第166話:アンリと魔法研究
「一日お疲れ様でした。学園もですが王都もとても広く、今日見て回れたのもほんの一部です。学園として案内することはありませんが、休みの日などに見て回ってみるのも良いと思います。明日がオリエンテーションの最終日となりますが、選択授業の用紙の提出を忘れないようにして下さい」
何事もなく学園に帰ってきて、ハロルドの話を聞いて今日のオリエンテーションは終わりとなる。
Aクラスが学園に一番早く校庭は閑散としている。
間違いなくSクラスが一番遅く帰ってくるので、取り敢えずアンリの研究室で時間を潰すとしよう。
「あら、ハルナも来るの?」
「はい。リディス様達はまだ帰ってきていないようなので、研究室で待っていようかと」
「それなら一緒に行きましょ。それと折角だからあのルミナスチェーンについても少し教えてくれない? 実験に使いたいの」
俺よりもエメルナの方が良いとは思うのだが、まあ暇だし良いだろう。
当のエメリナはハロルドと共に、職員室に向かって行ってしまった。
おそらくアンリも行かなければならないのだろうが、エメリナに丸投げしたのだろう。
さっきエメリナが溜息ついていたし。
二人揃って基本は待機だったのだから、報告をする事もない。
一人居れば十分ってところか。
別れの挨拶をしてきたストロノフやシャナトリアに挨拶を返し、そのまま研究室へと入る。
俺が紅茶を淹れている間にアンリは何やら準備をしており、本当に研究をするみたいだ。
「さてと、それじゃあ幾つか質問するから、出来れば素直に答えて頂戴。それと机の上にルミナスチェーンをだしっぱに出来る?」
「大丈夫です」
紅茶を出すついでに、鎖を机の上に召喚する。
長さは大体三十センチ位で良いだろう。
魔力だけを送り、操作権を手放しておく。
「……本当に器用ね。うん、光魔法なのは確かね。魔力を物質化させる体系は既にあるけど、ここまで器用に動かすのは、やっぱり既存のじゃ無理そうね。思考リソースもこれじゃあ一つの関節ごとになるし……うんうん。やっぱり興味深いわ」
鎖を持ってぶつぶつと呟くさまは何とも怪しいものだが、そうなる気持ちは分からなくもない。
俺もフリーランスなのを良い事に、ぶつぶつと独り言を呟きながら仕事をする事がたまにあった。
言葉に出すという行為は記憶したり考えたりするのに有用であり、他人を気にしないならばやって損は無い。
「それでだけと、この魔法を作った理由は何かしら?」
「副腕としての機能と、魔力を鍛えるためですね。思考のリソースも結構使うので、色々と役立っています」
「私達の魔力を普通に受けられていたんだし、あれだけ色々とやってるから、納得の理由ね……理解できないけど」
慣れれば何でも出来るが、慣れるまでが茨の道だからな。
最初の頃は結構頭痛も酷いものだったし、中々上手くいかない事もあった。
「今も普通に発動してるけど、最高で何本まで自由に使えるの?」
「六から八本位ですね。動きを固定化したり、セミオートにすればまた変わります」
「……これをそれだけ扱えるって事は、普通の魔法ならそれだけ一人で使えるって事よね……参考までに、どこまで使えるの?」
「試していませんが、火と光なら既存の魔法は全て使えるかと。基本的に使う事はありませんが」
体系化されているって事は、対策を立てる事が可能とも言える。
魔力の暴力という方法もあるが、いかせん魔法は感覚で使っている面があるので、手加減の出来るこの鎖は使い勝手が良い。
殺さないように攻撃するというのは、結構難しいのだ。
「なるほどね。詠唱を教えて貰っても?」
「遍く不変の理よ。我が意に従え。ルミナスチェーンです。属性の単語を使ってないので、イメージ次第でそのまま他の属性に転用出来るはずです」
「そこもしっかりと考えているのね。不変が固定で、従えが命令文。詠唱を簡素にだけど、残りはイメージで補完と……。難易度だけで言えば、確かに中級と言って差し支えないわね。発動までは」
アンリは紙にずっとメモを取りながら話し、いつもよりも紅茶に入れている砂糖の数が多い。
頭を酷使すると、糖分が欲しくなるものだ。
とりあえず紅茶の横に、そっとクッキーを置いておく。
「……よしよし、次は実際に私が使ってみるから、感想を頂戴」
「分かりました」
「――遍く不変の理よ。我が意に従え。ルミナスチェーン」
アンリが詠唱をすると、黒い鎖がにょきっと現れる。
手探りで手繰り寄せる様に、少しずつ長くなっていくが、一メートル程でアンリは伸ばすのを止める。
それから軽く動かすが顔は真剣そのものであり、集中しているのが良く分かる。
魔法を使うという面では、集中するのは正しい行いだ。
魔法少女時の俺は一部の工程を杖側に行わせているが、ただ詠唱したからと魔法が発動するわけではない。
だが、この魔法は最初から手足の延長として作られたものだ。
ただ歩くだけの行為に一々集中なんてしたりしない。
指を曲げる時に、関節の一つ一つの動きを考えたりしないように、自然に使えるようにならなければならない。
初めてだからと、集中をしては駄目なのだ。
三分もするとアンリは魔法を解いて、大きく深呼吸をする。
「本当にややこしい魔法ね。どうすればこれでテーブルや椅子が作れるのよ……」
「訓練の結果ですね。まあ、椅子とかを作るだけでしたら、比較的簡単ですが」
魔法を操作するから辛いのであり、固定化させるだけならそこまで大変ではない。
まあ椅子をとかを作り切るまでは少し大変かもしれないが。
「……まあ良いわ。それで、どうだったかしら?」
「しっかりと魔法の発動に成功し、操作も出来ているのは流石はSクラス冒険者だと思いました」
エメリナやマフティーに比べれば、かなり上手く発動できたと言えるだろう。
まあエメリナの場合は発動させすればって感じもあったかもしれないが、それはそれだろう。
「それで?」
「この魔法は集中して使うのではなく、無意識に使う事を前提としていますので、集中して操作をするのではなく、まずは自然に鎖を出せる様にするのが宜しいかと」
「……それもそうね。他は何かある?」
「そうですね。鎖の操作の練習につきましては、腕の動きに合わせて行うのが良いと思います。繰り返し練習をすればコツを掴めると思います」
「副椀……確かにその方法ならリソースを削ることが出来そうね。エメリナからも聞いたけど、この魔法は広めても良いのよね?」
「ご自由にしていただいて構いません。強いて言えば、私の事を話さないでいただければ」
話しながらもアンリは書く手を止めていないので、アンリならばわりと早く使いこなせるようになるかもな。
要は並行作業を外部でやっている魔法なので、キーボードのブラインドタッチとか、ピアノを弾けるのならば最低限使えるようになると思う。
『帰ってきてる?』
――おっと、リディス達も帰って来たようだな。
ここに呼んでも良いが、疲れているだろうし、後は帰るだけなので、俺が向かうとしよう。
(はい。今からそちらに向かいます)
『……分かったわ』
「リディス様達が帰ってきたようなので、私はそろそろ失礼させて頂きます」
「……どうして分かるのかなんて、聞くだけ野暮よね。分かったわ。今日はありがとうね。また何かあったら質問させて貰うわ」
念話を俺個人の魔法として使えれば良いのだが、こればかりは一種の神の権能みたいなものなので、どうしようもない。
念話が普通に魔法として使える世界に行けば、俺も使えるようになり、もしかしたら別の世界でも使えるようになるかもしれないが、今は仕様が分からないので手が打てない。
原理は理解出来ているのだが、魔法少女の時は属性の関係で使えず、アルカナ解放時はそもそも念話なんて使っている余裕が無い時ばかりであり、少し細かな問題点も幾つがあるが、そんな感じだ。
自分の分の後片付けをしてから校庭の方に向かい始めると、なにやら学園全体がざわついている様な感じがした。
テロと工場の爆発の件が、学園に広まり始めているのだろう。
校庭に着くとリディス達は結構な大所帯で集まっており、正直近づきたくない状態になっていた。
(迎えの馬車で待っているので、早めに来て下さいね。それでは)
『逃げないで助けなさいよ! 見てるんでしょ!』
助けろと言われても、マフティーにアントワネット。こんな触りたくもない爆弾が増えている状態の所に飛び込みたくなんて無い。
見るからに険悪な雰囲気が漂っているし、他の生徒は分かりやすく避けている。
あのジゼルとステファンもだ。
……面倒だが、適当に声を掛けて逃げるとするか。




