第27話:暇つぶし(あなたの後ろに居ます)
27話を投稿忘れてしまったので、差し込みました。
いつまで待ってもクエンテェ付きのメイドは帰ってこず、なんならクエンテェが呼んだメイドと共に着せかえ人形にされること数時間。
夕飯の時間と言うことで、やっと解放された。
少女になってそれなりになるが、女の感性は分からない。
しかし、やはり雇われの身は性に合わんな。
傭兵とかならともかく、頭を押さえつけられている状態は好きではない。
まあやれと言われれば完璧を目指すのが性分だが、フリーランスが一番気楽で良い。
さて、とりあえず嵐は過ぎ去ったし、元の予定に戻るとしよう。
(バッヘルンは?)
『執務室で夕食を食べてるね。メイドど執事が一人ずつ部屋にいるよ』
ならば食事を終わるまで待つしかないか……。
他に人が居る状態で、バッヘルンで遊ぶわけにはいかないしな。
……ふと空を見ると、星が煌めき、衛星と思われる大きな星が二つ見える。
こうやって空を見ると、異世界だと改めて実感させられる。
そういえば、妖精界の様な別の世界とかあるのだろうか?
……いや、居るならもっと生活と密接に関わっているか。
ふざけた妖精も多かったが、色々と助けてもらってきたので、少し寂しくもあ…………ないな。
どちらかと言うと、清々しくある。
(身体の適応はどんな感じだ?)
『3パーセント位だね。見立てでは5パーセントいっていてもおかしくないんだけどねー』
(そう怒るな。楽しくなってつい無理したのは悪いと思っているが、それなりに戦えるようになっておくのは必要なことだろう?)
この世界に来た時点で魔法を使うだけなら問題ないが、身体の不調だったり、魔力パスが微妙だったりと、戦うにはあまりにも悪い状態だった。
メイド長との戦いで一歩も動かなかったのは、この世界の魔法が使いにくかったのもあるが、まだまだ身体が不調だったからだ。
ヨルムも闇討ちした時はそれなりに良くなってきていたが、アルカナを使えない時点でダメダメである。
『何をするにしても、もう少し身体を労った方か良くない?』
(理性と感情は相容れないんだよ。効率を求めるのも大事だが、好きなように生きるのも、人生では大事だろ?)
『それは……そうだけど……』
アクマはアルカナとしての使命を捨て、逃げた前科がある。
俺が言わんとすることも分かるはずだ。
『ですです。好きなように生きたからこそ、今があるのです。それで死ぬならば、本望です』
エルメスに同意するのは癪だが、その通りである。
最終的に、幾多の世界を滅ぼしてきた魔女を初めて倒す事が出来た。
義憤や責務のためと頑張るのも大事かもしれないが、戦いなど所詮自己のための物だ。
他人が何を思って戦うなんて興味ないが、結果が全てを証明している。
まあ、何か守りたいモノがある人間ほど、最後に粘りを見せる。
それだけは凄いと思う。
しかし、約一ヶ月で3パーセントか……。
(少し話を戻すが、適応のスピードは、進めば進むほど遅くなったりするのか?)
『その通りだね。今は大雑把な感じでやっているけど、進めば進むほど繊細な調整が必要になっていくよ。完全に適応が終われば、前以上に他戦いやすくなる予定だね』
(なるほど。だから十年位掛かるわけか)
適応自体が俺の強化にもなるが、これだけではこの先不安が残る。
予定通り、リディスが落ち着いたら旅に出るとしよう。
『お、やっと一人になったみたいだよ。行くなら今だね』
(やっとか。そんじゃあ適当に送ってくれ)
『りょうかーい』
屋根の上で立ち上がり、軽くスカートを叩いてシワを伸ばす。
…………本当に、なんでメイドなんてやっているのだろうか……。
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「ふむ。治水か……金は掛かるが、食料がなければ意味もないし、許可だな。次は……犯罪率が少し高いな。見回りを増やしておくとしよう」
バッヘルンの後ろに転移して、こっそりと仕事を見守る。
大層な野望を持っているが、バッヘルンは良くて小悪党程度の人間だ。
しかも無駄にプライドが高く、平民は見下しているし、使えない人間は身内でも捨てる。
しかしだからと言って仕事を放りだしたり、豪遊などをしているわけではない。
見ての通り、仕事はしっかりとやっている。
それが特別凄い事ではないが、この世界では真面目に仕事をしているだけ評価できる。
俺の世界では人口は少なかったが、こっちの世界では人は多いため、資源として消費している面がある。
分かりやすく言えば、奴隷制度なんてのがある。
初期費用にさえ目を瞑れば給料を払う必要がないので、労働力としては中々上等なものだ。
そんな中、バッヘルンは奴隷を買っていない。
奴隷自体は文化みたいなものなので、どの国にでも居る。
奴隷と言っても色々とあるわけだが、オルトレアム王国は騎士の国と呼ばれているだけあり、奴隷を持つ事を認めているものの、推奨はしていない。
小物であるバッヘルンは、国の意向に従っているだけだ。
損得勘定するのが得意なのもあり、侯爵領は落ち着いている。
そんなこんなで上から目を付けられ、ゼルエルとジャックさんを送り込まれてしまっているが……まあいい。
「仕事は順調そうですね」
「――あなたか。私に何か用かね?」
驚きのあまり肩をビクンと跳ね上げたが、何事もなかったかのように、バッヘルンが振り返る。
その椅子、回転式だったのか……無駄に凝っているな。
「進歩報告です。そこそこ日も経ちましたからね」
「そうか。それで、どんな感じだ?」
「端的に申し上げますと、学園の主席入学はほぼ確実かと。それと、本日坊……ネフェリウス様と対決し、勝利しました」
「ほ、ほう」
動揺しないようにしていたくせに、声が上ずっている。
たかが一ヶ月程度で、そこまで仕上がるとは思っていなかったのだろう。
あるいは、そもそも期待していなかったか……。
「素晴らしい成果だが、本当にかね?」
「明日の朝になれば分かるかと」
バッヘルンは顎を摘まみ、何かを考え込む。
アクマに聞いて教えてもらっても良いが、それではつまらないし、待つとしよう。
「もしも本当ならば、アインリディスにも貴族としての付き合いを教えておかなければならないが……」
「それはしない方が宜しいかと。聞いた話ですが、既にお嬢様の事は貴族間では有名なはずです。ならば、入学まではわざとお嬢様の情報を伏せておいた方が、王族からの歓心を買うことが可能かと」
「ふむ。確かにな。驚きは大きい方が印象に残る。そう言えばだが、入学をした後はどうする気だね?」
理解してくれたようで何よりだが、 リディスが入学したあとの事は決まっている。
「適当に顔を出しながら、街で適当に生活しようかと。移動はどうとでもなりますから」
「なるほど。付いてなくても、必要に応じて私にもアインリディスとも連絡が取れるわけだな。因みに、学園に興味はあるか?」
「無いですね」
誰が好き好んで子供とつるむかってんだ。
一般常識についてはリディス本人から学ばせて貰っているし、知識も後は本でも読んでいればどうとでもなる。
集団生活はもうこりごりである。
「……そうか。だが……むむむ……任せるか」
何だか百面相をしているが、どうしたんだ?
(アクマ?)
『うーん。黙っている方が面白そうだから、内緒だよ!』
……まあいい。どうなろうとも、今の俺ならばどうとでもなる。
それにアクマはこれまで幾度となく、フラグを立ててきた。
何も話させない方が良いかもしれない。
「私からは以上ですね。どうぞ仕事にお戻りください。それと、紅茶でも淹れましょうか?」
まんまると目を見開かれるが、これでもメイドなのだ。
散々ゼルエルと共に弄んだが、あの頃と違って今はちゃんと淹れられる。
「ならば頼むとしよう。少し喉も乾いたからな」
緊張からくる喉の渇きだろう。
俺が紅茶を用意している間に、バッヘルンは仕事を再開した。
たまにぽつりと独り言が漏れるが、聞いている感じだとしっかりとしている。
民の事を考えてえていると言うよりは、損か得かでの判断だが悪くはない。
それも今ではなく、未来でのだ。
名君とはならんが、平時なら問題ないだろう。
「どうぞ」
「ありがとう……思いの外美味いな」
「恐縮です」
これでもメイド長から合格を貰っているからな。
上には上が居るが、飲める程度には仕上がっている。
不思議な物を見る様な視線を向けられるが、大体バッヘルンの所のメイド長であるゼルエルが悪い。
しばらくバッヘルンの仕事ぶりを観察していると、何度か俺をチラチラと見てくるが、何も言わずに仕事を続ける。
そんな時間が十分程続くと、ふとバッヘルンの顔が歪み、手が止まる。
そっと後ろから覗くと、魔物の被害による報告書だった。
とある村の近くで、推定Aランク以上と思われる魔物が確認されたので、被害が出る前に討伐してほしいと書かれている。
騎士を差し向けるなり、冒険者でも雇えば良いと思うのだが、どうして顔を顰めているのだろうか?
『ブロッサム領は基本的に平和で、兵士の数も多くないんだ。それと、冒険者達も採取がメインで魔物だとB級がやっとって感じだね。まあゼルエルかジャックを送れば問題ないけど、無理だろうねー』
一応メイドと執事だからな。
事後処理も面倒そうだ。
しかし、A級か……リディスの特訓には丁度良いかもしれないな。
「その報告書ですが、私の方で処理してあげましょうか?」
「なに? …………良いのか?」
「はい。お嬢様の特訓に丁度良いと思いまして。明日にでも討伐してきます」
「それは……いや。大丈夫なのか?」
心配はごもっともだが、死なない限りいくらでも治すことが出来るので、リディスの身は問題ない。
それに、やはり人は死の淵に瀕した方が強くなれる。
流石にヨルムを使うわけにもいかないし、探すのも面倒だから渡りに船である。
「問題ありません。傷一つなくお返しすることを約束しましょう。それと、お代は結構です。討伐の注意点とかありますか?」
「――魔石と、討伐の証となる部位を回収してくれれば結構だ。正直、この案件を解決してくれるととても助かる」
これまで俺に向けた中で、一番安心した顔をするバッヘルン。
しかし、高々A級の魔物にさえ勝つのが厳しい兵士や冒険者しかいないのか……平和だから仕方ないのだろうが、危うい気がするな。
王国の騎士団にはゼルエルのような強者も居るが…………おそらく、貴族に力を持たせないようにしているのだろうか?
王としては、貴族に力を付けすぎないで欲しいと考えるのが普通だ。
しかし、やりすぎれば国全体の戦力低下を招くし、戦争やヨルムのような魔物が現れた際に後手に回るしかない。
まあ俺が気にすることではないし、何かあれば去れば良い。
「気にしないで下さい。暇潰しも出来たので、私はこれで去ります。それではまた近い内に」
「……そうか」
若干しょげているバッヘルンを放っておいて、山へと転移して、いつも通りアクマと風呂に入る。
やはり風呂は良いものだ。
後は珈琲さえあれば……いっそ神か管理者を強請ろうか?
「ヨルムの件以降で、何か話はありしましたか?」
「今のところはないねー。ああ、一応色々と頼み事をしている件は悪いとは思っているみたいだよ」
「悪いと思っているなら、何か賠償して欲しいものですけどね」
湯船で仰向けになっている、アクマを小突いて抗議する。
お湯に頭が浸かったアクマは、恨みがましい視線を向けてくるが、少し嬉しそうにもしている。
こういうちょっとした日常が、こいつは好きなのだろう。
魔女を倒す当日なんて、あまりにも色々とあり過ぎた。
魔女が魔女になった真実を知り、数十万の人間や魔法少女を殺し、在りえたかもしれない未来を夢想したり。
楽しくもあり、やるせないものだった。
「流石に管理者本人からは何も出来ないだろうけど、受肉している神からその内お詫びは入れるとは言っているよ」
「なるほど。因みにお詫びが気に入らない場合、何をしても良いのですか?」
「良いんじゃない? 好きに生きて良いって言われているし」
ふむふむ。状況次第では喧嘩を売るのも有りか。
まあ此方から敵対する気は基本無いが、これまで溜まってきた俺のフラストレーションを解消できないようなら、戦うのも止む無しだろう。
身体を貰っているとはいえ、ヨルムとの戦いを邪魔されたのは気に食わない。
リディスの面倒を見る事やゼアーを飼う事になったのは許せる。
しかし戦いに干渉してくるのだけは、簡単に許す気はない。
「そうですか。もうそろそろ出るとしましょう。いつかはちゃんと温泉に入りたいですね」
「そうだねー」
あっ、こいつ少しのぼせ始めているな。
さてと、身体を拭いて着替えたらさっさと帰って寝るとしよう。
明日はどんな魔物が出てくるのだろうか?