第46話:喧嘩するほど何とやら
試験と言うか、学園へ行く日に備えて準備を進めている内に、あっという間に月日が流れていく。
元の世界では一日一日がとても重く、ほぼ常に戦いに身を置いていた。
何度かもう戦うなと言われたことがあるが、俺が戦わなければ世界は滅びていた。
それに俺自身が戦いその物に魅入られ、文字通り死ぬまで戦い抜いた。
だがここ最近は、とてもまったりとした時間を過ごせている。
来て早々むしゃくしゃしてと言うか、元の世界と同じ様にやり過ぎてしまったので、フユネは今の所静かなものである。
一応練習程度にはヨルムと手合わせしているので、それのおかげかもしれないな。
そんなこんなで、明日はとうとう王都へと向けて出発する日なのだが、コーヒーは流石に間に合わなさそうだ。
既に実はなっているのだが、収穫まで後数日。そこから更に果肉を取り除いたりする処理に数日。
ヨルムを張り付かせればもう少し早まるが、俺もそこまで鬼ではない。
そんな感じだが、今日もいつも通り山でリディスの魔法の練習をしている。
「まあ及第点ですね。魔力の回復無しでも二発撃てるようになりましたし、実戦でも使えるでしょう」
「よっしゃ!」
俺から合格を貰えたことで、リディスはガッツポーズをしながら喜びを露にする。
貴族子女らしからぬが、もう今更なので気にしない。
貴族らしい振る舞いも、出来ない訳ではないからな。
「学科の方も問題ありませんし、今日は早目に切り上げましょう」
「遂に明日なのね……」
「ええ。王都までは付いていきますが、学園に行くのはリディスだけとなります」
実際は俺もヨルムも試験を受けるのだが、ギリギリまで黙っておく。
その方が面白いだろう。
「分かっているわ。ここまで頑張ってきたんですもの。しっかりと主席合格してみせるわ」
「そうだと良いのですがね。それと、対人の場合杖は良いとして、剣は使わないようにして下さいね」
「何でよ?」
「ただの鉄の剣程度なら、切り裂けるからです。魔物ならともかく、人相手には少々強すぎますので」
ヨルムの素材を使っているだけの事はあり、強度も切れ味もこの世界では最高クラスとなっている。
鍛造ならともかく鋳造で作った鉄の剣程度ならば、紙の様に切れてしまう。
しかも魔力で剣を強化していない状態でだ。
リディスに渡した剣は所謂魔導剣と呼ばれるものであり、魔力を流し込むことで真価を発揮する。
俺の恋獄剣が二本に分かれるのも、魔導剣だからだ。
とは言ったものの、格上相手には切れ味どうこうなんてあまり関係ない。
どちらかと言えば強度の方が重要だ。
「分かったわ。それにしても、ハルナに会ってからは時間が経つのが早かったわね。駄目元で悪魔召喚したけど、こんなことになるなんて思わなかったわ」
「私以外でしたら、公爵領を滅ぼす程度で終わっていたでしょうね。リディスの命ではその程度が関の山です」
「程度とは失礼ね」
リディスが用いた魔法陣は、中級と呼ばれる悪魔を呼び出せる物だった。
それでは公爵領を滅ぼしたくらいで足が付くので、その時に帰るか、討伐されて終わるだろう。
悪魔とは自己本位な奴らしいからな。リディスが寿命を対価に世界の破滅を願っても、そこまでやれる奴はいない。
神か、天使に討伐されてしまうだろうし。
「こんな所で立ち話も何ですし、帰るとしましょう。折角ですし何か食べたい物があるなら、作ってあげましょうか?」
「我は唐揚げが食べたいぞ」
驚くリディスが話す前に、ヨルムが口を挟んでくる。
ヨルムの場合何が食べたいかと聞くと、十回中八回は唐揚げを頼んでくる。
作る側としては楽だから良いのだが…………まあ魔物だし大丈夫か。
「わ、私は最初の日に食べたハンバーグを、また食べたいわ!」
「良いですよ。祝い事と料理はセットですからね」
初日に作ったのはアースドレイクの肉を使ったが、それ以降のはコック達が独自に配合したのを使っている。
コック達が作ったのも柔らかくて普通に美味しいのだが、一部の人はアースドレイクの肉入りハンバーグを大層気に入っていた。
初日以降は一度として作っていなかった理由だが、アースドレイクの肉は流石の侯爵家でも簡単には手に入らなかったのだ。
A級なだけあり、この世界でアースドレイクはそこそこ強く、生息地も人が簡単に踏み入れる場所ではない。
リディスが討伐したあの一匹は、相当変わり者だったのだろう。
転移で屋敷へと戻り、ヨルムをリディスに預けてからメイド長の部屋でシャワーを軽く浴びる。
それから下拵えを始め、ハンバーグのタネを作った後に、鶏肉をタレに浸けておく。
アイテムボックスに収容すると、よく分からない原理で時間が止まるので、冷蔵庫に入れて夕飯の準備は終わりである。
今の俺の姿を、タラゴンさんが見たら何て思うのだろうか…………。
あの人は豪快な性格の癖に、掃除洗濯家事料理が完璧である。
しかも家に温泉を引いているので、肌も常に艶々だ。
無理矢理ではあったが、あの人が居なければ今の俺は居なかったのかもしれない。
そう考えると、やはり姉と呼ぶには相応しいのかもな…………年下だけど。
(俺の身体はどんなもんだ?)
『やっと予定通りの数値に戻った感じだね。まだまだだけど、これ位ならまだ許容範囲内に収まりそうだよ』
(そうかい。まあ、どうせ崩れる事になるんだろうけどな)
『どうせって何だよ! どうせって!』
今までも何回もあったが、アクマが楽観的に構えている場合、何かしら事件が起こる。
もう慣れたものだ。
(エルメスはどう思う?)
『姉が何かしら仕掛けてくる可能性あるですね。それに、ゼルエルが行くとなると、騎士側も不安材料となるです。ゼルエルもジャックも、ただの騎士ではないみたいですからね』
アクマと違い、エルメスはちゃんと考えているようだな。
スティーリアが何かしら仕掛けてくる可能性は大いにあるが、流石に自分の地盤を崩す程の何かをしてくる可能性は小さい。
それでも、嫌がらせ程度の事をしてくるだろう。
そしてもう一つの懸念事項が、ゼルエルだ……いや、ゼルエルさんと呼んでおこう。
どうやら、ただ単に屋敷付きのメイドとしてくるわけではないらしい。
監視と言う名目もあるが、色々とあるようだ。
これはゼアーからのリークだが、ゼルエルを巡る思惑が王都で動いている。
どうやらゼルエルさんは昔に武勲を上げ、王国では有名人となった。
しかし、それから何故かバッヘルの所のメイド長となり、徐々に名前を知る者がいなくなっていった。
騎士団の上層部としてはゼルエルさんの印象は良くなく、出来れば戻って来て欲しくない。
何せ、ゼルエルさんにはカリスマがある。
そして騎士団内には未だに、ゼルエルさんに戻って来て欲しいと思っている人達がいる。
大きく動く事は無いだろうが、これも問題のタネとなるだろう。
……しかし、やはりエルメスの方が、アクマより頼りになる。
『そんな事ハルナなら、言わなくても分かっているでしょ。それに、全部小事じゃないか』
『大事の前の小事です。何のためのアルカナですか』
『何をー!』
『ふんです!』
……勝手に喧嘩を始めたので、意識から除外しておこう。
さて、紅茶を飲みながら時間を潰したので、二人を迎えに行くとしよう。
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メイド長が当分帰らないことを確認してから、リディス達を部屋に入れる。
何故かヨルムが普通に招かれる側に居たので、とりあえず部屋に着くまでは鎖で運搬してやった。
「お待ちどうさまですアースドレイクのハンバーグと、唐揚げになります」
「ありがとう」
さっと焼いて揚げてから、三人前をテーブルまで鎖で運ぶ。
空間把握能力をもっと高める事が出来れば、一人で飲食店を営む事が出来るだろう。
絶対にやらないけど。
女性が食べるにはあまりにも肉々しい夕飯だが、 身体を酷使した後に肉が食べたくなるのは仕方のない事だろう。
「それにしても、本当に料理が作れるのね……」
「作りたくて作っている訳ではないですけどね。ですが、一人で生きていくならば、必須の技能ですから」
「料理ねぇ……あっ美味しい」
呟きながら一口ハンバーグを食べてからは、無心で食べ進めていく。
毎日外食やレトルトで済ませられるのなら料理なんて出来なくても良いが、常に魔物の脅威に脅かされていた手前、最低限の事は出来るように練習してある。
素人の域は出ないがな。
「やはり唐揚げは美味しいのう」
「それは良かったですね」
唐揚げは、大きいのを頬張りながら食べるのも好きだが、この身体で大きな唐揚げを食べるのは少々辛いものがある。
なので、唐揚げは一口サイズで作ってある。
これならば一個食べてから、パンやご飯を食べやすい。
だがハンバーグは少し大きめに作ってある。
どうせ切って食べるので、見栄え重視だ。
「向こうに行ってから、ハルナ達はどうするの?」
「しばらくはリディスが住む屋敷に厄介になろうかと。何かあれば念話で呼んでください。学園なら簡単に破壊出来ますので」
「やるなら私の手でやるわ。どうせいけ好かない連中ばかりでしょうし」
「戯れ言はメイド長に勝ってから言って下さい」
今のリディスでは、全ての魔力を使ったとしても半壊位が限度であり、直ぐに殺されるか逮捕されるだろう。
あのメイド長も一緒に行くのだし。
顔をしかめながらもリディス反論せず、黙ってまたハンバーグを食べる。
それからはとくに何か話すでもなく、粛々と夕飯を食べる。
二人揃って笑顔であるが……本当に俺は何をやっているのだろうな……。




