第38話:やり過ぎたんだよ、魔法少女!
クシナヘナスと戦った日から二日後。
午前中は軽くリディスへ魔法の訓練をし、それからヨルムがリディスをボロ雑巾にして、ベッドへと放置した日の午後。
俺は、何処かの山の峰に居る。
理由はコーヒーの種を蒔くためだ。
『種は適当に埋めれば大丈夫だよ。後はヨルム任せれば良いってさ』
(どうも)
「とりあえず二十個程ここで育てましょう」
「了解だ」
ヨルムと手分けして種を蒔き、水をかける。
流石に種を蒔く作業を魔法で代用は出来ないので、こればかりは手作業となる。
また種の種類はこの世界のものとなるが、渡されていた物を飲んだ感じでは問題ない。
まあ、元の世界ではコーヒーの原産国のほとんどが魔物や魔法少女のせいで滅んでいたので、天然物のコーヒーを飲めるだけでもありがたい。
コーヒーの種を蒔く場所はアクマが選定したので大丈夫だが、育てるのはヨルムだ。
失敗しようものなら、流石の俺も冷静ではいられなくなるだろう。
「とりあえず蒔き終わりましたね。後の事は任せましたよ。もし何かあれば……分かりますね」
「任せおけ。母様からしっかりと育て方を教えられている」
「それは頼もしいですね」
今回は種の数がそんなに多くないので、蒔くのは三ヶ所となる。
標高や寒暖差を考慮しているとアクマが言っているので、今回は一応信じておく。
また魔物……害獣についてはアクマが特殊な結界を張るので問題ないらしい。
正直何故異世界でコーヒーの栽培をしているのか自問自答したくなるが…………管理者に会う事があれば、尻を蹴飛ばすとしよう。
しかし、異世界だからなのだろうが、自然が多い。
元の世界は人の住めなくなった場所が多いが、決して自然は多くない。
魔物と魔法少女の戦いで破壊され、荒れている場所の方が圧倒的に多い。
魔物も異世界と違い、突如現れる事がほとんどであり、数を減らして絶滅させるなんてことも出来ない。
感傷に浸るのはまた後でやるとして、三ヶ所でコーヒーの種を蒔き、今日の作業は終わりとなる。
作業が終わる頃には日が傾き始めたので、帰ったらまた厨房に行かないとな。
「それでは帰りましょうか」
「うむ。育つのが楽しみだな」
ああ。本当に育つのが楽しみだ。
貰った豆の量では一日一杯でも、十日もあれば終わってしまう。
つまり一ヶ月の間、またコーヒー無しの生活となる。
こればかりは仕方ないので、紅茶で代用するしかない。
1
屋敷に帰ってきた後、一度リディスの部屋にヨルムと向かう。
「あら、帰って来たのね。何所に行ってたの?」
「私用で山に。それより、勉強をちゃんとしていますか?」
「やっているわよ」
それは何よりだが、いつもに比べると妙に落ち着きが無い様に見える。
そわそわしている……と言うよりは、緊張している感じか?
無視しても良いが、なにやら面白い予感がするな。
「何やら緊張しているようですが、何かありましたか?」
「……姉様が来週帰ってくるのよ」
「そうですか。それでは私は厨房に行かないとなので、失礼します」
「何で自分から聞いといて、無視するのよ!」
「思いの外つまらない事でしたので。それに、厨房に行かないといけないのは本当の事ですから」
リディスの姉であり、この家の長女である少女。
名前はスティーリア・ガラディア・ブロッサム。
家族内で一番リディスを虐め、家族や他の貴族などにリディスの無能さを吹聴していた存在だ。
アクマに見せてもらったプロフィールでは、権力を振りかざし、他者を貶める事を生き甲斐としている。
表と裏の顔を使い分ける事が上手く、一応学園では優等生だとか。
スティーリアを一言で表すならば、悪役令嬢だろう。
あと少しでリディスもそうなる所だったが、今のリディスはただのひよっ子だ。
それでリディスが緊張している理由は、ステェーリアに虐められていたからだ。
また昔の様に虐められる。そう思っているのだろう。
今のリディスならば、戦って負ける事は無いだろう……俺の渡した武器を使えればな。
頭脳は同世代でも高い水準だが、素のリディスの戦闘能力はまだまだ低い。
いくらスパルタで鍛えていると言っても、高々一ヶ月では限度がある。
特に肉体は日々の努力が物を言う。
「私……上手くやれるかしら?」
「さあ。私はその方にあった事がないので何とも。ただ、リディスとしては仲良くしたいのですか?」
「…………全然。何なら関わりたくない……むしろ殺してやりたいわ」
「でしたら、何があっても良いように勉強や訓練をしておけばいいのです。強さこそが正義なのですから」
「うむ。強ければ、何事にも動揺せずに済む」
「結局そうなるのね……」
ヨルムにリディスの手を引っぺがしてもらい、さっさと厨房に向かう。
しかし、姉ねぇ……来週は一波乱ありそうだな。
2
「待っていました! 本日は何を作るんですか?」
厨房に着くと、初日とは打って変わって笑顔のコックに迎えられる。
本当に、人とは現金なものである。
本日作るのは、クシナヘナスと戦っている時に、ふと食べたくなった一品。
その名もオムライスである。
ご飯は朝メイド長にお願いしておいたので、準備しているはずだ。
多分、ヨルムも気に入るだろう。
「本日作るのは、オムライスと呼ばれる料理です。先ずは作るので見ていて下さい」
レシピはアクマが用意してくれたものとなるが、ケチャップだけは無いので、昨日の内に大鍋で作っておいた。
どうしても作るのに時間が掛かるからな。
バジル多めでチキンライスを作り、平皿に整えて盛り付ける。
卵を溶いて牛乳と胡椒を入れ、フライパンで形を整えながら焼く。
折角なので今回はふわとろオムライスだ。
しっかりと熱は通すので、衛生面は多分大丈夫だろう。異世界だし。
チキンライスの上に焼けた卵を乗せ、ケチャップを上から掛けて完成である。
「卵を割り、上のソースと共にご飯を食べて下さい」
「分かった」
四人がオムライスへとスプーンを入れて、口へと運ぶ。
「う、美味い。卵の甘味にソースの酸味が合わさって、いくらでも食べられそうだ」
「香りもとても良いな。口当たりもまろやかだし、玉ねぎが良いアクセントになっている」
「こんな料理があるだなんて……」
「これは……前回とは違った驚きがあるな」
気に入っていただけたようだな。
ヨルムがもの欲しそうな顔をしてるし、ヨルム用のも作るとするか。
「卵を焼くのにはコツがいりますが、それ以外は簡単な料理です。メインはこれで、サイドは前回同様適当にお願いします」
「分かった。任せてくれ」
コック達が打ち合わせをしている内に大きめのオムライスを作り、ケチャップの代わりにアースドレイクを煮込んだタレと肉を上から乗せる。
「これはヨルム用のです」
「感謝する。……美味いのう」
顔を綻ばせながら、ヨルムはパクパクとオムライスを食べる。
お気に召したようで何よりだ。
ヨルムの面倒を見ている内に、コック達の準備も終わったようだし、今日も頑張るとするか。
3
使用人達の夕飯を作り終わり、山で一風呂浴びてから布団へ潜る。
今日も一日お疲れ…………では終わらない。
「えー。それでは第二回会議を開催したいと思います」
前回と同じく精神世界に連れてこられ、アクマは変な事を宣う。
とりあえずテーブルに置かれているコーヒーを一口飲む。
ああ、そう言えば前回と違う点が一つだけあるな。
ソラの身長が縮み、幼稚園児位になっている。
椅子に座手も背が足りない為、クッションを尻の下に敷いている。
「議題は、ハルナの無茶についてです」
「異議あり」
「却下です」
「却下よ」
異議を唱えたら、 エルメスとソラに却下されてしまった。
どうやら、三対一のようだな……。
「ヨルムとの戦闘や、ゼルエルとの戦闘。そして今回のクシナヘナスとの戦闘。ハルナは何のために異世界へ来たのか忘れたのかな?」
「ハルナのやりたい事は尊重するです。ですが、もう少し落ち着いた方が良いと思うです」
「なんで折角ナイスバディになった瞬間、こんな幼児体型にならないといけないわけ?」
どうやら三者三様に、俺へ不満があるみたいだな。
確かに異世界に来て、僅か一ヶ月ちょっとでやりすぎていると思わなくない。
この世界に来た目的は、身体を癒し魔女との戦いに備えるためだ。
だが、どうしても戦いが目の前にあれば、挑まずにはいられない。
悲しい男の性…………というものだ。
分かっていても、止められないのだ。
「三人が言いたい事は理解しました」
「私も別に怒りたいわけじゃないさ。けど、このペースで身体を酷使してたら、いつまで経っても良くならないよ?」
「憂さ晴らしに戦うのは良いですが、せめて半年から一年は落ち着いた生活をするです」
「一杯食べて休むのも、人として大事な事よ」
「……」
なんだろうな。これでもいい大人の筈なのだが、まるで悪さをした子供の様に窘められている。
フユネの方は完全にだんまりだし……身体を休める事に専念するしかないか。
リディスさえ学園に入れば、暇になるし、ゆっくりと旅に出るとしよう。
それが良いだろう。
「そうですね。……もう少し……落ち着いた生活をする様に心掛けます」
「まあハルナに下手な事を言っても意味はないと思うから、後で一つ罰を受けてくれれば、それで良いよ」
「やり返される覚悟があるなら、良いですよ」
「なんでさ!」
アクマに迷惑を掛けたのならばともかく、自分で自分の身体を虐めただけだ。
罰ゲームを受ける筋合いはない。
――が、心配させた事については悪いと思っている。
「常識の範囲内でしたら良いですよ。常識の範囲内なら」
「安心するです。既に罰ゲームの内容は私も聞いているので、問題無いです」
こいつら三人に安心できる要素が欠片もないのだが……まあその言葉を信じるとしよう。
「因みにその罰ゲームとは?」
「その時になったら教えて上げるよ。多分直ぐに分かると思うからさ」
「無駄に意味深ですが、まあ仕方ないですね」
フユネの圧が強くなった時以外の戦闘は、なるべくしないようにしよう。
とはいっても、ヨルムや縛りプレイでメイド長と戦ったりしない限り、身体を痛める事は無い。
やらないのはあくまで、身体を痛める様な戦いだけだ。
「続いて、ハルナの料理についてですが……」
それからもアクマの意味不明な議題に適当に相槌を打ち、睡眠時間を削る。
これまで戦って戦って戦い抜いてきたせいで、休み方を少し忘れているのかもしれないな。
身に付いた習慣とは、中々抜けないのだ。