第41話:妹を嬲る姉
メイド長とバッヘルンを残し、執務室から出る。
色々と思う事はあるが、しかし……。
(罰ゲームねぇ……)
バッヘルンの執務室で良くわからない話し合いをしている内に、また学校へ通う事になってしまった。
全ては、アクマの手の平の上だったのだろう。
確かに身体に無理をさせたのは俺自身だが、だからと学園に放り込むのは違くないだろうか?
『荒療治だよ。社畜じゃないんだからもっと休まないと』
(最近は結構休んでると思うんだが?)
『短期じゃなくて長期スパンでだよ』
……せやかてなー。
(既に義務教育どころか大学すら卒業して、魔法少女の学校にも通ったのに、またか?)
魔法少女の学校については中退のようなものだが、人生で何回学校に通えば良いんだよ……。
『まあ、異世界のだし、また変わった楽しみが出来るかも知れないよ? それに、卒業まで居ろとは言わないさ。少しだけ腰を落ち着ける場所として見てもらえれば、それで良いよ』
『少しくらいはスローライフをした方がいいです。戦いはイブを取り込んでからでも遅くないです』
そう言えばそんな話もあったな。
身体が安定すれば、アルカナを取り込む余力が出てくるとか。
流石にトリプルでの解放は無理だろうが、戦術を広げる面ではありだろう。
まあこれ以上騒がしくなるのは、正直止めてほしいがな。
「人の学びやか……我が行って良いものなのだろうか?」
「向こうからの願いですし、ヨルム次第ですよ。所詮おままごとみたいなものですから」
「ふむむむむ?」
ふむ。少々八つ当たりをしてしまったな。とりあえず、落ち着くためにコーヒーを飲むとするか。
リディスには自習をしておけと言ってあるし、遅れても問題ないだろう。
「戻る前に、お茶でもしましょうか。何か甘い物でも食べますか?」
「いただこう」
頭を捻りながら考えていたヨルムは、甘いものと聞いて直ぐに返事をしてきた。
まだ卵があるし、パンケーキかホットケーキでも作るか。
1
「それで、ヨルムは学園に行く気ですか?」
メイド長の部屋でホットケーキを作り、自分用にコーヒーを淹れて一息ついてからヨルムに聞く。
俺はどうしようもないが、魔物であるヨルムには選択肢がある。
それに今の所バレていないが、魔物とバレれば騒動となるのは目に見えているだろう。
左手の紋様はグローブをして隠しているが…………まあ流石にレッドアイズスタードラゴンの契約紋とは分からないか。
そもそも魔物とバレても、契約している魔物ならば大丈夫だろう。
一々この世界を気にする必要もない。
「個人的に行ってみたいと思っている。些細な事でも、我の糧となるかもしれぬからな。それに、ハルナが行く場所が我の居るべき場所だ」
訳すると、美味い飯が食べたいから離れたくないって所か。
現に今もホットケーキを、もしゃもしゃと食べている。
因みにベーキングパウダーは、アクマが用意したものである。
個人使用なので、アイテムボックスから取りだして貰った。
作る段階になって、ホットケーキミックス以外での作り方を知らないことに気付いたのだ。
小麦粉……薄力粉をどうすればホットケーキミックスになるかなんて、俺に分かる筈が無かった。
現代っ子なのだから仕方ない。
「そうですか。ですが、人の中に混じって生活するのは、此処よりも大変ですよ? 私も常に一緒に居るわけではないですからね」
「……承知している。我とて既に数百年以上生きているのだ。子ども扱いするではない」
俺に合わせて小さい姿になっているだけで、成長した姿にもなれると前に言っていたな。
だが幾ら見た目が変わっても中身がお子ちゃまならば、お子ちゃまのままだ。
「そうですか。まあ決めたならそれで良いです。ですが、入学テストでは手を抜くように。それと、リディスにこの事を話すのは禁止です」
「分かっている」
俺とヨルムが真面目に試験を受ければ、間違いなく満点を取れる。
だが、それではリディスの首席入学の夢は絶たれてしまうので、手を抜かなければならない。
まあそれだけでは面白みに欠けるので、当日までリディスには俺達の事を黙っておくことにした。
「所でホットケーキの味は大丈夫ですか?」
「これならば無限に食べられるぞ」
どうやらお気に召したようだな。
コーヒーももう直ぐ切れてしまうが、順調に木が育っているので、飲めなくなる心配はない。
収穫するのは学園に入学する直前になりそうだが、実際に飲めるのはもう少し後となるだろう。
「しかし、よくそんな苦いのを飲めるな」
「慣れですよ。お酒と一緒です」
「酒か。母様に飲ませてもらった事があったが、あれも苦くて飲めぬ」
ドラゴンと言えばうわばみだと思うのだが、そうでもないようだな。
こいつは味覚からしてお子ちゃまなのだろう。
それにしても、コーヒーは良いものだ。
苦味の中にコクがあり、香りが鼻を突き抜け、全身へとカフェインが行き渡る。
アクマのせいで荒れた精神が落ち着き、頭がクリアになる。
罰ゲームである学園だが、悪いのは俺であるので諦めるとしよう。
だがただ惰性的に学園に行くのでは、時間の無駄でしかない。
出来うる限り、俺の強化に繋がる何かを探そうと思う。
「して、この袋は何だ?」
「メイド長からのお金ですよ。例の宝石を売って手に入れた物です」
部屋に帰ってくると、テーブルの上にドーンと重たそうな袋がいくつも置かれていた。
不用心だとは思うが、メイド長の私室に入ろうなんてする勇者はこの屋敷には居ない。
しかし、分かってはいたが紙幣ではなく、全て硬貨である。
アクマから貰った知識では、金銭は銅。鉄。銀。金。白金の種類があり、更に各硬貨には大と小の二種類が存在している。
国ごとに比重が違うため、為替なんかもあるが、まあそんな感じだ。
因みに今回貰った金銭だけでも、百年間暮らすのは問題ないとアクマが計算している。
「ならば、管理はハルナが頼む。我は興味が無いのでな」
「人の生活を学ぶために、少しは持っておきなさい。買い物を頼むこともあるかもしれませんからね」
今の所の生活はこの屋敷の中で完結しているが、学園のある王都ではそうもいかないだろう。
稼ぐことはしなくて良いかもしれないが、使う事も学ばなければならない。
「そうか……」
「買い物のやり方などは教えますので、ヨルムでしたら一度教えれば大丈夫でしょう」
「うむ!」
俺も鬼ではないので、放り出して後は頑張れなんて事をする気は無い。
一応……業腹ではあるが飼い主なので、躾はしっかりしておくつもりだ。
「さてと、休憩もしましたしリディスの所に行きますか」
「不味い料理ではなく、ハルナの料理も食べられたからな」
決して不味い訳ではないと思うのだが、やはり子供舌なのだろう。
まあ、俺も食べたいとは思っていないがな。
2
「……く……なの……に」
リディスの部屋の近くに来ると、何やら怒鳴り声らしきものが部屋から漏れ聞こえてきた。
(誰かいるのか?)
『スティーリアが押し入ったみたいだね。リディスの事を叩いて罵声を浴びせているみたい』
なるほど……ならば、リディスが下手な事をする前に釘を刺しておかなければな。
ここでリディスが暴れてしまっては、折角の計画が台無しとなってしまう。
(リディス)
『……なに?』
一応酷い目にあっている筈なのに、声は普通だな。
いや、静かに怒りを溜めているのか?
(怪我は後で治すので、今は耐えて下さい。その方が、入学試験が面白くなるはずですから)
『痛みなんて、ハルナやヨルムの訓練に比べれば序の口よ……』
それを言われると何も言えないが、気にしてないなら良いか。
しばし廊下で待っているとスティーリアがドアを開ける気配がしたので、ヨルムと自分を鎖で天井に張り付ける。
どこぞの蜘蛛人間と言うよりは、それに出てくる蛸みたいな感じだな。
鎖もアームも似たようなものだし。
「これだから使えない屑は困るわ。さっさと奴隷にでも落とされれば良いのよ」
そんな事を呟きながら、スティーリアは本館の方に歩いて行く。
するりと天井から下りるが、全く気付かれていないようだ。
鎖の発する魔力で人によっては気づかれる可能性があるが、極力抑えているので、今の所気付かれたことはない。
「失礼します」
部屋の中に入ると少し荒れており、スティーリアが暴れていたのだろうと窺える。
リディスは頬が少し赤くなっている程度で、骨が折れてたりはしていなさそうだ。
「来たわね」
「久々の虐めはどうでしたか?」
「……昔は、なんであんなに怯えていたのか理解できないわ。少し拍子抜けしてしまったわ」
「それは良かったです」
ヨルムとの訓練や、アースドレイクとの戦いに比べれば、スティーリアなど小物でしかない。
殺気も無い攻撃に一々怯えていては、戦いで生き残るなんて出来ない。
トラウマがあるかもと思ったが、そんな心配はしなくて良さそうだ。
鎖をリディスへと当てて治療をする。
魔法を発動している状態で新たな魔法を使うのも、料理のおかげで慣れたものだ。
「どうも」
「お構いなく。スティーリアが居る間は、一日訓練としましょう。勉強の邪魔をされるのも嫌ですからね……」
「……私としては、訓練の方が嫌だけどね」
「死なない限り綺麗に治しますので、安心してください」
ひきつった笑みを浮かべるが、痛みを伴わなければ強くなれないのだ。
しかし、早速手を出してくるとはな……馬鹿なのか、それとも誰にも気付かれない自信があるのか。
先ずは他にどの様な手段を取るか、お手並み拝見といこう。
学園での生活を楽しくするためには、スティーリアを排除するのは悪手だからな。