第42話:スティーリアとご対面
『へいハルナ。待ち人が居るよ』
(ほう?)
スティーリアが帰ってきた日から二日後の早朝。
早めに起きたので裏庭で剣を振っていると、アクマが面白いことを言う。
時間で言えば、まだ朝の五時くらいだろう。
こんな時間に、俺へ会いに来るとは酔狂な奴だ。
まあ、その内接触はあると思ったがな。
汗や汚れを魔法で消し去り、東館の勝手口に近づくと一人のメイドが立っていた。
この屋敷のメイドを全員知っているわけではないが、見るからに雰囲気が違う。
メイド長のせいなのかは分からないが、この屋敷の使用人は大らかな人が多い。
名目上ただの平民である俺とヨルムにも優しく、お菓子を分けたりもしてくれる。
ネフェリウスは知らないが、バッヘルンは身分として分けてはいるが、決して見下しているわけではない。
だが目の前のメイドは、下らない思想に染まっている匂いがする。
似たような人間を過去に何度も見ているので、間違っていないだろう。
つまり、こいつはスティーリア付きのメイドって事だ。
「あなたが、あれのメイドですね。九時にスティーリア様のお部屋に来なさい。来なければ、相応の目に遭うと思いなさい」
一方的に告げて、メイドはさっさと本館の方に去って行く。
実にシンプルで分かりやすいが、どうやら俺とバッヘルンとの関係までは知らないようだな。
俺がバッヘルンと直接契約していると知っていれば、あんな脅しなんてしてこないだろう。
何せ侯爵に逆らうのと同意義だからな。
頭がキレるらしいとアクマが評価していたが、あくまでも子供としてはなのだろう。
「ゼアー」
「面白そうだから、私の方でも軽く調べておいたわ」
名前を呼ぶと、俺の影が揺らめいてゼアーが出てくる。
アクマが俺に声を掛ける前辺りで違和感を感じたので、居ると思っていたが……仕事が早い。
「スティーリアはどうやら、今の身分に不満を持っているみたいね。それで、一個上の先輩に第三王子が居たからすり寄るものの、あえなく玉砕。それから例の公爵の子供に取り入って、将来的にクーデターを起こそうとしているみたい」
「ありきたりですが、成功しそうなのですか?」
「そこまでは流石に分からないわ。けど、何やら奥の手を隠している雰囲気があるわ」
クーデターか……志があるならともかく、上に立つため排除するってのは、中々大胆な奴だ。
世界を滅ぼそうとするテロリストと戦った事があるが、志はともかく死んでも成しえようとする信念があった。
スティーリアにも似たようなものがあるならば良いが、理由なき暴力はただの害悪でしかない。
「私を呼び出した理由は?」
「リディスのメイドを辞めて、出ていくように脅すみたいよ。逆らうようなら、非合法な事に手を出すかもね」
この世界は俺の世界と同じ位人の命が軽いからな。
別段驚くほどでもない内容だ。
「力や権力を振りかざす、傲慢な貴族です……か」
「似たようなものなら、あなたも知っているんじゃない? ブルーコレットとか?」
「あれは唆されたただの馬鹿ですよ」
昔……と言う程でもないが、俺が魔法少女となる原因となった魔法少女の片割れがブルーコレットと呼ばれた魔法少女だ。
もう一人のスターネイルと呼ばれる魔法少女と喧嘩をして、その喧嘩に巻き込まれた一般人の俺は瀕死の重体となり、アクマに助けられた結果魔法少女となった。
それから幾多の戦いを経て、魔女に唆されたブルーコレットを殺した。
スターネイルと共にいれば、あんな馬鹿な最期を迎えなくて済んだものを……。
まあ既に過ぎた事だ。もう気にすることでもない。
「教えて頂きありがとうございます。折角なので、少し煽ってこようと思います」
「そう。なら私はこっそり見学しているわね。それじゃあまた」
影の中にゼアーは沈んでいき、気配が無くなる。
さてと、朝食を済ませてシャワーを浴びたら、行くとするか。
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ヨルムに餌を作り、リディスと共に訓練をしているように言いつけてからスティーリアの部屋に向かう。
道中花瓶の水を零してしまったメイドの手伝いをするなんてハプニングがあったが、さっさと本館の二階に向かう。
部屋の場所はアクマのおかげで分かっているので、部屋を間違えるなんて事は無い。
扉を叩くと、今朝のメイドが出て来た。
「来ましたか。さっさと入りなさい」
「それでは失礼します」
部屋の大きさはネフェリウスの所とそう変わらないが、妙な匂いが鼻を突く。
香水の類だろうが、あまり好きではない。
部屋に居るのは、このメイドとスティーリアだけか。
大きなソファーにスティーリアが座っているが、俺が座るための椅子は無さそうだな。
平民は立っていろって事か。
表情も一昨日とは違い、俺を見下すような鋭い表情をしている。
「来たわね。率直に言うけど、これを持って出て行って。そして二度とこの地を踏まないように」
ポイっと袋が投げられ、金属の擦れる音がする。
所謂手切れ金と言う物だろうが、先日金は使いきれない程手に入れているので、この程度の金などはした金以下だ。
「どうしたの? 拾いなさい。平民には過ぎた金よ」
「拾う価値もないだけです。要件が以上ならば帰らせて頂きますが?」
「……ベレト。痛めつけなさい。骨の数本なら問題ないわ」
「承知しました」
気に入らないならば実力行使。何とも短気な事だ。
だが、本当に馬鹿な奴だ。
メイド……ベレトが俺を攻撃しようと突進してくるが、服の下に忍ばせている鎖で逆に拘束して、床に叩きつける。
「ガァハ! 馬鹿な!」
藻掻いて鎖を振り解こうとするも、大量に魔力を流し込んでいる鎖はびくともしない。
この鎖を壊せるのはこの屋敷では、メイド長とヨルム位だろう。
まあ一本壊したところで、直ぐに増やせるけど。
「奇襲するにしては拙いですね。このまま手足でも捥いでしまいましょうか?」
「……」
俺がベレトを押さえつけているのを、ステェーリアは黙って見ている。
はてさて、何を考えているのやら?
「くっ! 平民の分際で! 放しなさい!」
「煩いですね」
「あぐぅ!」
両腕を背中に曲げて、頭の方に引っ張り上げる。
このまま更に上げれば、両腕の肩が外れるだろう。
「……どうやら、ただの平民って訳ではないのね。先程の言葉は取り消すわ。話し合いの機会をくれないかしら?」
棘は無くなったが、やはり傲慢だな。
平民は貴族に手を出さないとでも、思っているのだろうか?
一応このメイドも貴族なんだがな。
「まあ良いでしょう。幸い怪我はしていませんので。これはお返しします」
軽く回復魔法を掛けてから、スティーリアの前にベレトを放り投げる。
スティーリアは一瞥もせず、俺から視線を外さない。
「ベレト。椅子を用意しなさい」
「……承知しました」
「用意しないで大丈夫です。これがありますので」
少々硬いが、この鎖は椅子にもなる。
ついでに立ったまま寝るなんて事も、この鎖があれば出来るが、魔法が解けないようにするのが少々難しい。
そんなわけで鎖を椅子の代わりにして座る。
「その鎖は光の魔法かしら? 見た事が無いのだけれど?」
「私のオリジナルとなります。先程の通り、手足の様に操作できます」
「オリジナル……私の下に付く気はないかしら? あの出来損ないよりも、私の下にいた方が有益だと思うのだけれど?」
力で排除出来ないなら懐柔する……子悪党甚だしい奴だ。
一体どこにそんな自信があるのか分からない。
まあ断る方法は用意してあるので、問題ない。
「お断りさせていただきます。当主様直々に依頼されていますので、私が欲しいのでしたら当主様にお願いします」
「――私は将来その当主より偉くなるわよ? それでも断ると言うのかしら?」
「はい」
スティーリアのが握る肘掛けから、軋む音が鳴る。
僅かに頬がひくついているので、相当腹に据えかねているようだ。
「それと、武器を抜くのでしたら次は折りますよ?」
控えているベレトが、服に手を入れたので牽制しておく。
この鎖が出ている限り、俺に手出し出来ないことを理解していないのだろう。
「……その選択を後悔する事になるわよ?」
「そうならないことを祈ります。それではこれで失礼します」
鎖を服の中へとしまい、ゆっくりと部屋から出ていく。
ナイフを投げつけたり、魔法を撃って来たりはしないようだな。
しかしもっと感情的な人間かと思ったが、最低限物事を考える頭はありそうだ。
喚き立てず、直ぐに切り換えたのには反吐が出る。
あれは、自分さえ良ければそれで良い人種なのだろう。
自分のメイドであるベレトを、全く気に掛けていなかったしな。
まあただの馬鹿よりは良いだろう。
王が変わろうが、国が亡ぼうが、俺には関係ない。
出来る限り、俺を楽しませてくれよ?
「……こんな所で会うとは珍しいな。もしかして姉様に会っていたのか?」
「これは坊ちゃま。その通りです」
東館に帰ろうとしていると、ばったりとネフェリウスに遭遇してしまった。
運が悪い。
「そうか……お前、何故僕の言葉を途中で遮ったんだ? 姉上が魔法を使えると言えば、姉様もあの様な態度を取らなかっただろに」
仮にあの場で話したとしても、あの態度は変わらないだろう。
それにもしも教えれば、後で見せろだとか、嘘を言うなとかと面倒な事になったかもしれない。
思いたいように思わせておくのが、一番楽なのだ。
一番の理由は、さっさと帰りたかっただけだがな。
「あそこで話すと、終わるのが遅くなりそうでしたので。立っているだけというのも、暇ですからね」
「あの席はお前の為に用意されていたはずだが?」
「私は一介のメイドですので、座る資格は無いかと。それでは失礼します」
ネフェリウスと話す用事もないので、さっさとリディスを苛め……訓練しに行きたい。
あーだーこーだ言いながらも、最後までやり遂げるリディスには好感が持てる。
「待て。その……なんだ。暇ならば一杯どうだ? ゼルエルが、用事があるからと席を外してから帰って来ず、暇をしているのだ。それに、その髪についても少し聞きたいことがあってな」
「私はお嬢様の教育がありますので、暇ではないのです」
「な! 僕の言う事が聞けないと言うのか!」
「私への命令権限があるのは、当主様だけとなります」
困った時のバッヘルン。
もしも本当にバッヘルンに直訴したとしても、バッヘルンは断るだろう。
俺の強さを嫌と言う程味合わせているからな。
しかし、まさかチャラ男みたいなナンパをしてくるとはな……。
どうせ俺が居れば、ゼアーが直ぐに帰ってくるかもとでも思ったのだろう。
生憎そのゼアーは今頃スティーリアの部屋で聞き耳を立てているはずだ。
当分帰って来ないだろう。
『うーん。流石ハルナはブレないねー』
何のことか分からないが、何となくイラっとしたので、後で風呂に沈めるとしよう。
「その当主の息子である、僕の言う事は聞けないと?」
「手が空いているならともかく、優先すべき用事がありますからね。私に会いたいのでしたら、リディス様にでも聞いてください。それでは」
「あ、おい!」
面倒になったので、近くの窓を開けて飛び降りる。
鎖を地面へ穿ち、衝撃を殺して地上に降りる。
面倒な相手からは、逃げるのが一番だ。