第33話:お勉強タイム
再び起き上がったリディスが、更に再び気絶するまで追い込み、午前の訓練は終わりとなる。
何度か泣きそうになりながら……泣きながら視線を寄越して来たが、全て無視しておいた。
これだけ痛い目に遭えば、これから先ちょっとやそっとでは弱音も吐かなくなるだろう。
学園に入学後リディスには、適当に王子を引っ掛けてもらわなければならない。
それが一応バッヘルンとの約束だからな。
まあ、その頃には俺は既に此処から居なくなっているので、結果がどうなっても問題ない。
決裂しようが公爵家が反乱しようが、どうでもいい。
『ふふふ』
……何故かアクマが笑っているが、無視だ無視。
「もうそろそろ帰りましょう。昼食の時間になりますからね」
「そうか……中々面白かったのだが、仕方ない」
剣をヨルムから返してもらい、アイテムボックスに入れる。
全身が土で汚れて、ぼろきれの状態のリディスを洗濯して、綺麗にする。
何度も骨の折れる音が響いたが、その度に直ぐ治療していたので、肌も真っ白である。
起こすのは、屋敷に戻ってからで良いだろう。
「何か食べたいものはありますか?」
「唐揚げが食べたい」
「なら、今朝の肉を唐揚げにしましょう。多分美味しいはずです」
「それは楽しみだな。早く帰ろう」
変身を解いた俺が鎖でリディスを吊り上げる前に、ヨルムが率先して気絶しているリディスを担ぐ。
そして、部屋まで転移で戻ってきた。
リディスをベッドの上にポイと投げ捨てたヨルムは、俺の手を引いてずいずいと歩き出す。
一体どれだけ楽しみにしてるんだよ……。
1
「やはり美味しいな。いつもより味がしっかりとしている」
「それは良かったです」
メイド長の部屋に戻り、油を温めている間に米を炊き、小麦粉を溶いて衣の準備を始めた。
鎖を使用することで、一人でも数人分の作業を並行して行うことが出来る。
主にヨルムを弄り倒していたおかげで、精度は更に上がっている。
今ならば、卵を割る事すら出来るだろう。
ニコニコのヨルムと昼食を食べ終え、軽く紅茶を飲んで時間を潰す。
「ヨルムの母親の件ですが、問題ないなら明日なんてどうですか?」
「大丈夫だろう。一週間くらいは家に居ると言っていたからな」
家ってのは、あの山の穴倉か。
そう言えば、あの時は気にしていなかったが、人が出入りするような、玄関っぽいのがあった様な……。
ドラゴンらしい宝物庫に気を取られていたせいで、ほとんど意識していなかった。
「因みに、ヨルムと母親ではどちらが強いですか?」
「母様だ。まだ一度として勝てたことがない」
「それはそれは……」
楽しみだなぁ。
「母様はとても強く、我の剣も一応母様が教えてくれたものだ。必要ないと我は思っていたが、覚えておけと言われてな」
「種族を考えれば、確かに必要性を感じませんねそもそもヨルムの鱗を突破できる存在の方が稀でしょうし」
「……今は必要だと思っているがな」
個人的にはドラゴン状態のヨルムの方が、倒しやすいからな。
力には力でどうにかなるが、技術ってのは中々に厄介だ。
同程度の力量なら、技量が高い方に軍配が上がる。
今の俺は剣に限って言えば、どちらもヨルムに負けているので、勝つことが出来ない。
まあアルカナやフユネを使えばその限りではないが、これらは俺の力であって俺のではない。
俺個人の力など、ちっぽけなものだ。
「本当は私がリディスに剣を教える予定でしたが、どうやら私には才能がないみたいですからね」
「ハルナの剣は、殺意が高過ぎるのだ。その癖致命となる攻撃をしないようにしているせいで、太刀筋を読むのは容易い」
「……」
殺し合いならともかく、訓練である以上本当に殺すことは出来ない。
シミュレーション……架空の戦いならば躊躇しないが、流石に死人を生き返らせる事は出来ないので、中途半端になっている。
魔法もそうだが、正直手加減は苦手だ。
なので、言い返すことが出来ない。
殺しに慣れすぎた弊害だとも言える。
「ハルナが何やら隠しているのは契約のパスで分かっているが、何がどうしてこんな化け物が生まれたのか……」
まあ実質的に人とは言い難い状態だから、化け物と言われても仕方ない。
実質的に不老だからな。
たが……。
「それは私に喧嘩を売っているのですか?」
「そそそそんなわけなかろう! 我はハルナの事を客観的に評価しただけだ! そんなつもりは毛頭ない」
アタフタとヨルムは言い訳を並べながら、若干涙になる。
少し凄んだらこの変わりようなので、俺によってボコボコにされたのがトラウマになっているのだろう。
個人的に、本気状態のヨルムとは一度と戦ってみたいと思っているのだが、魔法少女の状態で戦おうとすると嫌がるのだ。
「そうですか……」
「……なに残念そうにしているのだ。それより、もうそろそろ時間ではないか?」
言われてみれば、既に結構良い時間になっているな。
一般的な常識面は駄目だが、長く生きているだけはあり、技術的な知識をヨルムは豊富に持っている。
そのため、ついつい話し込んでしまうのだ。
「それでは行きますか。勉強に終わりはないですからね」
「うむ。学ぶことは大切だからな」
紅茶を飲んでいたカップなどを全て片付け、シャワーを浴びてから部屋を出る。
昼過ぎな事もあり、それなりの数の使用人とすれ違い、幾つかのお菓子を貰う。
慣れてきて感覚が麻痺している気がするが、ここの使用人はお菓子を持ち歩くのが普通なのだろうか?
まあ険悪な仲になるよりは良いだろうが、子供扱いされるのはやはり気に食わない。
ヨルムと共にリディスの部屋に入ると、リディスがベッドの上でうつ伏せになっていた。
服を着替えているので、起きて昼飯も済ませているだろ。
鎖でヨルムを持ち上げ、リディスの上から落とす。
「うげぇ!」
令嬢らしからない悲鳴を上げながら海老反りをし、再び布団に顔を埋める。
そして動かなくなった。
「勉強の時間ですよ」
「起こしかたってものがあるでしょ……」
「中々におもしろかったな」
恨み言を呟きながら、リディスは背中に乗っているヨルムを振り落として起き上がる。
「今日は入試の復習をしましたら、入学後の勉強をしましょう」
「良いけど、教材はあるのかしら?」
「勿論です」
たまにはゼアーを使わなければならないので、一年生の時に使う教材を一通り取り寄せた。
学園の授業は共通授業と選択授業の二つがあり、学年が上がることに共通授業は減っていく。
共通授業とは入学の試験にある座学の事を指し、選択授業は沢山の種類がある。
広義では部活みたいなもの。或いは大学の講義の様なものだ。
一定数の単位を取得しなければ、進学や卒業が出来ない。
選択授業の中には教材が無いのもあるが、とりあえず教材が有る選択授業の物は全て用意してある。
「何か受けてみようと思っている授業はありますか?」
「……帝王学や戦略科とか?」
疑問形なのは良いとして、令嬢としてそれはどうなのだろうか?
乗馬や作法ならともかく、何を目指しているんだ?
まあどちらも教材はあるので、学ぶことは出来るか。
人の上には立つ気は無いし、実質核兵器以上の魔法を連発出来るので、俺にとってはどちらも必要ない学問だ。
学問として帝王学は少し気になるが、戦略は俺には関係ない。
正確には俺の戦いは俺のものだ。誰かと一緒に戦うなど、あり得ない。
邪魔をするならば、そいつはもう敵だ。
国でも神だろうが、変わりはしない。
「なら、復習が終わったら、帝王学を学んでみますか。私も学問としては興味があるので」
「悪魔って人を支配するよりも、滅ぼす側の存在よね? なのに興味があるの?」
「悪魔とて馬鹿ばかりではありませんからね。国と同じく、王の下に存在しているのです」
悪魔は地獄……正確には魔界に存在しており、独自の文化を持っている。
そこには七人の強大な悪魔が存在しており、一応統治をしている。
悪魔召喚で呼ばれるほとんどの悪魔は、知能が低く、所謂下級や中級と呼ばれる存在だ。
そして、魔界があるように天界も実は存在している。
創造神。俺達から言わせれば、管理者であり、その下に世界を管理している十人の神が存在している。
世界の管理と言っても、基本的な仕事は部下の天使たちが行っている。
因みに上級以上の悪魔が地上に現れた場合は、天使が出動する取り決めになっているとか。
世界の裏事情は今の所関係ないが、元の世界で言う妖精の国的な物があるって事だ。
そんなわけで帝王学の教科書を取り出しておき、入試の復習をする。
とは言っても、リディスは元々勉強していただけあり、ニアミスしない限り失点する事は無いし、俺は常識を学ぶついでにやっているだけだ。
ヨルムもドラゴンなだけあり、記憶したことはほとんど忘れない。
ゼアーが用意してくれた過去問を、解いていくだけだ。
一応誰が一番早く解けるかと競っているが、最初こそヨルムが一番遅かったが、今は一番ヨルムが早く、基本満点だ。
書く速度が人間より速いのと、頭の処理速度の問題だろう。
俺も魔法有ならば勝てるかもしれないが、地ではどう足掻いても勝つ事が出来ない。
そして当たり前だが、毎回ビリはリディスである。
とは言ってもこればかりは仕方のない事だ。
精々学園で頑張ってってほしい。
「……入って良いわ」
ニ時間程度で全て解き終わりざ採点をしていると、扉を叩く音がした。
速度も得点も負けていたリディスは奇妙な動きをしていたが、ピタリと動きを止めて、凛とした声を出す。
「失礼します」
部屋に入って来たのは、メイド長ではなく、執事長であるジャックさんだった。
メイド長はどうしたのだろうか?
「なに用かしら?」
「いえ、ハルナに用がありまして。どうやらゼルエルが無理を言った様でして。その謝罪に伺いました」
「つまり、コックには教えなくて良いと?」
「いえ。それは無理かと。朝一で脅していましたので」
ですよねー。
「代わりと言っては何ですが、私が叶えられる範囲でしたら、一つ願いを叶えましょう」
ゆったりとした動作で頭を下げた後、申し訳なさそうに笑う。
願いねぇ……。
ジャックさんがゼルエルさんほどの猛者ならともかく、年相応に老いてしまっている。
(何か良い案でもあるか?)
『そうだねー……後ろ盾……出かける時用の身分証になるものでも用意してもらえば?』
ふむ……確かに悪くないな。
何かあった時に、身分を証明できるものがあれば、問題を未然に防ぐことが出来るだろう。
身分制度があるのだし、一々傲慢な輩や貴族に構うのも面倒だ。
そうならないのが望ましいが、俺の不幸体質を考えれば、問題が向こうからやってくる。
俺がしたいのは戦いであり、無益な殺生ではない。
「でしたら、外出時に身分を証明できるようなものをお願いします。名目上、私は存在していませんので」
「……その程度でしたら問題ありません。明日にでも用意しておきます」
何故かジャックさんは落ち込んだ様な雰囲気を出し、最後に一言言ってから出ていった。
そして入れ替わりでメイド長が、夕方には食堂に行くようにと命令して去っていた。
「……あなた、何しているのよ」
「少々料理を作りましたら、メイド長に気に入られまして。今夜から料理をコック達に教えるようにと」
「えー……」
嫌そうにリディスが声を上げるが、今日のお前の夕飯の一部を作るのは、俺だからな?