第43話:ゼアーとの会議
スティーリアを煽った日から数日経ち、スティーリアが学園へ戻る日となった。
無論見送りなんて事を俺がする筈もなく、ヨルムとリディスだけを向かわせ、その間にゼアーからスティーリアの報告を聞いていた。
脅しても駄目。仲間にもならない。ならば次にするのは身辺調査だ。
屋敷内の使用人や、街で俺の事を嗅ぎまわっていた。
だがメイド長が何やら手を打っていたらしく、屋敷内の使用人で俺の情報は全く得られず、街に出た事が無い俺の情報を、街から得ることは出来ない。
ついでに出生とかどこから来たのかなんてのを知っている人間はいないので、スティーリアが知る事が出来たのは、何も分からない事だけだ。
今頃何を考え、何を行おうとしているのだろうか?
或いは、たかが平民という事で、放置しておくのか……いや、プライドの高い貴族が何もしないなんて事は無いだろう。
俺に直接危害を加えるか、俺の分を上乗せしてリディスを虐めようとでも考えているに違いない。
「報告ありがとうございます。色々と動いているようですね」
「あんたにとっては子犬が吠えている程度だろうけど、遊びもほどほどにするのよ。子犬だって噛みつくんだから」
「その時はリディスを身代わりにしますよ。私はなるべく傍観者でいたいので」
今の状態なら基本的に鎖を常に展開しているので、奇襲されても死ぬことは無いし、毒物の類も直ぐに治せる。
更に魔法少女の状態ならば、魔力の籠らない攻撃は殆ど意味が無い。
死に掛けても、一度だけならばアルカナを開放すれば怪我は治るので、そうそう死ぬ事はないだろう。
リディスは……まあ、あれだ。死んでいなければ助けてやれば良い。
相応の物は渡しているからな。
「首を突っ込むよりはマシかもね。この世界であなたの相手になる存在なんてそうそういないでしょうし」
「いえ。先日とある神と戦いましたが、アルカナを使わなければ負けていましたね。通常時であれに勝つのはまだ無理そうでした」
「…………そういう話は早めに教えてくれないかしら?」
おっと、少し怒らせてしまったようだな。
元の世界では情報伝達不足で、ゼアーはこの世界へ来る羽目になった。
個人的には大した事ではないと思うのだが、ゼアー的には知っておきたかった情報なのだろう。
別に直接……ああ、説明不足って事だな。
「直接ではなく、向こうの用意したシミュレーションみたいなものでです。殺してはいませんよ」
「そう言う事じゃないんだけど……相手の名前は?」
「冥神クシナヘナスと名乗っていました。ついでにコーヒーも貰いましたね。今はヨルムに育てさせています」
目頭を揉みながら、ゼアーは大きなため息を吐く。
その様は、元の世界でお世話になっていた、アロンガンテと言う名前の魔法少女に似ている。
あの人は世界一の苦労人であり、よく徹夜をしていた。
魔法少女としての能力が情報処理に向いているのと、色々とやむ得ない事情により、戦うのが生業の魔法少女なのに、部屋に籠って仕事をしている割合の方が多かった。
きっと、今も苦労しているのだろう。
楓さんが居たとしても、代わりにゼアーがいなくなったので、プラスマイナスゼロだ。
「そいつは十柱の中でも最強格の奴じゃない。アルカナを使ったとは言え、良く勝てたわね。それと、コーヒーは後で私にも頂戴」
「相性の問題もありますが、向こうは神だからと慢心していましたからね。最初から本気ならアルカナでも負けていたかもしれません」
戦った感触では確かに本気ではあったが、何が何でも勝とうと言う気概は無かった。
負けてたまるかと奮起をしてはいたが、あまりにもあっさりとした幕引きだっだからな。
或いは首を落とされても問題無いと高を括っていたのか。
一回自分から死んで変身していたので、まだ隠し玉があった可能性もある。
「普通なら戦おうなんて発想を抱かないのだけどね……ああ、そう言えば坊っちゃんが文句を言っていたわよ。いきなり二階から飛び降りて逃げたってね」
「若者の相手は苦手なものでして。適当に謝っておいてください」
逃げても追ってこなかったって事は、そこまで大事な用ではなかったのだろう。
まあ大事な用だったとしても、多分逃げるだろうけど。
「分かったわ……そう言えば、学園へ行くことになったんだって? 良い大人がなんでまた?」
「罰ゲームですよ。本調子ではない状態で色々としていたら、アルカナ共から落ち着けと口を酸っぱくして言われました」
「その意見には同意だわ。前は仕方なかったとは言え、生き急ぎ過ぎよ。ゲームの勇者だって、もっと準備してから魔王に挑むわよ」
そう言われても主導権が相手にあった以上、俺は合わせるしかなかったのだ。
それに、生き急いで戦ったのに最後は相討ちだ。
魔法少女になる時を含めて、実質的に三回も死んだと言うのに、現実は非情だ。
まあ仮に時間がもっとあったとしても、先に身体が壊れていただろうから、あれ以上の結果を望むのは強欲と言うものだろう。
「魔女と戦うには、あまりにも非力なものでして。とりあえず数年はフユネの様子を見ながらのんびりしようと思います」
「ああ、そう言えばそんな物騒なものを抱えていたわね。王都と言うか、この国は結構きな臭いから気を付けなさいよ。もしかしたら戦争になるかもしれないからね」
戦争ねえ……不利な方に付いたら面白そうであるが、あまりやり過ぎてアクマや管理者の不況を買うと面倒だな。
その時になったら考えるとしよう。
「留意しておきます。そう言えば、イブや偽史郎から、あれ以降連絡はありましたか?」
「私には来ないわよ。此処に来る時は特別だったけど、私は認識上この世界に居るこの世界の住人だもの。外とは繋がっていないわ」
ああ、忘れていたが、ゼアーは元々現地に居るアルカナの協力者って立ち位置だったな。
確かアルカナとは繋がっているが、その上位者には繋がっていない。
要は派遣社員みたいなものだ。
「分かりました。情報共有としては、この程度ですかね。他に何かありますか?」
「重要なのは無いわね。一応来年ネフェリウスが入学する時に私も王都に行くから、それまでは此処で適当に暮らしているわ。緊急があったらアクマを通して連絡を頂戴」
話し合いも終わり、ゼアーは影に沈んでいく。
あっ、そう言えば学園に入学する奴らを調べてもらっていたが、聞くのを忘れていたな。
呼び止めようとしたその時――部屋の扉が開いた。
「おや? 誰か来ていましたか?」
「いえ、メイドとしての訓練をしていただけです」
部屋に入ってきたメイド長がテーブルの上に置かれた二つのカップを見て首を傾げる。
話し合いをしていたのがメイド長の部屋なので、メイド長が来るのは何もおかしくないが、ゼアーが態々魔法を使って帰ったのは、顔を会わせたくないからだろう。
「訓練ですか……でしたら私に紅茶をお願い出来ますか? どれくらい上達したか、確認しましょう」
ふむ。それは良いな。一応合格点をもらっているとは言え、満点ではなかった。
あれからもメイドとしての訓練をしているので、これは良い機会である。
「それでは準備をしますので、座ってお待ち下さい」
テーブルの上を一度片付け、メイド長を座らせる。
椅子を引き、座るタイミングを見計らって前に出す。
水を魔法で熱湯に変え、ついでにポットを温める。
茶葉を入れたら、茶葉が舞うようにお湯を注ぎ、蒸らしている間にカップを温めておく。
時間を見計らって出来上がった紅茶をカップへと注ぎ、ソーサーに乗せてメイド長に配膳する。
それと、先日ホットケーキを作るついでに作ったクッキーも一緒に出す。
無論テーブルに置く際は、音を立てないようにしている。
「紅茶とクッキーになります」
「大変宜しい。流石私の教育に耐えた事だけはあります。後は味ですが……」
所作なんてのは、馬鹿でも繰り返し練習すれば出来るようになるが、料理の味についてはそうもいかない。
クッキーとかなら、分量さえ間違わなければそれなりの物が出来上がる。
だが紅茶やコーヒー。それとお茶などは、完璧を目指そうとすると物凄く難しい。
湿度や気圧。葉や豆の状態。どこの産地の物なのか。
全てにおいての正解を、都度考えて淹れる必要がある。
まあ妥協点はあるが、やはり完璧を目指したくなってしまうのは、俺の性格なのだろう。
「……素晴らしいですね。ですが、これはクエンテェ様の淹れ方を参考にしたのですか?」
……まさかバレるとは思わなかったな。
部屋に拉致された際、クエンテェに飲ませて貰った紅茶は、俺の舌によく合ったので、クエンテェの淹れ方を参考にして最近は練習している。
メイド長の淹れ方は茶葉の全てを引き出すような味だが、クエンテェのは茶葉の良いところだけを引出す味となる。
どちらが良いと言うわけではないが、好みの問題だろう。
「はい。一度頂く機会がありまして、個人的に好みのだったので参考にさせていただきました」
「成る程。僅かに雑味がありますが、素晴らしい味です。もう少し上達すれば、王宮でも通用するでしょう」
合格か不合格か微妙に分かり難いが、多分合格なのだろう。
これから紅茶を淹れる頻度は落ちるだろうが、メイド長を唸らせるまではしっかりと練習するとしよう。