第39話:魔法の裏技
アクマからありがたいお説教をされてから一週間後。
つまり、リディスの姉が学園から帰ってくる日だ。
何故帰って来るかだが、学校とかである長期休暇だからだ。
期間は一ヶ月あり、入学試験より少し前までとなっているとか。
日々の鍛錬は怠らない物の、身体に気を使った訓練と言うのは、これはこれで得るモノがある。
「朝だぞ。起きるのだ。飯の時間だ」
いつもの如くヨルムに揺すられて目が覚める。
なし崩し的にずっと俺が料理をしているが、もうそろそろヨルムに料理を教えようか?
結構ヨルムは味にうるさいので、作る方も問題ないはずだ。
手伝い自体はこれまで厨房していたからな。
「おはようございます。ヨルムも料理をしてみますか? そうすればいつでも食べられますよ」
「我はハルナの作った料理が食べたいだけだ。まあ、作り方は見て学んでいる故、作れない事もないがな」
……このクソガキが。
まあ良い。どうせ自分の分は作らなければならないのだし、一人前も二人前も変わらん。
それに食堂の料理もだいぶマシになってきたので、その内自分で作らなくても済むようになるだろう。
「そうですか。とりあえず朝食を作るとしましょう」
「うむ。今日も期待しておるぞ」
期待されても、俺が作れるのは簡単な料理だけだ。
今日は、フレンチトーストにするか。
先日何故かメイドから蜂蜜の瓶を貰ったし。
鎖で卵と牛乳を混ぜている間にパンを用意して、ついでにバターと粉砂糖を並行して準備する。
当面の間肉体的な負荷を厳禁とされてしまったので、身体は普通に鍛える位に留めて、脳への負荷を掛ける事にした。
此方は常にアクマかエルメスが負荷をモニタリングしているので、翌日に残るほどの無理を出来ないようにされている。
とは言っても筋トレと同じく、適度な負荷を掛けるのは必要な事だ。
最初はヨルムをたまに締め上げてしまっていたが、その後は複数を常に展開して動かせるようになり、最近では卵でお手玉出来る位には器用になっている。
それに伴って、頭の回転が良くなってきた…………気がする。
そんなこんなで良い感じに焼き目が付くまで焼き、蜂蜜を全体に掛けた後、粉砂糖で化粧をして出来上がりである。
「お待たせしました。今日は甘いものとなります」
「うーむ、朝から甘い物とは珍しいのう……美味い!」
器用にナイフとフォークを使い、ヨルムはフレンチトーストをハイスペースで食べる。
此処に来た頃は魔物らしく何もかも雑だったヨルムも、メイド長たるゼルエルに散々鍛えられたおかげで、人前に出せる程度の所作となっている。
食べ終わったらシャワーを浴びてから、メイド服に着替える。
リディスの入学試験まで残り一ヶ月程度。
まあ、大丈夫だろう。
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今日はヨルムを吊った状態で部屋を出て、通りすがりのメイドや執事に挨拶をしながら、リディスの部屋に向かう。
手伝いをしているとは言え、飴やらクッキーやらをくれなくても良いのだが、何故か渡される。
断ってはいるのだが、最後は無理矢理渡されるのだ。
「おはようございます」
「おはよう。今日の昼なんだけど、姉様が帰ってくるから家族で集まって食事をする事になったの」
「そうですか」
部屋に入ってそうそう、リディスは面倒そうに吐き捨てる。
帰ってくるから、家族で集まって食事をする。
普通の家族ならば微笑ましいものだが、リディスにとっては拷問みたいなものだ。
この屋敷……いや、貴族と言う括りの中でリディスが妨げられる原因を作った諸悪の根源。
それが姉だから。
「それで父様が、ハルナにも出て欲しいって言ってるのだけど。ヨルムは……多分存在自体を知らないから任せるわ」
「ふむ……」
俺も一緒にね……俺が呼ばれているって事は、ネフェリウスの家庭教師をしているゼアーも呼ばれているだろう。
「それはゼラニウムも呼ばれているのですか?」
「ええ。一応顔見せって事で呼ばれているわ」
「そぅですか。当主命令ですので、断るわけにもいきませんね。承知しました」
いつもならば午前中は山で魔法や剣などの訓練だが、今日は勉強を進めるとしよう。
既に試験関係の勉強は復習をするだけとなっており、安定した点数を出せている。
毎日毎日詰め込むように勉強しているのだが、よく続けられていると思う。
普通ならば投げ出してしまってもおかしくないと言うのに、やはり根性があるな。
「何だか不服そうね」
「不服ではないですよ。面倒と思っているだけです」
「昼はハルナの飯が食えないという事か……」
「あんたは見るからに不服そうね」
まあヨルムは何でもかんでも食べる癖に、最近は味に煩くなってきている。
ハンバーグにしても、中の焼き具合で表情を変える。
不味いとは言わないが、肉汁が足りないとか、味が薄いとか言って来る。
俺の料理の腕と言うよりは、魔法の腕のせいなので文句を言うのは御門違いだが、結果的に仕方がない。
手でやるのは材料の準備位であり、焼いたり盛り付けたりは魔法の鎖でやっている。
繊細な作業を手ではなく魔法でやっているので、僅かな思考のズレでミスをしてしまう。
決められたプログラムを組んで作業をさせるのならば、同じ工程を何回繰り返してもミスは起きないが、自動ではなく手動ではどうしてもズレが出てしまう。
勿論一つの動作だけをやるならばミス何て起きないが、様々な作業を並列して行っているので、中々難しいのだ。
「今日は訓練ではなく、勉強をしますか」
「分かったわ。今日は何を勉強するの?」
「今回は魔法のちょっと変わった使い方を、知識として教えようと思います」
俺が魔法少女として使っている魔法だが、基本的に詠唱して発動する魔法。所詮詠唱魔法と呼ばれている……俺が勝手に呼んでいるものだ。
魔法陣と言うプログラムを組む事で、魔力の限り強大な魔法を使える反面、発動に時間が掛かったり、頭のメモリーが少ないと、そもそも強い魔法が使えなかったりする。
そんな魔法だが、あらかじめ紙などに描いた魔法陣を用意しておけば、魔力を通すだけで発動できる裏技がある。
使い勝手の良さそうな裏技だが、勿論落とし穴がある。
強い魔法程魔法陣は複雑になり、種類によっては複数の魔法陣が必要になってくる。
つまり簡単な魔法でしか、この裏技は使えないのだ。
対魔物や魔法少女相手では、牽制程度にもならないので使ってこなかったが、この世界ならば多少有効だろう。
因みにもう一つデメリットがあり、正確に描かなければ発動しないので、印刷なんて出来ないこの世界では作るのが大変だろう。
そんなこんなで、少し前にお試しとして作ったのをリディスへと渡す。
「これが、簡易発動魔法陣ね……」
「因みに、それを発動出来るのはリディスだけとなります」
「え?」
今回俺が準備した魔法陣は、この世界の理から外れたものであり、この世界の人間が魔力を流しても発動しない。
更に変身していない時の俺は、この世界の理に縛られるので、魔力を流しても発動しなかった。
ならばこの世界の理内で魔法陣を作ろうとしたのだが、そもそも必要性が無いことに気付き、途中で止めた。
因みに魔法陣の魔法を使うには、魔力を流して発動キーとなる言葉を発する必要がある。
これは防犯機能のために、取り付けたものだ。
「その魔法陣は、どんな魔法が発動するか、分かりますか?」
「えーっと……氷の棘を打ち出す魔法?」
「正確には前方に氷の棘を、三本撃ち出す魔法となります」
「ぐぬぬぬ……」
まあ見ただけで、どんな魔法か分かっただけでも上出来だろう。
みっちりと魔法を教えた甲斐があった。
「この紙に魔力を流し、適当に決めた発動キー。今回ならば発射と言えば発動します」
「威力はどれくらいなの?」
「壁に突き刺さる程度ですね。魔物ならば、弱いゴブリンやバード系ならば倒せるでしょう」
発動する時に一度魔法陣を描かなくて良い分、発動までの速度は素晴らしいものとなっているが、細かい調整が出来ないのが難点だ。
まあ奇襲の一手や自衛用なので、仕方ないだろう。
「悪くはないわね……」
「学園ではリディスの敵は多いでしょうからね。まあ、瞬時に剣を取り出せればいらないかもしれませんがね」
「……悪かったわね」
リディスに上げた剣と杖だが、 出してから使えるまで少し時間が掛かる。
時間で言えば五秒も掛からない位だが、戦いにおいて五秒とはかなりの時間だ。
俺ならば、五秒もあればこの屋敷を消し飛ばす事が出来る。
何故時間が掛かるか俺には分からないので、リディスに頑張ってもらうしかない。
まあ普通に戦う分にはこの裏技を使う事は無いと思うが、最初の五秒を稼ぐには使えるだろう。
「因みにそれはインクで書いていますが、実際は木板に掘るか、羊皮紙に焼き付けて書く事をお勧めします」
「……滲んだり、水に濡れたら使えなくなるからかしら?」
「その通りです。まあ練習として普通に描くのはありだと思いますけどね。かなり細かく描き込まないといけないので」
持ち歩く事を踏まえると、あまり大きな物では駄目となる。
更に直ぐ使えるようにしておかなければならないので、お札程度の大きさが限度だろう。
袖の裏に張っておいたり、靴の中に隠しておくなんてのもありだろう。
「ふーん。とりあえず描いてみようかしらね」
「その前に、いつも通り復習をしましょう。ヨルム」
「うむ。準備しておいたぞ」
勉学は覚えたからと復習を怠ると、直ぐに頭から抜け落ちてしまう。
大丈夫だと思っていても、何回も繰り返すのが大事なのだ。