第159話:拗ねリディス
「ありがとう。それにしても、既に準備が出来てるなんて、私達よりどれくらい早く帰って来てたのかしら?」
「一時間程になります」
「かなり早いわね。だとすると……」
紅茶をアーシェリアに渡すと話し掛けられたので、軽く返すと何やら考え込んでしまった。
思っていた通り、色々とあったようだな。
「ヨルム。リディス様達の班何回魔物と戦いましたか?」
「大体三十回ほどだな。雑魚ばかりでつまらぬものだった」
三十回……多いと言えば多いが、ヨルムとリディスならば片手ではなくて、指一本で片付く程度だ。
それならば一時間も差はでないだろう。
「成る程。やはり距離自体も差があったようですね。その程度の回数ならば、一時間も差は出ないでしょうから」
「…………そうね」
リディスが軽く拗ねているようだな。
俺達の場合は一回の戦闘にそれなりの時間を取られていたが、リディス側は一回の戦闘に一分も掛からないだろうから、ならば単純に距離の問題しか残らない。
一応まだ通常の授業の終わりの時間より早いので、全体で見ればリディス達は遅いというわけではない。
「そうね。気にしてもしかたないわね。それにしても、このクッキー美味しいわね。蜂蜜の甘さもだけど、この口どけの感じだと他にも何か混ぜてるのかしら?」
悩んでいたアーシェリアは吹っ切れたのか、クッキーを食べてから素材について聞いてきた。
「少し珍しい材料が手に入りましたので、それを混ぜています。材料については少し特殊なため、伏せさせていただきます」
「ふーん。気になるけど、まあ良いわ。そうだ。リディス。私もハルナのお昼が食べたいのだけど、駄目かしら? ちゃんとお礼はするわよ」
追及してこなかったアーシェリアだが、少しネットリとした視線をリディスへと向ける。
ふむ、ここであの話を切り出してくるか。
態々俺が居る場所で話すとは、面倒な奴だ。
さっきまで拗ねていたリディスは急に話を振られた事により、アーシェリアを見ているように見せながら、俺に念話でどうするか聞いてくる。
『お好きにどうぞ。聞かれているのはリディス様ですので』
(ハルナが原因でしょう! どうにかしてよ!)
『ただの一般人ですので。そろそろ答えないと、不自然ですよ?』
よくあれだけ感情の乗った言葉を念話で話しながら、無表情を貫けるものだ。
今のリディスは話す前に少しだけ、紅茶を飲んでいるようにしか見えない。
「構いませんが、此処の使用については一度アンリ先生に許可を取らないとなので、それからでも良いですか?」
「良いわよ。申し訳ないけど、クルルの事もお願いね。流石に一人だけ別というのも外聞が悪いわ」
……まあ分かっていた事だが、リディスが断れるはずもないのだ。
作り笑いみたいな笑みをアーシェリアは浮かべているが、内心ではどうせ大いに喜んでいそうだ。
しかし、クルルの事は忘れていなかったようでなによりだ。
それなりに情がある……と言うよりは本人が語っている通りだろう。
クルルを一人だけ別行動させて、何かされて困るのはアーシェリアだろうしな。
「おそらくアンリさんは許可をくれると思いますが、念のため明後日……は切りが悪いので、来週からにしましょう」
「それって私と一緒に食べたくないって事かしら?」
「いえ、献立や食材の買い出しの観点からですね。学園に通っている以上、休日に色々と準備を済ませなければいけませんので」
「ぐぬぬ……なら仕方ないわね」
公爵令嬢がぐぬぬと言ってはけないと思うのだが……クルルが居ない分気を抜いているのだろう。
この場にアーシェリアの行動を気にする人間はいないからな。
ちょっとした意趣返しだったが、面白い顔を見る事が出来て良かった。
「その代わりと言ってはなんですが、アーシェリア様の好きな物を最初は作らせていただこうと思います」
「……それは良い心掛けね。けど、好きな物ね…………」
機嫌を直したアーシェリアだが、ふと先程とは違う感じで考え出す。
それは深刻そうというよりは、心当たりがないと言った感じだ。
「好きな料理なんてあまり考えたことが無かったわね。そうね。折角だから、リディスの好きな物を作って来たちょうだい。友達の好きな物を食べるというのも、また面白い物でしょう?」
「アーシェさん!」
流石にこれはリディスも少し顔を赤くして驚きの声を上げる。
流石にこう返されるのは予想外だったが、何となく思ってはいたが、食に対しの興味があまりないようだな。
貴族に取って食事への価値観は、大体二つに分かれるらしい。
飽く迄も栄養のため摂取するのと、娯楽として楽しむの二種類だ。
魔法があるとはいえ、毒殺の危険がある以上、食事を楽しむのは難しい。
そう考える貴族も一定数いるのだ。
逆にそんなことを気にせずに、太ることを気にせずに食べる貴族もいる。
どちらかと言えばアーシェリアは前者なのだろうが、研究者でもあるらしいので、没頭するあまり食事を疎かにしている面もありそうだ。
これについてはあまり俺も人の事を言えないのだが、分かっているからこそ、こうやって料理を作っている。
「承知しました。その様に準備させていただきます」
リディスの好物は、アースドレイクを使ったハンバーグとコーンスープ。
それからタマゴのサンドイッチといった感じだ。
どれもお弁当として持ってくるには問題なく、温めは俺の魔法で出来る。
揚げ物でなければ、作りたての様な状態で提供が出来ると言っても、過言ではない。
そして作る分には問題ないが、容器を買っておかなければならないな。
最低でも六人前必要となるので、相応に大きな入れ物が必要となる。
今週末はリリアの所に行くし、ついでに買っておくとしよう。
「ありがとう。クルルと一緒に楽しみにしておくわ。リディスの好きな料理がなんなのか…………をね」
「……別に代わり映えのしない、普通の料理です」
ぐぬぬアーシェリアはあっという間にニヤニヤアーシェリアとなり、リディスをいじり始める。
二人揃ってテンションの上下が激しい奴らだ。
ヨルム程とは言わないが、もう少し落ち着きをもってほしい。
一応この国では、上流階級になるのだし。
クッキーも食べ終わり、そろそろ良い時間になるので、アーシェリアは先に帰って行った。
ここから学園の外に向かうのと、寮に向かうのでは逆方向であり、更に食器を洗う関係で研究室を出るのに時間が掛かる。
ここが学園の外ならばアーシェリアを一人で帰らせるのは危険かもしれないが、学園の中は色々と問題はあるものの、アーシェリアが一人で居るからと何か問題を起そうとするのは現れない。
どこに誰の目があるのか分からないのが学園だし、部屋の中ならばともかく、外を歩いてれば誰か見張っているだろう。
さて、後片付けも終わったし、研究室に置きたいもののメモも作成したので帰るとしよう。
「それでは帰りましょう」
「そうね……まったく、今日は散々だったわ」
研究室を出てから鍵を閉め、迎えの馬車が来ている停留所まで歩く。
散々という割りには、リディスは嫌がっている様な表情はせず、どちらかと言えばすこしだけ嬉しそうに目を細めている。
ぼっち生活をしてきたリディスにとっては、あんなやり取りや大量の魔物に襲われたのも、いい思い出となったのだろう。
「それも青春というものです。友達の居なかったリディス様にとっては、分からないかもしれませんが」
「……なんで悪魔が青春なんて言葉を知ってるのよ」
そりゃこれでも学校生活を何度もしているので、そう言った心理自体は理解している。
まあ俺の場合は青春なんてのを謳歌できる状態ではなかったが、他人が楽しんでいるからと妬むような事はしない。
何せ、これからも色々と問題に巻き込まれるのは目に見えているからな。
「知らないでしょうが、魔界にも普通に街があり、統治されています。後は分かりますね?」
「……魔界って私が思っているよりも、文化があるみたいね」
悪魔について書かれた本はあるが、魔界の事について詳しく書かれた本を見たことがない。
人間では基本行くことが出来ないし、神が教えない限り知ることは出来ないだろう。
シルヴィー辺りは普通に聞けば答えそうだが、シルヴィーと普通に話すことの出来る人間はまずいない。
俺もそうだが、魔界なんて世紀末だと思っているのが大半となるのだ。
「食べるだけではなく、生産をしなければ生き物は生きていけませんからね」
「……それもそうね。ハルナは魔界に知り合いとか居るの?」
「居ますね。数人ですが、中々愉快な方達です」
何故か拾うことになったかえで達や、ギブアンドテイクのソロー。
良い感じの強さであるサタンや、食材の提供をしてくれているラウネ。
それとお漏らしテレサ。
…………もしかしてこっちよりも知り合った人間が多いのでは? 人間ではなく悪魔だが。
「魔界か……我も修行でいつか行かなければな」
「頑張って下さい。悪い場所ではありませんから」
……そう言えば数百年生きているヨルムだが、種族的にはまだ子供だったな。
最初の頃はよく俺に登ろうとして来ていたが、最近は寝ている時に、俺に覆いかぶさる程度で落ち着いている。
最後にクシナヘナスと会ってから結構経っているし……いや、ヨルムやクシナヘナスにとって三ヶ月程度は一瞬か。
また今度気が向いたら会いに行ってみるとしよう。




