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第23話:物理系魔法少女魔法無し

 剣を構えて対峙する、二人のメイド。


 片や剣の訓練を始めて間もないハルナと、騎士団でも有数の剣の使い手であるゼルエル。


 前回ゼルエルがハルナと戦った時は、雰囲気はともかく太刀筋は素人のそれだった。


 しかし今は……。


(これは……まるでベテラン騎士の様な圧ですね)


 構えが変わっただけではないのに、隙が消えてしまい、どう打ち込んでも一撃目を防がれる未来を幻視する。


 ヨルムとの死闘により、ハルナは剣の使い方を身体に染み込ませた。


 魔法少女としての剣の技能は、あくまでの能力なので、魔力さえあれば意のままに発動することが出来る。


 ハルナの思った通りに身体が動き、思った通りに魔法が発動する。


 分かりやすく言えば、剣の達人の動きをトレースしているようなものだ。


 ハルナ自身の技量など関係ない。


 しかし身体を動かしているのはハルナなので、その動きは経験として蓄積されていた。


 身体能力は遠く及ばず、猿真似の粋を出ないが、多少ハルナの剣はマシになった。


 決して速くない動きでハルナは接近し、剣を振り上げる。


 軽く後ろに引きながらゼルエルは避けるが、剣の鋭さに目を細める。


 たかが一振だが、その一振から技量を見抜くのがゼルエルだ。


 正確に相手の強さを測り、的確に対処をする。


 ハルナは振り上げた剣を返すようにして振り下ろし、そこから身体を回転させて薙ぎ払う。


 薙ぎ払いに合わせてゼルエルは剣を振り下ろすが、ハルナは正確に剣を見切り、半身になって避けた。


 前回ならばハルナは避ける動作をせず、剣で受けるか、カウンターを狙おうとして吹き飛ばされたりしていた。


 しかもハルナは避けながら、ゼルエルの目をしっかりと見ている。


 魔法戦ならともかく、剣での戦いでは相手の目をよく見るのが大事だ。

 

 目は口ほどに物を言うと言われる程なのだから、達人ならば相手の目を見ることで、次の行動を予想するのは容易い。


(これが悪魔の子供達レプリカントチャイルドの成長速度ですか……)


 ゼルエルが昔戦った悪魔の子供達は、ほとんどが産まれて間もない個体だった。


 何故育てずに邪教が使っていたかだが、反旗を翻えされては困るからだ。

 悪魔の子供達は造られた存在なだけあって、全ての性能が人のそれを凌駕しているとされている。


 もしも育てている途中で、使い捨てられていることに悪魔の子供達が違和感を持ち、反乱しようものなら勝ち目はない。


 そうならないように、邪教は手を打っていたものの、確実ではないので爆弾の様な運用をしていた。


 その事は邪教が拠点にしていた研究所のメモに書いてあり、当時メモを読んだゼルエルは、あまりにも哀れな存在である悪魔の子供達を憂いた。

 

 だからと言って悪魔の子供達を一人として生かすことは、人道的に許される事ではない。


 ハルナの変わりようにゼルエルは戦々恐々とし、細心の注意を払いながら、一進一退の戦い繰り広げる。


 互いの剣は当たる事無く、全て宙を裂く。


 これは別段不思議な事ではない。


 ハルナは意図して剣を避けており、ゼルエルは剣を受ける程ではないからだ。


 確かに見違えるほどハルナの剣筋は変わったが、ゼルエルには程遠い。


 それはハルナ自身が一番理解しており、歯痒く感じている。


 ハルナの身体は確かにまともと言える状態にはなったが、身体能力で子供が大人に勝てる道理はない。


 魔法による強化をすれば別だが、素人が数日で達人に勝つのは物理的に無理だ。


 ハルナに才能があれば別かもしれないが、悲しいことに、ギリギリ並みといったところである。


 魔法少女(イニー)でなければ、ただの一般人(ハルナ)だ。


 しかしだ。ハルナがゼルエルに優るものが、一点だけ存在する。


 それは……。――死を、痛みを恐れない。


 このままゼルエル優勢で終わると思われた訓練は、思わぬ事態となる。


 せめて一本でもゼルエルから取りたいと思ったハルナは、奥の手を使うことにした。


 ヨルムとの戦いにおいて、運悪くハルナが編み出してしまった技。


 正確には魔法少女の時に使っていた技を、自力で使えるようになったのだ。


 たかが訓練で使って良いものではないが、負けっぱなしはハルナの性分ではない。


 戦いながら呼吸を整え、意識を切り替える。


 これは訓練ではなく、負ければ死ぬ戦いだと思い込ませる。


 脳が死なないために身体のリミッターを解除し、通常よりも力を出せるようになる。


 脆い肉体では出来る事は限られるが、それでも一瞬だけ魔法少女の時に近しい力が出せる。


 ゼルエルが避ける為に一歩引いた時を見計らい、一気に踏み込む。


 骨の砕ける音が響き、急に速度の上がったハルナに、ゼルエルは目を見開く。


 剣を避ける為にほんの僅かだけ体勢が崩れた今の状態で、ハルナの速度に反応出来ない。


 ゼルエルが着ているメイド服は防刃加工が施されており、真剣の一撃程度ならば死ぬ事はない。


 だが、ここでハルナに一本取られるのは、騎士であるゼルエルが許せない。


 瞬時に魔法で身体を強化したゼルエルは、ギリギリの所で剣を振り上げる事が出来た。


 振り上げた剣はハルナの剣を打ち据える。


 ここで一つ問題となるのだが、ハルナは見た目の通りかなり軽い。


 一応同じ年齢であるリディスと比べても、目で見て分かるほどだ。


 更に今のハルナはリミッターを解除した関係で、全身に力が入ってしまっている。


 剣を離す事が出来なかったハルナは剣と共に弾かれ、吹き飛んで行った。


 ゼルエルの振り上げは咄嗟の事だったのもあり、かなりの力が入っていた。


 ――ハルナは、星となった。


 流石に不味いとゼルエルは心配になるが、ハルナは鎖を地上へと穿ち、足場にして降りてきた。


 吹き飛んだ時に砕けた足の骨も治したが、靴下や靴が赤く染まっている。


 この戦いはあくまでも訓練なので、魔法による強化は禁止している。


 それなのに負けたくないからと、ゼルエルは強化をした。


 気まずい空気が二人の間に流れる。


「すみません。咄嗟の事で、身体強化をしてしまいました」

「そうですか」

 

 自分が悪いと分かっているゼルエルは謝り、ハルナは一応謝罪を受け入れる。


 ハルナが使ったのは、脳による抑制を解除することにより、限界以上の力を引き出す、リミットブレイクと呼ばれるような技だ。


 メリットは一時とはいえ限界以上の力を出せることだが、デメリットの方が大きいため、今のハルナでは戦闘中に数秒が限度だ。


 魔法少女の時に使える回復魔法と、変身していない時に使える回復魔法は大きく違い、特に変身していない時は速効性があまりないため、戦いながら治すのが難しい。


 無論抜け道もあるが、今は立っているのもやっとだったりする。


「先程の踏み込みですが、魔力を感じませんでした。それに、その足は……」


 ゼルエルは戦いの中でハルナの身体能力を推し測り、どんな攻撃も対処できるようにしていた。


 しかし魔法も使わずに超加速されたため、反応が遅れてしまったのだ。


「内緒です。足については問題ないです。治療は済んでいますので」


 別に教えても良いのだが、負けたことが気に食わず、若干拗ねている。


 ハルナとて気を抜いたわけではないが、まさかルールを破って強化してくるとは思わなかった。


 ルール上ハルナの反則勝ちだが、やはり勝利とは完全なものでなければならない。


「そうですか……」

 

 それ以上、ゼルエルが言える言葉は無かった。

 

 このまま続けて二戦目と言うわけにもいかず、今日はここまでとなった。


 ハルナはゼルエルに頭を下げて屋敷へと戻り、忽然と姿を消す。


 いつもの様に山へと、風呂へ入りに行ったのだ。


 ゼルエルはハルナが何をしたのかを理解しようと、戦いの時の事を思い出していた。


 ほんの一瞬の出来事だったが、ゼルエルはハルナが速くなる瞬間、何か固い物が砕ける様な音を耳にしている。


 砕けたのが足だったのは、赤く染まったハルナの足を見たので分かるが、問題はどうやって砕けたかだ。


 そこに魔法が関与していないのは、戦っていたゼルエルが一番理解している。


(あれは……)


 何がどうしてああなったのか、ゼルエルはまったく分からない。

 

 分かる事は、自爆技である事位だろう。


 魔法を使用しない技ならば、自爆技だとしても、いざと言う時の一撃としては使えるかもしれない。


 しかしもしも先程の技が、悪魔の子供達固有のものだとすれば……。


「おやおや。もしかしたらと思いましたが、やはりいましたか」

「――ジャックですか」


 ポツンと佇んでいるゼルエルは振り返り、好々しい笑みを浮かべているジャックを見る。


「天へと伸びる鎖が見えたのですが、何をしていたのですか?」

「稽古を頼まれたので、剣の手解きを」

「ほう? どうでしたか…………と聞くのは野暮ですか?」

「別に……」


 視線を少しだけ逸らしたゼルエルは、反則負けしたこともあり、素っ気なく返す。


 メイドとなってからも剣の訓練を欠かさないでいることもあり、全盛期と相違ない剣の鋭さがある。


 だが、戦いから身を引いている状態のため、勘が鈍っている。


 訓練だからと、上から目線になっていた故の結果なので、ゼルエルは珍しく反省している。


 そんなゼルエルが珍しいのか、ジャックは内心で首をかしげながら笑った。 

 

「……魔法とは違い、剣の腕は本人の言っていた通り、素人のものでした。初日など正に年相応といった感じですね」


 魔法少女の時以外で、ハルナが剣を持ったのは、ゼルエルと戦った日が初めてである。


 さらに身体能力が普通になったと言っても、ベースは地球の時のものになっている。


 数キロもする真剣を、満足に振れるわけがないのだ。


 たがヨルムとの戦いで破壊と治療を繰り返したことで、少しだけ身体能力が向上した。


 間違いなく身体に悪影響を与える行為であり、アクマに無理をするなと言われている中での行為だったので、後程散々怒られていた。

 

 ハルナも自分が無茶をしてるのを重々理解しており、素直に怒られるしかなかった。


 今はお風呂で、謝罪の意を込めてアクマを洗っている。

 

「それが、どうしてそのような状態で?」


 ジャックからみた今のゼルエルは、落ち込んでいる様な、何か恐れている様に見える。


 一体何をしでかしたのか……話しを聞くのをジャックは楽しみむように笑う。


「間違いなく、才はありません。おそらく鍛えたとしても、騎士団の団員がせいぜいでしょう」

「ほうほう。魔法の時とは一転して、辛辣な評価ですな」

「ですが、――私は一本取られました」


 反則負けした事を伏せ、普通に一本取られたことにゼルエルはした。


 自分が何をしたのかジャックへ正確に話せば、後々揶揄われるのが目に見えている。

 

 なので、普通に負けたことにした。


「辛辣な評価をしておいて、まさか一本取られるとは……ふむ?」


 少しだけ辺りをジャックが見渡すと、一部赤く染まっている場所があった。

 ゼルエルに怪我らしいものは見えないので、ハルナのものと思うが……。


「戦いから離れていたのもあり、油断していたのもあるのでしょうが、身体強化を使わずに、それと同程度の速度で接近してきました」

「それで反応できなかったと」

「はい。どう鍛えても、並み以上にならないと思いますが…………」


 そこでゼルエルは言葉を切り、訓練を思い返す。


 戦いの最中、ある意味当たり前だが、ハルナは常に無表情だった。

 

 ゼルエルの剣を恐れず、最後の時もなんの予兆や変化もなかった。


 ハルナから感じられていたもの。


 それは……。


「執念……あの執念があれば、本気の私を倒し、剣聖と呼ばれるような存在になり得るかもしれません」 

「それは悪魔の子供達だからですか? それとも、あの子だからですかな?」

「さあ。今はまだ分かりません。それより、私に会いに来たってことは、報告があるのでは?」


 ゼルエルは自分がハルナに絆されてきていると理解していると共に、ハルナに勝てないと理解している。

 勿論いざという時は命を賭けて戦うが、出来ればそんな未来は来てほしくない。


「ええ。やっと調べ終わったのでね。先ず、件の天候魔法ですが、それらしいものを見たと言う領民が居ました。まるで空が割れるような凄い爆発だったそうです」

「本人の言っていた通りと言うことですね」


 今日一番の笑顔を浮かべるジャックに、相変わらずだとゼルエルは思う。



 報告をした領民だが、直ぐに家族を連れて逃げようとしたが、妻に煩いと怒られ、朝になってから知り合いに話しても、夢でも見てたのだろうと相手にされなかった。


「続いて白髪の少女の目撃情報ですが――ありませんでした。不思議に思い、侯爵領の全ての宿屋に当たって見ましたが、見ていないとのことです」

「…………バッヘルンが何かしら関与している可能性は?」

「何とも言えませんな。秘密裏に輸送するのでしたら、何かしら証拠が残りそうですが、それらしいものもありません。一体どこから現れたのでしょうね?」


 どこからともなく現れ、何故かメイドをしている少女。


 調査をしてみても、更に謎が深まるばかり。


「それと学園についてですが、一般的入学の枠は確保できました。後は当主様の判断と、ハルナの実力次第ですな」

「その件ですが、入試については問題なさそうです」

「ほう?」


 ゼルエルはネフェリウスとの会話を、ジャックに話した。


 僅か三十分で八割以上の点数を取り、魔法の試験でもほぼ満点を出したことを。


 ついでに、ネフェリウスがもしかしたらもしかするとも。


「そうですか。あの尖っていた坊っちゃんが……。いやはや」

「それと、もしかしたら入学の枠を、もう一つ確保してもらうかもしれません」


 ハルナが居ない所で、今日も大人達の悪巧みが行われる。


 それがハルナにとって良いことなのか、それとも悪いことなのか?


 全てを知った時、アクマは笑うのだろう。

 



 

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― 新着の感想 ―
ジャックさん火魔法好き過ぎですね たくさん燃やしたんだろなぁ天高く… ともあれ、これからも落ち着いた大人と多くの出会いがあるといいねこの世界では
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