第47話:負け戦
食べ終わったらさっさとリディスを部屋に返し、いつもの山で風呂に入った次の日。
少し早目に目が覚める。
今日は珍しくメイド長も一緒に寝ており、端っこで寝ていたはずが、真ん中で抱き抱えられている。
手を振りほどこうものなら、メイド長は間違いなく目を覚ますだろう。
だからとこのまま二度寝するのは気が引ける。
「……今日はお早いお目覚めですね」
「出来ればこのような格好は嫌なのですが?」
「私は気にしていませんので」
あんたではなくて俺が気にしてんだよ……。
「今日出発となりますが、用意は大丈夫ですか?」
「ヨルムの分も纏めてあるので大丈夫です。まあ、元々荷物なんてほとんどありませんが」
俺とヨルムは、他の使用人から貰った小物と着替えくらいしか荷物がない。
結局街には出ていないし、金はあっても買い物をしていない。
物欲はあまりなく、服や下着もアクマが用意したのがあるので買う必要ない。
ヨルムは飯さえ食えれば良いみたいなので、此方もメイド長が用意した、服や下着位しか物が増えていない。
「そうですか。……王都に着きましたら、買い物に行きましょう。少しは着飾った方が今後のためになるでしょうからね」
「お構い無く。ヨルムだけ連れて行ってください」
女性との買い物は、出きる限りしない方が良いと学んでいる。
どうせろくな目に遭わないし、時間が掛かるからな。
「そう言わないで下さい。少しは人との付き合い方を学んだ方が良いですよ? そうしないと、最後には一人になってしまいますからね」
「大丈夫ですよ。元々私は一人ですので。今までも、これからも」
戦う限り、俺の時間は他人とは違う。
一緒に歩むことができる人間はいない。
それに、人間以外には数人いるので、問題はない。
「……全く。老婆心位親切に受け取りなさい」
「その様なことを言う程、メイド長は老けていないでしょうに。ところで、そろそろ起き上がりたいのですが?」
今までの会話は、ずっと抱き締められたまま行われている。
わりとメイド長は胸があるので、柔らかいものが俺の背中で潰れている。
若干汗ばんできたので、もうそろそろ離して欲しい。
「そうですね。私は少し身体を動かしてきますが、ハルナはどうしますか?」
「折角なので御一緒します」
少しずつであるが、剣の腕は上がってきている。
しかし、メイド長に一本入れる事はまだ出来ていない。
剣の才能がないのは分かっているが、やはり悔しいものがある。
殺し合いになれば勝てるだろうが、それでは意味がない。
殺しの剣は必要だが、普通に剣の腕で勝ちたい。
そう考えてしまうのは、やはり俺が男だからだろうか?
布団から出た後は軽く身体をほぐし、メイド服に着替えてから裏庭でメイド長と向き合う。
これまでの訓練で分かって来たのだが、メイド長は幾つかの型を独自にアレンジして使っている。
同じ動きの様に見えて、結構差があるのだ。
見切ったと思ったら、後の先を取られるなんて事が起きたりする。
こういう人の事を、戦いが上手いと言うのだろう。
何をしても対策を取られ、虚を突いてもしっかりと合わせてくる。
メイド長に言わせれば、俺の剣は素直らしいが…………やはり一度基礎となる流派を学んだ方が良いな。
「それでは行きます」
「どこからでもどうぞ」
全力で地面を蹴り、メイド長の間合いに入る瞬間、もう一度蹴って速度を上げる。
身長の関係で、メイド長に対して剣を振り下ろす事が出来ない。
俺が振り下ろした剣はメイド長の肩位までしか届かず、メイド長が軽く手首を捻るだけで防がれてしまうからだ。
薙ぎ払いを剣を添えられて流され、俺の勢いを殺すように剣を突き出してくる。
紙一重で剣を避け、一度バックステップで距離を取ってから、もう一度間合いに入る。
何度も戦いを重ねた結果、ヒットアンドアウェイで戦うのが一番有効だと思えた。
単純に二撃目を入れる隙を突かれて負けるからなのだが、今は経験を重ねて隙を無くすように訓練するしかない。
それに一撃だけならば、メイド長の剣を防ぐ事が出来る。
一撃でも、或いは一分でも長く打ち合うため、今日も果敢に挑む。
そして二十分程して俺の体力が尽き始め、構えが乱れた所を的確に突かれ、剣を弾き飛ばされる。
今日も俺の負けだ。
「大分良くなってきましたね。同世代でも並みの上程度です」
「それは喜んで良いのですか?」
「剣を持ったことの無い人間が、三ヶ月でここまで上達したのならば、誇って良いでしょう。リディス様よりは弱いですが」
メイド長に言われると少し癪だが、リディスにはそれなりに剣の才能がある。
魔法はとりあえず形にはなっているし、剣についてはメイド長と俺以上に打ち合うことが出来ている。
更に言えば、リディスと剣だけの試合をすれば俺は負けるだろう。
身体強化がまだ使えない為、鎖で身体強化モドキをしなければならない。
だが鎖は普通に魔法なので、訓練では使えない。
更に単純に俺よりリディスの方が、身体のスペックが高い。
負け惜しみを言うつもりはないが、なんでもありならば俺が勝つ。
「向いていないのは分かっています。ですが、何かしらの役には立つでしょうから」
「……勤勉ですね。王都に行くので、今日はこれくらいにしておきましょう。最終確認と引き継ぎがありますからね」
「それでは私はこれで」
訓練も終わりとなるので、吹き飛ばされた剣を鎖を飛ばして回収する。
少し汗をかいたので、軽くシャワーを浴びるかな。
そう考えてから歩き出すと、足が地面から離れた。
「運動もしたことですし、お風呂に入りましょう」
「……私は部屋のシャワーで十分なのですが?」
「この時間は誰も居ないでしょうから、前回の様にはなりませんよ。折角の美肌なのですから、ちゃんと手入れをしましょう」
心なしか、少し嬉しそうにしながらメイド長は俺を運ぶ。
ご丁重に身体を強化しているため、身体からメイド長の手を外すことが出来ない。
何故俺が会う女性はどいつもこいつも、我が強いのだろうか?
まな板の上の鯉に、メイド長に洗われた俺は、モクズの様に湯船で揺蕩う事となった。
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メイド長によって……いや、思い出すのは止めておこう。
風呂から上がった後はヨルムを起こし、リディスの部屋に向かう。
いつもならば俺とヨルムは別に朝食を摂るのだが、今日は特別という事でリディスやバッヘルンと一緒に朝食を摂る事になっている。
断っても良かったが、面白い事が起きそうなので参加することにした。
「朝ですよ」
「入るのならノックをしなさいよ!」
がちゃりと扉を開けてリディスの部屋に入ると、バッグの中に荷物を詰めていた。
俺達よりも大きなバッグだが貴族としてはどう見ても少ない荷物だ。
服やドレスはほとんど王都で買い直すらしく、持って行くのは道中用のと、前に着ていたドレスアーマー位だ。
後は本が大多数を占めていた。
リディスも俺と同じく飾り気がなく、アクセサリーの類を全く持っていない。
そのため、メイド長がクエンテェからアクセサリー類を預かっているのだが、リディスは何も知らない。
何ならバッヘルンの思惑も、スティーリアが仇なそうとしている事も知らない。
本当に良く踊ってくれる道化だ。
きっと学園でも騒動を巻き起こしてくれるだろう。
『ハルナ。それって、ハルナが巻き込まれるフラグじゃないの?』
(大丈夫だろう。前とは違い、逃げたら世界が滅ぶなんて事態にならない限り、俺は逃げるからな)
『そうだと良いんだけどね……』
今の俺は傍観者であり、この世界の異物だ。
何かしようとすれば、かならず管理者が待ったを掛けてくる筈だ。
よって、問題無い…………はずだ。
「もう朝食の時間ですよ。早くしないと、こうしますよ」
いつもの如く鎖で運んでいるヨルムを、リディスへ突き付ける。
起こしたは良いものの、寝ぼけて俺の背中に登ろうとしてきたので、メイド服に無理やり着せ替えからは鎖で運んでいる。
そして絶賛寝ている。
本当に呑気な奴だ。
「だ、大丈夫よ。ほら、行きましょう」
怯えながらもリディスはさささっと準備を終えて、部屋から出て行く。
食堂に着く前にはヨルムを起こさないとな。
東館の長い廊下を歩きながら、ヨルムを右へ左へと振り子の様に揺さぶる。
「うむ……うにゅ……うぅ……はっ!」
呻いていたヨルムは身体をビクンとさせ、俺の方に振り向く。
やっと起きたようだ。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「うむ。今日はハルナの料理では無かったな……」
「他の料理にも慣れないと、辛いのはあなたですよ?」
分かりやすくしょぼくれるので、しっかりと注意しておく。
こうは言っているものの、別に食べ物を粗末にするわけでもないし、好き嫌いをするわけではないが、俺が居なくなった後に困るのはヨルムだ。
野生に戻るのか人の世界に溶け込むのかは知らないが、普通にも慣れてもらわなければ困る。
ヨルムを地上に下ろし、早足で歩くリディスの後を付いて行く。
それにしても、月日が流れるのは早い。