第21話:ドラゴンVS魔法少女……メイド
「ほれどうした。もう終わりか?」
「ま……まだよ……まだ……やれる……わ」
戻ってみると、地面に膝を着いて息も絶え絶えのリディスを、木の上で座っているヨルムが煽っていた。
そんな気はしていたが、やはりヨルムに攻撃を当てる事は出来なかったか。
もしかしたら少女の姿になった事で、弱くなったのかもと思ったが、割りと強いらしい。
「残念ながら時間ですよ。ヨルムもお疲れ様です」
「大丈夫だ。しかし、人の子も中々やりおる。これが今の普通なのか?」
「それは違いますね。リディスが使う魔法はこの世界の物とは別ですから」
「そうか……我がこれまで見て来たものと違うゆえ、驚きはあったが……」
ヨルムはジッと俺を見た後に、「うむ」と言って頷いてから木から降りてきた。
何がうむなのか知らんが、とりあえずリディスも回復させよう。
「そ、その子は一体……なんな……のよ」
「さあ、何なのでしょうね」
魔力をリディスへと注入すると、直ぐに顔色も良くなり、息も整い始めた。
さて、この杖をどんな名目でリディスに渡すか……。
多分一発位なら、或いは倒せるんじゃないかと思っていたが、現実はそう甘くない。
「あー、生き返るわ。もう! 何で当たんないのよ! 普通に考えて、あんなに魔法をほいほい避けられるはずないでしょ!」
「それはリディスの魔法の使い方が悪い。威力が高ければ別だろうが、魔法が発動する前に魔法陣の範囲から外れてしまえば、避けるのは容易い」
ヨルムに当たり前と言えば当たり前のことを言われ、リディスは「あっ」と声を出した。
当たり前と言えば当たり前の弱点ではあるが、どうやらリディスは気付いていなかったらしい。
来ると分かっていても、避けられない様にすれば良いのだが、そこまでリディスは応用を効かせられなかったか。
「普通は分かっていても、避けられないと思いますけどね」
「我は凄いからな。これまで母様以外には、ハルナにしか負けておらん」
むふーと効果音が聞こえそうなどや顔を決め、ヨルムは俺の横に並んだ。
魔物であるヨルムの場合、負けることは死を意味する。
生きていると言うことは、誇れる事なのだろうが、どや顔についてはイラっとしてしまう。
「因みにヨルムは、武器を使えるのですか?」
「剣と籠手だけは教わっておる。この姿でちゃんと使えるか分からんがな」
それは僥倖だ。
メイド長だけを相手にするより、色んな相手と戦えた方が訓練になる。
「よし! もう一回よ! 次こそ当てて見せるわ!」
休んだことでやる気を取り戻したリディスがヨルムを指差すが、今日はもうやらせる気は無い。
残りは新しい杖の練習に割り当ててもらう。
「どうせ当てられないので却下です。それよりも、残りの時間はこの杖を使って練習してください」
俺の杖をリディスから取り上げ、代わりに昨日作った杖をリディスへと渡す。
「えっ? これって……」
「リディス用の杖となります。一応一品物になります。血を垂らしてみて下さい」
「わ、分かったわ」
懐からナイフを取り出したリディスは指に刺し、杖へ血を垂らす。
血は杖へ瞬く間に吸われ、少しだけ淡く光った後、生きていることを主張するかのように、魔力を辺りに放った。
使った素材が素材だったからか、やはりただの杖では終わらないか。
「どうですか?」
「……とてもよく馴染むわ。でも……悔しいけど、今のままでは上手く使えないわね……」
俺と初めて会った時の様な悔し気な表情を浮かべ、リディスは俯いた。
俺の杖は初心者にも優しい仕様だが、リディスに渡した杖は能力特化となっている。
それでも俺の杖の方が総合的には良いかもしれないが、専用として作ってある分、リディスが渡した杖を十全に使えれば、俺の杖を使っていた時よりも、強い魔法を使えるようになるだろう。
使えればだが。
「使っている素材が素材ですからね。この世界でも五本指に入る杖かと思います」
「うむ。感謝して使うのだぞ」
「ハルナには感謝するけど、なんであんたが偉そうなのよ」
リディスがヨルムにジト目を向けるが、杖の素材の大半は、ヨルムの物だから、その態度は間違いではない。
ヨルムには何も言ってないが、杖が自分の素材で作られているのが、感覚で分かったりするのだろう。
「杖は差し上げますので、頑張って下さい。それと、念じれば消えたり呼び出してりと出来る機能があるので、色々と試してください」
「……これって、ご褒美として用意していたものじゃないの?」
「いえ。ご褒美はこちらの方ですね」
剣をアイテムボックスから取り出し、軽く見せてから直ぐにしまう。
武器として性能もさることながら、見栄えも良いので、リディスは目を輝かせた。
その輝きも、武器をしまうと失せてしまったが。
「近接戦用に用意した剣ですが、魔法が未熟な間は、魔法を練習しましょう」
「うー。分かったわ」
杖を握ったリディスは俺から離れ、魔法の練習を始めるが、発動した魔法が安定していない。
あまり時間が無いので不安だが、本人の頑張りに期待しよう。
「ハルナが使う魔法と、かなりの差があると思うのだが、それはどうしてだ?」
「熟練度もあるでしょうが、扱える魔力量に差があるので、そのせいでしょうね」
「熟練度?」
「魔法に慣れているか、いないかってことです」
教育を受けていると言ったが、何もかも知っているわけではないか。
ボロが出てもどうにかなるだろうが、少しは教育をしてやるとしよう。
さて、リディスはまた放置するとして、俺は俺の訓練をするか。
変身を解き、例の大剣を取り出して半分にする。
「その剣も、我の素材から作っているのだな」
「素材としては一級品みたいですからね。一本持って下さい」
「うむ? 持ったが、どういうことだ?」
「訓練ですよ。死ななければどうにかなるので、戦いましょう」
身体に鎖を巻き付け、簡易的なアーマーと身体強化の代わりにする。
諸事情で身体強化がまだ出来ないので、鎖を代用する。
思考のリソースを削がれるが、無いよりはマシだ。
「戦うのは良いが、魔法と同じとは言うまいな?」
「剣は素人ですよ。それに変身もしていませんからね。手加減をして下さいね」
胡散臭そうに顔を歪められるが、本当に本当なのだ。
俺が魔法の試し撃ちついでに整地した場所まで離れ、互いに剣を構える。
俺は正眼で、ヨルムは下段で。
剣の持ち主である俺は能力の恩恵を受けられるが、ヨルムは少し重めの剣でしかない。
これ位はハンデとして受け取って貰おう。
「それでは――始めましょう」
「うむ!」
先手とばかりに踏み込むが、圧倒的にヨルムの方が早く踏み込んできた。
下斜めからの斬り上げは全く容赦なく、直撃すればほぼ間違いなく死ぬだろう、遠慮のない攻撃。
上から叩くようにして振り下ろすが、スピードもさる事ながらパワーもヨルムの方が上だ。
鎖の一部をアンカー代わりに地面へ打ち込み、身体が浮き上がらないように耐える。
腕から軋む音がするが、結構痛い。
魔法少女の時ならば多少痛みも和らぐが、生身だとダイレクトに痛みが襲ってくる。
「よもや抗うとはな」
「ギリギリですけどね」
負けじと上から力を入れるが、このままでは俺の腕の方が先に、駄目になってしまうな。
無理をすれば、治しながら戦うなんて事も出来るだろうが、今はまだ無理をする時ではない。
だからと言って負ける気は無いがな。
ヨルムの力を上手く利用し、剣を横へと流す。
いくら力があったとしても、一方に全力で振れば、戻すのに逆方向の力が必要となる。
その引き戻す瞬間が――隙となる。
筈だったんだけどな……。
剣を横に流され、身体が開いたヨルムは剣を手放してしゃがむと、足払いをしてきた。
既に攻撃態勢に入っていた俺は避けることが出来ず、更に身体からアンカーを出しているせいで、足払いの威力を逃がすことも出来ない。
両足から小気味良い音が聞こえ、足の骨が外へと飛び出す。
ヨルムが驚いて固まるが、片腕で殴り飛ばし、足に鎖を巻き付けて治療する。
悲しい事に、怪我には慣れている。
今更骨が折れて飛び出た所で、痛みでのた打ち回ることなどない。
ついでに、ヨルムを殴った時に指の骨も砕けたが、足と一緒に魔法で治す。
一々詠唱しなくて良いのだが、俺が魔法少女として使っている物より治りが微妙だ。
まあ血の消費を気にしなくて良い分気は楽だが、魔力によるごり押しは難しいかもしれんな。
「言ったでしょう。死ななければ問題ないと」
「……そうだったな」
吹き飛ばされたヨルムは捨てた剣を広い、服の汚れを払う。
俺の骨が砕ける位強く殴った筈だが、ヨルムに不調は見られない。
「やるからには、お互い本気でやりましょう。その方が、訓練には丁度良いですから」
「レッドアイズスタードラゴンである我が、二度も土を付けられるとは……次は無いぞ」
「先程の一撃で理解していますよ」
肉体的な性能は勿論、瞬時の判断も素の俺より上の様に感じた。
何がちゃんと使えるか分からんだ。感じる圧は、メイド長より重くて冷たい。
まったく……心が躍って仕方ない。
「行きますよ」
「――来い」
結果は……まあ……なんだ。
俺が一方的にボコされる事になった。