第147話:メイドとしての職業病
アーシェリアは自分達も人数に含まれていると考えているだろうが、先にネタバラシしておこう。
「残念ながら、アーシェリア様は今の所頭数には、入れていません」
「あら、そうだったの。でも私達が入らなくて、人数は足りるのかしら?」
「そこに先ず一人居ますので、後は適当に見繕えばどうにかなるかと」
アーシェリアが嫌いと言うわけではないが、流石に公爵様はなぁ……。
Sクラスについては既に手遅れだろうが、これ以上リディスが不興を買うと、手を出してくる馬鹿が出てこないとも限らない。
俺としては全くもって構わないのだが、なるべく普通の学生生活を送れと言われている手前、俺がアーシェリアを誘うことは出来ないし、リディスを唆すのも良くない。
つまり、俺としてはアーシェリアが、駄々を捏ねてくれるのが一番良かったりする。
「ストロノフはハルナ達が作ろうとしているクラブに、入る気はあるの?」
「私は……その……まだ何も考えていないです……」
「みたいだけど?」
「まだストロノフさんには話していませんでしたので、後でお話する予定です」
精霊魔法の件があるので、異文化交流クラブに入らないのなら、精霊魔法の事を取り引きの材料にしても良い。
木の実のパイも気になるが、此方はニーアさんに聞くなんて手もあるからな。
「ふーん。因みに、私達を呼ばない理由は?」
「いえ、頭数に入れていないだけで、入りたいのでしたら構いません。しかし、まだどんなクラブを設立するかすら見ていないので、公爵様の御手を煩わせるのはメイドとしていかがなものかと」
「無駄に丁重に話さなくて良いわ。てっきり断固として私を入れる気は無いと思っていたけど、そうじゃないのね?」
「別に私もリディス様も、アーシェリア様を疎ましく思っているわけではないですので」
アーシェリアが犯罪者だったり、快楽殺人者にでもならない限り、完全に嫌う事は無いだろう。
勿論本気で俺を殺しにくれば、相応の対処をする事になるだろうが。
アーシェリアは肩の力が抜けたのか、小さく溜息をつく。
「そう。なら、リディスの作るクラブに、私とクルルを入れて頂戴。良いわよね? リディス?」
急に話を振られたリディスは少し驚きながらも、しっかりと頷いて答える。
『最後までちゃんと面倒を見なさいよ!』
訂正。内心ではとても驚いていたようだ。
「クルルさんはアーシェリア様と一緒で良いのですか?」
「リディスさんが宜しければ、私もお願いしたいですね。家からも特に言われていないので、派閥の貴族が入っているクラブに、入る必要も無いので」
「ありがとうございます。ヨルムは聞くまでもないですね」
「うむ」
結局こうなるが、アクマがなにも言ってこないので、建前としては十分だろう。
これで何が起きたとしても、文句を言われる筋合いはない。
いつまでも広場に残っていても目立つので、戦略研究クラブがあるらしい図書室を目指す。
だが、やはり公爵令嬢のアーシェリアを入れたいと思っているクラブは沢山あるのか、勧誘をしてくる上級生のせいで、何度も足を止められる。
チラシ配りみたいに、横からチラシを持った手を伸ばされるくらいならば良いのだが、毎回進行方向の前に陣取り、プレゼンをしてくるのだ。
最初の内はアーシェリアも、最低限貴族としての体面を保つ為に軽く話を聞いた後にバッサリと切り捨てていたが、それが何度もとなってくると、アーシェリアの対応も変わってくる。
「……燃やし尽くしてあげようかしら?」
「アーシェリア様……どうか思い留まって下さい」
今にも暴走して魔法を放ちそうな雰囲気だが、クルルが頑張って宥めている。
気持ちは分かるが、それをやったらアーシェリアでもただでは済まないだろう。
しかし、王族とそれ以外の貴族の価値が違う様に、公爵とそれ例外の貴族ではかなり違いがあるようだな。
まあ公爵は基本的に王族の血を引いている訳だから、ある意味当然か。
アーシェリアに断られたクラブの生徒達は、諦めて去る時に、一度リディスに視線を送っていた。
リディスの株が滝の様に落ちていっている気がするが、中には妙な視線を向ける奴らが居た。
軽く記憶を探ると、そいつらは殆どがシリウス家お派閥の生徒ばかりだった。
おそらく、リディスの事を新しくシリウス家の派閥に入った人間だろうと、勘違いしていたのかもしれない。
憎しみの目と言うよりは、困惑した表情をしていたのが大半なので、その内誤解も解けるだろう。
その場合、アーシェリアに取り入った裏切り者とでも思われるかもしれないけどな。
困るのはリディスだけなので、問題無いだろう。
かなり無駄な時間を要する事となったが、ようやく図書室の近くまでやってくる事が出来た。
「場所は……あそこの様ですね」
図書室から少し離れた、空いてる教室。
そこには戦略研究クラブの名前が張られていた。
クラブを持っているという事は、部室を持っている筈なのだが、どうして……なんて考えるまでもないだろう。
戦略とは知識と知能。それから歴史が必要となる。
合理的に。または非合理的に。
どんなに合理的な作戦も、スパイや戦場の変化で失敗に終わる。
圧倒的な数で押せるならばともかく、同程度の相手ならば、如何に相手の指令を潰せるかで戦況は大きく変わる。
攻めるための作戦。守るための作戦。それらは知識としてある物だけではなく、先人の知恵の積み重ねでもあるのだ。
勝つためならば何をしても良いというわけではないのが戦争の面倒な所だが、戦術クラスでならば俺も理解は出来ている自負がある。
一応シミュレーション系のゲームもやっていたが、ああいうのはキャラのレベルを上げれば大抵どうにかなるので、そこまで参考にならない。
今回はリディスのために来たので、俺ではなくてリディスが戦略研究クラブの扉を叩く。
「ど、どうぞ」
部屋の中から慌てた音がした後に、声が聞こえてきた。
アーシェリアとクルルは、お互いに顔を見合わせて不安を露にするが、リディスは気にすることなく扉を開けた。
「こちらは戦略研究クラブであっていますか?」
「はい。そうです。もしかして、入部希望者ですか?」
中に居たのは、メガネをかけた気弱そうな少女だった。
中は本や地図。それから色々と書かれた紙や駒の様なものが散乱している。
メイドとして、掃除をしたくなってしまっている自分が居る……これが職業病か。
「いえ、どの様な活動をしているのか気になりまして。戦略に興味があるのですが、普段はどんな活動をしているのですか?」
「は、はい!えっと、まずは座って下さい! あ、飲み物は紅茶で良いですか? あ、あれ? 結構人が居る!?」
どうやら、今はこの少女しかいないようだな。
散らかっている部屋には他の部屋に続く扉があり、そこが給湯室になっているのだろう。
「僭越ながら私が用意させていただきます。他の方々は座ってお待ちください」
「あら、気が利くじゃない」
「え! あなた様はシリウス家のアーシェリア様!」
許可は貰っていないが、煩くなりそうなので勝手に部屋に入る。
思っていた通り給湯室になっており、形式はアンリの研究室と同じみたいだ。
誰も見ていないし、備え付けのではなく、ブロッサム領の茶葉で紅茶を淹れるとしよう。
扉は防音仕様なのか、リディス達の会話はほとんど聞こえてこない。
クッキーを齧りながら紅茶を蒸らし、カップに注ぐ。
トレイなんてものは見当たらないので、全部を鎖で持って運ぶ。
「どうぞ。紅茶になります」
「ひっ! 触手オバケ!」
「ふふ。面白い例えね」
俺を見た少女は怯え、その様子にアーシェリアが笑う。
この熱々の紅茶をぶっかけてやろうか?
『ステイ! ステイだよハルナ!』
(……分かってるさ。そんな暴挙には出ない)
俺が割りと本気だったせいか、アクマからストップがかかってしまった。
火傷しようが服が濡れようが、どちらも跡形もなく治し直す事が出来るので、証拠は残らないが、諦めておくとしよう。
「こちらは魔法になりますので、紅茶でも飲んで落ち着いて下さい」
「あら、この匂いはブロッサム領産ね」
「給湯室にありましたので、使わせて頂きました。私も淹れ慣れていますので、味は保障します」
少女が首を傾げているが、こういった人間は趣味以外には疎い物だ。
どんな茶葉が置いてあったかなんて、覚えていないだろう。




