第34話:魔法少女クッキング
「……」
「……」
午後の帝王学の勉強を終え、ヨルムを伴って食堂に行くと、コック達が落ち込んでいた。
物凄く中に入りたくないが、命令されている手前諦めるしかない。
一応コック達とは知らない仲ではないが、一体メイド長に何を言われたんだ?
「失礼します。メイド長に言われて来ました」
「ああハルナか……メイド長から話を聞いているよ」
厨房に入り、コック長に頭を下げる。
コック長の名前は…………まあ気にしなくて良いだろう。どうしても名前で呼ばなければいけないときは、アクマが思い出させてくれる。
「メイド長が無理を言ったみたいですね」
「あの人に逆らえんさ。だが、それはそれとして先ずは一品何か作ってくれ。話しはそれからにしよう」
「分かりました」
気は進まないが、言われた通り何か作るとしよう。
あんまり歓迎されていない雰囲気だが、こればかりは仕方ない。
これで俺が不味いものを作れば…………止めておこう。話が拗れるだけだ。
コック長に言われた通り、先ずは力量を示さなければな。
そうすれば、この空気も変わるだろう。
食材は良いとして、俺の使っている調味料はアクマの保管している奴を使っているので、此処で使うことは出来ない。
だがこんな時のためのアクマだ。代用できる調味料を聞けば、教えてくれるだろう。
とは言っても、何を作るか……。
『ハンバーグが良いです。あの肉を使えば丁度良いと思うです』
珍しくエルメスが話しかけてきたが、なるほど。ひき肉にすれば硬いあの肉も食べやすくなるだろう。
出所はあれだが、この世界の食材だし使っても問題ない。
「ヨルム。部屋の冷蔵庫に、アースドレイクの肉塊があるので取って来て下さい」
「うむ」
「アースドレイク? 聞いたことが無いが……」
コックがA級の魔物を知ってる訳ないか。
(アクマ)
『冷蔵庫の中に出しといたよ』
(どうも)
ヨルムが帰ってくるまでに、下準備を済ませてしまおう。
「少々魔法を使いますので、あまり動かないで下さい」
「あ、ああ……」
服の中にしまっている鎖の他に、数本追加で鎖を出す。
何度も厨房には来ているので、何所に何かあるかは把握している。
つまりだ……。
「あ、何だこれは!」
「うわ!」
「ひぃ!」
フライパンにボール。油にパン。他諸々を鎖で調理台の上に置く。
『左から三番目と五番目。それから後ろの七番目と八番目ね』
(了解)
調味料の類をアクマの指示で準備し、ヨルムが帰って来るまでにソースと付け合わせの準備をする。
今回作るのは某レストランでもよく見る、デミグラスハンバーグだ。
デミグラスソースなんて作ったこと無いが、混ぜ合わせてちょい煮込むくらいなので、アクマのレシピ通りに進めれば問題ない。
ついでに付け合わせ用のフライドポテトと、コーンのバター焼きを作る。
「持って来たぞ」
「ありがとうございます」
流石にフードプロセッサーは無いので、人力で挽き肉にしなければならない。
かなりの重労働となる作業だが、鎖が有れば問題ない。
良い感じにグチャッとしてから調味料と混ぜ合わせ、その間に鍋でデミグラスソースを作りながら、ジャガイモを切り分けとトウモロコシから粒を剥がす。
フライパンを温めて、作ったタネを焼きながらジャガイモを揚げる。
デミグラスソースの仕上げに赤ワインを入れ、後は軽く煮込めば出来上がるだろう。
ハンバーグが焼きあがる前にバターでコーンを焼き、全てを盛りつけて最後にデミグラスソースを掛ける。
「ほとんど調味料を使っていないぞ……」
「肉をあんなぐちゃぐちゃにするなんて……」
「だが、凄い手際だ……」
「あのソース……良い匂いだ」
見学しているコック達を放置し、 あっという間に完成である。
この国は大量の香辛料や香草などの、調味料を使って作る料理が主流である。
複雑な味わいではあるが、それ故に素材の味を活かしきれていないとか。
分かりやすく言えば卵かけご飯に、醤油以外に塩やバジル。ターメリックに生姜等を入れている様なものだ。
不味いわけではないが、何とも言えない味となる。
全ての作業を並行して進めたので、時間はそれほど掛かっていない。
「とりあえず完成となります。食べてみて下さい」
厨房に居るコックは五人と、たまに手伝いをしているメイドの二人。
二つ作ったので、四等分すれば全員食べられる。
一切れは余るが、それはヨルムの分だ。
待っている間にメイドから餌付けされていたが、ヨルムなら問題なく食べられる。
「う、美味い! 肉のうま味が口の中に広がり、柔らかいのにしっかりと歯ごたえがある。そして肉のうま味をこのソースが包み込み、肉特有の臭さをほとんど感じない」
「付け合わせのジャガイモにソースを絡めて食べるとかなり美味いぞ」
「バターだけだが、コーンの甘みが滲み出て、幾らでも食べれそうだ……」
ふむ。どううやら問題なさそうだな。
味見をしていないが、分量自体はアクマが教えてくれた通りなので、俺が焦がしたりしない限り、大丈夫だ。
アースドレイクの肉は堅いのでかなり念入りに潰したが、それでも程よく歯ごたえがあるみたいだな。
「いや……どうなるかと思ったが、ハルナの腕は確かに見事だ。初めて見る料理法や味付けだったが、一体どこで?」
「私の故郷の物です。この国とは違い、素材本来の味を活かす味付けが特徴でして、調味料はなるべく使わないようにしているのです」
それでもハンバーグは沢山の調味料を使うのだが、この世界に比べれば少ない。
個人的にどちらかと言えば和食が好きなのだが、流石に難しいのが多いので今回は保留となる。
「そうなのか……俺はこの国から出た事が無いが、そんな料理法があるのだな」
「料理は国を表すというので、尊重するべきだと思うのですが……」
「いや、これだけ美味いのならば、メイド長が推すのも分かる。すまないが、色々と教えてくれると助かる」
コック長が頭を下げ、それに続くようにコック達が頭を下げる。
コック達は知らないが、一応コック長は子爵家の三男だった気がするが、何とも腰が低いな。
まあ素直な人間は、嫌いではない。
「わたしもあまり知っている訳ではありませんが、しばらくの間よろしくお願いします」
とりあえず今日の夕飯はハンバーグで良いだろう。
ついでにアースドレイクの肉も、こっそりと消化してしまおう。
まだまだ沢山有るからな。
「今日は今作ったハンバーグとをメインとして、サイドを数品作りましょう。メインであるハンバーグは……コック長と副コック長で作りましょうか。分量は教えますので、後はやりながら覚えていきましょう」
「おう」
「分かった」
さてと、頑張るとするか。
1
ハルナ達が部屋から去り、ベッドで疲れを癒していたリディスは、ふと時計を見る。
十九時に丁度なった所であり、ハルナとの勉強を終えてから三時間経っている。
ハルナが屋敷に来てから毎日全力で生きているリディスは、昔よりも沢山食べるようになった。
それなのに体重は殆ど変わらず、それどころか筋肉が増えてきたため、全体的に引き締まっている。
「お腹……空いてきたわね」
大体十八時半から二十一時位まで東館の食堂は開いており、その時間内ならいつでも夕飯が食べられる。
メニューは決まった物だけだが、味は悪くなく、お代わりも出来るので、沢山食べる事が出来る…………のだが。
「本当に大丈夫なのかしら?」
いつもならご機嫌に食堂へ向かうリディスだが、今日に限っては二の足を踏んでいる。
その理由は、ハルナのせいだ。
何をとち狂ったのか、メイド長がハルナに食堂で料理を作るように命令を出した。
ハルナが悪魔だと知っているリディスには不安しかなく、食堂に行こうか行くまいか悩んでいる。
「…………グギュウ」
腹から音がし、リディスはベッドから起き上がる。
悩んだ所で、何か食べなければ、明日の訓練で死ぬことになる。
仮に不味い物が出れば、パンだけを食べればいいのだ。
「行くか」
軽く身嗜みを整えて、食堂へ向かう。
既にリディスは慣れてしまっているが、本来ならば使用人に言って持ってこさせるのが普通だ。
学園に行けば今リディスがしている様に自分の足で食堂に行き食べる事も出来るが、基本的に使用人や他の生徒に持ってこさせる貴族が多い。
食堂が近くなると、仄かに良い匂いが鼻を突く。
食堂から出て来たメイドや執事達は皆笑顔であり、リディスの不安が少し和らぐ。
料理の受け取り口に並ぶと厨房の中が見え、見慣れた鎖がうねうねと動いていた。
顔が引き攣りそうになるのを我慢しながら隣のメイドを見ると、何故か柔らかい笑みを浮かべていた。
一体全体自分が居ない所で、ハルナが屋敷で何をやっているのか気になるが、今は夕飯だ。
食べている者達を見れば、何やら茶色いソースが掛かった塊をパンと一緒に食べている。
美味しそうに食べているので大丈夫だろうが……。
「リディスか。お前にはこれを追加しろとの事だ」
「……そう」
何故かヨルムから料理を受け取ったリディスは、肉の入った小鉢を一緒に渡される。
色々と言いたい事はあるが、此処で本性を表す程リディスも馬鹿ではない。
厨房にはヨルムもハルナと共に居て、盛り付けや配膳の手伝いをしている。
料理と、取り放題のパンを三つ持って、リディスはテーブルに着く。
(匂いは良いわね。周りの話を聞いている感じ、肉料理みたいだけど……)
ナイフで一口サイズに切り分け、ゆっくりと口へと運ぶ。
口に入れた瞬間に肉がほどけ、肉汁が広がりだす。
ソースの甘味と混ざり合い、これまで味わったことのないハーモニーを奏でる。
(……物凄くと言うか、これまで食べてきた中で、一番美味しいわね)
悪魔の癖にと思いながらも、パンを食べる。
ソースの味が濃いのもあり、パンと良く合う。
軽くパンを一個平らげると、小鉢に入ってる肉が目に付く。
リディスが先程食べたハンバーグと違い、此方は肉らしい肉の見た目をしている。
ゴクリと唾を飲み込んでから、フォークを突き刺す。
ほとんど抵抗なく肉へと刺さり、一思いに食べる。
「――美味しい」
思わず言葉が出るくらいおいしく、チラリと厨房の方を見る。
悪魔とは人間を踊り食いするような悪食で、料理なんて文化はない。
そう、本に書かれていた。
なのに、これは何だ?
(今度何か作って貰おうかしら? …………いえ、あれが素直に言う事を聞くわけないか)
ハルナとリディスはただの契約関係であり、主従関係で言えばリディスが主だが、最後は寿命を喰われる運命である。
悪魔を召喚した事を、間違いだとは思っていない。
もしもあのまま何もしていなければ、待っていたのは最悪の未来だ。
ならば、長生きできないとは言え、今の状況はそう悪い物でもない。
リディスはもう一個パンを平らげて、学園の事を思う。
既に入試の事については問題ないだろうと高を括っているが、リディスは一つ忘れていたことがあった。
学園には自分を落ちこぼれと貶し、罵ってきた者も来るのだ。
リディスは世間一般的に言えば、コミュ障だ。
少し不安になって来たリディスは、ハルナの美味しい料理を食べて全てを忘れる事にした。