第45話:練習の成果
「それでは今日も行きましょうか」
リディスの部屋に居る二人と共に、いつもの山にサクッと転移する。
慣れたもので、着くと何も言わずにリディスは杖を取り出す。
「今日は何から始めるの?」
「もう直ぐ入学試験となるので、試験用の魔法を教えようと思います」
「試験用?」
「はい。これまで頑張ってきた、リディスへのご褒美とでも思って下さい」
魔法少女となり、周りに生き物が居ないかアクマに確認してもらう。
杖が有れば省略出来る詠唱だが、今回は教える都合上全て唱える。
まあそこまで長くはないので、一度で覚えて欲しい。
「蒼溟たる時よ。須臾の輝きを放ち、無慈悲なる絶望を与えよ」
元となるのは昔何度か使った 「命の息吹よ終われ」と言う魔法だ。
この魔法はザックリと言えば、途轍もなく大きな氷塊を落とす魔法だ。
そのまま使うには難がある魔法であり、自分の魔力を周りにばら撒き、魔法が使いやすい場を作らないとまともに使うことが出来ない。
ついでに災害クラスの被害が出るので、現実でも使えないだろう。
「暗闇に囚われた少女の終焉」
的となる木の周りに四つの魔法陣が現れ、格子状の檻を形成する。
そして檻の周りに、格子の穴の分の氷槍が現れ、檻の中の木を穿つ。
火の魔法と違って派手さはないが、確実に相手を殺せる魔法として考えた。
今回の的は木なので本当に地味だが、これが生き物ならば綺麗な赤い花を咲かせるだろう。
因みに頑張ればこの魔法でも例の案山子を壊すことは出来るだろうが、今のリディスの魔力量と技量では難しいだろう。
アースドレイクとの戦いで見せた、肝の座った状態ならばやってくれるかもしれないが、あそこまで吹っ切れた状態には中々なれないだろう。
「こんな所ですね。これならば試験でもほぼ満点を取れるでしょう」
「……えぇ…………」
えぇ……とはなんだ? 喧嘩を売ってるのか?
「何か?」
「い、いえ何でもないわ! それにしても、酷い……凄い魔法ね。これを試験までに覚えれば良いのね」
酷い魔法とは心外だが、コンセプトは確殺だからな。
檻を形成している氷はかなり硬く、簡単には壊せない。
そして大量の氷槍が五方向から同時に放たれるので、全方向の防御が出来ないと、串刺しとなって死ぬ事となる。
「はい。使ってみれば分かりますが、しっかりとイメージしないと氷の檻が脆弱となるので注意して下さい」
「ええ。とりあえずやってみるわ」
杖を構えたリディスは俺と同じ様に詠唱を、魔法を発動する。
「暗闇に囚われた少女の終焉!」
唱え終わると同時にリディスは膝を着き、魔法陣が現れてヒビの入っている氷の檻を作り出す。
そして細い氷の槍が降りの中へと放たれ、何故か檻に囚われているヨルムが回し蹴りで迎撃する。
リディスもヨルムの非常識さが分かっているので、仕返しも兼ねて魔法を使ったのだろう。
結果は無傷だけど。
「こ、これ、魔力消費量おかしくない?」
一発で動けなくなってしまったが、これでもかなり抑え込んだのだ。
詠唱をもう少し長くすれば魔力の消費を抑えられるが、実戦で使う事を考えるこれ以上長くするのは得策ではない。
そもそもこの程度ならば、杖が無くても詠唱無しで問題なく使える。
「これでもかなり抑え込んでいますよ。これの元となる魔法は、この山を丸々圧し潰せる程度には強力ですからね」
「……それはスケールが違い過ぎるわね」
「我に魔法を放っておいて、何もないのか?」
「どうせ避けるか防げるでしょ。結局無傷だし」
俺もリディスも散々ヨルムにやられているから、少し気持ちは分かる。
まあリディスをボコボコにするように頼んでいるのは俺なので、本来怒りを向ける相手は俺だろうな。
俺に向けたらしっかりと報復をするけど。
とりあえずリディスの魔力を回復させ、日が沈み始めるまでずっと練習をさせる。
原理は知らないが、魔法をギリギリまで使うと魔力量が増えるらしいので、量より質を取るのは有りだ。
元の世界にあったシミュレーションが有ればもっと楽なのだが、無い物ねだりをしても仕方ない。
「少しずつマシになってきましたね。これなら学園の入試までには間に合いそうです」
「そ……れな……ら、よか……ったわ」
「後三回魔法を使ったら終わりにしましょう。良い時間ですからね」
「……」
返事を返すことなく、リディスは死んだ目で再び詠唱を開始して魔法を使う。
的とされているヨルムは相変わらず無傷だが、少しだけ服が破けている。
しっかりと練習の成果が出ているな。
そして残りの三回もきちんとヨルムを狙い、三回とも防がれて終わる。
電池が切れたかのように倒れこむが、いつもの事なので気にしない。
「お疲れさまでした。それでは帰るとしましょう。ヨルム」
「うむ」
返事をしたヨルムは、リディスの隣に立つ。
そして二人まとめで洗濯の魔法で綺麗さっぱりとさせてから屋敷へと戻る。
やはり魔法と言う形に落とし込み、何度も使ったおかげか、消費魔力が少なくなったな。
微々たる物だが、熟練度を上げるには繰り返し使うしかない。
リディスの部屋に帰って来て、ヨルムがリディスをベッドの上に、放り投げるのを確認してから食堂に向かう。
シェフ達は本職なだけあり、既に俺が教えた事を理解して、俺でも問題なく食べられる料理を作れるようになっている。
しかし、たまに顔を出して新しい料理や、そうでなくても一緒に料理をしないと妙に落ち込むのだ。
また、ヨルムも使用人の中では人気が出ており、ヨルムに配膳をして欲しいという声が何故か俺に上がってきている。
「あっ! お待ちしておりましたコック長! 今日はどうなさいますか?」
「私は一介のメイドであり、ただの平民なので、そう畏まられても困るのですが?」
「この屋敷は地位よりも実力が全てですから!」
いつからか忘れたが、コック長であるはずの男に、何故かコック長呼ばわれされるようになった。
このやり取りも毎回の事なのだが、誰か異を唱えるものはいないのか?
小娘がコック長など烏滸がましい! 直ぐに消えろ! とか誰かいってくれませんかね? 喜んで譲ってやるよ。
それとこの屋敷と言うか、ジャックさんとゼルエルのおかげで、この屋敷は身分的な格差がほとんど存在していない。
スティーリアのメイドみたいな例外も居るが、俺やヨルムに対しても優しい人が多い。
「まあ良いでしょう。教えられる料理は大体教えましたが、何かリクエストはありますか?」
「そうですね。メイン系の料理を沢山教えてもらったので、副菜かスープ系を教えてくれないでしょうか?」
副菜かスープ……確かにこれまで教えて来たのは、パンやご飯のおかずになる物ばかりだ。
ふむ……カレーは流石に無理だし、パッと思いつくのはポトフだが、この世界には俺が知っているコンソメが無い。
似たようなものはあるが、やるからにはちゃんとした物を作りたい。
――いや、簡単なのなら直ぐに作れるか。
夕食まで大体三時間あるし、教えれば自分たちでちゃんとしたのを作ってくれるだろう。
「それではポトフと呼ばれるスープを作ろうと思います。今回は時間の関係で簡単なものですが」
「よろしくお願いします」
いつもより多めに鎖を展開し、鍋や野菜。肉の用意を並行しながら行い、一気にポトフ用の下ごしらえ終わらせる。
「最初にブイヨンと呼ばれる、野菜と肉類を煮込んだスープを作り、そこに脂肪が少ない鶏肉と別の種類の野菜を入れてコンソメと呼ばれるスープにします」
今回はかなり雑だが、本物のコンソメスープは澄み切った色と、深い味わいのある物となる。
そこら辺の説明をしながら、時間ギリギリまで煮込んでからポトフの準備をする。
「このコンソメと呼ばれるスープに具材を入れ、少し煮崩れする位煮込めば完成です」
「これは……素材の味を限界まで引き出したかのような深い味わいに、アクセント程度の調味料ですか……」
「元となるスープの出来に左右されますので、手間暇かけた方が美味しくなります。今回は急ぎましたが、後は試行錯誤して下さい」
ブイヨンは何にでも応用が利き、コンソメスープにしてしまえば、素人でも簡単に美味しい物が作れる。
顆粒や固形のコンソメが有れば良いのだが、あれは科学がもっと進まないと難しいだろう。
……後でコンソメを大量に作ってアイテムボックスにしまっておくか。
材料的に学園へ行く前に、此処で作っておいた方が、美味しいのが作れるはずだし。
それとアースドレイクの角煮も無くなったので、追加で作っておこう。
「それではさっさと夕食の準備をしましょう。もう時間になりそうですからね」
「承知しました!」
夕食用のポトフを作りながら、自分用に材料をアイテムボックスに収納していく。
漏れ聞こえる声から、今日の夕食も成功したのが分かる。
しかし、本館の方はあのままだが良いのだろうか?
どうせ俺やヨルムが食う事はないので構わないが、コック同士の不和を招く気がするのだが…………俺が心配しても仕方ないか。