第30話:実戦。そして
ハルナから逃げるようにして走り出したリディスは、これから戦う事になる魔物であるアースドレイクの情報を頭の中で纏める。
魔法が使えないならばと、勉強ばかりしていたリディスはそれなりに博識であり、様々な分野に精通している。
どんな攻撃をして、どんな行動をするのかを思い出すが、一つだけ問題がある。
(私は勝てる。私は勝てる。私は勝てる)
これまでリディスは、家族や他の貴族から貶されてきたため、自分に全く自信がない。
見返して、上に立ちたいと野心はあるものの、身体に沁み付いた劣等感は簡単には拭えない。
しかもこれが初めての実戦……殺し合いである。
ヨルムが言っていた広場に出たリディスは、アースドレイクを見て思わず唖然としてしまう。
身の丈を優に超える体格に、如何にも狂暴そうな顔。
何よりも、口から滴っている血だ。
アースドレイクは丁度食事中であり、大型の獣を食べていた。
リディスをチラリと見るも、まるで興味が無いのか、再び獣を食べ始める。
(落ち着くのよ……私ならやれるはずだわ。あのヨルムよりも弱いんだから、絶対勝てる……はず)
震える手でギュッと杖を握り、アースドレイクへと向ける。
「炎よ。敵を貫け!」
魔法陣から放たれた炎の矢は真っすぐに飛んでいくが、アースドレイクの尻尾により打ち消されてしまう。
「グラァ……」
流石に攻撃されたとあっては、アースドレイクも黙ってはいられない。
低く、地面を揺らすような咆哮がリディスへと向けられ、明確な殺意がアースドレイクの眼に宿る。
足が竦み、今にも崩れ落ちそうになるリディスだが……。
何かがプツリと、頭の中で切れた。
足の震えは止まり、直ぐにでも襲ってきそうなアースドレイクを冷静に見据える。
リディスは小心者で泣き虫でなよなよしていて軟弱だが、悪魔召喚を決行するような度胸や根性が備わっている。
アースドレイクの突進を跳んで避けた後、再び杖を向ける。
「小さき紅蓮の炎よ。大地を砕け」
アースドレイクの腹の下で爆発が起こり、思わず苦悶の声を上げる。
傷自体は小さいもので、致命傷には程遠く、アースドレイクを怒らせるだけの結果に終わる。
口を大きく開けたアースドレイクは、口から岩を吐きだそうと構える。
A級に分類されるだけあり、アースドレイクは土属性の魔法を使える。
しかも威力はどれも高く、当たれば防御していても致命傷になりえる。
「小さき紅蓮の炎よ。大地を砕け」
だが、リディスは臆することなく、再び魔法を唱える。
アースドレイクの大きく開かれた口に向けて。
プチ・エクスプロードは、現在リディスが使える魔法の中で、一番火力がある魔法だが、アースドレイクの鱗を破壊するには威力が足りない。
それは最も柔らかいはずの腹にでもだ。
使おうとすれば、プチ・エクスプロードより強い魔法も使えるが、今のリディスはそこまで頭が回っていない。
口の中に起きた爆発により、アースドレイクは一瞬何が起きたのか分からず、痛みに苦しむ。
「小さき紅蓮の炎よ。大地を砕け」
三度目の爆発は、アースドレイクの顔で起き、思わず目を閉じる。
痛みに抗う様に暴れながら、意味もなく咆哮を上げる。
ダメージ自体はあるが、やはり致命傷には程遠い。
思わず食いしばるリディスだが、頭の中に何かが語り掛けてきた。
『私を使え』
それはハルナから送られ、リディスが契約した剣の声だったのだろう。
これまでリディスは、剣なんて握った事は無い。
けれども、何となく自信の様なモノがあった。
杖を消し、スラリと剣を引き抜く。
実用性だけを求められた剣は、芸術品の様な輝きを放ちながらも、早く血を啜りたいとばかりに脈動しているようにも見える。
剣に魔力を通したリディスは、暴れまわっているアースドレイクの首の下まで一気に接近する。
狙いは、首の切断だ。
暴れている今ならば斬る事も可能だが、もしも失敗すれば、リディスはアースドレイクの爪で引き裂かれるか、巨体に吹き飛ばされて死ぬだろう。
ギリギリまで接近したリディスは、アースドレイクに向かって――跳んだ。
ハルナに無理やり走らせられ、プチ・エクスプロードを三回も使ったため、既に魔力を尽き掛けている。
『唱えろ』
「一ノ太刀!」
導かれるかの様に剣を横に振り抜きながら、アースドレイクの横を通り過ぎる。
剣を振り抜いた事でほとんどの魔力が無くなり、足から着地出来ず、転がるようにして地面へと倒れ込む。
鎧を着ていたおかげで大した怪我はないものの、 もう一歩も動くことは出来ない。
もしも倒せていなければ、絶体絶命のピンチだろう。
しかし、リディスは慌てることなく、ゆっくりと首を起こす。
先程まで響いていた咆哮も、地面を揺らす足音も聞こえない。
「ふ……ふふ。やったわ……やってやったわ……」
冷静になったリディスは、今更になって全身が震え始め、思わず引き攣った笑みを浮かべる。
リディスの前には首が切断され、所々黒焦げたアースドレイクの死体が転がっていた。
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「三十点」
「二十五点じゃな」
『五点だね!』
リディスとアースドレイクの戦いだが、酷いこと酷いこと……。
馬鹿の一つ覚えみたいにプチ・エクスプロードを撃ちまくり、最後は剣で何とか倒す。
あまりにも無駄があり、雑な戦い方だ。
あの程度の魔物ならば、もっと楽に倒すことが出来る。
水で濡らした後に雷の魔法を使っても良いし、口を開かせてから氷で貫いてもいい。
魔法とは使いようであり、威力があるから強いとは限らない。
まあ魔女という例外や、一定以下の魔力の持ち主を問答無用で凍らせる、化け物みたいな魔法少女も居るがな。
因みに俺とヨルムがアースドレイクと戦う場合、ワンパンで終わるだろう。
倒し方は別として。
しかし、魔物が死んでも姿が消えないとは、何となく違和感があるな。
俺の世界では魔物は倒せば魔石に変わり、燃料としての価値しかなかったな。
血が斬られた断面から流れている様は少々グロいが、既に生き物を殺すのた体験済みなので、それ以外の感想は無い。
……いや、待てよ。
「ヨルム。魔物って食べられるのですか?」
「種類によっては食べられるが、我とハルナでは胃の性能が違うので、何とも言えん」
なるほど。俺とてコブリンや昆虫系の魔物を食べたいとは思わない。
アースドレイクは名前の通り、ドラゴンの下位種であり、ドラコンと言えば美味しいと相場が決まっている。
折角の異世界だし、食べてみる価値はあるだろう。
――ああ。こんな時のアクマだな。
(あれって食べられるのか?)
『アースドラゴンの肉は固いけど、煮込むと美味しいらしいよ』
ふむ。それなら討伐証以外の部位は、保管しておくのもありだな。
煮込み料理なんて高度な料理はやった事ないが、どうにかなるだろう。
さてと、もうそろそろ寝っ転がったまま動かないリディスを回収するか。
「お疲れ様です。とりあえず勝てたようで何よりです」
「ととと当然でしょ! わたたたたしだって、やれば出来るんだから!」
全く説得力が無いが、とりあえず倒したのは事実だ。
過程はどうあれ、結果としてほぼ無傷の勝利だ。
初戦としてみれば中々だろう。
「初めての魔物との戦いはどうでしたか?」
「えっ? ……そうね。あまりにも怖くて殆ど考えられなかったけど、私でも倒せちゃうとは思わなかったわ」
「魔法と武器が優秀ですからね。点数としては赤点ですが」
「だって初めてなんだから、仕方ないでしょ!」
ギャーギャー煩いリディスには鎖伝いで魔力を送り込み、ヨルムにアースドレイクの討伐証となる素材を回収してもらう。
魔力が回復したことでリディスは立てるようになり、多少静かになる。
最後にアースドレイクをアクマのアイテムボックスに収納し、これで魔物の討伐は終わりとなる。
後はあの町長に伝えて帰るだけだ。
「それでは行きましょう。帰るまでが訓練です」
「分かったわ」
「うむ」
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「討伐お疲れ様でした! どうぞお入りください」
町に着くと門番に怪訝そうな顔をされるが、討伐証であるアースドレイクの爪と魔石を見せると、綺麗な敬礼を見せてくれた。
再び屋敷の扉をノックすると、メイドが出て来たので町長の部屋に案内してもらう。
「こ、これはアインリディス様。その汚れは……怪我は大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません。魔物の討伐が終わりましたので、伺わせていただきました。此方が証になります」
人前なのでキリッとしているリディスの代わりに、町長にアースドレイクの魔石と爪を見せる。
「これは……」
「アースドレイクの魔石と爪になります。死体の方は焼却した後に、埋めさせていただきました」
「アースドレイク……そんな魔物が近隣に……。本当にアインリディス様が討伐になられたのですか?」
「はい。私や、此方のメイドは見ての通り武装していませんので、戦う事何てできません。戦いの跡は森の中にありますので、誰か向かわせてみるのも良いでしょう」
「そう……か」
リディスが一瞬凄い目で俺を見た気がするが、見た目から戦えるかどうかなんて分からないだろうから、信じる信じないも相手次第だ。
「あのアインリディス様が本当に……もしや、魔法を使えるようになられたのですか?」
「はい。一般的な魔法は使えませんが、固有魔法を使えるようになりました。それもあり、アースドレイクを倒す事が出来ました」
「なるほど、固有魔法ですか……幼い身でA級の魔物を倒せるとは…………本当にありがとうございました。今証明書を作成しますので、お茶でも飲んでお待ちください」
ささっとメイドが来た時と同じく紅茶を擁してくれたので、三人でいただく。
これでこの町もしばらくすれば、活気が戻る事だろう。
活気と言えば、まだリディスの住んでいる場所の街には一度も行っていないな。
屋敷から街までは若干距離があり、歩いて行くのは少々面倒なのと、行く理由か無いため行っていない。
屋敷の中に居れば欲しいものは大体手に入るし、俺にとっての娯楽とは戦う事だ。
珈琲が飲めるならともかく、用事か何かのついででなければ優先順位は著しく落ちる。
街に強者が居るならともかく、ゼルエルとヨルムが居ればとりあえず戦うことには事欠かない。
ただ、屋敷から出た後の生き方も、考えておかなければな。
ヨルムが居ればお金に困らないとはいえ、最低限自分で稼がなければ大人としての沽券に関わる。
ギルド……俺でも登録できるのだろうか?
或いは適当に魔物を狩って、売り払えば良いか。
「お待たせしました此方をバッヘルン侯爵様にお渡しください。この度は本当にありがとうございました」
腰の低い町長とメイドに見送られ、屋敷を出る。
これで後はバッヘルンに報告すれば終わりだが、折角だしもう少し遊んで行くとするか。
町がこれでは観光も出来ないからな。
「さて、これで今日の予定は終わりですが、もう少し実戦を繰り返すとしましょう」
「――えっ?」
「我も折角だし、遊ぶとしよう」
もう帰ろうとしているリディスを引っ張り、再び北門から出る。
動揺している門番を無視し、森を目指す。
リディスがまともに戦えるようになるまで、戦うとしよう。