第172話:普通の感性
「これにてダンジョン科の見学は終わりとなる。今は大丈夫だと思うが、帰ってから疲れが出てくるので、今日はしっかりと休むように。最後に、ダンジョンは危険だが、危険に見合った物を手に入れられ無い可能性がある。理想も大事だが、現実を見る事が大切だ。それでは、解散!」
最後に夢だけを見るなとありがたい言葉を貰い、ダンジョン科の見学は終わりとなった。
帰る前にエメリナの方を見ると、生徒達に囲まれていた。
現役の冒険者なのは勿論、数少ないSランクであるエメリナに聞きたい事があるのだろう。
世間的にはヨルムを倒した事になっているのも大きいだろうし。
今ならば一人で帰れるので、さっさと帰るとしよう。
…………そう言えば、結局教師の名前を聞かなかったな。
……まあ良いか。
さて……。
「ライト」
ダンジョンが見えなくなった辺りで、エメリナのライトを真似てみる。
日が傾いてきているため、しっかりと通常のライトとの差が分かる。
流石に見よう見まねの一回目では安定しないが、やり方は分かっているので直ぐに安定して調整出来るようになった。
通常のライトをLEDの光だとすると、これは焚き火の光と言った所だろうか?
目に優しく、安心できるような光だ。
調整しているだけではあるが、使い道はありそうだ。
森の出口が見えてきたので、ライトを消し、リディスが居る場所をアクマに探させる。
どうやらあのリオネリウスの所に居るみたいだな。
おそらく午前の件で約束でもしていたのだろう。
経験を積むには数をこなすしかないので、今頃あの将棋モドキで戦っているのだろう。
ここから図書室までは随分と距離があるので、歩いて向かえば結構時間が掛かる。
鎖で跳んで行けば直ぐだが、間違いなく目立ってしまうので、この前着替えたのと同じく近場のトイレに入り、図書室近くのトイレに転移する。
これで十数分掛かる距離が数秒に縮まった。
既に放課後という事もありこの辺りは結構静かだが、外では部活動をしている生徒が見える。
いつもは授業が終わり次第直ぐに帰っていたため、部活動をしている生徒を見るのは新鮮だ。
男だった頃も帰宅部だったので、見る機会はほとんど無かったな。
戦略研究クラブのドアを開けると、リディスとリオネリウスが盤を挟んで向かい合っていた。
「それでは私は騎士を進めます。馬を装備しているので二倍進め、戦士と騎士を戦死判定にします」
「……魔法使いで支援魔法を発動。兵士の筋力を上げ、騎士を捕虜にします」
俺が入ってきた事にも気付かない位集中しているようだな。
何を言っているのかはさっぱりだが、どちらも表情を消しているのが中々興味深い。
表情を相手読ませないってのは、盤遊戯では大切なのだろう。
どんな小さな情報でも、その情報で有利に繋がる可能性がある。
態々相手に塩を送る必要もない。
だが、リディスの声はいつもよりも硬いので、追い詰められているのはリディスの方なのだろう……多分。
ヨルムはどうしているかと思い、部屋の中を見回すと、椅子に座って本を読んでいた。
これだけ様々な本があれば、暇を潰すには良いかもしれない。
強いて言えば専門書的な側面が強いので、人を選びそうだが。
「何を読んでいるのですか?」
「五十年前にあった戦争の戦略過程の本だ。我には必要ないが、知識の一端として興味がある」
魔物が戦略なんて取るのはゲームの中位だろうし、力で蹂躙出来るヨルムにとっては必要のない物なのだろう。
ヨルムが魔王的な立ち位置となり、軍を率いるのならば話は変わるが、クシナヘナスの娘である以上そんな事にはならないだろう。
さて、あまり遅くなりすぎると馬車の御者に悪いが、途中で止めるというのも憚られる。
訓練や悪意にリディスを晒す分には気にしないが、別にリディスを虐めたい訳ではない。
人として楽しめるのならば、それを無理に止めない方が良い。
神の意向にも沿う事になるし、大抵の場合良い事があった後は悪い事も起こるのが通例だ。
とは言ってもあまりにも時間が掛かるようならば、切り上げるように言うしかないが、後一時間位は大丈夫だろう。
夕飯の下拵えはしてあるし…………あっ、ストロノフを呼びに行くのを忘れていた。
今の内に呼んでくるとするか
「少し出掛けてくるので、帰ってくる前に終わったなら呼んで下さい」
「分かったのだ」
ヨルムに駄賃としてクッキー渡し、アクマセンサーでストロノフの位置を調べる。
どうやら寮に帰っている最中みたいだな。
これから用意や着替え等をする事を考えれば、歩いて向かえば良い感じになるだろう。
寮まで二十分位掛かるだろうからな。
全く、広いのは分かっているが、こんだけ広いのならば転移系とは言わないが、移動系の魔法や魔導具でどうにかしてくれても良いのではないだろうか?
健康のために歩けと言われたらそれまでだが、一年生はともかく、二年生になった後とか授業の移動は大丈夫なのだろうか?
強化して走ったら普通に危ないと思うが……まあどうでも良いか。
寮へと帰宅している生徒の波に紛れ込み、一緒に歩く。
多少目立つ風貌だが、紛れてしまえば背が低いのもあって、誰も気にしない。
気配を殺す術は昔から知っているし、魔法で軽く迷彩をしているので、気付かれる事は無いだろう。
流石に、完全に隠れてしまえば足とかを踏まれるかもしれないし、別に急いで向かう必要もないので、これ位で良い。
周りの雑談に耳を傾けると、やはりどの授業を選ぶかの話がほとんとだ。
異世界らしく剣術や魔法関係の科が一番人気っぽいな。
時点で貴族としてのマナー関係。
後は少数だが歴史や数学と言った、座学について話しているのも居る。
基本的な事は基礎授業として教わるが、専門的に学びたいという生徒も居るのだな。
聞く限りでは皆しっかりと実戦を学ぼうとする意志を持っているみたいだが、これで国としての戦力が落ちていっているのは、下が育っていないからだろう。
ここに居る生徒が全員前線に出るならばともかく、大多数は平民が前に出る。
その平民の育成が進んでいないのが原因だろう。
国として騎士団があるが、貴族の子息が腰掛けとして就職している側面が強いらしいので、これもまた戦力としては期待できない。
メイド長の様に強い人は居るだろうが、数の暴力には脆い。
回復手段を自前で持っていない限り、人には限界があるからな。
俺だっで戦闘の持続時間はかなり長いが、睡魔や食欲には勝てない。
食欲については戦いながら食べれば良いが、幾ら回復魔法で頭をリフレッシュしても睡魔には限界がある。
まあそれでも一週間位は戦えるだろうけど。
情報収集しながら歩いていると、思っていたよりも早く寮に着いた。
このままストロノフの部屋にこっそりと入ってみるのも面白いが、ここは素直に入り口で待つか。
…………。
…………。
「……へっくち」
珍しくくしゃみが出たな。
(後どれ位で出てきそうだ?)
『もう直ぐだね。ほら、丁度バッグを持って出て来たよ』
入り口を見ると、丁度ストロノフが出てくるところだった。
態々聞かないでもう少し待っていれば良かったな。
「こんにちは」
「ひっ! ハ、ハルナちゃん?」
おっと、魔法を使ったままだったな。
解除しておこう。
「はい、私です」
「今のも魔法なの? 精霊も見えていなかったけど……」
「迷彩というものですね。周りに溶け込んで違和感を無くす魔法です」
「さ、流石ハルナちゃん……」
精霊が見えなくなったのは完全に偶然だが、精霊とは魔力の塊みたいなものだし、俺の使った迷彩は自分を魔力の膜で包むような感じなので、精霊ごと包んでいたのだろう。
「確認ですが、準備は大丈夫ですか?」
「うん。外出届は出してあるし、着替えも持って来ているから大丈夫だよ」
「それはなによりです」
「……あの、リディスさん達は?」
「盤遊戯に夢中になっていたので、放置して迎えに来ました。戻る頃にはおそらく終わっているでしょう」
「え……ええぇ……」
何とも言えない表情をしているが、無視である。
しかしこの反応からするに、ストロノフは人間社会について普通の感性を持っているようだな。
リリアとは大違いだ。




