第50話:公爵令嬢との会談
俺には姉と呼べる存在が二人いる。
片方は実の姉であり、幼い頃に死ん……殺されている。
もう一人は諸事情で魔法少女となった俺を拾った人だ。
魔法少女名はタラゴン。本名は早瀬真琴。
出会った日にシミュレーションとは言え、殺し合いをした仲である。
その後運悪く魔物との戦いに巻き込まれ、死に掛けていた俺を拾って助けてくれた。
死ぬまでの間に色々とあったが、姉と認める程度には良い人であった。
勿論本人に言えば満面の笑みで抱き着いてくるので、面と向かって言う事は無いだろう。
正直、あの人の明るさには救われていた。
そんな姉の面影がある少女を放置しておくのは、憚られたのだ。
……いや、性格は似ても似つかないが、俺はどうも赤が駄目らしい。
『ハルナって案外家族思いだよね。何かと理由を付けるけど、やる事はちゃんとやるし、リディスにも……』
(磨くぞ?)
アクマが言いたい事は分かっている。
どうも俺は、身内と決めた者に対して甘いみたいだ。
敵となれば、躊躇することなく殺せる自信はある。
だが味方である間は、どうも甘い判断をしてしまう。
おそらく俺のトラウマ……心的外傷のせいだろう。
「何故あやつを助けたのだ?」
内心で良い訳をしながら歩いていると、ヨルムが首を傾げながら聞いてきた。
「あれは公爵家のお子さんになるので、恩を売っておけば役に立つ可能性があります」
「政治的判断とかいうやつか?」
「そうです。まあ、ほとんど意味はないかもしれませんがね」
更に首を傾げて不思議そうにしているヨルムの頭を撫でて誤魔化す。
街灯があるとはいえ流石に暗くなってきたし、帰るとするか。
「軽く見て回りましたが、どうですか?」
「初めてこれだけの人を見たが、よく争うことなく共存しているな。我らならば、互いに喰い合っているだろう」
「争いの基本は食料ですからね。態々同族を殺して食らうなんて事をしなくても、食べる事には困りませんから」
食べるために殺す。
これは生物の基本だろう。
これについては元の世界も、この世界も変わらない。
そして、食われないためには倒すしかない。
食うで思い出したが、流石に串焼き一本では足りないな。
良い時間だし、夕飯を食べてから宿に帰るとするか。
「何か食べてから帰るとしますか。何か食べたいものはありますか?」
「ハルナの……」
「却下です。そもそも調理できる環境が無いので無理です」
「むぅ……」
串焼きを食べた事で料理に期待を持てないが、生きていくには食べなければならない。
まあヨルムは本人曰く数カ月程度なら食べなくても問題なく、俺もソラの事を気にしないなら、数日食べなくても問題ない。
単純に辛いだけだが、仕事のデスマーチの時は三日間栄養ドリンクだけで凌いだ事がある。
とは言っても辛い物は辛いので、折角ならば何か食べたい。
異国特有の料理と思えば、食えない事もないからな。
しょぼくれているヨルムを連れたって、上等そうなレストランへと入る。
「いらっしゃいませ。予約はしておりますでしょうか?」
「していませんが、空きは無いのでしょうか?」
対応をしてくれた店員は、何とも困った表情をする。
……さか予約制の店だとは思わなかった。
俺達が貴族ならともかく、ただのメイドでは空き室があっても入れてくれないだろうし、他の店にするか……。
「その申し訳ありませんが……」
「分かりました。無理を言って……」
「いましたわね! 私から逃げようなんて、躾がなっていませんわよ」
諦めてレストランから出ようとすると、少女特有の高い声と共に、アーシェリアがお付きの男を伴って現れた。
まさか帰らずに追って来るとはな……男の方を見るとさっきとは違い、少し申し訳なさそうにしている。
俺達が木っ端ではなく、ブロッサム家のメイドと分かり、それなりの態度を取っているのだろう。
「礼儀は弁えているつもりです。それとも、アーシェリア様はただの平民に権力を振りかざすと?」
「それはそれ。これはこれよ。それにブロッサム家のメイドなのでしたら、多少の事なら問題ないはずですわ」
やれやれ……。
何となく後ろに振り返ると、店員が困った表情を浮かべている。
俺達と違い、アーシェリアは上等なドレスを着ているので、誰がどう見ても貴族と分かる。
だから、店先から退いて欲しいと声を掛けたいが、下手に声を掛けて不敬と言われたら困ってしまう。
「とりあえず店から離れましょう。迷惑になっていますので」
「あら? 良さそうな店ね。折角ですし、此処で食べていきましょう。良いわねライコフ?」
「はい。ですが此処は他領ですので、あまり我儘を言わないようにお願いします」
「あのー……当店は予約制となっていまして、予約の無いお客様は……」
顔色を悪くしながらも何とか言うが、流石にその程度では誰も気を悪くしない。
それに、どうせアーシェリアが名乗れば、直ぐに態度を変えるだろう。
「これでも駄目だろうか?」
ライコフは懐から紙と金貨を二枚店員に渡し、紙を読んだ店員がピンと背筋を伸ばす。
「た、直ちに席を用意させて頂きますので、暫くお待ち下さい!」
賄賂と、おそらくシリウス家と証明するための紙か。
困ったら権力と金。世界が変わっても変わらないものだ。
「それではこれで失礼します。お食事をお楽しみ下さい」
「あなた達も一緒よ。魔法が駄目でも、それ以外なら話しても問題ないでしょう?」
「それはシリウス家からのご命令と受け取っても宜しいのでしょうか?」
「構わないわ。この程度でしたら、御父様も許してくれるでしょうし、外交問題にもならないわ」
年相応の慎ましい胸を張り、俺とヨルムにドヤ顔を晒す。
どうやら逃げ出すのは難しそうだな……。
逃げても良いが、ここで逃げても学園で絡まれるのは必定だろう。
「ヨルム」
「我は何だって構わん。ハルナの料理が食えんのだからな」
「そっちのメイドは妙に態度が悪いわね。まあ良いわ。ほら、中に入るわよ」
アーシェリアはさっさと店の中へと入っていき、俺達とライコフと呼ばれた男が取り残される。
「すみませんが付き合っていただけると幸いです。申し遅れましたが、シリウス家でアーシェリア様付きの執事をしているライコフと申します。先程は怒鳴ってしまいすみませんでした」
「これはご丁重に。私はアインリディス様の専属メイドとしているハルナと、こちらがヨルムになります。先程の事は気にしていませんので、大丈夫です。それよりも、お待ちかねの様ですので、中に入りましょう」
店内の入り口から赤い髪が見えるので、席まで行かないで待っているのだろう。
これ以上煩くされても困るので、諦めてレストランに入るとしよう。
先程の店員に案内されて個室に入り、椅子に座る。
近くで見ると本当に幼いタラゴンさんといった感じのため、気が引けてしまう。
今後はなるべく距離を取るように頑張ろう……無理だろうけど。
「改めて礼と、自己紹介をしておくわね。私はアーシェリア・ペルガモン・シリウス。シリウス家の三女よ。それと、こっちは執事のライコフよ」
「ご丁重にありがとうございます。私達は見ての通り、ただの平民のメイドです。名前も先程申し上げた通りとなります」
「それにしては随分と礼節やマナーを弁えているようね。歩き方や所作も、貴族のそれとなんら変わりないようですけど」
同意を取るようにアーシェリアはライコフを見て、ライコフは頷く。
「メイド長が厳しい方でしたので。仕える方の恥にならないようにと」
「そう。さっき話したけど、あのアインリディスも入試を受けるのよね」
「はい」
話をしていると料理が運び込まれてくる。
最初はスープにサラダか。
出されたスープを飲みながら、アーシェリアは思案しているのか、眉を顰める。
「さっきは馬鹿にしてしまったけど、あのアインリディスが本当に学園に?」
「そうでなければ、私達は此処には居ません。それに、きっと面白い物が見られると思いますよ」
「面白いものね……あなたは、アインリディスが変わった。そう言いたいわけ?」
「それをメイドの私が口にするのは不敬かと思います」
サラダは及第点だが、スープは微妙だな。
出汁として使っている野菜が多いせいか、味がぼやけてしまっている。
ヨルムの食事の手も、俺の料理を食べる時に比べると遅い。
それでも全て食べるが。
その後は肉料理が運ばれて来た。
「……もう一度聞くけど、あなた達は平民なのよね?」
「はい。姓はありませんので」
「……ライコフ」
「はい。満点かと。下手な貴族よりも洗礼されています」
「はい?」
「手の動き。姿勢。視線。態度しかり、全て貴族として通用するものです。少々表情は乏しいですが、個人的にはアーシェリア様よりも好感が持てます」
「それはどういう意味かしら?」
アーシェリアはライコフの足を蹴り、怒りをぶつける。
メイド長の訓練は、最低限のマナーを知っている俺でも辛い物があったからな……身に沁み込むレベルで板に付いている。
一人の時ならともかく、人前で適当に食うなんて事が出来ない身体にされてしまった。
ヨルムは……まあ才能だろうな。高位の魔物だし。
肉料理は案外美味しいが、焼き具合があまり宜しくない。
この味付けならばレアの方が、肉汁が滴って美味しいだろう。
「それにしても、真っ白い髪ね………………白い髪?」
肉料理の後パンとジャムが出され、小腹を埋める。
総菜パンなんて文化が無いので、変なものが出ないのはありがたい。
最後にはデザートと、温かい紅茶が出される。
アーシェリアは途中からライコフと小声で内緒話を始め、静かになってくれた。
「そう……後で調べておきなさい。さて、そっちのヨルムだったかしら? メイドとしてその口調はどうなの? その癖無駄にマナーはなっているし……むかつくわね」
「個性を伸ばした結果です。ヨルムは一応メイドで平民ですが、少々事情がありまして。詮索しないでいただくとありがたいです」
「魔法以外で隠していることを暴く気はないわ。退屈な学園生活になるとおもったけど、案外楽しめそうね」
「個人的には関わらないでいただけると嬉しいのですが?」
への字に口を曲げ、不服だと言外に表現する。
異世界なだけあり、貴族と平民では大きな壁がある。
本来こんな感じに会話出来ていることがおかしいのだ。
つか、追ってこないで帰って欲しかった。
デザートはコース料理の中で一番美味しく、紅茶も申し分ない出来だ。
「あなた、私がシリウス家の者と知ってその口を利くのかしら?」
「罰を下すのでしたら、好きにしていただいて結構です。その時は二度と会うことはないでしょう」
「……メイドにしておくのは惜しいわね。今日はこれで退かせてもらうわ。今度は学園で会いましょう――ハルナ」
「アインリディス様を通していただけるのでしたら。それと、こちらをどうぞ」
鎖を操り、袋の一つをライコフの前に置く。
一瞬警戒をするが、鎖を戻すと警戒を解いて袋を開けた。
そして、僅かに目を開いて固まる。
「自由に操れる鎖……この感じ……光かしら。ライコフ。その袋の中身は?」
「…………ハルナ様。これはどういう事でしょうか?」
「他意はありません。迷惑料と思っていただければ。平民と食を供にするとなると、後々火消しが必要になるのでは?」
「公爵様はその様な細事を気にするような御方ではありません。これは侮辱と捉えられる行為ですが?」
「でしたら、学園で何かあった際にその分助けていただければかと。平民にとって学園の方々は脅威となり得るので」
「ライコフ?」
アーシェリアに名前を呼ばれたライコフは、渋々と袋の中を見せる。
袋の中は金貨をそれなりの量入れて有り、分かりやすく言えば百万円程入れてある。
いつの世も、人の本性を見るには金を渡すのが一番手っ取り早い。
俺みたいに金よりも実利を取る人間も居るが、アーシェリア達はどう反応するだろうか?
公爵家とはいえ、百万はそう安い金ではないだろう。
袋の中を見たアーシェリアはライコフ程驚きはせず、スッと俺に視線を寄越す。
「これはブロッサム家として? それともあなた個人?」
「私個人です。それと、その中身に関しては、痛手にはなりませんので大丈夫です」
「……派閥に入ると言う訳ではない訳ね?」
「政治的な判断はアインリディス様がするでしょう。私とヨルムはただのメイドですので」
「本当に学園が楽しみになってきたわね。ライコフ。受け取っておきなさい。それと、何かあればハルナ達を可能な限り助けるように、あの子にも伝えておきなさい」
「――承知しました」
命令には忠実なのか嫌な顔一つせずに、ライコフは袋をそっとしまう。
これで学園での隠れ蓑が一つできた。
リディスの権力でカバーできない事態になったら、アーシェリアの権力を借りれば良い。
何も起こらないのが一番だが、リディスの姉が学園に居る以上、備えておくに越したことはない。
適当にアーシェリアに別れを告げた後、宿の部屋に戻って鍵を閉める。
それからいつもの山で軽く運動をしてから、ヨルムと一緒に風呂へ入る。
昼間にあれだけ寝たので、眠気は中々やってこない。
どうせ明日からもまた馬車の旅になるので、今日は朝まで街をぶらつくとするか。