第28話:今知りました
「起きろ。朝だぞ」
ゆっさゆっさとヨルムに揺すられ、今日も目が覚める。
そう言えばバッヘルンは、ヨルムの事について何も言ってなかったな。
もしかしてメイド長は、知らせていないのだろうか?
…………まあ養育費は払っているし、気にしなくてもいっか。
「おはようございます。何か食べたい物はありますか?」
「あの肉を揚げた奴を食べたいぞ。たしか唐揚げだったか?」
朝から唐揚げか……多少匂いが付くが、身体を洗って着替えれば良いだろう。
「分かりました。今日の用事はありますか?」
「ないぞ。何かあるのか?」
「リディスに実戦を経験させるために出掛けるのですが、どうしますか?」
「ふむ。面白そうだな。我も付いて行こう」
確かに面白い事になるだろうから同意するが、もう少し隠した方が良いと思う。
まあ俺しかいないから別に良いか。
ヨルムには食器やパンの準備をしてもらい、その間に鶏肉へ衣を付けて油で揚げる。
少しずつだが、ヨルムもメイドとしての動きが身に付いて来ているな。
この世界の一般的がどの様なものか分からないが、メイドとして働けるならば、どこでも生きていけるだろう。
メイドをやっていましたと言えば、最低限読み書きやマナーなどを知っていると思われるはずだ。
一種のステータスとも言える。
まあヨルムに限って言えば、金ならば財宝を売ればどうとでもなるので、働く意味は全くない。
しかし、人というものを知るならば、これ位が丁度良いのかもしれない。
さささっと朝食の準備を終えて、ヨルムとテーブルに着く。
「やはりハルナのご飯は美味しいのう」
「私が居ない時は食堂で取っているみたいですが、そんなに違いますか?」
「うむ。無駄に様々な食材や調味料を使っているせいか、味が行方不明になっているのだ。決して不味いわけではないが、我はシンプルな方が好きだな」
ふむふむ。確かにそんな感じの味だったな。
この国というか、この領内は食が豊かなせいか、様々な物を使った料理が流行? している。
良い事ではあるが、無駄に凝っている料理はたまに食べるから良いのであって、毎日食べていては飽きる。
まあ食が豊かなおかげで、俺の知っている食材は沢山あるので、唐揚げやグラタンを作る事が出来る。
俺の作れるレパートリーは少ないが、知識だけはアクマから仕入れる事が出来るので、親子丼や肉じゃがだって作ることは出来る。
話が逸れたが、貴族の食事がこうなのか一般な味がこうなのか、折角なので調べてみるとしよう。
折角外に出るのだしな。
「そうですか。美味しいのは良いですが、こぼさないように気を付けなさい」
「うむ。あのメイド長とやらが煩いからな」
唐揚げを食べる小気味良い音がしばらく響き、ゆっくりと朝を過ごす。
最後に紅茶で口の油を流し、身支度をする。
しかし、朝から油ものは少し胃に来るな……。
いや、精神的にそう感じているだけで、身体的には問題ない。
これでも身体だけは若いからな。
「それでは行きますか」
「うむ」
1
「おはようございます」
「おはよう」
昨日の今日なだけあり、リディスの機嫌はかなり良さそうだな。
折角だし、もう少し機嫌良くなってもらおう。
その方が落とした時の絶望が大きくなる。
「何か良いことでもありましたか?」
「そりゃそうよ! あの父様が私を認めてくれたのよ! リウスが話してくれたおかげもあるけど、ついに見返してやることが出来たのよ。頑張った甲斐があったわ」
今にも踊り出しそうな程喜んでいるが、多分バッヘルンのは哀れみもあるだろう。
リディスに魔物を討伐させると話しておいたし。
とりあえず予定通り、家族間の仲が多少修復出来て良かった。
「しかし入試で良い結果を出さなければ、また見限られる可能性があるのは分かっていますね?」
「勿論よ! 必ず首席入学して、私を笑っていた奴らをぶちのめしてやるんだから! ……あ、そう言えば母様がハルナの事を話していたけど、何かあったのかしら?」
「さあ。存じ上げませんね」
これから先、クエンテェにはなるべく会わないようにしよう。
着せ替え人形にされる度、俺の心は擦り減っていく。
仲直りできたのだし、次からはリディスを人形にすればいい。
どの世界でも、女性は面倒くさい。
「ふーん。まあ良いわ。それで、今日は何をするの?」
「今日は、とある依頼をこなしてもらおうと思います」
いつもの様に、鎖で宙ぶらりんにしているヨルムの手には、俺がバッヘルンから奪って来た紙が握られている。
ヨルムがスッと紙をリディスに差し出し、ジーと紙を見た後、二度三度と、紙と俺の顔を交互に見る。
先程まで歓喜一色だった顔は無色の真顔となり、「えっ?」「えっ?」と繰り返す。
「これ、私がやるの?」
「はい。推定なので実際何が出来るか分かりませんが、訓練には丁度良いでしょう」
「……私魔物と戦った事ないんだけど?」
「大丈夫ですよ。魔法が使えるならば、討伐できるはずですから」
物の見事に絶望してくれたようで何よりだ。
ここまで取っておいた価値がある。
さて、リディスが絶望している間に、今回の依頼内容を整理しよう。
魔物が現れたのは、ブロッサム領のアカシアと言う町の近隣だ。
発見者は冒険者で、直ぐにギルドへ知らせに走り、そこからバッヘルンの所まで直ぐに報告が上げられた。
こういう時はギルドが動くもんだと思うのだが、俺が思っている以上に融通が利かないのだろう。
どの様な形態でギルドが存在しているのかすら知らないので批判する気は無いが、今の所の感想は、国や領主の下請け企業と言った感じだ。
魔物だが、足跡から中型のドラゴン種と予想されている。
現地まで飛べばアクマに探って貰えるので、魔物について今は置いておこう。
この討伐だが、行きました倒しました帰りましたとは流石にいかない。
危険な魔物が出ている今、アカシアの町は様々な面で窮地に陥っている。
向こうに行ったら、町長だか名代だかに話を通さなければならない。
そして倒したことも向こうで報告をしなければ、その間物流が滞ってしまう。
他領でリディスを活躍させるのは不味いが、自領なら噂も広がらないはずだ。
「いや。だって……ねぇ?」
「時間も惜しいので、外用の服に着替えて下さい。流石にドレスで外を歩く訳にもいきませんからね」
「それをハルナが言うの?」
俺のメイド服は特注なので、森だろうが火山だろうが問題ない。
ヨルムはそもそも人じゃないので、メイド服でもドレスでもなんだって構わない。
そんなわけでリディスの着替えが終わるのを待つ。
おっと、折角だし、このタイミングで渡しておくか。
「それと、これを渡しておきますので、杖の時と同じく血を垂らしてください」
「え、今なの?」
床から引き出す感じで、アクマに異空間から剣を出して貰い、リディスに渡す。
動揺をしながらもリディスは剣を抜き、刀身へ血を垂らす。
もしもの場合に備え、身を守る武器はあった方がよい。
まだ何も教えていないが、貴族だし少し位は使えるだろう。
「この剣も凄い圧力を感じるわね。一体何の素材を使ったのよ……」
「気が向いたら教えて上げます。それよりも、準備は良いですか? 向こうでやる事は理解していますか?」
「大丈夫よ。今更駄々をこねる気は無いわ」
動き辛そうなドレスから、所謂ドレスアーマー的な物に着替え、剣を腰に差す。
中々様になっているが、これってバッヘルンが買え与えたんだよな……。
見捨てるとかどうのと言っていた割に、一応面倒は見ていたのか。
もしくは貴族としての面子のためかもしれないが、これならリディスを侮るような奴も現れないだろう。
見た目って結構大事だからな。
「中々様になっているが、剣に比べると見劣りするな」
「うるさいわね。いつも吊るされているあんたには言われたくないわ」
ヨルムの物言いにリディスが反論するが、ヨルムにはリディスを貶す権利がある。
剣の素材の八割近くが、ヨルムの素材を使用しているのだからな。
素材の提供元としては、一言モノ申したくなっても仕方ない。
武器はともかくとして、防具までは面倒を見る気は無いので、自前で頑張ってほしい。
「それでは行きましょう」
「ええ」
「うむ」
ヨルムを下ろし、鎖を服の内側へと収納する。
流石に、吊ったまま人前に出れば通報されてしまうからな。
(頼んだ)
『了解!』
一瞬で景色が変わり、気が付けば街道の様な場所に立っている。
さて、お手並み拝見といこうか。
2
魔物が現れ、バッヘルンへと魔物の討伐を懇願する報告書が出されてから、アカシアの町の活気は一気に下がった。
魔物を発見した冒険者が、無駄に吹聴して回ったからだ。
ブロッサム領は豊かであり、魔物の脅威もそれほど無いため賑わっているが、逆に言えば何かあった時に対抗する手段が乏しい。
危険を察知した商人は直ぐに店を畳み、他の街などに逃げていく。
何せアカシアじゃなくても、商売に困らないから。
商人が少なくなったからと言って、直ぐに機能不全に陥ることはないが、いつ魔物が襲ってくるか分からない恐怖は、辛いものがある。
特に門番は、いつ魔物が町を襲ってくるか、気が気でない。
震えそうになる身体を押え、今日も異常がないか街道を見据える。
「……あれは?」
そうしていると、人影が三つ程向かってくるのが見えた。
この一週間程は外から人がやってくる事はなく、門番は少し不審に思う。
近づいて来た事により、姿が確認出来たが、門番はどう判断すれば良いのか分からなくなる。
少女の三人組。
ここまでは珍しいが、ありえない事ではない。
真ん中を歩く少女は、見るかなら上等そうなドレスアーマーを着ており、貴族か、騎士に準ずる出だと想像できる。
腰には剣が差してあり、鞘からして高価な物だろうと思われる。
もう一人はメイド服の様なモノを着ており、遠目から分かるほど真っ白い髪が印象的だ。
武器は何も持っておらず、荷物の様なモノも見えない。
最後の一人もメイドなのだが、何故か白い髪のメイドに肩車されている。
色々と思うことはあるが、全員がどう見ても若く、こんな危険が迫っている町に来るのはおかしい。
門番がどうしようかと悩んでいる内に、三人組は門番の前に到着してしまう。
「アカシアの町にようこそ。要件を伺っても良いかな?」
様子見とばかりに、いつも通りの対応をするが、改めて近くで見ると、三人…………一人は威圧感を感じるほどの気品を感じる。
その一人を除いても三人とも美しく、白い髪の少女なんてまるで人形と見間違えるレベルで整っている。
何故肩車しているのか謎だが、今は一旦置いておく。
「領主であるバッヘルン侯爵の命により、魔物の討伐に参った。此方が書類である」
そんな馬鹿なと思いながら門番は紙を受け取り、内容を確認する。
それはアカシアからバッヘルンへと送った書類であり、署名の所にはバッヘルンのサインがされている。
門番では正確に判断できないが、少女達……少女がA級の魔物を倒せるとは到底思えない。
かと言って無下にすれば、最悪の場合門番の首が飛ぶ事となる。
書類に使われている印は、門番の目から見て本物のように見える。
目の前に居る少女は幼いとはいえ、間違いなく貴族だ。
下手な事も言えない。
「確認しました。使いの者を呼ぶので、名前を聞いても宜しいでしょうか?」
門番は考えるのを止め、判断を上へ投げる事にした。
心配ではあるが、他人より我が身なのだ。
「アインリディス・ガラディア・ブロッサムです」
「…………………………もう一度宜しいでしょうか?」
「アインリディス・ガラディア・ブロッサムです」
門番は、気を失ってしまった。