第49話:ペポの街
身体を揺さぶられ、目が覚める。
馬車の揺れを感じないので、最初の街に着いたのだろう。
「着いたのですか?」
「うむ」
頬に妙な違和感を感じながら目を開けると、メイド長とリディスが視界に入る。
当たり前の光景ではあるのだが、妙に腹立たしい。
……まあ気にしてしてもしかたないか。
この身体は若いだけあり、馬車の中で寝たというのに身体が少し軋む程度だ。
「起きましたね。既に宿の手配は終わっています。、部屋は三階を貸し切っていますので、手荷物を運びましたら、明日の朝まで自由時間となります。アインリディス様は出掛ける場合、私かハルナにお声お掛け下さい」
「分かったわ」
メイド長は頷いてから、馬車の扉を開ける。
この世界の街をみるのはこれで二度目になるが…………まるでアニメの中に居る気分だな。
いや、妖精界も似た様なものか。
俺の世界は魔物との戦いでボロボロだが、妖精の方の世界は魔物が出現しないのでかなり賑わっていた。
雑多としている人を見ると、平和を感じてしまう。
――そしてその平和を壊したくて仕方のない自分が居る。
「? どうしたの?」
「いえ。街を眺めていただけです。人が居る所に来るのが初めてでしたので」
「そう……なら、私と一緒に出掛ける?」
「遠慮しておきます」
「なっ!」
固まったリディスを放置して、メイド長の後を追って宿の中に入る。
宿の中は古い旅館と言った感じか。
西洋寄りではあるが、屋敷と同じく魔石仕様の電灯が灯っている。
宿自体はレンガっぽい物で作られているので、それなりに科学も進んでいるのだろう。
時計を見ると十六時だったので、結構寝ていたようだ。
「こちらが部屋のカギとなります。ハルナはヨルムと同室になります。アインリディス様も突っ立っていないで、カギを受け取ってください」
「……はい」
何かを言いたそうにしていたリディスだが、今は公の場であるので、文句を言わずにカギを受け取る。
部屋は305号室か。流石にエレベーターなんてものはないので、階段で上がるしかない。
鎖を使えば一瞬だが、流石に他の人の迷惑になるので止めておこう。
普通に歩いて三階まで上り、部屋の中に荷物を置く。
荷物と言っても、服を入れただけのバッグだけだ。
まあ俺の服や下着は全てアクマが用意したものなので、バッグの中にあるのを着ることはないのだがな。
「私は少し出掛けて来ますが、ヨルムはどうしますか?」
「無論付いていく」
「そうですか」
小銭を二つの袋に入れ、片方をヨルムに渡しておく。
ヨルムがどれくらいまで人の世を理解しているか分からないが、金があって困ることはない。
「お金を渡しておきますので、何か買いたいものがありましたら、自分で買って下さい」
「……忘れていたが、奪っては駄目なのだな。分かった」
魔物ならば殺して奪ってなんぼだが、人間がそれをやれば犯罪である。
幸い金はいくらでもあるので、金がなくて買えなくなることはないだろう。
(街の地図を頼む。それと、軽く情報をくれ)
『ういー』
やる気のないアクマから情報が送られてくる。
街の名前はペポ。
正確に言えばペポの街となる。
今更だが、ブロッサム領は花の名前を街などに付けているようだ。
俺に伝わる情報は翻訳されたものなので、似ている別の何かなのだろうが、ペポか…………花で良いのか?
ヨルムと一緒に外へ出て、軽く辺りを見ながら歩くが、やはり見慣れない物ばかりだ。
電子機器の類は全く無く、工場品の様な規格が統一されているものがほとんどない。
獣の耳や角が生えている人や、耳が長くてスラリとしている人。
背中から翼が生えていたり、ずんぐりむっくりとした小人。
…………ふむ。思っていた程物珍しさを感じないな。
妖精なんて狂った存在を知っているせいか、ありのままを受け入れる事が出来る。
この世界の妖精は一応魔物と言う区分になっているが、俺の世界の妖精は人類として数えられていた。
そもそもが異世界からの漂流者であり、魔法の技術を人間側に提供してくれた存在だ。
妖精が居なければ世界の人口は今以上にシビアとなっていたし、もしかしたら俺も生まれていなかっただろう。
安全地帯である妖精界に、瞬時に移動できるテレポーター。いつでも実戦に近い訓練が出来るシミュレーター。
食糧事情やエネルギー事情も妖精の持っていた魔法の知識で改善した。
少々まともではない奴が多いが、良い奴が多かった。
「そこの少女たち! 良かったら串焼きをどうだい? サービスしておくよ!」
歩いていると広場に着き、そこでは様々な屋台が開かれていた。
そこで屋台をやっている女性に客引きをされる。
串焼きか……少し小腹が空いたので食べてみるとするか。
あの味が屋敷特有なのか、それとも一般的なのか気になっていたしな。
「二本下さい」
「あいよ、少しオマケして百五十円で良いよ」
…………違和感を感じたが、アクマが翻訳してくれたのだろう。
ついでに銅貨や銀貨なども、勝手に頭の中で円に直してくれている。
これならば価値が分かりやすいが、少しやるせない気持ちになる。
女性から香ばしい匂いのする串焼きを受け取り、近くのベンチに腰掛けてから、一本をヨルムへと渡す。
「もしゃもしゃ…………うむ……うむ」
さっそく噛りついたヨルムは、可もなく不可もなくといった表情をする。
どうやら屋敷のあの味は、一般的なもののようだな。
一口食べると、肉と様々な香辛料の味が口の中を蹂躙する。
…………あまり料理の類いを、外で買うのは止めといた方が良さそうだ。
「泥棒よ!」
突如少女と思われる声が響き、ガラの悪い男が広場を駆け抜けていく。
泥棒とか、元の世界を含めて始めて見たな。
魔法少女による殺人や魔物による被害のニュースはよくあったが、泥棒なんて割に合わないので、やるような奴はいなかった。
魔法少女ならば魔物を倒せば金になるし、一般人ならば直ぐに魔法少女か警察に捕まってしまう。
ガラの悪い男は人の間を風の様に駆け抜け、止めようと手を伸ばす人達を嘲笑う。
このまま無視しても良いが、一応魔法少女として悪を放っておくことは憚られる。
それに、雑魚とは言え合法的に戦う事が出来るのは、今の状態ではありがたい。
少しずつだが、フユネの圧が強まってきているからな。
起きている時は常に身体のどこかに鎖を巻き付けているので、それを操ってガラの悪い男の足に巻き付ける。
男は地面へと顔を打ち付け、そのまま引きずって手繰り寄せる。
「こ。この! 放しやがれ!」
「泥棒は犯罪ですよ。取った物を返して下さい。さもないと……」
少しだけ鎖の締め付けを強くすると、手に持っていた高級そうな鞄を、悲鳴を上げながら落とす。
「ヨルム。鞄をお願いします。それと、ブロッサム家の使用人と言う情報以外は与えないように」
「任されよ」
ヨルムに後処理をお願いし、ガラの悪い男を引きずって、走ってくる警邏? 騎士? に引き渡す。
遠目でヨルムと少女の方を見るが、何やら少女がヨルムを威圧しているように見える。
少女の服装を見るに、おそらく貴族みたいだが、ヨルムに権力は通じない。
このままヨルムに任せてしまいたいが、下手に拗れても面倒だし、うまく切り上げるか。
「お荷物の方は大丈夫でしたでしょうか?」
「あなた……礼は言っておくわ。取り返してくれて助かったわ。それで、さっきの魔法は何かしら? こっちのメイドは何も答えないのだけれど?」
「知らぬものは知らん。それよりも受け取ったのならば去るがよい。付き人か親がいるのだろう?」
…………ふむ。
「魔法についてはお答えできません。もしどうしても知りたいのでしたら、ブロッサム家を通してください、私達はただのメイドですので」
「メイドなら貴族の言うことを聞きなさい! どうせ平民上がりなのでしょう!」
どうやら外れを引いてしまったようだな。
貴族の子供ならば使用人が付き添うと思うのだが、早く来てくれないものか……。
仕方ないが、時間を稼ぐとしよう。
これだけ叫んでいれば、直ぐに見つかるだろうからな。
「主であるアインリディス・ガラディア・ブロッサム様に口外を禁止されていますので、ご容赦下さい」
「アインリディス? ……アインリディスって、あの出来損ないの? なら私があなた達を雇うから魔法について教えなさい。出来損ないよりも優遇するわよ?」
「雇い主はバッヘル様となりますので、其方に話をしていただけるのでしたら考えます」
少女は威圧的な態度のまま固まり、視線を右往左往させる。
リディスの事を知っているってことは、この国の貴族なのだろう。
そしてこの国の貴族ならば、バッヘルの噂を聞いていてもおかしくない。
リディスと敵対するのは良いが、親であるバッヘルの不興を買うのはよくないと子供でも分かっているのだろう。
「そっ、そうなのね。それでしたらアーシェリア・ペルガモン・シリウスが礼を言っていたと伝えてください。それと、あなた方は学園に来るの?」
「はい。リディス様とは別に入試を受ける予定となっています」
リディスを出汁にして話していると、スーツ姿の男が慌てて走ってくるのが見えた。
どうやら、お迎えが来てくれたようだ。
「お嬢様! 一人で出歩かないで下さいとあれ程言ったではないですか! むっ、そこのメイドは何だ? お嬢様がシリウス公爵家の者と知らぬのか!」
「お止めなさい。このメイド達は奪われた私の荷物を、取り返してくれたのです。それと、ブロッサム家のメイドよ」
男はブロッサム家と聞いて目に見えて驚き、直ぐに姿勢を正す。
「そうであったか。怒鳴って悪かった」
「気にしておりません。私達はただのメイドであり、それ以上でも以下でもありません。それでは失礼します」
「ちょっと! まだ話は!」
「お嬢様。静かにして下さい。これ以上騒ぎを起こされれば、報告を上げないわけにもいきません」
少女が男に窘められている内に、ヨルムを連れて離脱する。
今の話から、あの少女も学園に入学する予定なのだろう。
あの名乗りが本物ならば……。
アーシェリア・ペルガモン・シリウス。
シリウス家の三女で、反乱をしない方の公爵家である。
個人的にはあまり会いたくないし、一緒にいたくない少女だ。
本当は助ける気もなかったが、彼女の容姿が容姿のため、助けずにはいられなかった。
燃えるような赤い髪に、同じく真っ赤な瞳。
それは、俺の義姉にとても良く似ていた。