第20話:子育て?
夢。寝ている時に見るものを指すのか、それとも将来の展望の事を指すのか。
――どちらも、俺は嫌いだ。
寝ている時に見るのは大抵悪夢であり、将来の展望など、俺にはなかった。
ただ生かされるだけの人生……そんな者に、夢など無い。
その癖…………いや、既に過ぎたことだ。
俺は既に榛名史郎ではなく、ハルナでありイニーフリューリングである。
そんな俺は現在、自分とヨルムの分の朝食を作っている。
正直忘れていたが、この世界の魔物にはちゃんと肉がある。
俺が居た世界の魔物は、星喰から漏れ出た魔力が形を持った存在なので、倒しても魔石しか残らなかった。
魔力を吸うことで成長していたが、人で言うところの食事は必要としていなかった。
たが人と同じく肉があると言うことは、食事が必要となってくる。
何せ、ヨルムが起きて最初に言ったのが「腹が減った」だからな。
ついでに今日は、ヨルムにぺしべしと叩かれて起こされた。
ヨルムの服は、メイド長が用意してくれたメイド服であり、なんと自分で着ることが出来ていた。
そんなメイド長は既に部屋に居らず、仕事に出ている。
どうやら親から、人間界で居きる上で必要最低限の事は教わっているらしい。
「お待たせしました。それでは食べましょう」
今日の朝食は焼いたパンに、玉子とベーコンを一緒に焼いたもの。それから練習がてら淹れた紅茶だ。
「ありがとうなのだ」
「構いませんよ」
ヨルムは物珍しそうにしながら、笑顔でパンを食べた。
「美味いな。母様がよく人の国に出ていた理由が分かる」
「いつもは何を食べていたんですか?」
「そこらにいる魔物や、稀にやってくる人だな。最後に食べたのは、確か数年前だったはずだ」
魔物なのだから人を食べてもおかしくないが、どうやら食事自体はあまり必要としていなかったようだ。
話しに出てくるヨルムの母の事が気になるが、どうして父の事はほとんど出てこないのだろうか?
もしかしたら生殖も人と違うのかもしれないが、聞くほどの事でもない。
さっさと朝食を食べ終え、軽く身支度をする。
鎖を服の中に忍ばせ、身体に負荷をかけることにより、日頃から身体を鍛える。
万が一にもないと思うが、こうしておけば不意の攻撃にも対応できる。
時計を見れば、領主一家が食事を終える頃となっているので、そろそろリディスの部屋に向かうとしよう。
……その前に、ヨルムに念を押しておくか。
「念を押しておきますが、此処での私はただの一般人ですので、変な事を言わないように。それと、魔法も一般的に初級と呼ばれるもの以外は使用してはいけませんからね」
「任せておけ。我とて力を誇示する気は毛頭ない。それに、人の子は脆弱だと教えられている」
心配はあるが、本人が自信満々なので、信用するとしよう。
問題が起きたとしても、最悪死ななければ何とかなる。
「それでは行きましょうか」
「うむ!」
何故か背中にしがみつこうとしてくるヨルムを鎖で縛り上げ、リディスの部屋に向かった。
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「それは何かしら?」
「新人メイドです」
「ヨルムだ。よろしく頼む」
部屋に入ってそうそう、リディスは俺の右上に浮いている……鎖で巻かれているヨルムを変な眼で見た。
本人は気にしていないが、ここに来るまでも変な眼で見られ続けて来た。
正確には生温かい視線と言った所か。
「メイドねぇ……あら? あなたの左手に紋章なんてあったかしら?」
半目にしていた視線を俺に移し、目聡く左手の紋章を見つけてきた。
それなりに勉強をしているので、この紋章が何を意味するのかリディスは理解しているはずだ。
流石に何と契約しているかは分からないだろうが、下手に隠しても意味は無いだろう。
「わけあって魔物と契約しました。召喚することはないと思いますがね」
既に此処に居るし。
因みにヨルムを拘束している鎖だが、ヨルムならば簡単に引き千切る事が出来る。
「そう……気になるけど、教える気はないのでしょう?」
「気が向いたら教えますよ。それより、今日も魔法の練習をしましょう。私の課す課題をクリアできましたら、ご褒美を上げましょう」
「ご褒美?」
「はい。先ずは移動しましょう。掴まって下さい」
昨日武器を作った山へと転移し、ついでにヨルムの鎖を解く。
課題についてだが、ヨルムが居る事により、良いのを思いついている。
リディスの戦闘適性を見ることが出来ながら、ヨルムの教育にもなる。
「課題ですが、ヨルムに一撃でもいいので、魔法を当てて下さい」
「……流石にそれは酷くないかしら? その子はどう見ても普通の子でしょう?」
見た目は俺より少し小さいチンチクリンだが、中身は巨大なドラゴンだ。
リディスの使える程度の魔法では、かすり傷も付けられない。
話に上げられたヨルムは特に気にした様子は無い。
「大丈夫ですよ。確かにヨルムはこの世界の生物ですが、リディス程度では怪我の一つも負わせることは出来ないですから」
「うむ。我はこう見えても結構強いぞ。ドンと挑んでくるがよい」
人に変身した事で防御力が落ちていないか心配だが、本人が大丈夫そうなら気にしなくても良いだろう。
流石に杖無し状態では発動時間もあって不利になるので、貸すことにした。
「時間は今から一時間としましょう。ヨルムから手出しをしてはいけませんからね」
「分かっている。この身体の調子を確かめるついでに、遊んでくれるわ」
「ふん! 泣いても許さないんだからね!」
やる気満々と言った感じにリディスは杖を構え、既に魔法陣を展開している。
それを見たヨルムは少し目を見開いたが、鼻で笑って挑発した。
大方、俺と同じ魔法が使えると驚いたが、リディスが使えるのはしょぼい魔法だと気付いたのだろう。
「それでは――始め」
「氷の礫よ。荒れ狂え!」
始まると共にリディスの魔法が発動し、ヨルムへと降り注ぐ。
一撃でも当てればリディスの勝ちなので、範囲攻撃を選択するのは良い選択だ。
俺も同じ条件下ならば、辺り一面を吹き飛ばすか、巨大な氷で押し潰すだろう。
ヨルムは直ぐに範囲を見切り、当たらない場所へと移動した。
その動きは無駄を感じさせない物であり、人間状態での戦いも慣れているのが窺える。
さて、巻き添えを喰らいたくないので、俺は一旦離れるとしよう。
杖を貸す手前変身を解くことは出来ないが、折角なので昨日作った杖を使ってみよう。
使うのはリディスだが、先に使用感を確かめておくのも師匠の務めだろう。
血を垂らさなくても、使うこと自体は出来る。
「氷弾」
小さな魔法陣から撃ち出された氷弾は、何本もの木を貫いて見えなくなった。
流石に使いなれている杖に比べると微妙だが、代用品としてなら使えるな。
――ふむ。折角だし、あれを試してみよう。
「荒れ狂う流れよ。螺旋となり穿て」
ネフェリウスが使った魔法を、アレンジして放つ。
二つの魔法陣から出た水は回転しながら螺旋となり、木だけではなく地面すら抉りながら突き進んでいく。
『この世界でアクアスパイラルと呼ばれている魔法の、およそ五倍の威力だね。当て付けかな?』
(これまで水の魔法はあまり使ってこなかったから、使ってみようと思っただけだ)
実際に使ってみて思ったが、お遊び位でしか使い物にならないな。
誰とは言わないが、世の中には東京ドームクラスの氷塊をあっという間に溶かす魔法少女や、物質だけではなく、空間すら凍らせる魔法少女がいる。
補助として水の魔法を使うのはありだが、主力としては無しだ。
まあそもそもの話し、魔女を相手にする場合は普通の魔法なんて使っていられない。
時間や空間に干渉してくるのは当たり前だし、下手な魔法や能力は模倣されて、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。
体内に直接水の魔法を使えるなんて芸当が出来れば、まだ使えるかもしれないが、そんなことは出来ないので、使い勝手が悪い。
抉れた場所を魔法で元に戻し、杖をアクマに収納してもらう。
杖の方は、このままリディスに渡しても問題なさそうだ。
道具……ただの武器として考えるならば、上出来だ。
これならば、自分用に作った剣を使うのが少し楽しみだ。
(二人の様子はどうだ?)
『石ころ一つ掠ってないね。流石この世界でも有数の魔物だよ』
その有数の魔物でも、不意を突けば完封できるのだから、この世界の魔物は俺の世界の魔物に比べて弱いのだろう。
魔力を撒き散らす事で辺り一面を汚染し、相手を死に至らしめる魔物や、倒すと核爆発より酷い自爆をする魔物なんて居たら、この世界はとっくに崩壊していそうだ。
(そうか。ところで、手にある紋章ってアクマでも消す事が出来ないのか?)
『無理矢理パスを遮断すれば出来なくないけど、この世界ではグレーな行為だから、やるとしてもこの世界からいなくなる時だね』
(俺としては無理矢理契約させられた様なものだが……仕方ないか)
リディスの訓練相手としては使えるし、元の姿に戻せば威圧感もある。
これ以上ヨルムについて、愚痴るのは止めておこう。
そんなこんなでアクマと会話しながら時間までダラダラと過ごし、時間になったのでリディス達の所に戻った。