第169話:美術科の見学
熟考の結果、見に行くのは美術科とダンジョン科にすることにした。
アクマだけから抗議の声が上がったが、適当な物を選んだアクマが悪い。
魔女や星喰クラスの魔物がこれから先現れるならばともかく、イレギュラーのこの二人より強い魔物が現れる事は無いと言っても過言ではない。
もしも居れば、その世界はほぼ間違いなく滅びているだろう。
それに、魔物なんて強いか弱いか分かればそれで充分であり、適当に魔法をぶっ放せばそれは分かる。
そんな感じにアクマの言い分を論破している内に、第二美術室に着いた。
この学園が大きい理由の一つに、学年ごとに教室が存在している科があるからというものがある。
四学年分ともなれば、それだけで教室四つ分となる。
広くない学校なら、それだけで校舎一階分となるのだ。
無駄としか言えないが、色々と学園側にも事情がある。
そしてそんな事は俺には関係ないので、他の一年生の波に乗って教室に入る。
教室のホワイトボードには見学は自由と書かれ、質問は生徒ではなく、教師にするように書かれている。
それと、なるべく生徒の邪魔をしないようにと。
教室内で生徒達はキャンパスに様々なもので絵を描いており、真剣そのものだ。
意見のやり取りをしている生徒もいるが、全体的に雰囲気は悪くない。
軽く見て回るが、描いているのは全員同じものであり、見学に合わせているのだろう。
学園にある時計塔。使う画材が違えば絵の雰囲気は代わり、人が変われば見え方も変わってくる。
下からなのか。上からなのか。中なのか、外なのか。
芸術に触れるのは実質一年ぶりだが、むず痒いものを感じる。
これも職業病というものなのだろうが、何か描きたくなってきた。
そう言えば体験も出来ると描いてあったし、折角なので何か描いてみるか。
「すみません」
「はい。何でしょうか?」
「少し体験してみたいのですが、画材をお借りしても宜しいでしょうか?」
「ええ、問題ありませんよ。これまで絵を描いたことはありますか?」
パッと見はキツそうな教師だったか、声を掛けてみると柔らかい対応をしてくれた。
これはあれだな、怒らせると怖いタイプの人だ。
「少しだけですが」
「そうですか……でしたら、こちらとこのペンを使って下さい」
教師はいくつかのペンと、角度を付ける事が出来る机を一つ用意してくれた。
手書きの設計の勉強のために使ったドラフターを思い出すな。
勉強しておいて正直意味が無かったと思うが、まあ経験としては悪くなかった。
さて、セットされているのは大体A3サイズの画用紙か。
ペンは見る限り太さが違ったり同じ大きさのものもあるが、濃さが違うのだろう。
捨て紙を一枚貰い、全てのペンで線を引いてみる。
グリップの感覚は仕方ないが、ペン先の感覚は変わらないな。
さて、何を書くとするか……。
白黒の農淡で描いて面白そうな物……グリントさんのリンドなんかが良さそうだが、あれを描くには一日では足りないし、流石にロボットの絵を描けばまた文句を言わそうだ。
……そうだな。嫌がらせにシルヴィーとクシナヘナスでも描くとしよう。
おまけに今話題のレッドアイズスタードラゴンを加えれば、話題性としては完璧だろう。
まずは軽く構図を下描きし、パースの狂いが無い様に焦点を決めて描きこんでいく。
A3サイズと微妙な大きさの画用紙に描くのは初めてたが、やはり身体が描き方を覚えているのか、思いの外スムーズに筆が進む。
画用紙がもっと大きければ鎖を併用して描くなんて事も出来るが、これ位では手だけで進めた方が、微調整が出来て描きやすい。
そこまで凝ったものではないので、三十分程で大体の線画を描き上げ、濃紺を入れ始める。
この作業が面白くもあり、腕を試される重要な所だ。
消しゴムで広げて表す表現方法もあるが、一線一線引いて描く方が完成した時に自然な雰囲気を出す事が出来る。
地味で時間の掛かる作業だが、午前中には終わるだろう。
1
「……こんな所ですかね」
ほぼ無心に近い状態で線を引き続ける事三時間。
頭に思い描いていた物の大体九十パーセント程度の絵が完成した。
「これは……素晴らしい絵ですね。黒だけでここまで表せるとは……」
ペンを置いたタイミングで、横から美術の教師が声を掛けてきた。
「この方はシルヴィーナロス様ですね。あの方の風の様な雰囲気が良く現れています。此方は、クシナヘナス様ですね。古い絵にしか残っていないはずですが、とても良く描かれています。こちらのドラゴンは今話題になっているレッドアイズスタードラゴンですね。この生きている様な迫力は、私にも描くのは難しそうです」
褒めてくれるのは良いのだが、睨みつける様に絵を見る様は中々怖いものがある。
もしかしてこうやって絵を見るせいで、吊り目になったのだろうか?
……いや、吊り目は基本的に遺伝だったな。
「指を見た限り初心者かと思いましたが、私も目が曇り始めているようですね。これまでどなたか師事をされていたのですか?」
「ブロッサム家でお嬢様が教わるついでに軽く教えて貰っただけで、後は我流になります」
「そうですか……美術科は受けるのですか?」
「考えている最中になります。魅力的ではありますが、メイドである以上本分がございますので」
今の所悪い人には見えないが、こういった時は権力を盾にしておくのが一番だ。
貴族には逆らえませんと言っておけば、大抵は納得してくれるはずだ。
「……それは残念ですが、もしも美術科を受けられるのでしたら、私は歓迎しましょう。その絵は持ち帰って下さって大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
てっきり置いて行ってと言われると思ったが、シルヴィーにでもプレゼントするとしよう。
しかし、思いの外手が汚れてしまったな。
魔法少女に変身してから変身を解けば、汚れの類は全て落ちるが、とりあえず手を洗って落とすとしよう。
教室内にしっかりと手洗い場があり、汚れを落とす用の石鹸も完備されているのはやはり美術科ならではだろう。
……数人の生徒が話掛けたそうにしているが、さっさと研究室に向かうとしよう。
2
「……今日も来たのね」
研究室に入ると、何故かアンリが居た。
どこかの科の手伝いをしていると思ったのだが、適当に言い包めて逃げて来たのだろうか?
見る限り、それなりに長い時間研究室に居る様に見える。
「基本はここでお昼は食べる予定ですからね。来週からは公爵令嬢も増えますが」
「そうだったわね……まあ好きにすれば良いわ。紅茶をお願い出来る?」
「構いませんよ」
その内来るであろうリディスとヨルムの分も合わせてお湯を沸かし、茶葉をどばっと入れて準備する。
茶葉を躍らせている間に弁当を取り出し、取り皿の準備をしているとリディス達が入って来た。
「どうぞお座りください。何やら嫌な事があったみたいですね」
入って来たリディスはアンリが居るというのに、それは見事なふくれっ面を披露していた。
「……別に」
「ヨルム」
「戦略科にて、盤遊戯で教師に負けたらこうなったのだ」
いくら首席を取れる程度頭が良く、魔法の腕があると言っても、経験だけはまだまだだ。
盤遊戯がどんなものか知らないが、ボードゲームの類いだろう。
ボードゲームは経験が物を言う事があるので、勉強した内容だけではどうしようもない物がある。
常に勝者になれるほど世の中は甘くなく、俺だって数々の負けを体験してきている。
負けること自体は決して悪ではない。
ここぞの一戦以外は、基本的に経験だと割り切っておいた方が、精神的に楽だ。
まあほとんどがそのここぞの一戦ばかりだったのだが、こればかりは仕方の無い事だった。
俺自身は楽しんではいたが、一応世界の危機だったし。
「とりあえずお昼にしましょう。話はお腹を満たしてからです」
「……そうね。頂くわ」
ここで素直に飯を食べる辺り、リディスはリディスだな。




