬車から降りる。
屋敷は一般的な家三つ分程度の大きさがあり、庭も結構広い。
たが雑草が結構生えており、長年放置していたのが分かる。
一度全員で屋敷の中に入り、現状の確認と何を買ってくるか決める。
椅子やテーブル。食器棚やベッドなど大きな物はあるが、布団や食器。食材や布団などは全て買ってこなければならない。
持ってきた荷物は一度エントランスの端に置いておき、俺以外が買い出しのために出掛けて行った。
幸いまだ午後三時くらいなので、日が沈む前に買い物は終わるだろう。
「万変の鎖」
無理しない程度で限界まで鎖を出し………………解除する。
思いの外埃が凄く、普通に掃除をするのは少々骨が折れそうだ。
やってやれないこともないが、今回は少し裏技を使うとしよう。
「ナンバー6。恋人。解放」
魔法少女となり、アルカナであるエルメスの力を解放する。
ついでにソラの栄養を根こそぎ奪い取り、成長した姿となる。
『何で! どうしてこんな酷いことするのよ! そのまま鎖で掃除すれば良いじゃない!』
(掃除用具が少々古くて面倒なんだよ……)
掃除機は勿論、勝手に掃除してくれる円盤形のロボットもない。
拭き掃除と掃き掃除を自分だけの力でやるのは、流石にやる気が削がれる。
だが恋人の力を使えば、原始的な方法を取らなくても掃除が出来る。
エルメスの能力は、なりたい姿になり、使いたい能力が使えるといったものだ。
制約もあるが、戦う以外の能力を使う場合はエルメスを使うのが一番だ。
『制限時間は五分だからねー』
(三分で終わらせて見せるさ。それと、結界の方は頼んだぞ)
ソラの栄養を奪い成長した姿ならば、本来は半日程度アルカナを使う事が出来るが、今ではこの程度か。
本当は同時開放用の切り札ではあるが…………今は嘆いても仕方ない。
「それでは――始めましょう」
詠唱をして、先ずは屋敷内にある全ての家具を動かないように固定する。
次に屋敷内を水で満たし、埃や汚れを全て屋敷の外へと出して蒸発させる。
先に風の魔法を使ても良かったが、かなり汚れていたので纏めてやった方が効率が良い。
次に水気を全て飛ばし、熱で殺菌する。
その後に錆やら腐った部分を外の土から取り出した鉄で補強して、窓などのくすみを取り除く。
最後に細かいあれこれを一気に終わらせて時間となった。
ジャスト三分。
新築までとは言えないが、屋根から床下まで綺麗に掃除が出来た。
勿論庭の剪定も完璧である。