第25話:完敗
「なるほど。そういう経緯で今の魔法があるわけですね」
「我も母様から聞いた話なのであっているか分からんが、大きく外れてはいないと思う」
暇つぶしにヨルムからこの世界の魔法について話を聞いてみたが、中々興味深い話を聞けた。
俺の世界の魔法は、魔法少女にだけ与えられた能力であり、世界の意思と呼ばれる存在に一部管理されている。
管理と言っても回復魔法の素養の事なのだが、一旦おいておこう。
魔法少女の魔法にはキャパシティがあり、キャパシティ内に収まるような能力となっている。
俺で言えば多種多様な魔法が使えるが、その分か身体が弱くなったり、魔法に使う魔力は少なくなり威力が上がるが、かならず詠唱が必要になるなどだろう。
メリットが過ぎるならばデメリットが加わり、特化したならば他が出来なくなったりと、チート的な存在は基本的にいなかった。
その代わりと言うわけではないが、強化フォームと呼ばれる物が存在しており、強化フォームになれば正にチートと言った力が手に入る。
一部例外も居るが、そんな感じだった。
この世界では、魔法は神の管轄となっており、使える属性などは魂に記憶されている物しか使えない。
これに例外は無く、使える属性が増えるなんてことはない。
その代わり属性の変化と言う物がある。
水の魔法を使える者が、氷の魔法を使えるようになったり、火の魔法使える者が、上位の青火を使えるようになったりだ。
属性が複数使えるなら、更に複合などもあったりし、この世界の魔法は神が関わっているだけあり、結構融通が利く。
その代わり思考リソースを大幅に取られるので、魔法の同時発動は難しい。
その代わり魔法の融通が利く。
俺が最近よく使っている鎖が良い例だろう。
何も意味なくヨルムを運んでいるのではない。
確かに背中に張り付くのがウザいのもあるが、これも魔法の訓練の一環だ。
身体を締め付け過ぎないようにしながら、運ぶのは結構神経を使う。
これまで鼻血を垂れ流しながら魔法を使った事もあるが、この訓練は筋肉が攣るのを我慢するような難しさがあった。
たまにヨルムが「ぎょえ!」だの「ぐえぇ!」などと苦しむ事もあったが、俺も不慣れだから仕方ない。
それにヨルムは頑丈なので、リンゴが潰れる程度の力ならば、全く問題ないはずだ……多分。
その内魔法少女の時までとはいかないが、それなりに面白い魔法が使えるようになるだろう。
「因みに空から隕石を降らせたあれは、どんな魔法なんですか?」
「あれは遺伝魔法、或いは固有魔法とも呼ばれるものだ。人間で言えば、リディスが当て嵌まるのだろう」
「なるほど」
リディスは遺伝のせいでこの世界の魔法が使えないが、俺が使っている魔法を使うことが出来る。
これも一種の固有魔法と呼べる。
「時間よ。手を止めなさい」
ヨルムと珍しくためになる話をしていたら、三時間経っていたようだ。
リディスは終わると共に机に突っ伏し、ネフェリウスは部屋の端に居る俺を睨みながら近づいてくる。
「そのメイドはどうした? 始めて見る顔だが?」
俺ではなく、ヨルムを見ていたのか。
「新しく雇ったメイドです。一応リディス様付きとなります」
「そうか……俺が勝ったら覚悟しておくことだな」
「そうですか」
ネフェリウスはそれだけ言うと、離れていった。
……子供の考えていることは分からんな。
昔は結婚して子供を作ってなんて考えていたが、俺に子育ては無理だろう。
『わりと向いてると思うけどね』
アクマのツッコミは聞かなかったことにして、点数が出るまでは待つしかない。
一応慈悲として、満点ではなくて二問だけ間違えてある。
手を抜く気は無いが、節度は守らなければ大人げないだろう。
これならば一応リディスやネフェリウスが、俺に勝てる可能性がある。
そんなこんなで待っているとゼアーの採点が終わり、突っ伏しているリディスに活をいれて起こす。
「それじゃあ点数の発表だけど、三人とも学園の合格ラインはちゃんと越えているわ」
「そんなのはどうでもいい。早く点数を言え」
「せっかちね。それじゃあ先ずは第二位の発表よ」
どこのテレビ番組だとツッコミを入れたくなるが、ネタが分かるのが居ないので、黙っておく。
「二位はメイドで、点数は合計二百九十五点よ」
「「……ふぅ」」
姉弟だからか、似たような仕草で二人揃って安堵の息を吐く。
ここで二人の内どちらかの名前が出ると、その時点で勝敗は決したようなものだ。
それではつまらない。
「続いて、一位と三位。どっちを知りたい?」
ついでに、この時点で二人の内どちらかが俺より下と確定している。
リディスの場合、気が気じゃないだろう。
まあ手足を捥いだりしても、傷跡もなく治せるので、その点だけは安心できる材料だろう。
「そんなの一位に決まっているだろう。早く言え」
「せっかちな子ね。じゃあ学科テストの一位は…………………………なんと満点のアインリディスよ」
「キターーー!!!!」
死にそうな顔をいていたリディスは、耳が痛くなるほどの大声を上げて喜びを表現する。
コロンビアもビックリな格好だ。
令嬢がするのは少々問題がある行為だが、今は目を瞑ってやろう。
これが初めての勝利なのだからな。
「ば、馬鹿な……」
負けたネフェリウスは茫然自失となり、膝を着いて絶望を体現している。
散々出来損ないと馬鹿にしていた存在に負けたのだ。それはそれは悔しいだろう。
「因みにぼっちゃんは二百八十点ね。去年の入試に当て嵌めると、Aクラスにはちゃんと入れるから問題ないけど…………負けは負けね」
知らない単語が出て来たが、おそらく点数で入れるクラスが変わるのだろう。
「まだだ……まだ次がある。出来損ないは魔法が使えないはずだからな!」
打ちひしがれていたいたネフェリウスはのっそりと立ち上がり、リディスが出来損ないと呼ばれる原因となった理由を大声で言う。
だが……。
「リディス様は魔法が使えますよ。まあ、それは次の勝負を行えば分かる事ですし、裏庭に行きましょう」
「なに? 魔法が?」
「えっ? なに? 呼んだ?」
ネフェリウスは怪訝そうな表情でリディスを見るが、喜びの余韻に浸かっていたいたリディスは話を聞いていなかったようだ。
喜びの余韻から帰ってきたリディスは困惑するような仕草をするが、当然無視である。
「それじゃあこの前と同じくやるとしましょう。順番はどうする?」
「また坊ちゃんからでいいのでは? 次にリディス様で、最後は私としましょう」
「話をしていないで、早く行くぞ!」
ずかずかとネフェリウスは先に行ってしまうが、リディスに負けたのが相当応えているのだろう。
おそらく泣くのを我慢しているのではないだろうか?
さて、学科でさえリディスが勝てれば、魔法の方は消化試合であるのだが、問題は俺だ。
ヨルムで魔法の練習をしているが、低火力の魔法を使うのは中々難しい。
リディスに華を持たせてやりたいって気持ちもあるが、面倒なので普通にやるとしよう。
最近は鎖ばかりだし、ちょっと違う魔法で実験するのも面白いだろう。
1
「遅いぞ。何をしている」
裏にはの訓練所には、杖を持ったネフェリウスが不満げに待っていた。
一人で先に向かっておいて、不満を口にするとは……流石貴族様だな。
「愚痴は言わないの。それじゃあ準備が出来次第、さっさとやっちゃいなさい」
「ふん」
いつの間にか持っている杖を案山子へと向けたネフェリウスは、前回とは違いしっかりと魔力を練っている。
戦いでそんな隙を晒せば
「……流浪なる水よ。舞い上がる飛沫となり、敵を討ち滅ぼさん! アクアニードルランス!」
『アクアニードルランスは前回のアクアスパイラルと同じく中級の魔法だけど、扱いやすくて威力のある魔法だね。見栄えは地味だけど、実用性は水魔法の中でも上位に入るよ』
(ご親切にどうも)
前回と同じく、妙に親切なアクマの魔法の説明を聞きながら、ネフェリウスの結果を見守る。
「六十点位ね。一ヶ月でこれなら上出来よ」
「……クッ! やはり駄目か!」
良い出来だとゼアーに褒められるネフェリウスだが、俺は前回実質満点を出している。
つまり俺に勝つには同じ満点を出さなければならないのだが、結果はこれである。
俺が手を抜かない限り、ネフェリウスの負けは確定だろう。
「次はアインリディス様ね。へこんでる坊ちゃんは無視して、やっちゃいなさい」
「――はい」
ゼアーには何も教えていないはずだが、リディスが魔法を使えるのを疑っていないみたいだな。
おそらくリディスと言うよりは、俺を信用しているのだろうが、本当に不憫な奴だ。
リディスは緊張した面持ちで杖を異空間から呼び出し、案山子に向ける。
「……あれってもしかして、アルカナが作ったの?」
「はい。素材さえあれば作れると言っていたので」
杖を呼び出したリディスを見たゼアーが、こそこそと聞いて来た。
杖は魔法の補助と、よく分からない空間に収納出来るだけではなく、防犯機能も付いている。
更に魔法を一撃分ならストック出来るので、先手必勝なんてことも出来る。
まあストック中は常に魔力が減るみたいなので、ご利用は計画的にってやつだ。
「どうみても国宝級や伝説級の代物…………ああ素材はいくらでもあるのね」
ヨルムをチラリと見たゼアーは、勝手に納得してくれたようだ。
しかし、そんな凄い武器が出来上がっていたとは思わなかったな。
――いや、嘘を吐くのはよくないか。
使っている素材が、神が殺すのを止める程の魔物の素材なのだ。
ゼアーが言う通り、ヤバい代物にならなければおかしい。
使っているリディスは杖が凄いものだとは分かっているようだが、どれ程ヤバい代物なのかは理解していない。
「良ければ一本作りましょうか? 素材は余っていますので」
「いらないわ。どうせ使わないし」
まあ魔法については、お互い武器があるからな。
魔法少女は基本的に、専用の武器を変身した時に持っている。
俺ならば杖だったり、とある日本ランキング7位の魔法少女ならば、剣と刀の二刀流だったりする。
他にも銃だったり指輪だったりロボットだったりするが、基本的に自分の武器以外は使わない……というか使えない。
それに俺はお遊びで作ったが、どうせこの世界からおさらばする時には、捨てなければならないだろう。
「小さき紅蓮の炎よ。大地を砕け」
俺とゼアーがこそこそと話している内にリディスが魔法を発動させ、案山子の上に赤い魔法陣が現れる。
赤い熱線が放たれ、案山子の周りを爆発させる。
「あれは……八十点位ね。杖を考えれば及第点以下だけど、これまで魔法が使えなかったことを考えれまずまずかしらねぇ……」
「出来損ないに……出来損ないに僕が負けたと言うのか!」
「そうみたいね」
キッパリと言い切るゼアーへ、鬼のような形相でネフェリウスは詰め寄ってくる。
これが強面の大男だったりすれば多少威圧感があるのだろうが、俺より少し背の高い子供では、子犬が吠えている様なものだ。
「これが私の成果……と言った所ですね。次期当主だからと胡坐をかいている坊ちゃんでは、今後二度とリディス様には勝てないでしょう」
「……何故だ。何故出来損ないがあれ程の魔法を使える! あんなもの、教科書にも載っていないではないか!」
「リディス様が魔法を使えなかったのは、使える魔法が固有魔法と呼ばれる特殊なものだったからです。ついでに試験の勉強は死ぬ気で覚えさせました」
リディスの魔法は、説明を考えるのが面倒なので、固有魔法という事にした。
そうすれば属性を複数使える理由になるし、固有魔法ならば仕方ないですむ。
「固有魔法?」
「はい。そのため、リディス様は通常の魔法が使えなかったのです。今のリディス様は、魔法自体は異なりますが全ての属性が使える、唯一無二の存在かもしれませんね」
この世界では多くても使えるのが三属性であり、全属性を使えるのは、過去に存在した勇者や賢者なんて呼ばれる存在だけだと、絵本に書かれていた。
これでネフェリウスはもう、リディスを出来損ないと呼ぶことは出来ないだろ。