第26話:仲直り?
杖を高々と掲げて喜んでいるリディスと、打ちひしがれてなんともいえない表情をしているネフェリウス。
さてさて、どうしてやろうか?
「さて、坊ちゃん」
「な、なんだ?」
「今からなにをしなければならないか――分かりますね?」
先程までの鬼気迫るものは四散し、怯えながら後ずさる。
……そう言えば、まだ俺の番が残っていたな。
鎖をじゃらりと出すと、ネフェリウスは「ひっ!」と悲鳴を上げる。
「悪徳を喰らう暴虐の鎖」
五本の鎖がリディスの横をすり抜け、案山子に飛んで行く。
鎖は案山子を縛り上げると、徐々に食い込んでいき、粉々に粉砕する。
「満点ね。総合で言えば、メイドの勝ちかしら?」
おっと、少しやり過ぎてしまったようだが、まあいいだろう。
案山子の残骸を見てリディスが放心しているが、入試の際にはリディスにもこの程度は出来るようになってほしい。
しかし、加減をするのは難しいな。
ギリギリ壊れない程度を狙ったのだが、木っ端微塵になってしまうとは……。
「もう一度聞きますが、分かりますね?」
「分かった! 分かったからそれを僕に向けるな!」
理解していただけで何よりだ。
ネフェリウスは腰を抜かして座っているリディスへと近づいていく。
「……姉上」
「えっ?」
「今までの無礼をお許し下さい。間違っていたのは……僕でした」
しっかりと頭を下げて謝るネフェリウスに、リディスは困惑の色を濃くして、キョロキョロと視線を惑わせる。
「べ、別に……仕方のない事だったのよ。私は確かに魔法を使えなかったし、ネフェリウスの言う通り出来損ないと呼ばれて当然の存在だったわ」
全てを滅ぼそうと悪魔を呼び出そうとするほど追い詰められていたが、今のリディスには会って直ぐの頃の暗い影が消えている。
ネフェリウスの態度を見るに、俺が来るまでは散々リディスを貶したりしてきたと思うが、リディスの態度はとても落ち着いている。
もう、ネフェリウスの事を気にしていないのだろう。
「不出来な姉でごめんなさいね。私のせいで、ネフェリウスも何か言われたりしてきたのでしょう?」
「……」
「見ての通り、私はもう大丈夫だから。それどころか、学園には首席で合格して見せるから。リウスが自慢出来るような……立派な姉になってみせるから」
これでリディスがネフェリウスを抱き締めでもすれば、良い感じになるのだろうが、悲しいかな。リディスは腰を抜かせて尻餅を着いたままである。
まあ雰囲気的に、ネフェリウスがリディスを出来損ないと貶すことは、もうないだろう。
つか、ネフェリウスだからリウスか。
アクマに見せて貰ったプロフィールでは、ネフェリーとクエンテェに呼ばれるのを嫌っていると書かれていたから、そういう愛称になったのだろう。
「良かったの?」
「何がですか?」
俺と一緒に姉弟の仲直り現場を見ていたゼアーが、聞いてきた。
「あの案山子。壊したなら弁償しないとよ?」
……あっ。
ついうっかり壊してしまったが、壊したなら弁償するのが道理だ。
「特殊なものだから、結構高いわよ?」
「当てはあるので、後でどうにかしておきます。壊す気はなかったんですけどね」
「……悪気がないから、タチ悪いのよねぇー」
さて、ネフェリウスには勝て、価値を示すことはできた。
この結果があれば、バッヘルンもリディスの事を馬鹿にすることはないだろう。
魔法については練習を重ね、ついでにリディスのために用意してある魔法を教えれば、もっと良い点数を出すことも出来る。
勉強については復習しながら、覚えたことを忘れないようにしておけば問題ないだろう。
後は……剣の腕だけだな。
「リディス様」
「なっ、なに? 私はちゃんと勝ったわよ? そりゃあ魔法の威力はあれだったけど、リウスにはちゃんと勝ててるわよ!」
私がお姉ちゃん! と雰囲気を出していたリディスは、俺が話し掛けると直ぐに言い訳を始める。
しおらしくしていたネフェリウスも、リディスのあわてふためくのを見て、冷めた目をしている。
俺のやらかしはおいといて、一応勝ったから手足を捥ぐのは止めておいてやろう。
「何もしませんので安心してください。一応ですが、勝利おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
なんかリディスが化け物を見るような目をしているが、そう言えば最近リディスの前ではメイドらしいことをしていなかったな。
勉強やの合間に紅茶を淹れたりはしていたが、机に噛りついていたリディスには見ている余裕もなかっただろう。
「お祝いとして、良いものを用意してありますので、ご期待ください」
「良いもの? …………あっ」
何かに思い至ったのか、喜ぶようにしながらも、少し恐怖の色を出す。
勘の良いガキは好きだよ。
魔法の扱いに慣れてきたリディスには、最近実戦的な魔法の練習と、基礎体力を鍛える訓練をしている。
時間がないので、少しばかりスパルタとなっているが、流石に血が出るような怪我はまだ負わせていない。
しかし訓練が終わる頃にはリディスは地面へと突っ伏し、地面と一体化して泣き言を漏らす。
それでもちゃんと最後までやりとげるのは素晴らしいが、これまでの訓練は前座に過ぎない。
リディスに杖を渡す時に見せた剣。その剣を使える身体を作るための。
その事をリディスには伝えていないが、俺が言いたい事は理解しているはずだ。
次に待っているのは、剣を交えた実際の戦いだ。
学園の実力がどれ位かは分からないが、それなりに鍛えなければならないだろう。
「今日は一日休みとしておきましょう。今日くらいは姉弟でゆっくりとして下さい。ゼアー」
「坊ちゃんの教育は予定より進んでいるから、別に構わないわ」
それは上々だ。
「それでは私はこれで。私が居ては、ゆっくりできないでしょうから」
「……僕は別に構わないが」
去ろうとしたら、ネフェリウスがボソッと呟いたが、無視をして屋敷に戻る。
ついでにヨルムを鎖で吊って、ゼアーに放り投げておく。
流石にヨルムを連れていくと、少々拗れるからな。
さてと、久々にバッヘルンの所に行くとしよう。
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ゆっくりとした足取りで屋敷の中を歩き、バッヘルンの執務室を目指す。
バッヘルンが部屋に居る事は既にアクマに確認済みなので、入れ違いになるようなことはない……のだが……。
俺は現在、バッヘルンの執務室とは全く別の場所に居る。
後少し……後少しだったのだ。
「ふふ。子供に紅茶を淹れるなんていつ振りかしら。はいどうぞ」
「恐れ入ります」
クエンテェ・ガラディア・ブロッサム。
バッヘルンの妻であり、リディスの母親になる女性。
なんで屋敷の中をメイドも連れずに歩いていたんだと文句を言いたいが、そんなクエンテェに捕まり、私室に連行された。
道中については省くが、部屋に入るとクエンテェは自ら紅茶を淹れ、戸棚から焼き菓子を持ってきてテーブルに置く。
当たり障りのないようにメイドか執事はどうしたのかと聞いたが、どうやら街に買い物へ行かせたらしい。
クエンテェに今日の予定はなく、屋敷に居れば危険も無い。
普通なら代えの人物を用意するのだろうが、クエンテェが断ったみたいだ。
そして軽く屋敷の中を歩いていたら、ばったり俺と出会った。
「あの人が急にアリスちゃんにメイドを付けると言ったのは驚いたけど、アリスちゃんは大丈夫なのかしら?」
アインリディスだから、縮めてアリスか。俺もそっちにすれば良かったかもな。
アリスの方が馴染み深い名前だし、リディスよりは呼びやすい。
クエンテェは青い髪を腰位まで伸ばし、軽く広げていて、目は黒で優しい目付きをしている。
一番印象的なのは、その背……体型だろう。
リディスは少女としては結構メリハリもあり、背も普通だが、クエンテェは…………あれだ。
背は流石に俺やリディスより多少高いが、年齢を考えれば、完全な幼女体型と呼ばれるものだ。
多分リディスと並べても、親子というよりは姉妹に思われてしまうだろう。
確かバッヘルンが三十九歳で、クエンテェが三十五歳だったはずだが、世が世ならバッヘルンは捕まっているだろう。
三十五歳は結構いい歳だが、クエンテェはよくても十八歳から二十歳……頑張ってそれ位には見えるだろう。
「問題ありません。勉強では既に学園入試の合格点を余裕で超える点数を出せています。魔法も、今は問題ありません」
「……本当に、大丈夫なのよね?」
「ええ。少々淑女としては問題ありますが、全ては試験の結果で証明してみせましょう。そのために私は存在していますので」
「良かったわ……」
クエンテェは疲れた様な笑みを浮かべ、焼き菓子を一つ摘まむ。
「私はね。あまり貴族らしくはないのだけれど、家族でこんな状態は嫌なのよ。あの人貴族の責務としてリディスには強く当たるし、リアやネフェリーもアリスの事を…………」
息を詰まらせ、俯いてしまう。
正直家族というものにあまり良い思い出はないが、なるべく仲良くしていたいと言うのは分かる。
俺の場合、姉が居たのだが、その姉は仲間であるはずの魔法少女に殺され、親は姉の死とそれに付随する心労で早くにこの世を去った。
俺も自爆テロを企てる位には怒っていたが、エルメスのせいで感情を抑制され、魔法少女になるまでは無為な人生を過ごしていた。
「後悔しているのでしたら、行動してみては如何ですか?」
「でも……私には……」
「一介のメイドが口を挟む事ではないかもしれませんが、命と同じく、時間や機会は一度失われれば戻らないモノです。望むのでしたら、手を伸ばして掴み取りましょう。身分や立場もあるかもしれませんが、待っていてばかりでは、未来は遠ざかるばかりです」
『ハルナが言うと、説得力があるねー』
『ですです。流石です』
(煽ってるのか?)
まあ魔法少女として俺がこれまでやって来たことを客観的に考えた場合、説得力はあるかもな。
数十メートルある強大な魔物に、勝率ゼロパーセントなのに突っ込んで勝ったり。
ランカーですら戦いたくないと言わしめる最上位の魔物を、他の魔法少女を守りながら戦ったり。
挙句に俺が魔法少女となる原因となった魔法少女を殺す事になったり、話題に事欠かない。
「――少し、考えて見るわ。私自身が納得できる選択をするために」
「左様ですか。陰ながら応援させていただきます」
淹れてくれた紅茶だが、俺が淹れたのよりも美味しいな。
メイド長のとはまた違った美味しさであり、こちらの方が俺の舌に合う。
やはり付け焼き刃では、まだまだ下手なようだな。
「ところで、ハルナちゃんって今暇なのかしら?」
おや? 先ほどまで弱々しい雰囲気だったのに、急に怪しくなってきたぞ。
「すみません。これから仕事がありますので」
「本当にあるの?」
仕事……仕事……。
リディスを出汁にできないせいで、言い訳が出てこない。
「私ね、子供達のためにお洋服を買っていたのだけれど、色々と貴族ってしがらみが多いの。結局ほとんどが使わないままクローゼットに仕舞われたままなのよ」
この流れは、過去にも経験したことがある。
逃げようとすれば、簡単に逃げられれるだろう。
だが、力ずくとなると少なくない遺恨を残すし、今の俺は一介のメイドだ。
『まあ、ドンマイだね!』
俺に、クエンテェのお願いを断る術はない。
腹いせと言うわけではないが、この恨みはバッヘルンにぶつけるとしよう。