第36話:魔法少女VS冥神クシナヘナス
冥神クシナヘナス。
ハルナやアクマが管理者と呼んでいる存在である、創造神ゲラナミスラが作り出した神である。
死と闇を司る関係であまり人の国には近寄らず、天界や魔界。人が立ち入る事の無い場所に居る事が多い。
そして十人居る神の中でも、――プライドが物凄く高い。
イニーとクシナヘナスの戦いは、初撃から地面に大穴を作り出し、荒野が死の大地へと変わった。
イニーは空を飛びながら魔法を唱え、火山の噴火クラスの魔法や、まるで氷山を逆さにして落とすような魔法をクシナヘナスへと放つ。
クシナヘナスも大鎌でイニーの翼から放たれる魔法を裂き、大地を裂く様な闇の魔法を絶え間なく放つ。
もしもこの戦が現実で行われていれば、ものの数分で国が消し飛び、十分もあれば生き物が住めなくなる大地となるだろう。
だが、こんな状態でも、互いに本気ではない。
イニーはアルカナを使っておらず、クシナヘナスもまだ依り代としての姿のままで、神としての全力を出していない。
迫りくる大規模の魔法を粉砕しながら、クシナヘナスは歯を食いしばる。
このままいけば、先に限界が来るのはクシナヘナスだ。
(魔法少女……これが異界を救った存在……)
戦う前に、クシナヘナスはアカシックコードでイニーの情報を見ておいた。
情報は少なく、分かったのは決して特別な存在ではないって事だ。
魔女と呼ばれている侵略者を単身で倒し、その時に身体を失ったので、この世界で再構築された人間。
そう。人間なのだ。
その人間に、クシナヘナスは押されている。
空には沢山の魔法陣が浮かんでおり、そこから一撃で死ぬような魔法が放たれ、此方の攻撃はイニーから生えている翼が魔法を放って相殺してくる。
下手に詰めようものなら、この世界では終末魔法と呼ばれている魔法よりも、強力な魔法が瞬く間に放たれる。
「ゲヘナズゲート」
七つの門が地面からせり上がり、魔力で作られた、疑似的な悪魔がイニーへと攻撃を仕掛ける。
悪魔たちの強さは、イニーの世界で言えばA級やS級であり、この世界で言えば、一体で国を半壊させる事も出来る。
そんな悪魔たちは直ぐに数を減らしていくが、魔法が悪魔達に分散したため、少しだけクシナヘナスの負担が減る。
「侮っていたのは、どうやら私の方だったみたいですね……今回は負けを認めましょう。――ですが」
大鎌の刃を自分の首へと当て、薄笑いを浮かべる。
「最後に勝つのは、私です」
大鎌が引かれ、クシナヘナスの首が落ち、身体が縦に裂ける。
まるで蝶の羽化の様に黒い翼が広がり、中から人が……神が姿を現す。
「勝者となるのは、この私です」
空に広がっていた全ての魔法陣が全て消え失せ、荒れ狂っていた魔法が消失する。
翼を広げ、大鎌を持ったクシナヘナスは空を飛び、イニーへと肉薄する。
クシナヘナスが持っている大鎌は神器と呼ばれる物であり、形無き物を切り裂く事が出来る。
武器としても極上な物であり、防ぐ事は出来ず、回避したとしてもタダでは済まない。
鎌が放つ死の気配が、生者の魂を蝕むのだ。
クシナヘナスに接近戦を許したものは、その時点で負けが決まる事となる。
だからだろう。勝ちを確信したクシナヘナスは、イニーが呟いた言葉を聞いていなかった。
「ナンバー15。悪魔。解放」
1
分かっていた事だが、通常時の魔法だけではクシナヘナスを倒す事は出来ないか……。
いくら魔力があっても、通常時の俺の処理能力には限界がある。
必ず詠唱をしなければならないし、強い魔法は相応に時間が必要となる。
それでも物量で押せ押せだったのだが、こんな手を隠し持っていたとはな……。
まあ、お互い様であるがな。
「解放」とは、アルカナの力をその身に宿す、一種の魔法の様なものだ。
その力は絶大であるが、強すぎるため、長時間使用すれば身体が崩壊して死んでしまう。
諸刃の剣ではあるが、赤ん坊が大人に勝てる程度には強くなれる。
今の状態では制限時間が厳しいが、エルメスの能力を使いソラの肉体……栄養を触媒として、一時的に身体を成長させたので、それなりに戦う時間は確保出来ている。
今回使ったアクマの能力は、魔力の操作に特化していて、一対一での戦闘に向いている。
白いローブは死神が纏っていそうな黒くてボロイ外装となるが、対物対魔ともに優れている。
ついでに翼を出さなくても飛ぶことが出来る。
杖もクシナヘナスが持っている大鎌と似たようなものになり、能力もほぼ一緒である。
だからだろう。大鎌を大鎌で受け止めたら、クシナヘイナは驚愕して目を見開いたまま固まった。
このまま一気に止めを刺しても良いが、今はまだ早い。
折角アルカナを使ったのだ。
もう少し楽しまなければ。
「そん……な」
「これで終わりですか? ならば、神も大したこと無いみたいですね」
「――舐めてんじゃないわよ!」
大鎌を翻し、クシナヘイスが距離を取ると、空から黒い柱が降りてくる。
――ちょこっとアカシックレコードを見た感じ、触れたら最後、全身が押し潰されて死ぬ魔法となっているな。
接近戦が失敗したから強力な魔法を使う。
間違ってはいないが……。
「悪魔の鎌は骨を断つ」
黒い斬撃を空へと飛ばし、距離を取ったクシナヘイスへ特殊な魔法を飛ばす。
その魔法の名は戯れの嘘。
殺傷能力はあまりないが、魔力を乱す効果がある。
神にどれ位利くか分からないが、楽しむならば丁度良い。
何回かは大鎌で切り裂くが、直ぐに防がず避け始め、地面から俺目掛けて黒い鎖が迫ってくる。
器用なものだが、大鎌で斬れば端から白く染まり始め、俺の支配下となる。
魔法の体系は違うが、魔力を使っている以上、乗っとることも出来る。
ついでに、門から出てくる魔物も面倒だし、先に壊しておこう。
「亡伐」
大鎌に巨大な魔力の刃を纏わせ、一薙ぎする。
それだけで、全て消え失せる。
『残り五分です』
おっと、少々遊び過ぎてしまったか。
乗っ取った鎖と戯れの嘘を消し、大鎌を横に構えて突っ込む。
直ぐにクシナヘナスは待ち構えようと大鎌を構え、強力な魔法を絶え間無く放つ。
この世界の魔法ならば、一度に一種類が限度だろうに、流石神と言ったところか。
さっきと立場が逆だが、俺とクシナヘナスとでは違う点がある。
「なっ!」
捌ききれない魔法を、左腕を犠牲にして処理する。
肘より先が吹き飛び、血肉が散乱するが、この程度の痛みはとうに馴れた。
瞬時に腕を回復させ、空を踏んで加速する。
足の骨が砕け、鈍い音を奏でる。
加速したことでクシナヘナスは間合いを読み焦り、大鎌を振るう。
だが、俺の方がほんの少しだけ速い。
スルリとクシナヘナスの大鎌を掻い潜り、大鎌を振るいながら通り過ぎる。
「……馬鹿……な」
クシナヘナスはそれだけ呟き、地へと墜ちていく。
鎌と言えば、落とすのは首だ。
まあ神ならば首を落としたところで死なないかもしれないが、この大鎌ならば問題ない。
魔力の通り道をズタズタに切り裂き、ついでに魔力も根こそぎ喰らった。
魔法を使えない神など、人と変わらない。
『丁度時間です』
(まだ五分経っていないと思うが?)
『その身体で壊れるくらいの魔力を使えば、その分リミットが早くなるのは必然です』
少々テンションが上がりすぎて、身体を酷使し過ぎたようだ。
解放してから使った魔法は、どれも通常時で使おうとしたら、頭が破裂する位だからな。
まあ丁度戦いも終わったし、問題ないか。
通常時に戻り、身体が萎む。
そして世界が崩壊した。
2
元の場所に戻り意識が戻ると、クシナヘナスがテーブルに頭をつけて項垂れていた。
「まさか……本当に負けるだなんて……」
「母様。あれは無理だ。我ならば初手で死んでいる」
そんなクシナヘナスを、ヨルムが頭を叩きながら慰めている。
『……遊びすぎだよ。いくら肉体じゃないからって、ダメージは蓄積するんだからね?』
(分かっているが、折角この世界でまともに戦える機会だったからな。少しは許してくれ)
無理した反動なのか、座っているのに身体が重く感じる。
動けない事はないので、問題はないが……思いの外楽しめた。
しかし、戦いの最中身体は不調どころが絶不調もいい所だった。
魔力の通りは悪いし、身体も思っていたより動いてくれなかった。
それもあって魔力のゴリ押しをしてしまったわけたが、まあ楽しめたし良いだろう。
「お疲れさまです。中々楽しめました」
「…………異界では、あなたの様な存在が沢山居るのですか?」
難しい質問だが、アルカナ解放と言っても、今回は全盛期の七割位だった。
七割の状態で言えば、最低でも四人には勝てないだろう。
四人共日本の魔法少女であり、日本ランキング1位である魔法少女楓。
日本ランキング2位である、魔法少女フリーレンシュラーフ。
そして元3位の魔法少女桃童子と、7位の魔法少女ブレード。
ここら辺の魔法少女にはまず勝てないだろう。
全員チートみたいなものだしな。
「最低でも片手の数程度は居ると思います。まあ、私も全力とは程遠い状態ですので、今の状態ならばと頭に付きますが」
因みにアルカナの同時解放すれば、全ての魔法少女を相手にしても勝つ事が出来るだろう。
問題としては制約が多すぎるのと、制限時間があること位だろう。
項垂れていたクシナヘナスは頭をゆっくりと上げ、大きなため息を吐く。
「どうしてあなたの様な存在が……しかし、まさか本気を出して負けるとは思いませんでした。貴女でしたらヨルムを任せる事が出来そうです」
「勝手に契約されたことに関しては思う所がありますが、この世界に居る間は、最低限面倒をみましょう」
「我は一応魔物の中では高位な存在なのだがな……」
高位と言っても、俺とクシナヘナスとの戦いの第一ラウンドに巻き込まれていれば、一瞬で消し飛ぶ程度の存在だ。
「強くなりたいとの事ですが、本当にそれ以上強くなる必要はあるのですか? 私に勝てたのでしたら、おそらく他の神にも勝てちゃいますよ?」
「あの状態から、更に五倍ほど強くしても勝てない相手と戦わなければならないのです」
「……この世界が平和で良かったとしみじみと思える言葉ですね。戦ってみた感じですが、能力的な強さを鍛えるというよりも、根底の部分。身体や精神などに重きを置いた方が良いとおもうのですが…………少し考えさせてください。後程ヨルムを通して連絡します」
神様に会って強くなる方法を探る予定だったが、これから先大丈夫だろうか?
まあ最低でも数年は身体の回復を待たなければ本気で戦えないし、気長に待つとしよう。
まだまだ、この世界での生活は始まったばかりだ。
「分かりました。用が済んだので帰ろうと思いますが、ヨルムはどうしますか?」
「少々この子に用事があるので、ヨルムを持って帰るのはお待ちください」
…………チッ。早くコーヒーの種を埋めたいのだが、仕方ないか。
「分かりました。それでまた機会がありましたら」
「ええ。今度は負けないように、私の方も頑張らせていただきます」
最後にクシナヘナスは、良い笑顔を浮かべて見送ってくれた。
どうやら、神様に火を点けてしまったようだが、強い相手は大歓迎だ。
今度はアルカナを無しで勝てる方法を考えるか、フユネを使って戦ってみるとしよう。
「次を楽しみにしておきます」
「ええ。それと他の神に会ったら、宜しく言っておいてね」
転移してメイド長の部屋に帰ってくると共に、膝から崩れ落ちる。
座っている時は大丈夫だったが、やはり思っているよりもダメージを受けているようだな。
基本自爆ダメージだが、今日はもう休むとしよう。
流石に疲れてしまった。