第40話:罰ゲーム
「…………むりぃ」
いつも通り復習をした後、昼まで魔法陣を描かせ続けた結果、リディスが机に向かって倒れた。
細かい文字を大量に描き続けなければならないので、倒れたくなる気持ちは分かる。
俺も面倒になって作るの止めたしな。
だが、時間的には丁度良さそうだな。
「もうそろそろ時間なので終わりにしましょうか。場所は本館の食堂ですか?」
「ええ。その筈よ……大丈夫かしら」
「どんな方か知りませんが、そんなにですか?」
「何というか、自分こそが世界って人よ。それに文武両道で、成績も優秀って母様が言っていたわ。私にとっては、憎い相手でしかないけどね」
リディスが悪魔召喚なんかに手を出す原因を作っただけはあり、そんな感想にもなるか。
リディスは文武両道と言ったが、正確には少し頭が良い程度で、強さで言えば今のネフェリウスより弱い。
一応それなりに努力はしているみたいだが、基礎能力は中の中程度だろう。
だが悪知恵は目を見張るものがあり、学園で暗躍しているみたいだ。
「そうですか。それでは行くとしましょう」
「……本当に反応が淡白よね」
「会話がしたいのではなく、知りたいだけですからね。ヨルムも起きなさい。行きますよ」
「…………もうそんな時間か。分かった」
さてと、ついにご対面となるが、その前に。
(何か面白い情報はあるか?)
『どうやら、クエンテェやネフェリウスの雰囲気が変わった理由を探しているみたいだね。まだリディスやハルナの事にまでは気が回っていないみたい』
それは良い情報だ。何事も、第一印象が大事だからな。
あまり前情報が知られるのは良くない。
頭を押さえながらフラフラとリディスは立ち上がり、気だるそうに歩く。
その後ろをメイドらしく、 背筋を伸ばして歩く。
無論足音を立てず、気配も出来る限り消している。
本館が近くなってくると、リディスも貴族らしく凛とした姿に変わっていく。
いつもに比べて屋敷の中はざわついており、使用人達も忙しそうにしている様に見える。
「あら、お久しぶりね。元気にしてたかしら?」
「姉様は変わらぬご様子でなによりです」
食堂に入ると、見知らぬ少女……スティーリアが嫌味ったらしく、リディスへと話しかける。
どうやら俺達が最後らしく、ゼアーを含めた全員が席に着いている。
空いている席は二つ。
俺とリディスの分だろうが…………ふむ、ヨルムを座らせるか。
俺はバッヘルンの後ろに居るメイド長の隣にでも並ぼう。
「ヨルム。私の代わりに椅子へ座って下さい」
「うむ?分かったのじゃ」
リディスとスティーリアが話し合いをしている内に、リディスの背後から離れてバッヘルンの後ろへと移動する。
因みに移動しているのは、メイド長と執事長以外には……ネフェリウスに気付かれているか。
「あら、そのメイドはどうしたのかしら?」
「このメイドは……あれ?」
いつの間にかいなくなっている俺に気付き、リディスが変な声を出す。
ついでにバッヘルンも初めて見る少女に対して怪訝そうにする。
存在を知っているネフェリウスだけは気にしていないが、クエンテェも首を傾げて不思議そうにしている。
「その少女はどうした? それに、ハルナは?」
「あ、えーっと……」
「私ならば此方に」
バッヘルンの肩が跳ね上がり、それから後ろを振り向いて俺と目が合う。
「あの少女は、私が拾って育てています。私とは違い、一応食客の様なものになるので、席を譲りました」
「……」
しばし無言となるバッヘルンに、メイド長が近づいて耳打ちをする。
すると、顔を引き攣らせた後に咳ばらいをして、表情をリセットする。
「先ずは二人共座りなさい。先ずはスティーリアが帰って来たことを祝おう」
「そうね。折角帰って来たんですもの。色々と聞かせて欲しいわ」
「ありがとうございますわ。お父様。お母様」
リディスとヨルムが座ると、料理が運ばれてきて食事が始まる。
基本はクエンテェやバッヘルンがスティーリアと話しかけ、当たり障りのない返答をする。
ゼアーは完全に空気状態だが、気にしなくて良いだろう。
リディスとヨルムは黙々と料理を食べているが、微妙に食べる手が遅い。
おそらく、口に合わないのだろう。
決して不味い訳ではないのだが…………お国柄なので仕方ない。
「ハルナ」
「何でしょうか?」
「例の宝石ですが、一応現金化出来ましたので、後で渡します。ですが、全てを現金化した訳ではないので、ご了承ください」
「分かりました」
「残りの代金は任意で受け取れるように手配してありますので、後で説明します」
そう言えばあの宝石って、クシナヘナスが手に入れた物だったのだろうな。
前にメイド長へ渡した時に、神がどうのとか言っていたし。
……金は別に必要ないが、ヨルムの鱗をはぎ取るよりも、クシナヘナスから宝石を強奪した方が、楽に稼げるか?
まあ、そんな強盗の様なマネをしなくても、全く問題は無いがな。
「さて、スティーリアに紹介しておきたい人物が居る」
食事も一通り終わり歓談の時間となる。
今の所は問題無いが……。
「先ずはネフェリウスの家庭教師である、ゼラニウム・オラトリアだ」
バッヘルンに紹介されたゼアーは軽く頭を下げる。
つか、苗字もちゃんとあるんだな。
「ゼラニウムが来てから、ネフェリウスの成績は中々良くなっている」
「ネフェリウス様の才能があってこそです。私は知識があるだけの人間ですから」
「オラトリア。確か子爵家だったわね……ふぅん」
何やらスティーリアが呟いているが、まあ気にしなくて良いだろう。
「それと、アインリディス専属のメイドとして雇ったハルナだ」
「……この子に専属のメイドを? 無駄ではなくて? 魔法も使えない存在なんて、貴族として住まわせる必要性すらないでしょうに」
思っていた通り、スティーリアが食って掛かって来た。
「それを決めるのは当主である私だ。それに学園の入試で結果が出せなければ、どう扱っても良いと言質を貰っている」
あっ、リディスが凄い形相で俺の方を一瞬見たな。
バッヘルンにそんな事を言った記憶は無いが、口を挟まなくても良いだろう。
「入学試験……ね。魔法が使えない身でどこまで出来るか疑問だけど、それなら構いませんわ」
「しつ……」
「結果にてお嬢様には証明させますので、待っていただければ幸いです」
ネフェリウスが失言をする前に、言葉を被せて、スティーリアの興味を俺に引く。
魔法を使える事をネフェリウスは知っているので、どうせその事を話そうとしたはずだ。
今下手にネタ晴らしをしてはつまらない。
「あなたが専属ね……お父様が付けたの?」
「ああ。知り合いの伝手でね。半信半疑ではあるが、結果が証明してくれるだろう」
「そう……分かりましたわ」
とりあえず何事も……何も起きずに、昼食は終わりとなった。
午後は午前中の勉強を踏まえて魔法の訓練をするか、それともヨルムと実践をさせるか……。
「ハルナと、そこの少女よ。この後私の執務室に来てくれ。メイド長もな」
……まあ、ヨルムの事がばれてしまっては仕方ないか。
「分かりました」
(野暮用で遅くなるから、自習をしておけ)
『え! え? えっ!』
おっと、ついいつもの調子で念話をしてしまった。
リディスへの念話は、気を付けなければな。
1
スティーリアの帰還を祝うための昼食にて、バッヘルンはゼルエルから爆弾を放り投げられた。
「コランオブライトをそちらの少女。ヨルムから頂き、当主様名義で王へと献上させていただいています」
コランオブライト。
王国の……いや、この世界の住人ならば、知らない方がおかしい、至高の宝石だ。
ダンジョンからも極稀に出土するが、神のみが下賜できると言われている。
そして、そんな宝を、持っていた少女。
どう見ても未成年であり、冒険者の様には見えず、バッヘルンが知っている貴族の中で、ヨルムに該当するような少女は居ない。
ハルナは拾ったと言うが、そんな事がある筈がない。
そもそもハルナと言う存在が摩訶不思議であり、転移を使える時点で人類としてカウントして良いのか分からない。
ハルナ達を伴って歩くバッヘルンは、ヨルムと呼ばれた少女が一体何者なのか、真剣に考える。
スティーリアの事など既に些事であり、頭の中から消え失せている。
食事の作法は貴族のそれであり、幼いながらも気品を感じさせるものだった。
少ししか見れてないが、立ち振舞いにも粗暴なものは見られない。
つまり平民では間違いないと断言できる。
そもそも、煌めくような銀髪の時点で普通の出生とは考え難い。
そうなると考えられるのは、神に列なる存在だろうが、ならばこんなところにいないで、王家にでも行けば良い。
バッヘルンは野心家だが、自分が王になりたいとは微塵も考えていない。
ゼルエルはバッヘルンの名義で献上したと言ったが、その前に自分に渡せと思う。
秘密裏だろうが何だろうが、コランオブライトが王家に渡った時点で、バッヘルンの名は良くも悪くも貴族内に広がる。
頭の中でグルグルと思考が回るうちに、執務室へと到着する。中に入ったバッヘルンは早速椅子へと座り、ゼルエルは紅茶の準備を始める。
ハルナは焼き菓子の準備をして、ヨルムは食器の準備をする。
準備が整うまで完全にバッヘルンは無視をされるが、ゼルエルを相手に何を言っても無駄だと知っているので、ヨルムを観察しながら待つ。
「それで、その少女はどうしたのかね?」
勝手にお茶会を始めた三人対して、意味の無い言葉を投げかける。
「森で拾いました」
「拾われたのだ」
「私もそれしか聞いていません」
思っていた通り全く話にならない結果となり、バッヘルンは眉間を揉む。
「ゼルエル。献上したと言ったが、何か報告はあるか?」
「間に幾つか通していますが、王から直接お褒めの言葉を預かっています。流石忠臣と名高いブロッサム家だと」
「……それ以外には?」
「表向き褒美は無しという事になっています。手に入れたルートがルートですからね。王族の結婚式に、使われる事になるだろうとおっしゃっていました」
流石のゼルエルも、国宝……世界の秘宝クラスの物を現金化するのには手を焼き、最終的にバッヘルンの名前を使う事にした。
バッヘルンは巷では善良な貴族として名高く、バッヘルンならばと話はスムーズに進み今に至る。
「これの面倒は私が見ますのでお構いなく。出て行く時も連れて行きますので」
「話の途中ですが、ハルナとヨルムに手紙を預かっていますので、此方をお読みください」
紅茶を飲みながら茶菓子を摘まんでいる二人に、ゼルエルは服の下から手紙を取り出して渡す。
手紙を読むハルナの顔は珍しく苦々しい物へと変わり、しばらく固まる。
ヨルムは読み終わると固まっているハルナを見て、無言で反応を待つ。
ハルナが固まっている理由だが、勿論アクマのせいである。
アクマが言っていた罰ゲーム。その意味を今理解しているのだ。
固まっている間にアクマやエルメスと論戦を繰り広げ、その様子を見てソラは大笑いをしていた。
「断って頂いても問題ありませんが、どういたしますか?」
固まっているハルナを気に掛けるゼルエルだが、下手人はこのゼルエルと、今頃スティーリアに付いているジャックである。
手紙の内容は、ざっくりと言えば学園への入学を願うものだ。
そしてアクマはゼルエルがこそこそと用意しているのを知っていて、ハルナに黙っていた。
学園では確かに戦いはあるが、それ以上に休みには絶好の環境だろう。
それに伴いハルナへの精神的苦痛は計り知れないものとなるが、罰ゲームなのだから仕方ない。
「個人的にはとても断りたいのですが、諸事情により受けようと思います」
諸事情と言う言葉にゼルエルは眉をひそめるが、これで最低でも数年はハルナを王国に留めて置く事が出来ると安心する。
そんなやり取りを見ているバッヘルンは、こんな存在が今更学園なんて行く必要があるのか、疑問でしかない。
貴族を普通に脅して顎で使おうとするのだ。
学園で子供を虐殺したとしても、バッヘルンは驚かないだろう。
また、バッヘルンはゼルエルから書類を回されていたので、そんな提案をするだろうと知っていたのだが、ハルナには言わずに黙っていた。
「学園か……」
「了承して頂けたようで何よりです。ハルナの実力でしたら、飛び級も可能でしょうが、出来れば楽しんで頂ければと思います。勿論ヨルムもですけどね」
何か話そうとしたバッヘルンの言葉に被せて、ハルナ達に微笑みかける。
この二人を自由にさせれば、一体何が起こるか分からない。
今はただ時間を稼ぐ事で、ハルナが一体何なのかと調べる時間を確保するので、ゼルエルは手一杯だった。