第149話:ティーパーティークラブ
「案外面白かったわね。それで、次はどうするのかしら?」
戦略研究クラブの使っている部屋を出て直ぐに、アーシェリアが聞いてきた。
「クラブ設立の件を、ハロルド先生かジョン先生へ聞きに行こうかと」
「ふーん。さっきはまだ考えていると言っていたけど、何のクラブを作るつもりかしら? リディス?」
俺ではなくてリディスへとアーシェリアは質問する事で、ほんの一瞬だけリディスは俺を睨み、念話で罵倒を飛ばしてくる。
(ティーパーティークラブと答えて下さい)
『分かったわ。大事な事はもっと早く教えなさいよね!』
「……ティーパーティークラブを作るつもりです」
「へー。正直武闘派のクラブを作ると思っていたけど、予想外だわ」
「訓練自体は学園の授業でも十分ですから。ハルナも私と同じ考えなので、その様になりました」
文句を言いながらも直ぐに言い訳を考えているので、やはり頭の回転は良いな。
慌てている様を見るのはとても楽しいものだ。
折角ストレス発散に魔界へ行ったというのに、ただ疲れるだけだったので、良いストレス発散になる。
「ティーパーティーですがか……良いですね!」
「あくまでも表向きはとなりますが、紅茶やお菓子の準備は私が実際にやりますので、ご安心下さい」
ストロノフも乗り気であり、クルルとヨルムは断る事が出来ないので問題ない。
似たようなクラブが既にあるが、基本的に学園は成果主義であるので、競合したからといって作れないなんて事はない。
クラブを作る以上成果となる目的が必要だが、これについても当てはあるので問題ない。
美味しい紅茶の淹れ方や、新しいお菓子のレシピの作成とかしておけば良いのだ。
紅茶の淹れ方はお墨付きを貰ってはいるが、百点ではないし、まだまだ試す余地は残されている。
これは珈琲にも言える事だが、技術とは経験の積み重ねでしか高めることが出来ない。
俺の場合アルカナなんて奴に取り憑かれているが、他人ではなく自分で出来る事を増やしていった方が良い。
手に職とは言ったものだが、自分を裏切らないのは自分だけだ。
まあ俺の場合フユネが居るわけだが、あれはノーカウントだ。
そしてレシピについては売れる伝手があるので、売ってしまえば成果としても問題ない。
表向きについてはしっかりと要件を満たすことが出来るのだ。
それに、ティーパーティーを理由に人を呼ぶことも可能なので、役に立つかもしれない。
「そう言えば、ハルナは王家にレシピを売っていたわね。それもクラブを作る上での実績になるでしょうから、どんな横やりが入ったとしても、何とかなりそうね」
「因みにですが、アーシェリア様は紅茶を淹れられたりは?」
「無理よ」
もしかしたらアーシェリアならば、雑事も出来るかと思ったが、無理らしい。
天才は天才でも、自分の興味が湧く事以外は気にしないタイプだろう。
まあ公爵ではあるし、他国にも精通しているのでマナーとかそこらは完璧なはずだ。
名目としては問題無いだろう。
因みにリディスは一通り出来るし、多少のサバイバル技術も持っている。
魔法も全属性使えるので、適当に山に放り出したとしても、普通に生き残るだろう。
「そうですか。それではリディス様。向かうとしましょう」
「……ええ」
何か言いたそうだが、念話も飛ばしてこないので、自分の中で呑み込んだのだろう。
さて、向かうにしてもハロルドやジョンの居る場所が分からない。
こんな広大な敷地の中から、目当ての人間を探すのは大変だ。
別に今日でなければ教室や教員室に行けば間違いなく会えるが、今は見回りをしているため、難易度はかなり高い。
普通なら。
アクマが居れば……エルメスでも良いが、アルカナが居れば人探し程度は簡単な事だ。
(頼んだ)
『了解』
1
「おや、どうかなさいましたか?」
アクマの案内の先に居たのは、ハロルドだった。
個人的にはジョンの方がよかったが、そこまでは言っていないので、まあ良しとしよう。
ハロルドが居たのは、クラブの部室がある敷地の一角である。
此処用の地図が設置されている位広大であり、部室を間違える生徒が出てもおかしくないだろう。
一応魔力による鍵が掛けられているが、中に人がいる場合は解除しているだろうからな。
それに、俺みたいにハッキング出来る人間も居るわけだし。
クラブ設立の話だが、部長となるリディスに話させるのが筋となるので、此処に来るまでに概要は念話で送ってある。
別に普通に話しても良い内容だったが、若い少女がこれだけいると、お喋りが終らないのだ。
アーシェリアはもちろんの事、緊張が解れたストロノフもかなりお喋りであり、リディスも別に話すのが嫌いな訳ではない。
ヨルムは……あれで知識を得ることには貪欲なので、案外話すのだ。
その結果、まともにクラブの事を話す時間を取ることが出来なかった。
「クラブの設立についての話をしたいのですが、大丈夫ですか?」
「なるほど。アインリディスさんでしたら、おそらく問題ありませんね。此処で話すのもなんですので、移動しましょう」
「分かりました」
話が早くて助かる。
新任なので、他の教師へと回される可能性もあったが、やはり出来る人だ。
ハロルドに連れられて来られたのは、応接室となっているクラブの小屋だった。
ちよっとした一軒家くらいの大きさだが、合計7人となれば、それなりの広さが必要か。
「適当に座って下さい。軽く説明するだけなので、二十分程度で終わります。手続きは全てのオリエンテーションが終った後ではないと出来ないので、別途説明させていただきます」
二十分……まあ長くはないな。
上級生は普通にクラブ活動をしているが、一年生についてはオリエンテーション後というのは、最低限学園に慣れてからということか。
さて、変な内容が無ければ良いが、説明を聞いてから考えるとしよう。
2
ハロルドが見回りをしていると、近づいてくる生徒達がいた。
その人数は六人。メンバーがメンバーなので、少々ハロルドはどうするか悩んだが、まずは普通に声をかけて見る事にした。
見る限り、不穏な空気は無く、和気藹々……と呼べるかは分からないが、仲が悪そうには見えなかったからだ。
「おや、どうかなさいましたか?」
「クラブの設立についての話をしたいのですが、大丈夫ですか?」
リディスの話を聞き、ハロルドはなるほど頷く。
クラブの設立にはいくつか規定があるが、このメンバーなら問題ない。
しかし、クラブを作るには規定以外にも条件があり、最低で最初の一週間ある、オリエンテーションが終わってからでなければならない。
なので、今話したからと言って直ぐに作る事は出来ないので、ハロルドには断るという選択肢がある。
だが、クラブを作る気でいるというのならば、この見学のための時間は意味がないという事になる。
ならば教師として、意味のある時間にした方が、生徒のためになる。
なので、ハロルドは場所を移し、クラブの設立について話す事にした。
新任ではあるが、勤勉なハロルドは必要そうなことを全て調べ尽している。
移動した後、全員を応接室兼会議室として着く割れている部屋の椅子に座らせ、それなり厚みがある冊子をリディス達に渡す。
「そちらはクラブを作る際の注意点と、作ってからの注意点や流れが開いてある本になります。軽く読みながら話を聞いて下さい」
クラブを作るには学年で五十位以上の成績を修めている必要があり、今回の場合は入試の事を指す事になる。
首席であるリディスは、クラブを設立する部長の条件を満たしている事になる。
次にメンバーだが、これも問題ない。
五人以上であり、アーシェリアが居るので、設立の邪魔をするような教師が現れる事は無い。
誰だって王族や公爵の顰蹙を買いたくなどない。
この二つがクラブを設立上での条件だが、その他にもクラブを設立する条件がある。
ここまではあくまでも前提条件であり、ここから更に設立するクラブが意義のあるものかどうかが関わってくる。
大体のクラブについては許可は出るものの、流石にお菓子を食べるだけのクラブや、部費を浪費するだけのクラブを認めることは出来ない。
何かしらの形で、学園へと還元できるクラブではないといけない。
ただ徐々に腐敗が進みつつあるので、形骸となり始めているのを、ハロルドは見回りの時に僅かに感じていた。
出来ればリディス達には、しっかりとしたクラブを作って欲しいとハロルドは思っているが、それが叶うかは……。
また、クラブを設立する際には顧問……この場合は有事の際に責任を取る教師を一人用意しなければならない。
子供である以上、全ての責任を負わせるのは学園として忌避される事なので、その責任を負うべき教師が必要なのだ。
「説明はこの程度になります。詳しい事はクラブを設立時にまた説明されると思います。何か質問はありますか?」
リディス達は誰も手を上げる事がなく、問題ない事を示す。
「大丈夫そうですね。因みにですが、どの様なクラブを設立する予定ですか?」
「ティーパーティークラブです」
ハロルドは言葉の意味をしっかりと頭の中で噛み砕き、一株の不安を覚える。
だが、決めつけるのは悪いと思い、直ぐに否定の言葉を出す事はない。
「なるほど。どの様な活動をする予定ですか?」
「様々な紅茶の淹れ方や組み合わせを考え、また新たな料理やお菓子のレシピを作るクラブになります。王国の文化に新しい風を入れるのが最終目的となります」
リディスの説明を聞いたハロルドは思っていたよりも真面目な活動であると知り、感心するように頷く。
クラブの名前だけではただのお茶会をするだけのクラブかと思ったが、リディスの言う通りの内容ならば、場合によっては流通の拡大や、新たな料理が増える事になる。
どちらも王国にとってはプラスとなる事なので、結果さえ出せれば問題ないだろう。
「名前は少々気になりますが、その様な活動をする予定でしたら問題ありませんね。後程申請用紙を渡しますので、オリエンテーションが全て終わりましたら提出してください。最後に、顧問となる教師は決まっていますか?」
リディスの視線が一瞬だけハルナへと動くが、ハルナは何も反応を示さない。
ハロルドからすれば何故と思われる行為だが、念話を外部から察する方法は、この世界には無い。
正確には、神を含めて誰も出来ない。
そもそもが念話は魔法ではなく、アルカナによる一種の権能なのだ。
この時もリディスはハルナに対してどうするか聞き、ハルナは考えていなかったと答えていた。
そしてそれに対してリディスは罵倒を返すが、外から見ただけで理解するのは不可能だろう。
因みにハルナは一応ハロルドに頼んでみろと、リディスに告げているので、無責任というわけではない。
「ハロルド先生にお願いすることは可能でしょうか?」
「私ですか? 問題ないとは思いますが、私が顧問となる以上は、しっかりと活動をしているか確認をしますが、良いでしょうか?」
「問題ありません」
一部のクラブの様に、名前だけのクラブは許さないと言葉裏に告げるが、リディスは悩む素振りも見せずに返事をする。
ハロルドはリディスの評価を少し上げ、何も口を挟んでこないアーシェリアの事を僅かながら不気味に思う。
「分かりました。それでは用紙については私に直接お願いします。説明もその時に行いましょう。時間は……ほぼ二十分ですね。私からは以上となるので、オリエンテーションに戻って下さい」
ハロルドは渡していた冊子を回収し、棚へと戻す。
全員を見送ったハロルドは小さく息を吐き、自分が思いの外緊張していた事に、苦笑いする。
六人中四人はSクラスであり、一人は事情があってAクラスに居る。
残りの一人もエルフと少し変わった面子となっていたため、ハロルドは自分が思っていたよりも色々と考えてしまっていたのだ。
「どうか、健やかに育って欲しいものですが……」
ハロルドは教師に、なりたくてなったわけではない。
けれど職務に忠実である事が、ハロルドにとっては美徳である。
あの六人が悪の道に落ちない事を願いつつ、ハルナの顔をふと脳裏に浮かべる。
「……いえ、私が考える事ではありませんね」
ハルナの白い髪の理由を理解しているハロルドは、思考を頭から追い出し、見回りを続けるのであった。




