第148話:戦略研究クラブ
「お、美味しい」
「ありがとうございます」
紅茶を飲んだ少女は落ち着き、リディス達と向き合う。
今度から学園を歩く時は、トートバッグでも持ち歩くとしよう。
メイド服ならわりと言い訳できるが、制服の中からクッキーやらお菓子やらを取り出すのは、あまりにも不自然すぎる。
鎖で持っておけば手は空いている状態にあるので、何を持っていても不自然ではなくなる。
「ふぅ、えっと、どこまで話したっけ?」
「十年前にあった複数のエルフの里とトリニタス公国の戦いについてです」
「ああ、はい。あの戦いの時、公国軍は森を焼き払いながら戦う事を選びましたが、エルフ達はそれを逆手に取り、先に内部の木を移動させて空間を作り出しました。そして延焼しないようにしてから木を燃やし、公国軍へ大打撃を与えました」
「公国軍に水魔法の使い手が少なかったのも有り、実質的に公国軍の敗北になったのですね」
「はい。初動が遅れたのが一番の原因ですが、やはり練度が低かったのが問題だと思います。これがその時の戦いの資料で、これがその時の戦いをシミュレーションしたものになります」
何やら過去にあった戦いの話らしいが……。
(これって実際にあった戦いなのか?)
『そうみたいだね。一応アカシックレコードに記録されている程度には大きかったみたいだよ』
(それで、どんな内容だったんだ?)
『領土を広げ木材が欲しかった公国が、エルフとの協定を反古して攻め行った感じだね。結果はエルフ側の圧勝で、公国は諸々あってオルトレアム王国に吸収されて終わりだね』
諸々が気になるが、出鼻を挫かれたのが一番の敗因の様だな。
リディスと少女の戦争談義ついでに考察するが、森を大事にするエルフが、まさか森を燃やすとは考えなかったのだろう。
大のために小を見捨てる事は、中々出来ることではない。
「エルフ側が打った一手があまりにも大きいですが、過去に遡ればドワーフが似たような手を使った事例があり、予想自体は出来たでしょう」
「公国軍の作戦も悪くはありませんでしたが、裏を掛かれたということですね」
先程までおどおどとしていた少女は、ハキハキとリディスと意見を交わす。
好きなことについては、ついつい話してしまうオタクというやつだろう。
あのアーシェリアも感心しながら二人の話を聞いている。
折角だし、ストロノフに聞いてみるか。
「エルフが自らの手で森を燃やすのはあり得ることなのですか?」
「普通ならあり得ないけど、命と森なら命を守れと教えているハイエルフ様が居るから、里によってはあり得るとは思う。ただ、それでも覚悟は必要だけど……」
あり得ないことではないが、可能性としては物凄く低いわけだ。
それだけ公国軍が脅威だったのか、それ以外の手がなかったのか。
終わった後ならば、あの時こうしておけば良かったなんて言えるが、当事者達は苦悩したことだろう。
リディスと少女の……。
(こいつの名前は?)
『リオネリウス・アダムスフィア。二年生で見ての通りここの部員だね。見ての通り頭は良いけどそれ以外は全滅ってやつだね』
ボサボサの茶髪に、大きな眼鏡。おまけに発育も悪いと。
「中々面白い話ね。少し聞きたいことがあるのだけど、良いかしら?」
「は、はい! どうぞ」
「王国の外周国の内、半数が離反した場合、王国は勝つことは出来る?」
なんとも直球の質問だが、リオネリウスは質問の裏の意図が分からないのか、特に大きな反応をせず唸りながら考え始めた。
「うーん。状況次第では、王国は堕ちると思います。現在の王国の食料生産量は凄まじいですが、多いせいで管理が杜撰な面が多いかと。他国のスパイが毒を盛ったとしても、気付くのは難しいでしょう。また、兵士の数や質も落ちる一方だと聞いていすので、その点も不安要素ですね。学生を使うにしても相手側に大義名分を与えることになるので、状況を悪化させることになるでしょう」
ポンポン飛び出る言葉に、アーシェリアは薄く笑いながらも、何も言わずに終るのを待つ。
リオネリウスの答えは、アーシェリアからしてもあり得るかもしれないと思わせるものがあるのだろう。
一種の裏付けをしている様なものだが、クルルは気が気ではなさそうだな。
「……あ……えっと、可能性としては二割くらいになると思いますが、十分可能だと思いますぅ……」
「中々面白い話だったわ。けど、私以外の公爵や王族には聞かれたとしても答えない方が良いわよ。まだ生きていたいでしょ?」
「は、はいぃー!」
……まあ聞きようによっては、国家転覆を考えていると捉えられかねない発言だからな。
リオネリウスが敵側に渡ればそれはつまり、王国を滅ぼせる可能性が少なからず上がる事になる。
戯言と言えば戯言かもしれないが、アーシェリアがこうやって注意するって事は、それだけ重く見ているのだろう。
「それにしても、リディスもそうだけと、あなたも中々頭が回るようね。名前はなんて言うのかしら?」
「私ですか!? り、リオネリウス・アダムスフィアと言います」
「アダムスフィアって言うと……確か宮廷司書をしているピクシス・アダムスフィアの娘なの?」
「そうです」
(説明してくれ)
『ピクシス・アダムスフィアはリオネリウスの父親で、子爵になるね。因みに宮廷司書とは王宮にある図書館の管理をしている人だよ。バッヘルンとは違って、野心とかは全く無いね』
(どうも)
「あなた以外のこのクラブの部員は、皆あなたみたいなの?」
「いえ……その、私以外はほとんど幽霊部員となっています……」
「あら、それはどうしてかしら?」
アーシェリアにリオネリウスが詰められ始め、リディスはその間に先程リオネリウスが用意した資料を読み始めた。
当たり前だが、助ける気は無いようだ。
リオネリウスは視線を彷徨わせ、それから諦めるようにしてたどたどしく話し始めた。
簡単な話だが、戦略研究クラブは全く人気がない。
何せ王国内は平和であり、戦争や大規模の戦いとなれば、他国に行かない限り見る事は叶わない。
一応ダンジョンにて大規模のクラン等もあるが、それでも基本はパーティー単位となるので、このクラブの趣旨と外れてくる。
クラブに属してそれなりの評価を貰えれば、点数を貰う事が出来る。
よって、リオネリウスはこのクラブを存続させるために、点数を売ったのだ。
これはリオネリウスが優秀であり、既に論文や親を通して作戦の立案めいた事も行っているから出来る事だが、つまりこのクラブの実質的なメンバーはリオネリウス一人だけとなる。
因みにクラブの部室は部員になって貰うために明け渡したらしい。
別に使っていないので問題ないらしいが、これも一つのギブアンドテイクなのだろう。
リオネリウスが良いように扱われている気がするが、別に苛められているとかちょっかいを掛けられる等は無いらしい。
そこまでして存続させることに意味はあるかと思われるが、先程のクラブ説明であったことが関係してくる。
クラブ活動をしていれば、部費が手に入るのだ。
つまり公的な金でここにあるような本や、論文を買うことが出来るので、リオネリウスとしてはなんとしてでも続けていたいのだ。
案外強かというか何と言うか……。
(子爵なら、それなりに金があるんじゃないか?)
『貴族も千差万別だよ。領地無しだって居るし、貴族だからって金持ちなのは一部だよ。だからこそ、リディスが疎まれて見下されていたってわけだね』
なるほど。平和だからこそ貴族が増え、更に貴族間でも貧富の差は大きくなっていると。
おそらくクーデターの理由の一つの原因な気がするな。
選民思想ってのは厄介な物であり、何故自分だけは……なんて馬鹿な事を考える。
それで能力が有れば有能だろうが、そうでないのが大半だ。
この学園に居る貴族の半分以上は、そちら側の貴族なのだろう。
「なるほどね。案外上手くやっている様ね」
「えへへ。お父様から学園での生き方は教わっているので。見ての通りです」
褒めているというよりは皮肉ったアーシェリアに対して、リオネリウスは頭を掻きながら照れる。
「アインリディスちゃんみたいな子が入ってくれると嬉しいんだけど、たまにで良いからまた来てね。此処には基本的に私しかいないから」
「私も先輩と話すのは楽しいので、また来させて頂きます」
リオネリウスの話から、部室と別で更に部屋が手に入る戦略研究クラブを乗っ取るのは、案外悪くないと思っている。
が、それをするのは早計だろう。
幽霊部員たちが、素直に退部を受けてくれることはないだろうからな。
いや、アーシェリアが言えば大丈夫かな?
リディス達が話している間、置いてある本を読んで見たが、リオネリウスが結構雑多に集めているようだ。
読んでいてためになる物もあれば、嘘や無意味な内容が掛かれている物もある。
意味がないと決めつけるのは悪いかもしれないが、リオネリウスからすれば引き出しの知識を少しでも増やすために少しでも沢山読もうとしているのだろう。
無意味だと思っていた知識が、役に立つ可能性もゼロではないし。
エルフ達の戦いについてはストロノフも興味を示しており、黙々と読んでいた。
「今日はありがとうございました。また今度時間が取れた時にお邪魔させていただきます」
「いえ、私も楽しかったです。チェスや盤上遊戯もありますので、また今度やりましょう」
直ぐに出て行くつもりだったが、まさか二時間以上も此処に居る事になるとはな……。
午後の時間の半分以上を此処で使う事になってしまった。
まあ此処以外に行く予定はないので、全く構わないのだが……まあ良いか。
リディスとリオネリウスはお互い根暗なせいか、あっという間に仲良くなっているが、俺から何か言うのは止めておこう。
さて、暇な時間が出来たおかげで、どんなクラブを作るか考え着いたので、次はハロルドかジョンを探しに行くとしよう。




